メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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13.メダロッ島(三日目)

 眠れない。定まらない視線は勝手に天井の木目調を追いかけていた。

 夏休みをおもいっきり楽しむために来たメダロッ島。僕に、ロクショウ、光太郎は今日の大会で今まで培ってきた力を存分に奮い、戦った。

 満足したはず。なのに、この言葉では言い難い違和感はなんだろう?

 確かにロボトル大会は楽しくて燃えた。ただ、終わってみると、イッキは得も言われぬ焦燥感に襲われた。何をやっているのだろう、僕は…。楽しくて燃えたけど、メダロットたちはどうなのだろう?機械だから痛覚は無くても、何らかの衝撃やら変化は確実に感じるはず。そもそも、僕は何を思ってメダロットを欲したんだっけ。

 家族? 友人? 親友? 兄弟? ペット? 相棒?

 今日の大会も新たなる仲間となりうるかもしれない。プリティプラインに似合うメダルの入手、それと、自分とメダロットたちの腕試しのために参加した。…でも、そもそも、僕は何でプリティプラインを欲しいと思ったのかな?

 現在、メダロッチ最大収容可能数のメダロットは三体。三体目のメダロットも迎え入れられれば、ロボトル戦略の幅が拡がり、さぞかし賑やかになるだろうなと想像した。

 ひょっとしたら、あくまで建前上のことで。僕は、ただ単に収集意欲を満足させるために欲しがったのかもしれない。最初にメダロットを欲した理由も、周りが持っているから、何とか仲間外れになりたくないという思いが僅かにあった。

 大会終了後、ヘベレケ博士という、メダロット博士よりもっとマッドサイエンティスト風情の格好をしたお爺さんが演説にきた。演説の中で、博士はこんなことを言った。最初は何でもなかった。

 しかし、ヘベレケ博士の俺の言葉を聞けとでも言うかのような厳しく問い掛ける語り口に。イッキは次第に呑まれてしまった。

 

「最後に一言添えたい。近頃、勘違いをされている方もおられるようだが、メダロットによるロボトルはあくまでスポーツの一環の過ぎず、メダロットは決してロボトルやメダスポーツの為だけのお遊び玩具ではありませぬ。メダロットの真なる活用性はもっと別のところにあります。そこを誤解なされぬよう、私からお願い申し上げます」

 

 博士の言葉に、胸をちくりと刺されたような気がした。

 僕はロクショウ、光太郎と一緒にロボトルやメダスポーツをした。それって、僕が満足するためだけにメダロットたちにやらせただけじゃないか? ロボトルの際、命令することにある種の優越感を持ってしまうときがある。その感情を抑えるようにはしているが。ふとして、そんな感情を抱いてしまう自分を屑野郎と罵った。

 もう一度、考えてみた。僕にとってのメダロットって何?

 同じ言葉の羅列がイッキの頭を過ぎる。どの言葉にも当て嵌るが、どの言葉にも当て嵌らないようにも思えなかった。

 安楽椅子に伏せる。きぃきぃ。揺れるがままに安楽椅子に身を任せた。

 ロクショウ、光太郎に聞こうかな。

 ——止めておこう。というより、今は聞く勇気が無い。二体とも僕より賢い、それ故にどんな答えが返ってくるか逆に不安。どうも眠れない。イッキは安楽椅子を離れ、片端の窓側に眠るチドリに寄った。じっと立つ我が子の気配に気付き、チドリは半目開いた。

 

「どうしたの? 明日、一杯遊びたかったら早く寝なさい」

「ママ……一緒に寝ていい」

 

 チドリは理由も聞かず、イッキを布団に招いた。

 

「一緒に寝るなんて、小学校一年生以来ね」

 

 イッキは二年生の頃から、一人で寝るよう心がけた。これも、周囲に既に一人で寝ている子たちがいて、アリカもとっくのとうに一人で寝ていた。自分も負けてられない。突き詰めれば、結局は周囲に流されただけ。僕って、あんまり変わらないなあ。

 そうじゃない。それもあるが、一人で寝ようと思い立ったのは訳がある。パパとママが、僕を甘ちゃん扱いするしかない子供だと思っていたからだ。

 何より、認めてもらいたかった。僕は、もうそこまで子供扱いする必要が無いと分かってもらいたかった。だから、部屋を暗くして一人で寝るのは怖かったけど、もう大きくなったんだぞというのを見せたくて、一人で寝るように心がけたんだ。

 僕の部屋に度々ソルティが入ってきたから実際は一人じゃなかったが、これは置いとく。最初は傍らにママやパパのどちらもいなくて寝付けなかったが、何時頃かぐっすりと安眠していた。

 たまに寝付けないこともあるが、適当なことを考えていたら眠れた。今日は、適当なことを考えても眠れそうにない。それで母親の布団に潜るのも情けないが、今は無性にママの布団に潜りたかった。

