映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に   作:牢吏川波実

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変えられる未来と、変えてはいけない未来?

 彼女は死を受け入れた。

 それは、生きることに絶望したからじゃない。

 親友一人を助けることにできなかった自分に絶望したから。

 彼女は死を願った。

 彼女は、それを親友に願った。

 しかし、彼女はそれをすることができなかった。

 だから彼女は償おうとした。

 自らの命、それを掛け金として彼女の期待に応えられなかった自分を殺そうとした。

 親友だった。幼いころからずっと仲のよかった親友だ。彼女もそう思っていた。だから、そんな親友が自分の事を殺してくれる。自分の事を楽にしてくれる。そう考えていたはずだ。

 できないに決まっている。どうして親友を殺せようか。どうして、死地への水先案内人になることができようか。

 確かに自分は、今まで親友と同じように変貌しているそれらを抹殺してきた。それも、いとも簡単に、あっさりと。親友が願ったのはそのいつも通りだった。

 でも、できるはずがない。親友だったというその言葉一つがついただけで、全くと言っていいほどにその意味合いが変ってしまうのだから。できるはずがなかったのだ。

 そんな、親友の最期の願いすらもかなえることのできなかった自分に絶望した彼女は、その親友に、変貌してしまった親友に自らを殺させることによって償おうとしていた。

 自我を失って、自らの行いを考える事すらもできなくなってしまった親友に対して、同じようなことをさせるなんてなんと罪深き女であることかと彼女は思う。

 でも、それほどに彼女の精神状態は最悪の一途をたどっていた。

 彼女の剣が迫る。彼女は傍らで魂を失った彼女の肉体を抱きしめる。

 それはまるで、どれだけ姿かたちが変ったとしても、自分たちはずっと、死んでも、来世でも、親友であり続けたいと願う自己満足であったかのように。

 彼女の腕は、絞首刑のローブのように硬く、魂の入れ物を抱きしめるだけ。

 そして、彼女を殺そうとするその剣は……。

 

「………………………………鹿目まどか」

「……あ」

 

 別の世界では親友だったという少女の一声と共に止まっていた。

 

「ほむらちゃん……」

 

 久しぶりに彼女の顔を見た。そう肩に置かれた彼女の手に触れながら鹿目まどかは思った。

 

「時間……止めてくれたの?」

「えぇ……」

 

 時間停止能力。彼女が自分のために手に入れたと言っても過言ではないものだ。それを使って、彼女は自分を助けてくれた。いや、まだ完全に助かったとはいえないか。

 

「美樹さやか……やはりこの時間軸でもあなたは……」

 

 ほむらは、さやかであった魔女を睨みながらそう言った。だがなんだろう、少し寂しげにも見える。そんなほむらに向けてまどかは言う。

 

「ほむらちゃん……なんで、昨日の夜さやかちゃんにひどいことしたの?」

「……」

「死んだふりまでして、さやかちゃんを追い詰めて……何がしたかったの?」

 

 そう、元々さやかが魔女になった原因の一つが、昨晩のほむらの行動。

 ほむらがさやかと戦って、首を斬られて死んだように見せかけてさやかを心身ともに傷つけたことが原因だった。まどかは、何故ほむらがそのような行動をとるに至ったのか、はなはだ疑問であった。

 

「……今は、結界の外に出るのが先よ」

 

 数秒の沈黙の後、ほむらはそう言った。

 まどかとしては、魔女となった親友をこのまま放っておくという事が心苦しいものではあった。しかし、また先ほどみたいに彼女と戦うことができなくなるかもしれない。そう考えたら、一度気持ちを立て直す時間が必要なのかもしれない。

 

「分かった……」

 

 そう考えたまどかは、ほむらの考えに同調し、さやかの身体を持って立ち上がった。

 

「身体から離れればあなたの時は止まるわ。注意して」

「うん……」

 

 彼女の身体に触れている人間だけが、彼女の魔法の対象から外れることができるというのは、先の戦闘で示された通りだ。まどかは、彼女の身体から離れないように、またほむらもまたまどかから手を離さないように慎重にその結界の外に向かって歩を進める。

 時が止まり、灰色をしたその世界。ふと、それはまるで目の前にいる暁美ほむらの人生なんじゃないかと感じた。ほむらは親友だと信じている自分のために多くの時間を費やし、この一ヶ月を永遠にやり直し続けている。それは時間の停滞。思春期という心の成長の全てをたった一人の人間を救うために費やしている彼女の悲しくて、空しくて、そして心が痛い人生そのものなのではないか。そう彼女は感じた。

