映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に 作:牢吏川波実
ここはどこ?
ここが、カガリの心の中なの?
なんて、なんて寂しくて、悲しくて、暗い……
そっか、こんな気持ちをずっと抱えて来たんだね、カガリ
ごめんね、気づくことができなくて……
でも、もういいんだよ。私がいる。私が、ずっとずっと一緒にいるよ
一人ぼっちにして、ゴメンね。もう、大丈夫だよ
どんなことが起こっても、どんな辛い目にあっても、カガリがいれば私は平気
これからもずっとずっと私はカガリの中で生き続ける。だから……
「ゴメンね、スズネちゃん……」
「諦めないで!」
「え?」
「諦めたらダメだよ……マツリちゃん!」
「ハッピー……」
「あれは……あの、光は!」
それは、一筋の希望。
彼女たちの心を包み込んだのは、決して離れることのない彼女の笑顔。
マツリが本に飲み込まれ、虚空に手を伸ばすしかなかった少女。
自分のせいで、また一人不幸になった。そう嘆いていた少女。しかし、その少女を救ったのは桃色の希望の光。
誰もが諦めかけていた。誰もが、悔しく思っていた。誰もが、悲しみに包まれていた。
でも、そのすべての絶望が集約されているとも思われるその場で、ただ一人だけ諦めなかった人間がいた。
自分自身を信じて、自分の力を信じて、自分の笑顔を信じてその本の中に飛び込んだ一人の少女。
彼女の名は。
「キュア、ハッピー……」
笑顔のために戦う戦士、キュアハッピー。星空みゆきである。
「あの子、あの一瞬で飛び込んでいたのね」
誰も気が付けなかった一瞬。いや、彼女自身も気が付いていたかどうかは分からない。ただ、マツリを救いたい。その一心で飛び込んだ彼女の身体もまた本の中に、魔女の中に吸い込まれていった。
そこは、とても暗く暗い空間だった。
何もない、ただただ凍えるくらいに寂しい風景がどこまでも続く広場。
そこに遊具を置くのも自由。そこに草花を埋めるのも自由。でも、何もない心の虚無。
まるで、希望という二文字を忘れてしまったかのような空間が広がっているばかりで、ハッピーはとても寂しい気持ちになった。
自分は、こんなに心ががらんどうな女の子と戦っていたのかと。
自分は、こんなに誰かに助けを求めている女の子と戦っていたのかと。
魔女となった彼女は、これからもずっとこの場所で過ごすことになる。誰もいない、何もない、ドーナッツの真ん中のような空間を生きるだけ。
そんなの、悲しすぎるじゃないか。
嫌だ。そんな気持ちにさせるなんて、この空間をこれからもここにいさせるなんて、そんなの嫌だ。
だからハッピーは探した。
この世界に舞い降りた、もう一人の人間を。
でも、それはたやすいことじゃない。
重油のプールの中に飛び込んだかのように重くて、身体にまとわりつく黒い物体。
一緒にいよう。ここで一緒に暮らそう。そうやって自分の事を止まらせようとするかのような甘い声。
そう、確かにここから出るよりもそのほうがよっぽど彼女にとってはいいのかもしれない。
何もなくなってしまった彼女にとって幸福なのは、誰も傷つけず、誰にも傷つけられない何もない場所でずっとずっといる事なのかもしれない。
でも、そんなの全然ハッピーじゃない。そう、彼女は思っていた。
彼女は知っていた。なにがハッピーであるのか。なにが幸運であるのか。何が、嬉しいと思うのか。
仲間がいて、友達がいて、家族がいて、そんな毎日が自分の心を豊かにしてくれる。そんな日常が、彼女の笑顔を作ってくれる。
それを知っていた。自分は、皆に出会うことでそれを知ることが出来た。彼女にも、彼女たちにもそれを知ってもらいたい。こんな寂しいところじゃない、誰も傷つかない場所じゃない。