 こういうの、単なる甘え? それとも、卑怯な逃げ方かな? いい歳こいて何やってんだか…。

 イッキはチドリに頭を撫でられ、ふんわりと包み込むあたたかな布団の中で色々なことを考えているうちに、安らかな眠りについた。

 

 

 

 目を開けたら、チドリがいたはずの布団の中はイッキ一人が眠りこけていた。イッキはチドリより一時間遅く、九時に目を覚ました。ちょうど、ルームサービスとして朝食がテーブルに配膳されて、イッキはその匂いを嗅ぎつけた。

 和洋風のテーブルに置かれた物は、ご飯、納豆、アサリの味噌汁、焼き鯖と和風物が占めていた。一つ、お丸のような形をしたガラス製のお皿にヨーグルトが盛られていた。

 洗顔を済ませ、朝食を二人で召し上がった。

 和風にヨーグルトが混ざるのは違和感がありすぎたが、食べる段階になるとさして気にならなくなった。

 イッキは昨夜の悩みなど嘘のように、ヨーグルトを口にかっこみ、焼き鯖と納豆盛りご飯をぺろりと平らげ、最後は程々に熱くなったアサリの味噌汁を啜った。

 ママはヨーグルト、焼き鯖、味噌汁を食べ終わり、ようやく納豆とご飯にかかるところだった。自分のベッドに座り、テレビをつける。ニュースを見て時間を潰すことにした。

 ———降水確率は10%

 太陽がさんさんと海を照らし、今すぐ海に飛び込みたい気持ちにさせられた。赤いジャケットを着たライフガードの男性が、カエル型のフリッグフラッグを連れて浜辺を監視していた。

 

「イッキ、今日は海でのんびりしない?」

「うん、僕もそのつもりだよ」

 

 イッキはバッグからくしゃくしゃに折り畳まれた浮き輪を取り出し、口で直接空気を吹き込んだ。

 話す気はなさそうね。普段と変わらぬイッキを見て、チドリはそう思った。昨日、ヘベレケ博士という何とも言い表しにくい人物の演説を聞いた後、チドリはイッキの微妙な変化を感じていた。

 あえて聞かなかった。息子が話したいときに話してくれれば良かった。イッキは何も言わなかったが、見た感じ、もう動揺はしてない様子だ。

 十時に女中さんが部屋を訪れ、朝食セットを片付けた。

 女中さんが出ていったら、浴室から海水パンツ姿のイッキが姿を現した。

 

「ロクショウたちと先に行ってていい」

 

 チドリが良いと頷くと、イッキは素早くひったくるようにメダロッチを腕に巻きつけ。浮き輪を担いでドアを開けた。

 

 

 

 手を繋ぐカップル。砂のお城を作る祖父と孫娘。浜辺で寝そべるお姉さん。ヨットにボートを乗り回す人。そして、人々に挟まれて遊ぶメダロット。どこにでもある真夏の海水浴場の光景。

 アリカとイッキ、メダロットたちはまずは遊泳を満喫した。ロクショウは静かに浜辺で海を見上げ、二脚パーツを付けた光太郎は砂に寝っ転がてのんびり日光浴。海で一緒に泳いだのは、スクール水着のアリカと潜水パーツを付けたブラスだけだった。海から、水着の上に服を着た甘酒あばさんと、肩にタオル羽織った柄にもなく水色のビキニを着たママがビーチパラソルの下で座っていた。

 正直言って、ビキニは止めてもらいたかったな。だが、たまに通る男性がちらとイッキママに視線を送るのを見て、何とも言えない喜びと恥ずかしさが湧いた。

 お昼までたっぷり遊泳を楽しみ、次は昼食。海の家での焼きそば。普通に食べるならどうということない。こうして海を眺めての焼きそばは何割か美味しさが増している気がする。

 お昼を済ましたあと、アリカは散策すると言い。カメラを持ってどこかへと行った。多分、記事のネタ探しが目的だろう。

 イッキは一旦ホテルに戻り、ロクショウを交えて磯釣をした。昨夜、パパがホテルに訪れた際、職場に置けないからと言って釣り道具を置いてったのだ。

 

「うむ、私には砂遊びよりかは釣りが向いているな」

 

 と言い、ロクショウは静かに座禅した。アイカメラの光が消えているので、これでは機能しているのか起動しているのか判別に困る。その内、光太郎も加わった。静寂。なんとなくだが、イッキはお年寄りに挟まれたような気持ちになった。

 言おうかな。今、僕がロクショウ、光太郎に対して思ったことを…。

 いざ言おうとすると、急に周囲の音が聞こえなくなり、自分の心音や息遣いしか聞こえなくなった。

 一、二、三。イッキは口を開いた。

 

「ねぇ、あのさ。一つ聞いて欲しいことがあるんだけど」

 

 ロクショウのカメラアイに光が灯る。

 辿たどしく、イッキは昨夜の心境を語った。ロクショウ、光太郎は最後まで口を挟まず。イッキが語り終えるまで待った。 

 イッキはそっと二体の顔を窺った。変わることがないその機械の表情からは、何をを考えているのか計り知れない。やがて、光太郎はしょうもなとぼやいた。

 

