メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

13 / 40
12.メダロッ島(二日目)

 簡素なコンクリートで固められた選手入出用の道を抜けて、大会場闘技台へイッキは大観衆の視線にその身をさらした。観客席の照明は仄か、逆に舞台の照明は眩しかった。

 少し遅れて、カリンも闘技台反対方向へと回り、おしゃまなお辞儀をした。ふわりと、絹めいた髪とスカートが緩やかに翻る。カチコチに固まったイッキは、意外にも物怖じしないカリンちゃんの態度に、賞賛と軽い嫉妬のようなものを覚えた。

 イッキも首と背を小さく曲げた。

 

「イッキさん、船舶の時以来のご対面になりますわね。私、ロボトルに自信はありませんが、精一杯頑張ります。よろしくお願いします、イッキさん」

 

 イッキは返事に困り果てた。緊張していて、しかも、可愛いらしい女の子に一体どう接したものかと迷った。ミスター・うるちが北の通路から姿を現し、観衆と選手に深々と腰を折り、お決まりの前口上を述べた。

 と、カリンが何か思い付いたのか。ポンと右手で広げた左の手の平を叩き、ミスター・うるちに来るよう手招きした。カリンはうるちの耳元で何事かと囁き、観衆にイッキも少女と審判の動向に注目した。

 

「えー。ただ今、純米カリン選手からイッキ選手への提案で真剣ロボトルが要望されました。イッキ選手が拒否する場合、直ちに試合は賭け無しの大会ルールに乗っ取った真剣ロボトルが行われます。イッキ選手、パーツを賭けた真剣ロボトルを受諾しますか?」

 

「カ、カリンちゃん! どうして?」

 イッキは当然の疑問をぶつけた。カリンはイッキを見据えて言った。カリンの目には、いつもとは異なる強い意志が見て取れた。

 

「……実は私。コウジさんや仲の良い友達となら遊び程度のロボトルをしたことならありますけど、まだ、一度も真剣ロボトルをしたことが無いのです。いえ……本当はパーツを取られることよりも、ナースちゃんたちが傷付く様を見たくないがために、これまで避けてきたのです。ですが、この前の事件に、イッキさんやコウジさんの戦いぶりを見て、私も一度は全力を持ってロボトルを経験してみたくなったのです。手前勝手な頼みとは承知しておりますが、どうか私の挑戦を受けてくれませんか? イッキさん」

 

 即断ろうとしたが、カリンちゃんの潤ませた真剣な眼を見たら、二の足を踏んでしまい。結局、ミスター・うるちに了承の意を伝えた。

 

「それでは、メダロッ島ロボトル大会第一回戦第一試合! ロボトルファーイトォ!!」

 

 イッキはロクショウを転送、カリンはプリティプライン。それとも、プリティプラインのパーツを付けたセントナースと表せばいいのだろうか。

 

「……カリンちゃん……それは?」

「ナースちゃんです。本当はもう一体、シルビアという子がいるのですが。ナースちゃんと比べたら、まだ経験不足なので、シルビアのパーツをナースちゃんに装着したのです」

 

 ともかく、二人と二機は試合を始めた。ナースの鞭のようにしなる電流を帯びたソード攻撃を、ロクショウは難なく回避。ナースは動きがなってなく、真剣ロボトル経験が無いのは本当のようだ。カリンに嫌われたくないと思ったイッキは、ロクショウに出来る限り手を抜くよう指示した。

 ものの数分間、追って追われるの試合展開が続いた。始めは応援していた観客も、真面目にやれという声がちらほら聞こえてきた。

 仕方なく、イッキはチャンバラソードで適当に攻撃するよう言った。

 かきん! ロクショウの力無い一撃が、左腕の盾に僅かな跡をつける。

 

「お待ちください!」

 

 カリンが祈る形で両手を握り、叫んだ。そして、薄らと涙目を浮かべた。なんだよ、なんだよ。あの子、びびっちゃったのかな。こりゃ、次の試合まで待つか。観客席から露骨に不満気な声が漏れ、闘技台の選手たちの耳にもしかと届いた。

 

「イッキ、手加減しようという気持ちは良いが。ここは、思い切って全力で攻撃しないか?」

 

 ロクショウまでも不満を言ってきた。焦るイッキに観衆を物ともせず、カリンはイッキに訴えかけた。

 

