メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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15.メダロッ島(五日目)

 決勝戦。多くの日本人はコウジの優勝を期待したが、勝ったのは有名なレッドマタドール使い、スペイン出身の闘牛士シャモジールだった。シャモジールはコンビロボトル世界ランク十二位、世界タイマン真剣ロボトル三十一位の実力者。シャモジール相手にコウジはイッキ戦と同じく二対二で挑み、敗退した。

 シャモジールは優勝賞品を断り、賞金とトロフィーだけを頂いた。コウジは賞品ばかりか賞金も断り、小さな銀のカップだけを受け取った。

 準決勝まで進められた選手には賞状、そして賞品か賞金のどちらかを得る権利がある。

 当初の目的は、最低でも賞品を得られる順位まで勝ち抜くこと。イッキは気を取り直し、ずらりと並べられたメダルを前にして、悩んだ。

 燦々(さんさん)と、金色(こんじき)にメダルは輝いていた。馴染みのあるクワガタ、クマもあれば、カブト、フェニックス、へ・ビー、クモ、マーメイド、ネコメダルという珍品まである。他に、発見されてまだまもなく、知名度も低いがそのうち市場を新たに席巻するであろうと予測されているウィッチ、ビークル、マシーン、フレイムなんてメダルまでケースに保管されていた。

 この輝きにすっかり魅了されてしまい。イッキは全て我が物にしたい衝動に駆られた。一旦、光り輝く物体から視線を逸らし、気持ちを静めた。

 手中の賞状を握り締め、メダルケース群に向き直り、イッキは品定めした。選ぶメダルは三種類。一つはそこそこ攻撃ができる、防御が得意なナイトメダル。一つは、そこそこ防御ができる、攻撃が得意なクイーンメダル。もう一つは、両者の中間ともいえるニンジャメダル。

 どれにしようかな。三つに焦点を定めたが、その分、三つのメダルは余計に輝いているように見えた。

 運営委員の女性が焦れったそうにしている。予定では、ナイトメダルを購入するはずだった。イッキは腹を決めて、迷いをかなぐり捨ててナイトメダルが入ったメダルケースを鷲掴んだ。

 

 

 

 夕方まで遊園地の乗り物で遊び回り、ホテルに戻った。帰ったら一風呂浴びて、すぐに夕食。

 もう疲れたし、プリティプラインを組み立てるのは明日にした。ジョウゾウはイッキが寝静まる頃に、職場が用意した寝所へと帰っていった。

 日が顔を出し始めたとき、イッキは目覚めた。時計の針は六時十分辺りをさしていた。昨日、九時になる前には眠ってしまった。九時間以上も寝たことになる。ママが寝ている今のうちに、イッキはパーツを組み立てることにした。

 起こしては悪いと思い、部屋のベランダに出て作業をした。海沿いに建っているためか、朝は寒い。部屋に戻り、上着を着てから開始した。

 ロクショウのときもあり、パーツを一から組み立てティンペットに装着するのは慣れた。三十分ぐらいで、女性型ティンペットにはプリティプラインのパーツ一式が装着完了した。

 メダルを背中に挿入するのはまだにした。ナイトメダルは概ね、落ち着いた性格が多いが、このナイトメダルも必ずしもそうとは限らない。口煩い奴かもしれない。眠るチドリに対する気遣いに、チドリへの紹介もかねてイッキはメダルを挿入するのは後にした。

 ベッドに戻り、もう一眠りした。八時近くにはチドリが目を覚ました。イッキはチドリが朝の用事を済ましたタイミングを狙い、メダルを着けた。

 メダロットの目に光が宿った。無事にプリティプラインは起動した。

 

「ママ。見て、僕たちのパーティに新しく加わった子だよ」

「あら、初めましてって言えばいいのかしら。私はイッキの母親で、チドリって名前よ。あなたの名前はなんていうの?」

 

 チドリにそう言われ、イッキはこのメダロットに名前を付けていないことに気が付いた。

 

「そういえば、まだ名前をつけてやらなかったな」

「そうなの? じゃあ、イッキ。私が命名しても構わないかしら? ロクちゃんにソルティも、イッキが今まで名付けていたでしょう。だから、たまにはママが名付け親になってもいいでしょう?」

 

 自分が付けたかったが、それだと一時間以上の時間を要するし、女の子っぽい名前はせいぜい幸子や清美とか普通な感じのものしか思い浮かばない。ママがどんな命名をするかも興味がある。

 

「ん。じゃあ、いいよ。でも、変な名前にはしないでよ」

 

 チドリは心配ご無用と応えた。

 ママは少しの間黙りこくった。その間、名も無きメダロットはじっと、イッキやチドリの動向を観察していた。チドリは右手を下に添え、左手で軽くポンと叩いた。

 

