映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に   作:牢吏川波実

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外伝(みゆき編):あなたは今、お二人を復讐の道具としようとしている

 鉄と鉄が勢いよくぶつかり合う心地の良い音が路地裏に響き渡る。その実、耳障りのいい音の裏である一つの殺し合いが行われているなどとは夢にも思わないであろう。

 今、その場を支配しているのは怒り、憎悪、そして後悔、苦しみ、果たしてそのすべてを一人の女の子が止められるのかどうか。答えは誰も知らなかった。

 

「はああぁっ!」

「!」

 

 アリサの鎌による攻撃、それは怒りに身を任せているだけの大雑把な攻撃。だがその分軌跡の読めない攻撃であるともいえる。スズネは、その攻撃の力を受け止めることで精いっぱいだった。

 一瞬、攻撃の合間でスズネの腹ががら空きになる瞬間。アリサは、それを逃さずに防御のない腹部へと鎌の刃を突き刺そうとする。

 

「こっの!!」

 

 しかし、その場にいた三人目の魔法少女、かずみがその防御の隙をつぶすかのように援護する。そしてアリサは後ろへと飛んで逃げる。先ほどからこの繰り返しだ。

 

「ちぃッ!」

 

 やりづらい。アリサはそう感ずる。先ほどから自分とスズネとの決闘を邪魔してくるかずみという少女もそうであるが、なにやらスズネ自身が戦う気がないように感じる。

 確かに彼女はさきほど魔女が魔法少女のなれの果てであるということを知っている自分をすぐに殺す理由はないと話していた。だからと言ってここまで防戦一方であるのはなぜなのか。

 

「どうしたのよスズネッ!もっと、本気出しなさいよ!!チサトや、ハルカの時みたいに!!殺した時みたいに!!」

「……」

 

 しかし、スズネは何も言わなかった。それが、余計にアリサの神経を逆なでてしまう。

 

「ッ!」

 

 もう、出し惜しみしている場合じゃない。あれを使うしかない。あまりにも負担が大きすぎて、以前使った時には数秒間だけだたけどかなりソウルジェムが濁ってしまったあの技を、チサトに、止められていたあれを、使うしかなかった。

 その時はソウルジェムが濁り切ったらどうなるのかという疑問だけだったが、しかし今となってはその末路まで知っているから、恐れしか感じられない。

 だが、幸いにも自分がそれでスズネを殺せて、魔女になってもここにはその魔女になった自分を殺してくれるであろうかずみがいる。だったら、恐れなど全くない。

 

「……」

 

 スズネは今、この少女は自分を殺すために己を犠牲にしようとしているのだと感じていた。大義名分も何もない。ただ鬱憤を晴らすために人殺しになろうとしているのだと。

 もしも、今ここでこの少女に自分が殺されれば、この少女の心は安らぐのであろうか。もしも自分の命を差し出したのであれば、この少女を救うことができるのだろうか。あの時、命を救われた自分のように。もし自分の命を差し出すことによってこの憎しみの連鎖が止まるのであれば。

 次に殺すのは誰なのだろう。次に殺されるのは誰なのだろう。自分は、椿やチサトたちのようにたくさんの人を殺すのであろう。もう自分には何もない。ただ、人殺しをするしか道がない。だったら、この目の前にいる少女を救うために自分の命を捨ててもいいかもしれない。殺人鬼一人の命で誰かの心を救えるのであるなら、それはきっと……。

 

「スズネちゃん!アリサちゃん!!」

「ッ!」

「あれは……」

 

 その場に現れたのは、星空みゆき、日向茉莉を筆頭とした少女たち。マツリは、スズネやアリサの様子をみて、何とか間に合ったようだと胸をなでおろす。あの病院からここまで数十分、何とか間に合った様だ。

 

「かずみ、大丈夫?」

「海香、カオル!」

 

 それに加えて、かずみと一緒に二人を探していた海香とカオルもまた合流。今ここに、この街に存在する最大戦力が集まったも同然。これで追い詰められたのは果たしてどちらなのか。

