「ここか…?」
レアに案内されたのは今は使われていない大きな倉庫だった。人の気配がしないここなら人を監禁するにはもってこいだろう。
「それじゃ、まずは俺が行く。みんなも手筈通りに頼む」
三人が頷いたのを見て、俺はゆっくりと扉を開けた。
埃っぽい倉庫内は広く、明かりは灯っていないがくすんだ窓からまばらに差し込む光が中を照らしている。扉を閉じると外界から遮断され、俺の足音だけが静かに響いた。
「あら、貴方さっきの…」
倉庫の奥には人影が二人見えた。一人は見間違えるはずがない。イズリクスだ。もう一人、目隠しと手錠のようなものをされて拘束されているのは…フルストラだ。
「まだ街の中にいるなんて予想外だったよ」
「そう?人を一人運ぶのって大変なのよ。それにしても私も予想外だったわ。ここの場所が見つかるなんて。何か痕跡でも残してたかしら?」
「そこは秘密なんでな。単刀直入に言う…フルストラを返してくれ」
「それは出来ない相談だわ。折角、苦労して手に入れたんですもの。こうして、魔力を使えなくする拘束具まで用意して」
なるほどな。一度、魔力が空になったとは言え、時間が経てば魔力は回復していく。そうなった時にフルストラをどうやって抑えておくのか疑問だったが、ちゃんと対策済みってわけだ。
「それにそもそも、私の気分次第で命を摘み取られる貴方の言葉に耳を貸す必要がないわ」
「そうかよ。こっちだって端っからまともに話し合いが通じるなんて思ってねえよ!」
俺は風を纏い、一直線に駆ける。精霊魔法もありだが、今はこっちの方がいい。なぜなら、相手がしてくることが分かっていて、確実に接近できるからだ。
「そう、さようなら」
俺へ冷たい目を向けながら指を鳴らす。それで終わりだと思っている。だから…
「っ…!?」
何事もなくそのまま眼前まで迫った俺を見て、イズリクスが驚嘆する。
いける…狙うのは首元。この距離で空振るはずがない。それに無手のこいつが短剣を防ぐ手段もない。このまま短剣を振り切ればそれで終わりだ。
一瞬の悪寒の後、目の前が弾けた。爆風に吹き飛ばされ、俺は床を転がり、体勢を立て直した。
「ぐっ…」
腕が焼けるように痛い。どうにか短剣は放さずにいることができたが焼け焦げた箇所から異臭が鼻を突く。
「惜しかったわね。まさか私の術式を解いていたとは思わなかったわ」
「どうなってんだ…俺の腕には触れられてなかったはずなのに…」
「そうね。別に貴方の右腕を爆発させたんじゃないわ。私が爆発させたのは…」
イズリクスがそっと両手を前に出す。
「私が触れている、この倉庫内の空気よ」
「なっ…」
そんなでたらめな力があるかよ。つまり距離を取ってる今でさえ…
指を鳴らすと同時に、俺はその場から飛び退いた。今いた場所が爆音と共に弾ける。
「あら、案外察しがいいのね」
この倉庫内のどこに居たってあいつの射程圏内ってわけだ。なら…こうするしかない。
俺は風を纏い、一瞬でイズリクスの目の前まで移動する。あいつが指を鳴らす前に切るしかない。
このタイミングなら間に合わないはずだ。しかし、身を貫いた悪寒に、俺は一歩、飛び退いた。
自分の居る空間が爆発した。下がったおかげでどうにか巻き込まれずに済む。
「もしかして私が指を鳴らす前ならって思ったの?残念だけど、別に鳴らす必要はないの。ただ鳴らしたほうが見栄えが良いでしょう?」
聞いてもいない軽口を叩く余裕がある相手と違って俺は必死に考えていた。どうにかしてあいつの…
…!そうだ、空間を爆発させるってことはつまり…
俺は手を前に出す。
「『精霊獣の牙』」
「あら、珍しい。精霊魔法?けど…」
真っ直ぐにイズリクスに飛んで行った牙は途中で全て空間ごと爆発に巻き込まれた。
煙を上げる爆風の中から、俺は姿を現す。
「空間を爆発させるってことは見えなきゃどうしようもないよな?」
「そうね、けれど…」
イズリクスは、俺の振り切った短剣をあっさりと躱し、逆に俺の首へと手を伸ばした。
「そもそも貴方の攻撃程度を避けるなんて造作もないの」
触れられている部分から、俺の体に術式が刻まれていくのが分かる。
「ようやく捕まえたわ。今度は解除をする猶予もなく、この場で消してあげる」
「捕まえたのは…俺も同じだよ!」
俺は両手を相手の肩にかける。
「メイル!やれ!」
倉庫の別の場所から入っていたメイルが詠唱をしている。最初からこいつを捕まえるまでが俺の仕事だった。
「なっ…!放しなさい!」
俺の目の前で小さな爆発が起き、体が焼かれ、揺らいだがそれでも手を放さない。
「やっぱりな…これだけ近ければ出力を抑えないと自分も爆発に巻き込まれるもんな!」
メイルが詠唱を終えて、杖を前に突き出す。
「やめなさい!貴方だって無事じゃ済まないわよ!」
「そんな連れないこと言うなよ。俺も一緒に地獄に行ってやる」
俺とイズリクスを中心に巨大な火球が広がる。メイルの魔法精度が心配だったが、これは間違いなく最大に近い方…だ…
それ以上の思考は体を包む炎と衝撃によって遮られた。