「巴御前の名前を取って、カタカナでトモエと呼ぶのはどうかしら? 昔の日本には、女性の武将だっていたんだし。ジャンヌって名前も良いかなと考えたけど、その名前だと先行きがちょっと不安だし。何より、イッキのメダロット君たちはみんな和風っぽい名前でしょ? 西洋風より、ここは和風にしたほうが統一感があるわ」

「お前……君はこの名前でいいと思う?」

 

 しかし、さっきから彼、あるいは彼女と呼ぶべきか。メダロットはずっと口を開かなかった。イッキに命名のことを聞かれて、メダロットはようやく重たそうに口を開いた。

 

「……トモエですか……。了承しました。それが、(わたくし)の名称ですね」

 

 プリティプライン。もとい、トモエの声には凛とした響きがあり、意志の強さと喋ることを好まぬ寡黙さが感じられた。声の年齢を人間でいえば、二十代ぐらいの女性であろうか。

 イッキとチドリ。そして、メダロッチから転送されたロクショウ、光太郎はそれぞれトモエに自己紹介した。

 誰彼の挨拶に対しても、トモエは平静な装いを崩さなかった。

 武士道精神、浪花弁の陽気者、寡黙(かもく)で頑固そうな女性。結構、出揃ってきたような気がした。何が出揃ったかと問われれば、答えに窮するが。

 

 

 

 チドリはイッキの手を離さぬよう、しっかりと握って歩いた。

 何もなければ、自由行動も許可したが、昨夜、ジョウゾウから知らされたことを聞き、そうもいかなくなった。そのジョウゾウは、今日は家族と水入らずの休暇を過ごすはずであったが取消となった。

 理由は以下にある。

 二日前。メダロッ島ロボトル大会の前半戦当日。一人の男の子が姿をくらました。小学六年生グループの子達で、その子達だけで島に来ていた。

 だが、もとよりその子は一人で勝手に行動する(へき)があるらしく。グループの子達も、一応、見つけたら注意して連れ戻してくださいと、本気で心配してなかった。以前、その子は修学旅行中にもどこかへと行ったことがあるからだ。

 という訳で、このとき報告を受けたセレクト隊員は事態の重さを全く把握していなかった。

 翌日。今度は二人の兄妹が行方をくらました。これは保護者同伴の旅行であり、島内で放送をしてもらい、夜になっても姿を表さないことを不安に思い。保護者二名はセレクト隊に通報した。

 更に翌日。メダロッ島ロボトル大会後半戦。メダロッ島遊園地が最も混む日。この日には、何と六人もの子供が行方をくらました。これには、島内関係者とセレクト設営本部も事態の重さを憂慮し、セレクト隊指導の下、各スポンサーが雇った警備員も搜索に協力した。

 ジョウゾウも、子供搜索の人員として駆り出された。

 これとは別に、財布や携帯、メダロッチやメダルが盗難されたことも報告されていたが、その事件はさして重要視されていなかった。

 パパは急にお仕事が入ったの。チドリはこの一言以外、一切の事情をイッキに伝えなかった。しかし、何気ない素振りの中に、周囲を探るような目付きがあることをイッキは薄々勘づいていた。

 それよりも前におかしいと気づいたのは、娘の行動に口煩くないはずの甘酒おばさんが、いつになくアリカの行動を制限していたからだ。

 日常を送っているうえで、もしもこの手合いの出来事がニュースで流れるどこそこかの県を超えた事件の場合なら特にどうと思わない。が、その事件が現在自分たちが滞在している島で起きた出来事ならば、話は別。チドリと甘酒おばさんは、明日一番の出稿便で帰ることをイッキとアリカに告げた。

 二人は当然、不満の声を上げたが、チドリとアリカの母親は二人の言い分を一切合財無視した。

 代わりに、今日は好きなだけ遊園地の乗り物を巡り、ロボトル大会の次に目玉のパレード見物で満足しなさいと言った。

 母親たちの変貌ぶりにイッキとアリカは混乱したが、反論できる材料もないので従った。六日目で予定してあった、遊園地の反対側にある、世界中の料理を集めたワールド・フード・シティに行けなかったのが残念極まりない。

 初めに、ジェットコースターに乗った。三分間と、長めにスリルを味わえる。終着地点付近でストロボフラッシュがたかれた。当然、フラッシュを気に掛ける者はいなかった。

 一体、誰が予想しえたであろうか。子供の誘拐疑惑、盗難事件、遊園地内に幾つか点在する監視カメラとストロボフラッシュ。一見、繋がりがないこれら三つが、実は全て一つに集約していたなど。

 

 

 

 今日が最後というので、二人の子供は遠慮なくあちこち歩き回り。おかげで、お昼には二人の親はすっかりくたびれていた。休憩も兼ねて、レストランで食事をした。

 

「ママ。トイレ行ってくるね」

 

 今居るレストランのトイレは外にある。昼間で、人目も多く、セレクト隊員の姿も目にとどまり、さしものチドリも気が緩んだ。余計な所には出歩かず、用を済ましたらすぐ戻ってきなさいとだけ言っておいた。