 ついに、結界の出口が見えて来た。まどかはそれに入る直前に一度振り返る。その先、先ほどまでいた場所に美樹さやかだった魔女はいる。

 

「どうしたの、まどか?」

「ううん、何でもないよ……」

 

 彼女を一人ぼっちに残してその結界から逃げる。そんなことをしていいのだろうか。そんな考えた一瞬だけ頭によぎる。でも、例えこの場所にずっといたとしても何も変わらない。変えることができない。なら、いる意味なんてない。彼女は、人生において一番ともいえるほどの無力感を味わって、結界から外に出た。

 外は何も変わらない。変わっているはずもない。一人の女の子が怪物になってしまった。でも、それでも太陽や雲は頭の上にあるし、突風のような風も頬に当たる。変わらないとは、なんと残酷な物であろうか。

 

「さやかちゃん……」

「やはり、この時間軸でもあなたにとって美樹さやかは大切なのね」

「当たり前だよ、だってさやかちゃんは私の親友だから」

「けど、その親友と心中だなんて馬鹿げたことしないことね」

「さやかちゃんはまだ生きている!生きて……あの結界の中に……」

「あそこにいるのは魔女よ……ただの、魔女……」

 

 その時、結界の入り口を見つめているほむらの眼は氷のように冷たかった。本当に、こんな表情をできる女の子がもともとは病弱で、気弱な女の子だったのだろうか。そんな彼女のことなど今の彼女からは想像ができない。まるで、この世のすべてに絶望してしまっているようなそんな表情は、まどかの心を傷つけるのには充分であった。

 

「でも、プリキュアが……つぼみちゃんやえりかちゃんに友達を誰か呼んできてもらって……」

「プリキュア……」

 

 ほむらは、そのまどかの言葉に対して握りこぶしを作って震えていた。これで確信した。ほむらはきっと……。

 

「ほむらちゃんは」

「よく聞きなさい鹿目まどか。私はもうこの時間軸に興味も何も持っていない。美樹さやかがどうなろうと、知ったことじゃないわ。もちろん、あなたも」

「……それじゃ、なんで私を助けてくれたの?」

 

 瞬間、ほむらの表情が若干ではあるが動いた気がした。ほむらの行動の決定的な矛盾を突いたまどかは、さらに続ける。

 

「魔法少女になった私にもう興味がないのなら私のことを助けないで、そのまま死なせててもよかったのにほむらちゃんは助けてくれた。どうして?」

「それは……」

「ほむらちゃんは、本当は非情になんてなれない優しい子で、こんなことはしたくなかったんじゃないの?だってほむらちゃんは私のために何度も!」

「黙りなさいッ!」

 

 刹那、まどかの顔のすぐそばを銃弾が走った。

 

「あっ……」

「ほむらちゃん……」

 

 当たることはなかったものの、その一発は少女の心をおるには十分すぎるほどに重く、そして大きな弾丸であった。

 

「ッ!ごめんなさい……」

 

 そう言い残すと、少女はビルの屋上から飛び降りた。まどかはすぐに駆け寄るとその少女の姿を確認しようと身を乗り出す。しかし、そこには少女の姿は見えなかった。こんな高層ビルの屋上から飛び降りるなど度胸があるのか、それとも自らの命に執着がないのか、恐らく後者であるのだろうか。

 ともかく、すでにさやかであった魔女はその場を離れてしまっていた。追うべきか否か、だがプリキュアのように魔女をもとに戻すことができない自分では、いま彼女に追い付いても無駄である。ここは一旦引いて、つぼみたちと合流しなければならない。

 まどかは制服姿の、まるで魔法少女の指名から解放されたかのような一人の少女の身体を持ち上げると、ちょっと怖いがこちらもまたビルの屋上から身を投げた。というよりは近くにある今時分がいるビルの大きさよりも低いビルの屋上に向かって飛んだと言った方が正しい。恐らく炎もまたこうして逃げていったのだろう。

 ふとまどかは思う。自分の親友はこんなにも大きく、そして重かっただろうかと。自分たちは知らない間に大人への階段を着実に歩んでいたのだとはじめて知った瞬間であった。

 

 

「そう、わかりました。ではまた……」

 

 織莉子は、自分の知っているなかでも一番残酷な報告を聞いた。自分にとってわずかに残っていた、友であるキリカを、そして彼女以外の多くの人間を犠牲にしない方法という希望が打ち砕かれた。

 だが、それも仕方がないことなのかもしれない。そもそも彼女は鹿目まどかのために何度も何度も同じ一ヶ月をやり直して、そのたびにたくさん傷ついてきたのだから、今さら彼女が魔法少女になっていたからという理由で見殺しにできるわけがなかった。だから、この道を彼女が選んだことに対し、彼女は非難しなかった。大切な友達のために頑張る少女を非難するなど、それは彼女を非難するということと同じだから。