誰もが傷つくかも、でもその傷を治しながら深まっていく友情を感じることが出来る場所。
日常の中に、もう一度あなたたちを連れて行く。それが今の、自分の役割だから。
そして彼女は見つけることが出来た。今にも、闇に沈みそうになっていた少女を。
そして、助けることが出来た。
まずは、一人。
「貴方! 何を考えてるの! あんな大怪我をしてるのに、そんなに動いたら……」
少女たちの前に降り立ったキュアハッピーとマツリ。紫穂は、そんなハッピーに起こりながら駆け寄った。
無理もないだろう。だって彼女は先ほど瀕死の重傷を負ったばかりで、今立っているのもやっとのはずなのだから。
だが、ハッピーは笑顔を崩さずに言った。
「私は、大丈夫だから……」
「そんなわけないわ! 自分の体の事、分かってるの!?」
紫穂は、そんな彼女の身体に触れて接触感応能力を使用した。
その刹那である。紫穂の顔が驚きの、衝撃の表情に変化した。
「え、嘘……」
この感覚、先ほどまでの彼女じゃない。先ほどまでは、確かにCTスキャンをかけたように鮮明に彼女の状態を、身体情報から精神情報まで隅から隅まで見ることが出来ていた。
でも、今は違う。身体情報は確かに完全にみることができる。けど、精神状態は、全くと言っていいほどに不明。
いや、それどころかこれは―――。
「分かってるから、だよ……」
「……ハッピー」
分かっている。そう、彼女は分かっているのだ。自分がどんな状態に陥っているのか。これから、彼女にどんな運命が待ち構えているのか、分かっているのだ。分かっていてなお、自分たちを心配させないように笑顔を保っているのだ。
これから過酷な運命が待ち構えている。それでも、笑顔を崩さないようにハッピーはマツリに言った。
「マツリちゃん、ダメだよ諦めたら」
「え?」
「だって、マツリちゃん言ったでしょ、スズネちゃんに。カガリと一緒に最後まで生きようって」
「あ……」
「だったら、こんなところで諦めたらダメだよ」
そう。自分は確かに言った。スズネと、カガリと一緒に生きようと。
約束したのだ。最後まで生きると。それなのに、こんなところで諦めてどうする。
諦めて、カガリのなれの果てと共にとこしえの闇の中でその最後を迎えてどうする。
一番の最高のエンディングを目指さないでどうする。
スズネとカガリと一緒に椿の記憶を持って生きる。それが、今の自分たちの希望。夢、思い。
忘れてしまっていたのかもしれない。カガリの絶望を知って、カガリの苦しみを知って、もう自分にはどうすることもできないと諦めてきたのかもしれない。
でも、違う。
自分は生きたい。日向マツリは最後の最後まで諦めない。だって、諦めたら人は死んでしまうから。
諦める。それは、人にとって最もやってはいけない行為。
人間が決して手放してはいけない当然の権利。
けれど、それを手放してしまう人間もたくさんいる。
生きるのを諦めて、死という安らぎに逃げようとする者がいる。
けど私は違う。
私には、友達がいる。親友がいる。家族がいる。信頼できる大勢の仲間たちがいる。
その大勢の仲間たちと一緒に生きる未来がある。
もしかしたらその世界は、とても厳しい物なのかもしれない。でも、それでも私たちは諦めない。
茨の道でも、汚泥で口を漱ぐことになっても、生きることを諦めない。
「マツリ……」
「スズネちゃん……」
スズネと一緒に、そして願うのならばカガリと一緒に。
「ハッピー!」
「……」
集う仲間たち。そして、その目線の先には空中を浮遊する本。この魔女の結界の主の姿がある。
「皆、聞いてくれる?」
「え?」
ハッピーが、意を決したように仲間たちを見渡し、そして宝石のかけらを、自分たちが破壊したソウルジェムのかけらを取り出して言った。