 水色のシャツを着たチョンマゲ頭の少年の背を見送る。

 レストラン裏のトイレに回り、用を済まして戻ろうとしたその時…。誰かがグイと、イッキの袖を引っ張った。

 見ると、イッキより二歳か三歳年上で、純白のワンピースを着た、柔らかな金髪巻き毛の西洋人形のような美少女がイッキの傍にいた。

 口で指をはみ、うるると見上げるような瞳と表情がいたましい。人目がなければ、抱きしめていたかもしれない。仮に人目がなくても、自分の度胸では抱きしめる勇気なんて無いが。

 

「あ……あの……何か御用ですか?」

 少女は可愛いらしく体をくねらせた。

「……私、ミルシィというの。初対面の人にこんなことをいきなり言うのも何だけど。私と一緒に来てくれないかしら、イッキさん」

 

 見も知らずの少女に一緒に来てくれと言われただけでも驚きなのに、自分の名前まで知っているのは仰天した。いや、待てよ。ひょっとしたら、ロボトル大会を見に来ていたのかもしれないこの子は。イッキは恐る恐る、期待を込めて聞いた。

 

「ひょっとして、大会を見ていたの?」

 少女は白い歯をみせてほほえんだ。天使という言葉が当てはまりそうだ。

 

「ええ、そうよ。あなたとあなたのメダロットさんたちの活躍は見せて貰ったわ。もう一方の子も凄くかっこよかったけど、私はあなたのほうがずっとかっこよく見えたわ」

 

 誰だって、可愛らしい子に褒められたら悪い気はしない。イッキはどこ吹く風な態度を取ったが、内心はにやにやしていた。

 

「それで、ミルシィさんは僕に何の用があってきたの」

「最初に言ったでしょ? 私と一緒に来てって。小一時間ほどでいいから、私とデートして頂戴。日本の想い出として」

 

 問題がなければ、イッキは小一時間どころか今日一日デートして良いと思った。だが、ママの言っていたことに変貌ぶりが気になる。イッキがそのことを言うと、ミルシィは笑ってこう提案した。

 

「迷子の女の子の親を探していたといえば、一時間姿を消した理由としては苦しくないわ」

「イッキ。人間の色事は分からぬが、控えておけ」

 

 ロクショウは忠告したが、イッキは聞く耳を持たなかった。一時間程度なら、ちょっと叱られるだけで済むだろう。イッキはママとのお約束より、美少女ミルシィとのデートを選択した。

 イッキはまず、魔女のお城ツアーに行ってみようかと言った。ミルシィは喜んで賛成してくれた。アリカと違うタイプの女の子。どちらかというと、カリンちゃんに近いかも。

 ミルシィは両手をイッキの右腕に回した。イッキは恥ずかしかったが、まあ短い夏休みの想い出にでもと思い。気に留めないようにした。魔女のお城入場前、ミルシィはこっそりと後ろを振り返り、ぱっちりと係員にウィンクした。係員は密かにグッドサインをミルシィに送った。

 

「そういえば、君って見たことがあるような気がするんだよね」

「えっ? 誰と似ているの?」

「うーん、確か。あっ! ほら、お城ツアーのマスコットキャラの魔女『ミルキー』と似ているんだよ」

 

 イッキは魔女のお城ツアーの張り紙を指して言った。魔女のお城の案内人、魔女のミルキーとミルシィはよく似ていた。外見だけではなく、名前もミルキー、ミルシィと似通っていた。

 イッキとミルシィが魔女のお城に入場直前、係りの男性の一人がイッキとミルシィを呼び止めた。

 

「君は天領イッキ君とミルシィちゃんだね。君らの親から連絡があってね。ちょっと来てくれないかい?」

 

 二人はぎくりとした。そして、互いに顔を見合わせた。ミルシィも、親に内緒で出歩いたんだ。

 二人は園内の裏側に連れてこられた。裏側に事務所でもあるのだろうか。

 

「あの、それで、ママは何と言ってきたんですか?」

 突如、係員の男性は意地悪そうに笑い出した。

「はっはっはっは! 親に内緒でデートときたか。中々、見所がありそうな奴ロボね! 言っておくけど、今の俺の顔はこの世に存在しないロボよ」

「えっ! ロボ!? まさか」

 

 気付いた時には既に遅し。ミルシィはくさむらから出現した金魚鉢頭のロボロボ団員とそのメダロットたちに捕えられてしまった。イッキはロクショウ、光太郎で応戦しようとしたが、係員に扮装したロボロボ団に羽交い絞めにされてしまい、メダロッチを強奪された。

 声を出したくとも、口にタオルを猿轡(さるぐつわ)のようにきつく巻かれ、頭に布を被された。

 布を被される前、ミルシィの泣き顔が目にちらついた。抵抗しようにも、体と腕を縛られてはどうしようもない。

 メダロッチを奪われ、ロボロボ団にへまして捕まり、女の子一人も助けられなかった。大きなショックの連続に、イッキの心は停止してしまった。

 


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