「イッキさん! ……私が最初に言ったことを覚えていますか? 私は、真剣ロボトルを要望し、あなたは確かに了承してくれました。しかし、何なのですか。これは!? イッキさんほどの実力をお持ちの方からすれば、私が全力でお相手するには力不足だとは承知しています。ですが、それらを承知の上で、私のナースちゃんと戦ってくれることをあなたは承ってくれました……。短い時間とはいえ、私が前にコウジさんとのロボトルで見せた、イッキさんとロクちゃんの実力はこんなものでは無いはずです。不承を承知でお願いします。イッキさん、どうか私と真剣にロボトルをしてください!」

 

 切々と、無垢で力強い可憐な少女の訴えかけに戸惑うイッキ。不満を漏らした観衆もざわめきながら、少女の声に耳を傾けていた。

 イッキは二度頬を張り、深呼吸すると、決然とした表情を浮かべてミスター・うるちに一声かけた。

 

「審判員さん。試合中断してご免なさい。これから、戦闘開始します」

 

 事態をどう収集したものかと本部と相談していたうるちは、先ほどとは一変したイッキの表情を見て、本部にはもう大丈夫ですと答え、高々と試合続行を告げた。

 

「細かな指示は僕に任せて。ロクショウは、自分が思ったとおりの全力アタックをしろ!」

 

 ロクショウは意気揚々に「了解」と言った。

 本気を出したロクショウの前に、ナースの攻撃など掠りもしなかった。ロクショウがぴたりと止まる。ナースが横様に切りかかる。

 

「腰付きや振り方がなってない」

 

 ロクショウは背を逸らした。電流ソードは空しく中を掻き切り、ナースがバランスを大きく崩す。ロクショウが左の軸をちょんと蹴ると、ナースはすっ転んだ。

 ロクショウは両足でナースの剣と盾を抑え、右腕で喉を締め、左腕の三本ボトルがついたメリケン、ピコペコハンマーをいつでも降り下ろせる態勢を構えた。

 会場一帯は、少女がどう判断をくだすか注目していた。

 カリンは挙手し、審判に降参の意を伝えた。ミスター・うるちがイッキとロクショウの勝利を告げた。

 

「やはりお強いですね。イッキさんとロクちゃんは。では、約束通り」

 

 カリンはメダロッチから予備用のセントナースの頭部を、にっこりと微笑みながらイッキに渡した。こうして間近で見ると、やっぱりカリンちゃんは可愛かった。

 イッキは赤らめた頬を掻き、躊躇いがちにパーツを受け取った。

 会場から、青春の熱く青臭い試合を見せてくれた二人にささやかな拍手が送られた。

 

 

 

 一悶着あるかなと身構えたが、意外にもコウジはイッキを咎めたりしなかった。

 

「カリンがあんなに積極的にロボトルしようとするなんて初めて見るぜ。しかし、その相手がお前だとはな……。まっ! 準決勝で会おうぜ!」

 

 キクヒメの一回戦対戦相手は、ショーチュー王国という聞いたこともないような小国の王族、キール王子が相手だった。

 キール王子は中東風の顔立ちで、インドの貴族っぽい服を着ていた。まだ幼く、イッキより二つ年下だった。頭の金でできた冠が、見る者に彼を、王子様に見えないことも無いと思わせた。

 対戦結果だが、試合は一分以内にキクヒメがキール王子の愛機の一機、マッドマッスルに勝利。そのまま次の試合へ……と、ミスター・うるちは進めたいところであったが、キール王子は激しく喚いた。

 

「!!!#$?+KP〜:*=|(%GBI&…ギィ」

 

 ショーチュー王国独特の言語でキール王子は喚き、泣き、怒った。通訳の日本人男性も同じく、「お…王子様落ち着いてください! トラトラトラ、ミハラヤマノボレ。ウンヌンカンヌン。パラポロピレ、カクカクシカジカ」と難解な言語で王子を懸命に慰めた。

 ここでSPが登場し、通訳とSPが二人がかりでキール王子を連れていった。 

 一回戦に続いて二回戦もこの有様。観客に運営担当者たちは、先行きを心配した。だが、その後、第一試合と第二試合以外は滞りなく試合が進められた。

 後半戦。アリカ対コウジ。イッキはできればアリカの勝利を願った。任せなさい! アリカは無い胸をどんと叩いた。三分後、アリカは笑顔で控え室に帰ってきた。イッキはアリカの琴線に触れぬよう聞いた。アリカは晴れ晴れとした顔で「完敗した」と即答。

 

「じゃ。私、応援席に居る母さんとチドリおばさんの所に行くわ」

 