「私、カガリを……この子と同じように、グリーフシードからソウルジェムに戻そうと思う」
「ッ!」
プリキュアの浄化技ならば、確かに以前ハッピーがやったようにグリーフシードをソウルジェムに、つまり魔女を魔法少女に戻すことが出来るかもしれない。カガリを救えるかもしれない。でも、とかずみは言う。
「昨日は、失敗した……」
そうだ。自分たちは確かに昨晩もハルカが魔女となった存在に対して同じように浄化技を使用してグリーフシードからソウルジェムに戻そうとした。
でも、できなかった。確かに浄化技が、彼女たちの必殺技が当たったはずなのに、魔女は浄化されることなくそのまま居座り、結果かずみたちが魔女を倒すことになった。
もしまた失敗してしまったら。そんな、嫌なイメージがあたりに蔓延する中、ハッピーは言う。
「それでも……私は、助けることを諦めたくない」
「ハッピー……」
ソウルジェムのかけらを握りしめたハッピー。それは、まるでそのソウルジェムの主に決意を表明しているかのようだった。
「ここにいる皆……キャンディやあかねちゃん、やよいちゃん、なおちゃんやれいかちゃん。ありすちゃんにゆりさん。かずみちゃん、海香ちゃん、カオルちゃん。ナオミさん。アリサちゃん、マツリちゃん、スズネちゃん、そしてカガリちゃん。みんなと一緒に笑顔になれるそんな未来を目指したい。そのために、私は諦めない」
「ハッピー……」
カガリは確かに犯罪者。許すことのできない罪をいくつも重ねてきた。でも、それでも自分は信じている。彼女と、彼女を含めた皆が笑って話すことのできる未来を。
でも、その為にはカガリには生きてもらわないといけないのだ。なんとも自分勝手な考えだと思う。けど、自分は彼女に生きていてもらいたい。生きて、罪を償って、マツリと一緒に笑いあってもらいたい。
孤独な彼女を救ってあげたい。
もちろん自分だって罰を受ける。犯罪者を助けようとしているのだから当然の事だろう。
気づいているのだ。自分の身体が変化し始めているという事に。感じるのだ。これが、自分の―――。
ハッピーのその言葉。果たして賛同する者なんているのだろうか。
凶悪な犯罪者に堕ちてしまった少女を、それでもなお救いたいと考える者なんて他にいるのだろうか。
もしいるとしたら、それは何も考えていないお気楽人間か、それともヒーロー物が好きな格好つけか、それとも友情という身を亡ぼす毒を好んで飲もうとする自殺志願者くらい。
そんな酔狂な人間がゴロゴロいるはずがない。
いるはずがない、はずだった。
けど、あいにくここにいるのは皆酔狂な人間のようである。
「やろうよ、ハッピー!」
「せやな……いつもそないな感じでやってきたんや、今回も変わらへん」
「一度でダメでも何度でも何度でも、挑戦あるのみ!」
「やりましょう、ハッピーエンドを作るために」
ピースが、サニーが、マーチが、ビューティが。
「今度は、私も手を貸すわ。これだけの力があれば、行けるはずよ」
「私も、精一杯努力します」
ムーンライトが、ロゼッタが。
「うちらも忘れんといてな!」
「……それが、貴方の覚悟ならね」
「例え犯罪者でも、やり直させることが出来る。その未来を守るのも僕たちの仕事だ。B.A.B.E.L.も,全力で協力するよ」
「よっしゃ! やってやろうじゃん!」
葵が、紫穂が、皆本が、薫が。
「乗りかかった船なら、最後まで付き合うわ」
「もう死んで全部終わりにするのは無し……だね」
「もしかしたらできるかもしれない……皆が望んだ、死人を蘇らせることが……ううん、違う。カガリを……絶望のまま終わらせたくない! ただ、それだけ!!」
そして、海香が、カオルが、かずみが言う。
皆、カガリを助けたいのだ。孤独なままで死んでもらいたくない。そんな悲しい思いを持って死んでもらいたくないのだ。
