俺達は社の中へと案内されたがフリリラの母親はとても不機嫌だ。しょうがないじゃんか…妹にしか見えなかったんだから…。
「ルルリスちゃん~久しぶり~」
ラントは空気を読まずにフリリラの母親へと声を掛ける。沈黙よりはマシだが。
「ラントの知り合いなんだろ?ちょっと間に入ってお互いのこと紹介してくれよ」
俺がラントに小声で伝えると、小さく頷く。
「ルルリスちゃん~こっちの~お兄さんと赤いお姉さんはね~ワタルとサリアっていう名前で~」
ラントが俺達を指差しながら名前を伝えると、今度は相手を指差す。
「こっちが~九ちゃんのお母さんの~ルルリス~…なんだっけ~」
「お主は呆けか。何度も言っとるじゃろうが」
「だって~長いんだもん~」
フリリラの母親は大きくため息を付く。
「ルルリス・ウルルフリスじゃ。そんなに長くもないじゃろうが…」
「それで?お主らは何をしにここへ?」
ルルリスと名乗った彼女は、ラントへ向けていた顔を俺達へ向け、問いかける。ラントと話していた時とは違い、睨めつけるような目だ。ここは慎重に言葉を選んだ方がいいな。
「俺達は鉱山に鉱石を取りに来たんだ。その途中で、ラントと一悶着あってさ」
「そんなことはどうでも良い。何故、儂の可愛い愛娘がこんなことに?」
音が聞こえてきそうなほど眉間に皺をよせる彼女。
「えっと…」
あれ…、何でフリリラは俺達に向かってきたんだっけ…?
「なぁ、なんでだっけ?」
俺はサリアに小声で聞いてみた。
「分からない…あの子が話を聞かずに襲い掛かってきたからな…」
「えっとね~」
俺が答え倦ねているとラントが口を開いた。良かった、代わりに説明を…
「九ちゃんね~何がしたかったのかは分からないけど~急に飛び出してきて~この男の人に~やられちゃったの~」
「ちょっ、お前!?だからその理由を説明しないとただ俺が襲ったみたいじゃ…」
俺はハッとしてフリリラの母親へ振り向いた。
「なるほどのう…」
こちらに視線を向ける彼女の笑顔が怖い。ちょっとこの雰囲気…やばいんじゃないか?俺は短剣の柄へと手を掛ける。
「ん…」
危うい空気が張り詰める中、気を失っていたフリリラが目を覚ます。
「フリリラ!」
「お母さん…あれ、私…」
「大丈夫か?痛む所は?」
「ううん…大丈夫」
俺が打った首裏が痛いと言われたらどうしようかとひやひやしたが問題ないようだ。
ホッと胸を撫で下ろした俺とフリリラの目が合った。
「あー!お前!」
俺の顔を見るやフリリラが立ち上がり、俺を指差す。
「なんでこんな所にいるんだ!ランちゃんにひどいこと…を…」
フリリラの目線は俺の隣に座るラントへと向けられる。しかし、明らかに俺へ警戒していない彼女を見てどうやら少しは状況を理解したようだ。
「あ、あれ…?なんでランちゃんがその男と一緒に居るの…?ランちゃんのこと虐めてたんじゃ…」
「え~?わたし~別にいじめられてないよ~?」
「あぁ、お前の勘違いだ」
「…」
ようやく、自分の早とちりだったことに気が付いたフリリラの額には汗が伝った。
「フリリラ?どうしたのじゃ?この男が悪いのではないのか?」
「えっと…えっと…」
やれやれ…子供が自分から謝るってのは難しいか?しょうがない…少し助け舟を…
「こ、この男が!寝てる私を無理矢理襲ってきたの!」
「…」
「…」
あまりに突拍子もない発言に理解が追いつかなかった。なんて言った?俺が?フリリラを?
「あれ~?そうだっけ~?」
「いや、違うだろ!」
あからさまな嘘にも関わらず惑わされるラントにツッコむ。
「…許さん」
「へ?」
「儂の可愛いフリリラに手を出した罪…万死に値する」
「ちょ、ちょっと話を…」
「問答無用。フリリラの言う事が全てじゃ」
ルルリスが立ち上がり、その周りをまるで火を燈したかのように、火の玉が現れゆらゆらと揺れる。
完全に火が付いてる…流石に理不尽過ぎないかこれ…。仕方ない、一度落ち着かせるしかないか…。
「燃え尽きよ!」
どこかで聞いたことのある言葉とともに、ルルリスが手を振ると火の玉が一直線に俺へと向かってくる。けどこれは…
火の玉が俺の体に触れると火の粉が舞い、炎が俺の周りを包んだ。
「悪いけど今の俺に火は効かねえよ」
「『風精霊魔法"精霊獣の牙"』」
俺は威嚇のつもりで精霊魔法を放つ。ルルリスの体の中心をあえて外し、恐らく脇を掠めるはず…。…!?
しかし、ルルリスはそっと手を出すと精霊魔法に触れる。
ルルリスが触れた瞬間、精霊魔法はかき消された。相殺された?何かしたようには見えなかったが…
「驚いた。お主、人間ではなかったのか?儂の炎が効かぬとはの」
「お互い様だ、ここまで余裕で精霊魔法を防がれたのは初めてだ」
「防いだわけではないがの。もう一度試してみるか?無駄じゃがの」
「上等!」
俺は両手を前に出す。薄ら笑いを浮かべてるルルリスの度肝を抜いてやる。
「『風精霊魔法』」
「『精霊龍の顎』」
轟音と共に白い龍が放たれる。真っ直ぐにルルリスへと向かい、目の前で顎が開かれる。これは流石に避けるなりするはずだ。
しかし、ルルリスの手が触れた瞬間、精霊龍は跡形も無く霧散した。
「なんで…」
呆然とする俺の死角からルルリスが姿を現した。精霊龍に視界を遮られていた隙に俺の元まで…
苦し紛れに短剣を持った右手を振り上げた俺だったが、右腕を掴まれた。まずい…精霊魔法を…
「っ…!?」
掴まれていない左手で精霊魔法を放とうとした俺だったが、全身の力が抜け、その場に膝をついた。
掴まれている箇所が熱い。どんどん力が抜けていく。まるで掴まれている右腕から吸い取られていくかのように…
「その手を離せ!」
サリアが大剣を振り下ろしたのを見て、ルルリスはようやく手を離した。数秒にも満たない時間だったはずだが延々と感じた。
「大丈夫か?」
「なんとかな…」
そう言ったが膝をついたまま立ち上がることが出来ない。その姿を見下ろすルルリス。
「どうじゃな?儂の"
「生気吸収…?」
「儂はこの手で触れた物の生気を奪う事が出来る。お主の生気、中々美味じゃったぞ。あと数秒あれば吸い尽くせたんじゃがの」
そういうことか…。精霊魔法は消されたんじゃなくそのまま吸い取られたってわけだ。
「もうお主には体力も魔力もほとんど残っておらんじゃろ?それともその粗末な短剣で戦うつもりかの?」
ルルリスは口の端を歪めると
「儂も鬼ではない。今すぐ頭を垂れて儂の愛娘に許しを乞えば命までは取りはせん…もっとも、人里へ帰るのは諦めてもらうがの」
「好き勝手言ってんじゃねーよ。下げる必要のない頭は下げねーし何より…」
「俺は自分を曲げるつもりはない」
「殊勝じゃの」
再びルルリスの周りを火の玉が揺らめき、俺達は相対する。
「サリア、一つ頼んでいいか?」
「私に出来ることなら何でも言ってくれ」
「俺が…」
「…」