 スマホを切った少女は、一つの結界を見つめる。先程新しく出来上がったばかりの新鮮な結界である。自分はこれから、彼女に残酷な二択を迫らなければならない。そして知っている。彼女がどう答えるのか。それは、いままで見てきたどの未来でも変わらない事実だったから。

 

「ごめんなさい、でもあなたたちのおかげで救済は成し遂げられるの……」

 

 織莉子はそうつぶやいた後、その結界の中へと入っていった。その目に涙を浮かべながら。

 

「また……魔女になってしまったんですね」

 

 つぼみは目の前にいる人形に一人語りかけた。彼女の目に映っている人形。それは、初めて戦った魔女だった。まるでお茶会の相手を待っているかのように長椅子に座り、テーブルをはさんだ向こうにある誰も座っていない椅子を見つめている。ちょっとかわいげのある人形だと思ってしまうのは、その魔女の正体が百江なぎさであると知っているからだろか。

 

「つぼみ……」

 

 シプレはつぼみに声をかける。しかしそれから先の言葉が出てこなかった。やはり自分はあまりにも無力だ。目の前にいる悲しい目をしたパートナーに、何の言葉もかけてあげることができないのだから。ふと、つぼみは魔女の向かいにある椅子の背もたれに触れながら言った。

 

「……もし、この椅子に座るとどうなるんでしょうね?」

 

 そういいながら、つぼみは椅子にゆっくりと腰を落ち着かせる。座り心地はまぁまぁな物だ。これでテーブルの上にお茶菓子でも置いていたら本当にお茶会でもできるだろう。いや、もしかすると茶会の菓子は自分か。

 その刹那、人形の口が大きく開き、中からあのピエロのような顔をした魔女が姿を現した。

 

「つぼ……!」

 

 シプレはつぼみに声をかけようとする。だが、その必要はなかった。つぼみは、魔女の口が二人を捉えようとする寸前にシプレの身体を抱きそこから飛びのいたのである。結果、ギザギザとしてなんでも食いちぎってしまいそうな歯は空を食べ、二人を食すことはなかった。

 

「魔女となっても、少しくらいは理性を保ってるかもと思いましたけど、ダメなようですね……」

 

 体に着いた埃を払いながら、つぼみは愛おしそうに魔女の方を見ながらそうつぶやく。試していたのだ。あの魔女が本性を現しそうな状況を作って、本体が現れて、そして自分を殺そうとするのかを。魔女の使い魔が一度人間になって、そしてもう一度魔女となった姿、それは今までの魔女の中でもかなり異例なことなのではないか。とするならば、もしかすると何かしらの突然変異が起こって、少しくらいは理性を保っているのかもしれない。そんな希望的観測が彼女にはあった。しかし、それもどうやら無駄だったようだ。

 

「どうするですつぼみ?」

「一度結界の外に出ましょう。そして、いつきやゆりさんに……」

「その二人も、プリキュアのお友達ですか?」

「!」

 

 振り向いたつぼみの前にいたのは白いドレスのような服を着た魔法少女。つぼみは、その少女の容姿をまどか達から人伝に聞いていた。間違いなくその少女だ。

 

「美国織莉子さん……」

「……」

 

 織莉子は何も言わずにうなづいた。なんだろう、つぼみは何か違和感のようなものを感じた。なんだか、全てが終わってしまったかのようなそんな顔つきをしているのだ。こんな顔を見たのは、ほむらに襲われた時以来だ。

 

「花咲つぼみさん、あなたはを変えられる未来と、変えてはいけない未来があればどちらを取りますか?」

「変えられる未来と、変えてはいけない未来?」

 

 つぼみは彼女のいう言葉の意味、正確にいえば違いがよく分からなかった。

 

「変えられる未来。その先にあるのは大切な物を守れるけど、大勢の人達を殺すことになる未来。変えてはいけない未来。その先にあるのは大勢の人達を救う代わりに大切な物を守れない未来……あなたは、どちらを取る?」

「私は……」

 

 大切な物、自分にとっての家族やえりかの事だろうか。もしも自分だったら、自分がその立場になったら。沢山の人々を救うためにえりかを犠牲にするか、いや、そんなことできない。そんな選択できるわけない。でも、もし家族や友を捨てなければ大勢の人達が守れないのなら、そんな天秤が目の前にあるのなら、自分は……。

 