 

「マツリ……」

「アリサちゃん、もうこんなこと……チサトやハルカも喜ばない……」

「あんたも、こいつと同じこというの!」

「……」

 

 こいつ、と名指しされたのはかずみである。なんと怒りに満ちた表情だろうか。それは、友達に見せる顔じゃないことは確か。もう、彼女には友達のことを気にする余裕など持ち合わせていなかった。

 

「チサトもハルカももういない!スズネが殺した!なのに、許せっていうの!こんなやつを!」

「アリサちゃん……」

「……」

 

 許せるわけがない。大切な仲間を、友達を、親友を殺されたのだから、許せるわけがない。それはマツリも同じこと。二人は仲間であって、友達であって、親友だった。でも、それはアリサだってそうだ。アリサだって、仲間で、友達で、親友だからこそ、もうこれ以上彼女が苦しむ顔を見ていたくなかった。だって彼女はまだ、生きているのだから。

 

「復讐なんてしても二人はもう戻ってこないよ!」

「そんなのわかってる!でもね、だからってこのまま放っておくなんてできるわけない!!チサトやハルカのためにも!」

 

 平行線。絶対に復讐するという人間と、絶対に復讐させないというきれいごとを話す人間。この二人が言葉による合戦を繰り広げても、どちらに折れるなどということは絶対にない。ましてや、広義的な意味とはいえ一方は人殺しを許したいというあまりにも無理難題を通そうというのだから、絶対に納得できるわけない。でも、それでも……。

 

「そんなの変だよ……」

 

 指摘せずにはいられない。友達思いな少女は、盲目となってしまっている彼女に反論しなければならなかった。

 

「私にはチサトちゃんが誰なのかわからないし、ハルカちゃんとも少ししか話していなかった、でも……」

「みゆきちゃん……」

「本当にあなたの友達がそんなことを望んでいるの!?あなたに復讐をしてもらいたいなんて、本当に思っているの!?」

「うるさい!チサトのことを何も知らないくせに!ハルカのことを何も知らないくせに!!勝手なことを言うな!!」

「うちなら、絶対にやらへん」

「え?」

 

 静かな怒り。アリサの言い分はわかる。友達が殺されて、その犯人を恨まない人間はどこにいるのであろうか。だが、憎しみを持つにしても、それを理由にして実行に移すことは間違っている。

 

「うちかて、みゆきがスズネに殺されとったら、きっと悲しかったかもしれんし、絶対に許せへんかった」

「なら!」

「けど、うちは絶対に復讐なんてやらへん!……だって、うちの知ってるみゆきは、そんなこと望んでへんから」

「え?」

「みゆきちゃんは、優しいから、きっと自分を殺したスズネちゃんにもなにか事情があったんじゃないかって思うだろうし……」

「それに、自分のために友達が人殺しになるなんて……きっと嫌だから」

「アリサさん。あなたの気持ち、よくわかります。しかしあなたは今、お二人を復讐の道具としようとしているのです。それを考えて行動しているのですか?」

 

 復讐とはだれか大切なものを失った者の行い。やるせなさや怒り、憎しみ、憎悪を当事者であるモノにぶつける負の感情。しかし忘れてはならない。大切な物のため、その目的のために復讐者がその大切な物を利用しているということを。復讐という大義名分を果たすために、自らの大切な物を悪魔に売ってしまっているということを。復讐による攻撃、暴力、そして殺人、そのために人は外道に堕ちなければならない。どれだけ善行を積んできた人間であっても、どれだけ正義のために全うしてきた人間であっても、復讐という二文字の前にはそれまでの人生すべてが無駄になってしまう。そして、復讐を果たしたのちの復讐者に残るものは何か。復讐を果たしたという快楽、達成感、成功体験などでは絶対にない。あるのは、無。存在するのは新たな殺人者。そして、行き場のない悲しみ。地面に流れた血を戻すことなどできない。天に還った命を戻すことはできない。復讐は、誰も何も得ることのないむなしい物なのだ。