「珍しく深刻な顔してるなと思いきや。あんさん、そげえなことで悩んどったん?」

「えっ? だって」

「ほな、聞くけど。イッキやんは普段から、わいらのことを単なる人形と考えとんのか?」

「そんなこと思ってないよ! ただ、常にじゃないけど、こんな風に考えてしまう俺はメダロッターとしても人としてもどうかなって……」

「イッキやんがあからさまに見下した態度取るなら別やけど。そう考えてもしまうことがあるだけで、あんたはそうしたいわけやないやろ。なら、そんでええやん。わいの前の持主の家族なんて、機械が人間臭い行動取るのにめっちゃ不愉快を示すような人たちやった。その点、イッキやんはメダロットによう理解がある人や。だから、そんなこととはいえ、イッキがわいらのことでそんなに真剣に悩んどったことを知って感激したで。ほんま」

「いや、でもさあ」

「そう気に病むなイッキ」

 

 ロクショウが竿を振るうと、一匹のキスが釣れた。ロクショウはそれをバケツに入れてから、イッキを見た。

 

「光太郎が良いと言っている。ならば、今はそれで良いではないか。気持ちばかり焦り、何かを無理にしようとして何もできなかったり、却って余計に悪化するようなら、何もしなくても良いではないか。お前にはまだ時間があり、それに、私や光太郎というメダロット以外にも支えとなる存在がいる。——だから、そう事を急くな。魚が逃げてしまうぞ」

「ロクヨン……じゃなくて、ロクやんの言う通りやで」

 

 苦笑いするしかなかった。イッキが思っていたより、二体のメダロットは主人より大人びていた。

 

「メダロッターとしてはまだ半人前やけど、人としてはその考えは立派やと思うで」

 

 光太郎は気軽に半人前と言った。その発言にイッキはこけそうなになり、益々顔を半笑いで歪めた。その顔のまま空を見上げる。小さな雲が所狭しに点在するが、太陽を遮るほどの規模は無かった。昨日、眠れないかもしれないほど悩んだが、二体はそれほど気に留めなかった。 

 何だか、だんだんどうでもよくなってきた。

 元気が出た。イッキはロクショウに負けずと釣りに取り掛かろうとしたら、お昼時にネタ探しの散策に出張ったアリカが帰ってきた。

 

「あら、イッキ。何か、お昼前の時と違って憑き物が落ちたような顔してるわね」

「憑き物が落ちたって何?」

「それはともかく。良い情報を入手したわよ」

 

 アリカがショルダーバッグからこれ見よがしに手帳をチラ見させた。

 

「ふーん。で」

「ふーん。で、てっ。もう少し反応したらどうなの?」

 

 気持ちが落ち着いた今。イッキとしては今だけはロクショウ、光太郎と一緒に居たく、アリカに煩わされたくなかった。アリカが唇を尖らし、腕を組んでそっぽを向いた。

 

「あっそ。じゃあ、いいわ。あーあ、次の対戦相手を偶然取材出来たってのに。イッキが要らないなら、コウジ君にでも教えちゃおうかな」

 

 四回戦の相手は顔に僅かながら面皰があり、黒縁丸眼鏡をかけ、その割りにはオタクっぽさを感じさせず、爽やかさと神秘性がある目鼻筋整った黒髪のネィテイブアメリカンの青年。名はジョー・スイハン。一回戦はトイレに行っていて、三回戦はシャンデーさんの色気に惑わされ見逃してしまった。

 確か二回戦ではティーピーを使っていたような気がする。試合は二十秒で片がついた。僕はよく分からなかったが、二体はジョー・スイハンの実力を見抜いていた。ロクショウは見ていて体が疼くと言い、光太郎は実力を出し切ってないと述べた。

 

「いやー、凄いなアリカは。ジャーナリストを目指しているだけあって、目の付け所が違うね。本当」

 

 イッキはすわと態度を改め、へりくだった調子で遠回りに見せてと言った。だが、イッキの媚売りはあまりにも下手だった。アリカはますますそっぽを向いた。

 

「そんなんじゃ見せて上げない」

「……そんなんじゃって。お願い! アリカ! さっき言ったこと反省するから! だから、どんな事でもいいから聞かせてちょうだい!」

 

 アリカはイッキのほうを振り返り、口を大きく歪めた。本人は笑っているつもりだろうが、イッキには不気味に思えた。

 

「じゃあ、約束してくれる」

「何を?」

「絶対に勝つこと。これが条件よ。ジャーナリストが骨身を削って得た情報を入手する代金。というより、あんたに提示する条件としては安い物でしょ?」

「確かにそなたの情報提供料としては安い額だ」

 

 ロクショウが答えた。

 よし! イッキは心の中で気合を発した。とにもかくにも、大会でやれるとこまでやってみるしかないか。

 だが、今は磯釣りに専念した。

 


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