映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に 作:牢吏川波実
大きな鉄柵の門が音を立てて開き始める。そして、執事のセバスチャンの運転する大きなピンク色のリムジンがありすの家の敷地内へといつも通り入っていく。アリスの家は、その大きなリムジンが簡単に通ることができるほどの道を敷地内に有しており、それだけ見てもありすがただのお金持ちではないと分かる。
そのまま、道なりに進んだリムジンは、いつも通りの駐車スペースへと止まる。
「着きました」
「いつもありがとうセバスチャン」
セバスチャンが開けたドアからありすが降りる。降りる際に大体のお嬢様からしてみればよくある光景であるが、お礼を言うのはその中でもごくわずかであろう。たとえ最初はお礼を言っていたとしても、途中からはそれらの行為が当たり前になってしまい礼も言わない、などということが多くなるもの。だがそのルーティーンとなった行動の中でも礼を言うのは、ひとえにありすが心優しく、人に気を遣うことができるからと言っていいだろう。
リムジンを降りたありすは、お客様を客間に通しているとセバスチャンに聞くと、すぐにそこに向かった。長い廊下を行き、階段を昇ったその先にある客の間。そこに入ると、見知った顔がそこにはいた。
「すみません、お待たせしました」
「いやぁこっちこそごめんね、忙しいのに」
砕けた言葉でアリスに話しかけたツインテールの小柄な少女は『角谷杏』である。彼女は、元大洗女子学園の生徒会長である三年生、大洗女子学園は高校であるため、中学生のありすから見たら目上の人間となる。
「大洗の学園艦については、残念でしたね……」
「いやぁ、まさか口約束は約束じゃないなんて言われるなんてねぇ」
アメリカとかならまだしも、とケラケラと杏は笑う。
大洗の学園艦。これが、彼女が元生徒会長と書いた理由だ。いつかも説明したが、大洗の学園艦は、廃艦、そして大洗女子学園はそれに伴い廃校となってしまった。アメリカならまだしもと言ったのは、アメリカは口約束での約束は約束ではなく、契約書等の実物の有る証拠でなければ意味を持たないという文化があるためだ。
せっかく手に入れた学校の安泰を、口約束だからという理由だけでなかったことにされるのは、理不尽であるというほかない。
「でもさ、荘簡単には諦められないよね」
だからこそ彼女はこうして様々な場所に赴き、何とか学校を存続させるために試行錯誤をしているのだ。
「だからさ、四葉グループを味方にってね」
「なるほど、四葉グループは戦車道のプロリーグ設置のための資金提供を行ってますからね、私たちを敵に回したくはないはず……」
そもそも、文科省が大洗の学園艦を廃艦にしようとしていたのは、老朽化していたためということもあるが、戦車道のプロリーグの設置、そして世界大会のための資金を集めるためという名目がある。そのために四葉グループからも資金を大量に調達しているため、そんな場所を敵に等回したくないはずだとありすは考えたのだ。
「まっ、それだけじゃないけどね」
「?」
「NPGや那波重工、雪広財閥。七条、月村、三千院等々……日本の主要な財団財閥名家お金持ちに当たるのなら、その全てと何かしらのつながりを持っている四葉ちゃんからってね」
「確かに、どの家も娘さんがいて、今は学生です。だから連絡先も知ってますけれど……」
杏の言った企業や家柄は、確かにありすの知り合いがいる。色々なパーティーに出席していく中で、比較的年齢の近い人間がいたため、それらの少女たちと連絡先を交感していたらいつの間にか人間関係が広まったといってもいいだろうか。
「もしかして、圧力をかけるんですか?」
「プレッシャーという意味なら正解かな?」
「プレッシャー……ですか」
「そう、私が交渉するのは大臣とかそんなんじゃなくて、こっちとの交渉を一任している役人一人だから」
「なるほど、こちらとして有利な条件を提示させるのですか……でも、大丈夫なのですか?」