 だからなんだ。

 

「ッ!うるさい、うるさい!うるさい!!」

「クッ!!」

 

 瞬間、アリサの身体から魔力が放出される。その圧力に、魔法少女じゃないみゆきたち、そして一応一般人であるナオミですらもたじろいだ。

 

「あんたたちは何も失ってないじゃない!誰も殺されてないじゃない!でも、私はソイツのせいでチサトとハルカを殺されたの!!どんだけ綺麗事を並べても!どんだけ屁理屈を並べても!私には復讐しかない!私にはもう!!戦うしか残ってないの!私みたいな人形にはッ!!」

「情けないこと言わないで!」

「ッ!」

「自分の怒りや憎しみを晴らすために、戦うのはやめなさい……って、仲間に私も言われたわ……」

「あんた……」

「私も、かつて妖精のコロンを……そして父親を失った……目の前で、敵によって殺された」

 

 かつて、月影ゆりは砂漠の使途の首領にデューンによって父親を、そして父親の片腕として砂漠の使途に属していた、ダークプリキュアによって妖精のコロンを殺された。大切なものを二つも奪われたその怒りと憎しみを持ってデューンと戦おうとしていた。しかし、そんな彼女を、仲間のプリキュアが止めてくれた。今眼を閉じると思い出してくる。彼女の涙を、彼女のあの必死な表情を。そして、自分の手をつかんで離さなかったあの時の力強さも。

 

『自分の怒りや憎しみを晴らすために……戦うのはやめてください……』

『でも私は……アイツが憎いのよ……アイツのせいで、私はコロンやお父さんを失ってしまった。憎しみが力になるのなら私はそれでもかまわないわ!』

『情けないことッ!言わないでくださいっ!!』

『……』

『私が好きなゆりさんは、そんなこと言いません。お願いです、憎しみのまま戦えば、きっと負けてしまいます。悲しみや憎しみは、誰かが歯を食いしばって断ち切らなくちゃならないんです!!……私たちが頑張ってプリキュアしてきたのは、何のためなんですか?コロンやお父さんが、ゆりさんに託した物は何なんですか?あなたが何をしたいのか、何をするべきなのか……そして』

 

「何のために戦うのか……私は、私たちは憎しみではなく、愛で戦う。それを決めて……そして戦いきることができた」

「私にも、アンタたちと同じようにしろって言いたいわけ?」

「それは、アナタが決めることよ……」

「私は……」

 

 知らなかった。プリキュアは、自分たち魔法少女とは違う存在、暗い面など一切存在しない苦労も何も知らないヒーローだと思っていた。でも、目の前にいる女性は、自分と同じように大切なものを失う経験をして、それでもそれを乗り越えて戦えた。

 けど、自分は彼女とは違う。自分は、彼女のように強くないのだ。

 

「私は!それでいい!怒りと憎しみで戦って!それでもういい!!だって私はもう!死んでるのと同じなんだから!!」

「もうやめるクル!!」

「ッ!」

 

 その時、彼女の目の前に現れたのはキャンディだ。キャンディは、彼女の行く手をふさぐようにその小さな両腕を広げて立ちふさがった。まるで、二度と戻れぬ世界に行こうとする彼女を止めるかのように。

 

「キャンディは、もう、誰かが泣くところなんて、見たくないクル。キャンディは、みんなに笑顔でいてもらいたいクル……」

「キャンディ……」

 

 ここ最近、キャンディはとてもつらい光景を見続けてきた。みゆきたちが一人の少女の命を奪う場面も、それで、みんなが苦しんでいる姿も、そしてみゆきから笑顔が消えたことも。キャンディの心は、傷ついていた。

 

「もう誰にも泣いてもらいたくないクル。スズネやアリサにも、それにチサトやハルカにも、皆に、笑顔でいてもらいたいクル!!」

「なにをッ!二人はもう死んでるのに!笑顔になんてなれるわけ!」

「違うよアリサちゃん……キャンディが言っているのは、アリサちゃんの記憶の中で生きている二人だよ」

「え?」

 

