俺は修行をして汗を流すのは嫌いじゃない。むしろ心地良いくらいだ。じゃあ人が汗を流しているのを見るのはどうか?それも嫌いじゃない。むしろずっと眺めていたいくらいだ。
俺は岩の上に腰掛けている。視界に映るのは赤い髪を揺らしながら大きな剣を振るう少女の姿。真剣な表情の彼女の頬には汗が滴っている。
「お疲れさん。休憩にするか?」
剣を下ろし、深く息をついたサリアに声を掛ける。
「あぁ、そうしよう」
サリアは俺の隣に座ると、汗を拭う。
「ここ、よく来るのか?」
今いるのは森の高台だ。そこから突き出した崖の上に俺達はいる。
「あぁ、こういう場所が好きでな」
「確かにいい場所だよ。眺めも良いしな」
崖の上から下を覗くと眼下には鬱蒼と木が茂っている。
「だが…私の修行を見ているのは構わないが、退屈じゃないか?」
「そんなことないよ、頑張ってる姿を見るのはいいものだ。うん」
「そうか?ワタルが良いのならいいのだが…」
サリアは持って来た水筒から水を飲む。
「それにしてもこんな大きい剣をよく振れるよなぁ。…?よく見るとこの大剣、いつも使ってるのと違うな」
「その剣は我が家に代々受け継がれる修練用の大剣で、通常の物より重く作られているんだ」
「へぇ…ちょっと振ってみてもいいか?」
「構わないが、気を付けてくれよ」
「大丈夫大丈夫…うっ、重っ…」
意気揚々と大剣を持ち上げた俺だったが予想外に重く、フラフラと一歩前に出た。
「お、おい。本当に大丈夫なのか?」
心配するサリアをよそに俺は少しだけ大剣を振ってみる。この重さにも少し慣れてきた。これなら大丈夫そうだ。それにサリアが扱ってる物を男の俺が扱えないなんて情けなさ過ぎる。
「いい感じじゃないか」
「そ、そうか?」
自分では拙い動きだとは思うがサリアは褒めてくれる。
「次はこうだな」
サリアが剣を横に振るような素振りを見せる。横に振るのは正直きつそうだがやってみよう。こう…腰を捻るようにして…
「せぇいっ!」
思ったより軽く振り抜けた。…?というより手が軽い。まるで何も持っていないかのように
「あっ」
大剣は俺の手をすっぽぬけ、崖から虚空へと飛び出し、重力に従い、真っ直ぐに落ちていった。
「…」
「…」
数瞬の後、遥か下から小さな音が聞こえた。
「悪い…」
「と、とにかく剣を拾いに行こう」
崖の真下に落ちたのでどこに落ちたか分からないということはないだろうが、誰かに持ち去られたら困る。というか下に誰か居たりしませんように…
「…」
崖の下に移動した俺達は再び沈黙に包まれた。幸い、下には誰も居なかったようで事故にはならなかった。ならなかったんだが…
そこには剣身の真ん中で無残にも二つに折れた剣が転がっていた。どうやら落ちたところに硬い岩があり、それにぶつかって折れたようだ。
「本っ当に申し訳ない!」
とりあえず折れた剣を回収し、サリアの宿に移動した俺は床に正座し、額を床に擦り付ける。平たく言えば土下座だ。この世界の住人に土下座は分からないだろうが謝罪の意は伝わると信じる。
「い、いや、いいんだ…形あるものはいつか壊れると言うしな…」
そう言いながらもサリアは動揺が隠せない様子だ。代々受け継いだと言っていた物が壊れて気にしていないはずがない。
「修理費はもちろん全額俺が出す。それで何とか許してもらえないか…?」
「そこまでする必要はないさ。私の責任でもあるから、半分で十分だよ」
「サリア…」
なんていい子なんだ…調子に乗った俺を責めることもなく優しい笑顔を向けるサリアに思わず涙ぐむ。
「これを直して欲しいのだが」
武器屋に行った俺達は折れた大剣を店主に見せ、修理を依頼する。結構高くつくかな…手持ちで足りなかったらどうしよう…
「ちょっと待ってな」
店主は大剣を手にとって眺めると、そのまま店の奥へ持って行ってしまった。しばらくして、店主は本を持ったまま戻ってくる。
「残念だが直すのに必要な鉱石がここにはない。仕入れようにも出回ってなくてな」
「鉱石?」
「あぁ、これなんだが」
見せられた本には黒曜石のような黒い鉱石が書かれていた。これが必要なのか…。よく見ると本には鉱山の場所も記載されている。
「じゃあさ、これを取ってくれば直してくれるってことでいいのか?」
「まあ、そういうことだ。別で金も払って貰うがな」
直すことが可能なことが分かったのはありがたいが面倒なことになった。だが仕方がない。責任は取る必要がある。
「それじゃあ行ってくるよ」
店主に地図を借り、武器屋を出た俺は、早速、鉱石を取りに行くことにする。
「いいのか?別に今すぐでなくとも…」
「大事な物なんだろ?すぐ鉱石を取って来て直してもらうよ。安心して待っててくれ」
俺の言葉にサリアが驚いたような顔を見せる。
「何を言ってるんだ。私も一緒に行こう」
「えっ、一人で大丈夫だよ。それに俺が悪いんだし…てっ」
申し訳なさそうに話す俺の額をサリアに指で弾かれた。
「仲間にそういう気遣いは不要だ。そうだろう?」
「…そうだな。じゃあよろしく頼むよ」
「こちらこそ。では準備を整えて正門に集合ということで構わないか?」
「あぁ、すぐ準備してくるよ」
サリアと別れ、屋敷へ戻った俺は鉱山へ行くための準備を整えていた。だが、部屋には当然、レアも居るわけで…
「どこかへ行くんですか?」
当然、聞かれるわけだ。
「いや~、実は…」
顛末を伝えるとレアは大きく溜息をつく。
「底なしの阿呆ですね。あなたは」
「…言い訳のしようもない」
今回ばかりはレアに同意だ。
「そういうわけだから、一応聞くけどレアも行くか?」
「行くわけがないです」
「だよな…じゃあ行ってくるよ」
「あ、ちょっと待って下さい」
準備を終え、立ち上がった俺をレアが呼び止める。
「地図を貸して下さい。その鉱石が取れる場所を教えてあげます。鉱山は広いですからね」
「そりゃ助かる。どうしたんだ?気が利くな」
「あなたのためじゃありませんよ。サリアのためです」
「まぁ、そういうことにしとくよ」