「今度はいちゃもんつけられないように契約書も書いてもらうし、言わせちゃったらこっちのもんでしょ」
「フフ……あなた、卒業したら四葉グループに入りません?あなたを敵に回すのは私としても困りますから」
「んん……考えとく」
そして杏に連絡先をいくつか渡すと、杏は帰っていった。ありすは、肺に残った古い空気を全て出すかのように勢いよく息を吐く。
「ふぅ……」
「紅茶でございますお嬢様」
「ありがとう」
いつ部屋に入ってきたのか、セバスチャンは紅茶を淹れてアリスに手渡す。やっぱりこの紅茶の香りはいつも自分の心を落ち着かせるよいものだ。
そして、ありすがそれを一口飲んで口を離したのを見ると、話を切り欠ける。
「お嬢様、先ほどの杏様の件ですが……」
「?何ですか?」
「実は、先ほど西澤家のポールに連絡を取りましたところ面白いことが分かりました」
「面白いこと?」
「はい」
ポールというのは、npgの令嬢西澤桃華の執事である。執事ネットワークと言うかは不明だが、ある程度の執事たちの間で彼もまた連絡先を交換しており、何か有事の際には連絡を取り合えるようにしているそうだ。ありすは、紅茶がまだ少し入ったカップを目の前のテーブルの上に置くと、改めてセバスチャンの話を聞く。
「ポールが言うには、NPGもまた戦車道プロリーグ設立のための資金提供を行っているとのことです」
「……」
「また、調査によるとNPGだけでなく、杏様のおっしゃった企業や名家の方々もまた資金提供を行っていると」
「それは……」
「……」
ありすのその反応にセバスチャンは頷いた。杏の言った企業、そして四葉財閥。これらの家々の所有している資金は合計すれば日本一つ変えるのではないかというぐらいの物。それらの家々が資金提供を行っている。と、なると一つ矛盾が発生する。『何故、学園艦一隻を廃艦にする必要があるのか』。
「四葉グループが寄付したお金は……」
「はい、十分な資金を、そのほかの企業もそれと同じくらいは……」
「学園艦を廃艦にしなくても十分……それどころかおつりがくるほどですね……」
なんだろう、何かがおかしい。まてよ、そういえば……。
「……セバスチャン」
「はい」
「首相が提供してくださった資料を持ってきてください」
「分かりました」
そう言うと、セバスチャンは、どこからか、資料の束を持ってくる。それは美国議員を調査するにあたって、首相が提供してくれたある国会議員の資料だった。ペラペラとめくっていき、そしてあるページに行き当たった彼女は、思う。
「やっぱり……」
「何か?」
「と、言うことは……セバスチャン、行くところがあります。急ぎましょう」
「これからですか……しかし」
時刻はすでに夕刻。だが、それでも出かけるというのだ。セバスチャンとしたらこれ以上無理をしてもらいたくないのだが……。
「あの子なら……名前の憶えていないあの子なら……」
そう言ってありすは車の方へと一人向かう。彼女の頭には一人の少女の、顔のない少女の全体図が浮かんでいた。顔も、名前も分からない。けど知っている。彼女だったらきっと……。
セバスチャンが来るかどうか分からない。しかし、ありすは車の前に来た。そして、数分後、彼は来た。
「お待たせしました。ありすお嬢様」
「ありがとう……セバスチャン」
「いえ、お嬢様の無茶に付き合わされるのはもはや慣れております」
昔からそうだった。どこに行くにも、どんな危機にもセバスチャンは側にいてくれ、そして共に乗り越えてきた。セバスチャンは、もはや友と言っても過言ではなかった。彼、彼女の間にしか分からないことがあるのだろう。
「それと……もし、手助けが必要であるのであれば……」
「アレですね。また作ったのですか?」
「……はい、改良に改良を重ねたバージョン2です」
「フフ……いいですわ。私はできるところまで頑張ってみるつもりです」
それは、あの少女、大切であったはずの彼女の分まで、という言葉がこもっているような気が自分でもした。