「私は、両方を取ります。大事な物を守って、大勢の人達も守る。そんな未来を……」

「そう、あなたならそう言うと思った。でも、今まさにあなたにはその選択肢を提示されているのよ?」

「え?」

「どう言う意味ですか?」

「見滝原総合病院」

「!」

 

 それはふたばが入院し、母もその側にいる病院。いや二人だけじゃない。その病院には重い軽いにかかわらず大勢の病人がいるのだ。まさか、その病気に何かが起こると、いや起こっているというのだろうか。

 

「今から一時間後、二体の魔女がその病院を襲います。……そしてそれから十数分後にはまた別の魔女が二体……」

「まさか、その魔女って!あっ……」

「そう、百江なぎさ、そして美樹さやかさん」

「さやか……」

 

 彼女の言う言葉を信じるのなら、まどかは間に合わずにさやかが魔女となってしまったのだろう。そして、今逃げていったなぎさだった魔女も。あたりはすでに日が沈み始め、もうじきすればそれは夕日になり、やがて完全な闇が襲うであろうころ。

 

「そんな、だったら一度倒して……それから」

「また魔女にしてなぎささんのように元に戻す。でも今のあなた達にはそんなことできない。他人に頼らなければいけない。プリキュアのお友達に」

「ッ!」

「二人だけじゃない。鹿目まどかや巴マミ、沢山の魔法少女がこの街で戦っている。あなた達は良いわ。自分たちが魔女になってもすぐに助けてくれる友達がすぐ側にいるのだから。でもね、あの子達は違う。一度魔女になればそれまで、そのたびにあなたはお友達をこの街に連れて来させるの?」

「それは……」

「それじゃまるで道具だわ。あなたがそう思っていないのならなおさら達が悪い」

「……」

 

 胸を締め付けられたような痛みを感じた。確かに彼女の言う通りだ。自分が一瞬でも考えたことはあまりにも自分勝手で身勝手な事。いつきやゆりの事を全く考えていない独善的な考え。

 今の自分は少し前の、プリキュアとして戦えてきたときの自分とは全く変わってしまった。他人の力を借りなければ友達を守ることもできない。魔法少女として誰かを殺す力は持ち合わせていても、友達一人を助けることもできない力。そんなものがあっても意味がないのだ。妹の成長する姿をできるだけ長く見たい。できるだけ長く、長く、長く。でも、妹を助けるために魔法少女の力を手に入れたかわりに、自分は友達を助ける力を失ってしまった。自分の自己中な考えのせいで、友達皆に迷惑をかけてしまう。

 ふと、彼女は自分のソウルジェムを見つめた。そこにあったのは汚れ。織莉子に少し心を揺さぶられただけでここまで濁ってしまうのだ。そんな弱い自分が、本当に友の横に立ってて良いのだろうか。本当に、生きていて良いのだろうか。

 

「つぼみは、誰のことも道具と思ってないです!」

「シプレ……」

 

 彼女の悲しげな顔を見ていたシプレが、つぼみの前に立ち言った。

 

「それがなおさら達が悪いのよ」

「なら、織莉子はつぼみの友達の事を知ってるんですか?」

「……」

「二人の事を、プリキュアのみんなの事を知りもしないでそんな事言う方がよっぽど達が悪いです!」

 

 所詮他人は他人のことなど知らない。なら、他人が他人の友達を知らないことは当然のことなのだ。だからどうとでも言える。なんとでも捏造することができる。本人がそう考えていなかったとしても、もしかしたらそれが自分勝手な想像によるもので、本当に他人の言った通りのことなのではと頭の中で一瞬でも過ぎってしまえばもうそれまで。後はただその人間の頭の中で勝手な妄想が広がり、やがてその妄想が身体を縛り、心を縛り、本来の自分を、そして自分の中で生き続けている友達を殺してしまう。でも違うと言ってくれるものもいる。自分が正しいのだと言ってくれる者が、何を悩むことがあると言ってくれる者がいる。それが友だったら、いつも一緒にいてくれる者だったら。だから人は信じることができるのだ。自分の中に生き続ける仲間のことを。共に泣き、共に笑い、そして手を取り合ってきた友のことを。忘れることはないのだ。友がいなければ、今の自分は存続しえないのだから。

 

「……そうだったわね、ごめんなさい花咲さん」

「織莉子さん……」

「でも、すでに魔女二体が病院へと向かっているのは事実よ。貴方は……貴方達はどう選択するのかしら?」

 

 そう言うと織莉子は去っていった。つぼみは胸に手を置くとまるで自問自答を繰り返す。大事な者を助けるため友を消すか。友を守るために大事な者を亡くすのか。自分が出す答えは、自分の選択は……。


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