 マツリは、さらにアリサに近づいて言った。

 

「死んじゃった人はもう戻ってこない……でも、私やアリサちゃんの中でずっと生きている。本当の二人を笑顔にすることなんてできないかもしれない。でも、私たちの記憶の中にいる二人だけには、笑顔でいてもらおうよ……」

「ッ……」

 

 マツリの言葉に、揺れ動いていたアリサの心は一気に動揺を通り越した世界に突入していた。確かに、自分は二人の事を覚えている。宿題で分からなかったところを教えてもらったり、休みの日には一緒に遊びに行ったり、それに一緒に魔女を倒して、街を守るために戦っていた時、どの様子を回想しても、二人は笑顔だった。その笑顔を見て、自分もまた笑顔になることができた。間違いなく、自分の中にいる二人はその笑顔のままで生きていた。棺に入っていた無表情のチサトでも、自分たちに対して謝罪するハルカの悲しい顔じゃない。間違いなく生きてて、笑顔な彼女たちの顔がそこにはいた。

 

「アリサは、自分の記憶の中にいる友達が、本当にアリサが人を傷つけることを望んでいるクル?そんなの、本当の友達じゃないクル!」

「アリサちゃんは人形なんかじゃない!友達が死んだことを悲しめて、傷つけて、そしてその友達の笑顔を思い出せるんだったら!たとえ、魂が宝石になってても!!アリサちゃんは絶対に」

 

 生きてるのだから。 

 

「うるさい……!二人のことを何も知らないのに、勝手なこと……言わないで……」

 

 望んでる?それで二人が笑顔になる?そんなの、答えは決まってるじゃないか。

 

「決まってんじゃない……二人は、絶対に……それで笑顔になんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまで」

「え?」

 

 屋根の上から飛び降り、アリサの背後に迫ったその少女は、アリサの頭に手をかざす。すると、空中の何もないところに魔法陣が出現する。

 

「ッ!あぁぁぁあぁああぁああ!!!」

 

 瞬間、アリサの頭に激痛が走った。

 

「あれは!」

「マツリちゃん?違う……」

「日向……カガリ」

 

 そう、アリサの背後にいたのは、日向マツリの双子の姉である日向カガリであった。しかし、その表情はマツリに比べると極悪という表現が一番似合うほどに冷徹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナニコレ?

 

 パパ?ママ?ううん、違う私はこんな人たち

 

 違う!あれは……あれは私の……誰?

 

 いや!消さないで!私の大切な思い出、大切な人の記憶……

 

 あ あれは私を虐めてた……

 

 そう あの時は悔しくてクヤシクテ

 

 殺したいほど憎んで……

 

 そうだ 私は殺した 憎い物全部を

 

 パパ?ママ?私にはいない だって私が殺したんだもの

 

 フフ 気持ちよかったなぁ あの肉を切る音とか 骨を切る感覚とか

 

 いじめっ子も 先生も 自分を嫌うのは全部殺した

 

 命乞いしてたのって誰だったっけ?そんなの無駄なのにね ほんとイライラする 

 

 気に食わないものは全部壊した 殺した

 

 全部!全部!!全部!!!全部!!!!全部!!!!!

 

 私を嫌うものなんてこの世にいる価値ない!

 

 消えろ!消えろ!消えろ!!

 

 死んでしまえッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは誰?

 

 へぇチサトとハルカっていうんだ きっとかわいい鳴き声あげながら死ぬんだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え?死んじゃった?そんな 私が殺したかったのに……

 

 誰が殺したの?スズネとみゆき?ふぅ~ん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨクモワタシノエモノウバッタナ

 

 

 

 

 

「アリサ……」

 

 キャンディは、アリサに呼び掛けた。しかし、アリサから返されたのは言葉ではなく……。

 

「クル?」

 

 狂ったようにきらめいている鎌であった。


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