 二十分の休憩を挟み、二回戦第一試合。イッキ&ロクショウチームVSキクヒメ&セリーニャの対戦。

 今まで辛酸を舐めさせられたが。今度こそはキクヒメとセリーニャに打ち勝つぞと、イッキとロクショウは燃えた。

 右腕のパーツを残しておいたトイワールドの物に替えて、二人は試合に臨んだ。

 

「はっはーん! トイワールドのルアーであたいのセリーニャの足を絡めて、動きを封じようってわけね。甘いわよ。痩せても枯れてもスクリューズのボス、このキクヒメ様がその程度の戦法を見抜けないとでも思っていたの?」

「うっ」

 

 見抜かれた。が、想定の範囲内だ。ここはキクヒメでなくとも、イッキがやろうとしていることは誰もがお見通しだ。イッキも、セリーニャをそう簡単に捕らえられないのは承知の上。ただ、イッキとロクショウはキクヒメのくせ。というかセリーニャのくせに勘づきつつあった。

 ペッパーキャットのセリーニャが、電流を爆ぜさせた両腕で殴りかかってきた。ロクショウはハンマーで応戦。一転、二転! セリーニャの華麗なバック転。セリーニャは勢いをつけて回転跳躍。そこを、間合いを詰めていたロクショウはセリーニャの体に右腕のルアーを引っ掛けた。

 ルアーを回転させ、そのまま地面に一回叩きつける。そして、ハンマーで頭を殴りつけた。セリーニャの顔半分がひしゃげ、右耳がちぎれた。ピン! 横向きに倒れたセリーニャから、メダルがこぼれた。

 キクヒメの多少の油断。トリッキーなセリーニャの数少ない隙ある行動パターン。以前記録していた戦闘パターン例と、予め起動しておいた索敵で、セリーニャの動きをロクショウは分析していたのだ。

 あんぐりと口を開いたキクヒメを残し、イッキとロクショウは控え室に戻った。戻るさながら、イッキは右手だけ小さくガッツポーズを決めた。遂に因縁の相手、スクリューズのキクヒメとセリーニャに実力で勝てた。

 

 

 

 三回戦前。相手選手のほうからイッキに会いに来た。

 

「ハアィ! ご機嫌いがが、リトルボーイ」

 

 お腹回りと僅かに胸元が露出した白いタンクトップ、ハサミでちょんぎったかのような太腿の辺りまでしかない短いジーンズ、ボサボサの頭をポニーテールにまとめ、顔を覆うように横幅に拡がった黒いアップラウンドのサングラスを付けた。ボン、キュッ、ボンという表現がよく似合う。グラマラスな黒人美女がイッキに話しかけた。

 イッキは思わず視線を逸らしてしまった。相手と視線を合わせたがらない日本人特有の行動ではなく、目のやり場に困ったからだ。

 

「あら、緊張しているのアナタ? 私、ブラジル生まれのシャンデーね。次のアナタのお相手よ」

 

 イッキはお茶濁しな挨拶を返した。それにしても、色っぽくて野性的だ。同じ大人のお姉さんでも、ナエが社交界の貴婦人だとすれば、シャンデーは都会の荒波を豪快に乗り切る気丈な女性といった感じ。

 あらあら、この子も。意味ありげに笑い、シャンデーは去ろうとした。立ち去ろうとするシャンデーに、イッキは震えるも力の篭もった声で言った。

 

「あの、僕、負ける気はありませんから!」

 

 イッキの発言に、シャンデーは怪しい(つや)な笑みを浮かべた。

 あら。ふふ……どうやら、一回戦の女や二回戦のスケベ男と違って、このリトルボーイとの対戦は楽しめそうね。

 

 

 

 シャンデーより遅れてイッキも闘技台にきた。使用するメダロットは光太郎。

 重力系を苦手とするロクショウよりも、滑空する自分のほうが有利に戦えるはずだと、光太郎が自らを推した。ロクショウも、ここは光太郎が良いと推した。

 シャンデーの愛機は、サフィオと名付けられたスフィンクスをモデルとしたメダロット、キングファラオ。

 転送したドラゴンビートル光太郎の頭部だけをソニックタンクの物に付け替えた。

 

「フフフ。キュートなリトルボーイ、お・て・あ・わ・せプリーズ!」

 

 キングファラオが両腕をぶんぶん振り回しながら、空中の光太郎に先制攻撃を仕掛けた。鈍くて重い戦車タイプの脚部のキングファラオの素早い攻撃に、イッキと光太郎は面食らったが冷静に対処し。空振りしたところを左腕の重力波射撃で脚部を攻撃したが、僅かにへこんだだけだった。キングファラオの脚部装甲の厚さは、全メダロットでも指折りもの。如何に強力な攻撃でも、一発や二発じゃこの装甲は崩せない。

