幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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刻まれた楔

 階段を駆け上がり、二階に上がった俺だったが人は見当たらなかった。どこか部屋に入ったようだ。と言ってもここには…

 

 机を叩く大きな音がした。ギルドマスターの部屋からだ。

 

 話し声が聞こえる。良くないことだとは思ったが、扉に耳を当て、中の会話に耳を澄ます。

 

 「どうしてお前がここにいる!二度とこの街には来ないと約束したはずだ!」

 

 怒号の主はフルストラだ。

 

 「あら、そうだったかしら?冷たいわね、私と貴方の仲じゃない」

 

 対して、悪びれもせずにのうのうと話しているのは、やはり、先程、俺が会った女性の声だ。

 

 「それにこの街に用事があって来たんじゃないわ。用があるのは貴方よ、フルストラ」

 

 「私に…?」

 

 「そう、とても素敵な話よ。けどその前に…」

 

 「そこの扉の前の坊や、盗み聴きなんてしていないでこっちにいらっしゃい」

 

 心臓が跳ねた。とっくに気が付かれていたらしい。俺はゆっくりと扉を開け、中へ入る。

 

 「…!ワタル君」

 

 「いや、その、悪いとは思ったんだけどさ…」

 

 「別にいいのよ。隠すことでもないし、隠し通せることでもないもの」

 

 にっこりと微笑んだ彼女に背筋が寒くなった。

 

 「既に面識があったんだね…。正直、君には知って欲しくはなかった」

 

 「それってどういう…」

 

 「イズリクス・ヴァンミルクス。私の知る限り…最悪の魔女だよ」

 

 「あら、それって褒めてくれてるの?嬉しいわ」

 

 態度の噛み合わない二人。けど分かる。フルストラが正しいことを言っている。

 

 「そんなことよりも本題に入っていいかしら?」

 

 「えっ、ちょっと、そんな話に俺も混ざっていいのか?」

 

 「ええ、むしろあなたには居てもらわないと」

 

 「…?」

 

 どういう意味だろう。フルストラはともかく俺とはついさっき面識を持ったばかりのはずだ。

 

 「私の用件は一つ。フルストラ、貴方に私が創るギルドに入って欲しいの」

 

 淡々と話す女の話を俺達は黙って聞く。

 

 「私が選んだ素敵な人達だけが集まるとっても素敵なギルドよ。その中でも貴方は特別。ずっとずっと欲しいと思っていたわ」

 

 俺にとっては突拍子もない話だったがフルストラは溜息をつく。

 

 「その話なら前にも断ったよね。そもそもギルドマスターを引き抜くって何?私がいなくなったら誰がこのギルドを守っていくの?」

 

 「有象無象がどうなろうと、そんなことは私には関係ないわ。私が欲しいのは優秀な子だけ」

 

 「っ…よく私の前でそんな事が言えるよね」

 

 「あら、もしかしてまだ前の事を怒っているの?私が…」

 

 イズリクスが歪んだ笑みを浮かべる。

 

 「以前の貴方のギルドメンバーを始末したことを」

 

 「なっ…!」

 

 俺は思わず声を漏らす。呆然と話を聞いていた俺に彼女は顔を向ける。

 

 「だって仕方がないでしょう?あの子が『ギルドメンバーがいるから一緒には行けない』なんて言うんですもの。そのしがらみを無くしてあげたのよ?それなのに…」

 

 「もういいよ」

 

 フルストラが語気を強めて話を遮る。

 

 「用はそれだけ?ならもう帰ってくれるかな?」

 

 「あら、連れない態度。けど駄目よ、今回は必ず貴方を連れて帰る」

 

 「どうするつもりなのかは知らないけど私のギルドメンバーに手を出すのは許さないよ」

 

 「そんなことはしないわ。貴方に嫌われたくないもの」

 

 「それじゃ、どうするの?まさか実力行使で私を連れて行くつもり?」

 

 不可能だ。フルストラの強さは俺でも知ってる。旧知の間柄なら言わずもがなだろう。だが、イズリクスの答えは意外なものだった。

 

 「ええ、そうよ」

 

 フルストラが黙って立ち上がると、その周りを小さな音を立てて電流が流れた。

 

 「へえ…この場で相手になるってことかな?」

 

 「やだ怖い怖い…、相手はするけどまともにするわけじゃないわ」

 

 イズリクスは、そう言いながら、突然、窓の外に顔を向けた。

 

 「そう言えば、あの魔物避けの彫像って貴方が動かしているのよね」

 

 「…?そんなこと今は関係ないでしょ」

 

 「近くで見たけれどとても素敵だったわ。精密な魔力制御によって作られた彫像。一つの彫像で広範囲の魔物避けの効果がある。そのおかげでこの街は、本来、魔物がいて住めない土地だったにも関わらず人が住むことが出来てる」

 

 魔物避けの彫像…俺達が街の入口で見た物か…?

 

 「アレを一つ創るのに普通の魔法使いなら十人は必要でしょうね。そんな代物を貴方は一人で52個。街の外壁に沿って囲うように設置して制御してる。おまけに貴方の魔力を使って自動修復するよう術式まで組んでね。もし何か損傷を受けることがあった時に自分がその場に行かなくてもいいようにしたのよね?その配慮、とても素敵だわ。なにせ…」

 

 「さっきから何を言って…」

 

 イズリクスが指を鳴らした。

 

 それと同時に、窓から見える、ギルドから一番近くにあった魔物避けの彫像が爆発し、粉々に砕かれ、振動で窓ガラスが震える。そして、彫像はゆっくりと元の形に戻っていく。あれが自動修復か。

 

 「まさか…お前…!」

 

 イズリクスが歪な笑顔を浮かべてもう一度、指を鳴らす。

 

 窓から見える彫像が全て同時に爆発した。恐らくそれ以外も…

 

 フルストラが崩れるように膝をつき、床に手をついた。息を切らしながら座り込む彼女は明らかに疲労している。

 

 「こうして這い蹲った貴方を見ることができるんだもの」

 

 「フルストラ!」

 

 俺はフルストラに駆け寄る。

 

 「驚いたわ。同時に全ての彫像から魔力を吸い取られているのにまだ意識を保っていられるなんて。それにしても大変だったのよ?全ての彫像を回るのは…けど、今の貴方を見て、そんなことはどうでも良くなったわ。さ、一緒に行きましょう?」

 

 「ふざけるな!」

 

 ゆっくりと歩み寄ってきたイズリクスの前に短剣を構えて立つ。

 

 「あら、大丈夫?手が震えてるわよ」

 

 くそっ…何でびびってんだよ。今、フルストラを守れるのは俺しかいないんだ…

 

 「相手をしてあげてもいいけど、貴方はもう私と戦うことすらできないわ」

 

 「何を言ってる…?俺は…」

 

 「私は触れた場所に触れた時間だけ爆発の術式を掛けることが出来るの」

 

 自分の鼓動が大きくなるのを感じた。あいつが触れた場所に…?そういえば初めて会った時に触られた…あれはどこだった…?そうだ、あの時…

 

 「その胸に刻んだ術式、貴方が邪魔をするというなら今すぐにでも発動させるけど。あの時、結構な時間触っていたわね。あまり目の前で肉が飛び散るのを見たくはないのだけど、どうするの?」

 

 イズリクスが俺を素通りする。

 

 「ちゃんと大人しくできたわね。偉いわ」

 

 イズリクスはフルストラを抱えると、悠然と俺の前を後にした。扉が静かに閉められた後、俺は膝を折り、がっくりと項垂れた。


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