罪を償い意志が彼女にあるのか分からない。いや、もしかしたら自ら魔女となったのは、その罪滅ぼしのためだったのかもしれない。
でも、それじゃ罪滅ぼしにならない。
それは、単なる逃げだ。自分の犯した過ちから逃亡する、ただの卑怯者だ。
本当の罪滅ぼしとは、本当の後悔とは、生きてこそ成立する物。
だから、彼女には生きてもらわなければならない。生きて、自分の犯した罪の重さを分かってもらわなければならない。
罪を償うとは、そういう事だから。
そして、罪を償い終えたその先には―――。
「……」
「スズネちゃん……」
鈴の付いた髪飾り。それを眺めるスズネ。思えば、自分が魔女となった椿を殺さなかったらカガリがあそこまで狂うことは無かった。お守りの中に名前が書かれている少女たちを殺すこともなかった。
自分を殺人者に変え、本当は望んでいなかった魔法少女狩りをさせ、自分の心を壊そうとした。そんなカガリを救う。
本音を言えば、そんなことしたくもないし、する義理もない。本当だったら、このままカガリを殺してすべてを終わらせる。ただそれだけだ。
でも、そんなこと椿が望んでいるというのだろうか。
いや、望まない。きっと椿が望んでいるのはそんなことじゃない。彼女ならきっと、きっと、きっと自分とマツリ、そしてカガリが励まし合いながらも生きていく姿を望んでいるのではないか。
だったら、自分は。
「……きっとそれを椿も望んでいる。なら……」
「……うん!」
その椿の思いを受け継ぐ。彼女と一緒に罪を償って生きていく。それが今の、天野すずねに残された希望の一つだから。
彼女は絶望しない。マツリがいる限り。友達がいる限り。一緒に笑いあう人たちがいる限り。
椿の託してくれた≪音≫がある限り。
再び髪を止めなおすすずね。その時、鈴がリンッとなった。
まるで、椿が言ってくれているかのように。頑張ってと、励ましてくれているかのように。
ふと、スズネは笑顔になった。もう二度と笑う事なんてないと諦めていた自分が、笑ったことに驚きながらも、スズネは、しっかりとその時の気持ちを胸に刻み込んだ。
また一つ、生きる糧が出来たことに喜びながら。
「プリンセスフォームに変身クル!」
『うん!』
キャンディの言葉に頷いた五人のプリキュア。次の瞬間、それぞれのスマイルパクトがプリンセスキャンドルというペガサスを模った取っ手の付いたキャンドルが出現する。
彼女たちがプリンセスキャンドルにプリンセスキュアデコルを装填し掲げると、その先端が黄色く光り輝き始める。
「「「「「ペガサスよ! 私たちに力を!!」」」」」
その瞬間、ピンク、赤、黄、緑、そして青色のペガサスが出現し、スマイルプリキュアの五人の衣装がドレスのような物に変化、そしてその頭に金色に光るティアラと、そして大きな天使のような環っかが現れた。
「プリンセスハッピー!」
「プリンセスサニー!!」
「プリンセスピース!」
「プリンセスマーチ!」
「プリンセスビューティ!!」
「「「「「プリキュア! プリンセスフォーム!!」」」」」
これこそが、彼女たちの最終フォームと言ってもよい、俗にスーパープリキュアと呼ばれるフォーム。プリンセスフォームである。
この姿になることによってそれまでよりもより一層浄化力の増した技を出すことが出来るようになるのだ。
もちろん、ハッピーにとっては何度もなったことのある姿。しかし、彼女はただ一人その姿になったことを万感の思いで受け止めていた。
気が付いているからだ。
「コレが……」
キュアハッピー最後の仕事。そうつぶやいた彼女は、一瞬だけ悲しい顔になったが、すぐにソレを忘れたかのような笑顔で言った。
「行くよ、皆!」
『うん!!』『あぁ!』『えぇ!』「よっしゃ!!」
今、長かった夜がついに明ける。