 キングファラオのサフィオはもう一回同じ攻撃を仕掛け、光太郎は重力波射撃を浴びせてやった。

 当たらないと判断したシャンデーとサフィオは動くの止めて、重たい脚部を砲台とし、接近行動から遠隔攻撃に切り替えた。

 砲台と化したキングファラオは三百六十度回転可能な腕、首、胴体を光太郎の飛ぶ方向に合わせて重力波を撃ちまくった。

 光太郎も反撃したいところだが、銃口が内よりにあるドラゴンビートルの腕では撃ちづらく。仮に撃てても、相手の重力波に打ち消されてしまう。

 一分間、逃げの一手が続いた。イッキはどうしたものかと思考した。キングファラオ並みの威力がある頭のナパーム弾でめくらましをも考えたが、そんな手はあまり通用しそうにないし、一発でキングファラオを落とせる自信が無い。

 

「くっそ! あの分厚い脚を何とかせえへんとな!」

 

 メダロッチからの通信で、光太郎が愚痴を言った。いや、めくらまし事態が効かないわけではない。要は使いようだ。その使い方をどうすればいいやら。

 光太郎の装甲では一発喰らうだけでも危ないから、無茶な特攻はできない。

 悩むイッキに、光太郎が通信を送った。

 

「イッキやん。こんなときはもったいないと思わず、一発防がれでもナパームをぶち込むべきや! あの硬い装甲を一発じゃ落とせへんやろうけど、活路は開けるはずやで!!」

「一発に賭けるか、めくらましか…。よし! こうなったら、やってみるか」

 

 光太郎は多少、重力波を喰らう覚悟で撃ち返した。そうして、相手の両腕が塞がり、キングファラオが頭部のナパームを撃つよりも早く、光太郎は二発のナパームを発射した。しかし、態勢が悪かったため、一発はキングファラオの手前。一発は、シャンデーとキングファラオ阻むように硝煙が立ち上った。

 ヴィィィィーン! 会場の換気装置が作動した。

 

「ノンノン。甘いわね。リトルボーイ。中々エキサイティングだったけど、切り札を無くした以上、アナタの勝ちはノーホープ。サフィオもアナタのトンボさんの動きをそろそろロックオンしたよ!」

 

 グシャァン!

 何かが硬い物に衝突した音。シャンデーは光太郎が墜落したと思い、口端を歪めた。だが、メダロッチから愛機であるサフィオの電波が途絶えた。

 

「WHY!?」

 

 硝煙が晴れると、両腕が折れ曲がった光太郎がキングファラオの真上を旋回しており、キングファラオの背部のメダル挿入口は開き、メダルは地面に転がっていた。

 キングファラオの後頭部と顔面は潰されていた。

 イッキと光太郎は必殺のナパーム二発を決めてとして使わず、大胆にも二発ともめくらましに使用した。シャンデーとキングファラオ・サフィオの視界を遮り、一箇所に自身を砲台として固定したサフィオの頭部に重力波を撃ちながら、光太郎は細い両腕が折れるのも構わず空中から勢いよく叩きつけた。

 キングファラオの脚部を破壊するのは到底無理だが、頭部や腕なら別。頭部と腕の耐久値は脚部の半分にも満たない。

 

「第三回戦、ウィナーはイッキと光太郎選手!」

「イッツアグレート! 二発ともめくらまし使うなんて、ワタシでも中々できない。グレイトな大和魂ね、アナタ!」

 

 派手な試合ぶりに会場は大興奮。二人は速やかに控え室へ戻された。

 控え室へ戻るとき、シャンデーはイッキの肩に手を置き、そっとほっぺにキスをした。大人の女性の甘い吐息と情熱的なキス。

 

「素晴らしいファイトを見せてくれた。せめてものプレゼントよ。ジャ、後半戦も頑張ってね。イッキボーイ!」

 

 シャンデーのとびきりのご褒美に、イッキは控え室に戻ることも忘れて、通路でえへらえへらと有頂天になった。次の試合の選手が、流し目で崩れた顔のイッキを見た。

 

「イッキやん。あかんわ、完全に目が眩んでるやろな」

「自ら煩悩を追い払うまで待つしかないな」

 

 メダロッチに居る二機は、うら若きマスターが早いとこ正気に戻るのを待ちわびた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。