「おかえりなさいま…せ…」
玄関を開け、屋敷の中に入った俺を見てナタリアが言葉を失う。
「あ、あの、抱えていらっしゃるそちらの方は…?」
「理由はあとで話すよ、今ここで拘束が解けたら困るから。あと何か拭く物を部屋に持って来てくれ」
「は、はい、かしこまりました」
ナタリアは状況が飲み込めない様子のまま、廊下を歩いて行った。他の人にも見られる前に早く部屋へ行かなくては。
「レア、ただいま」
俺達が部屋の扉を開けるとレアはいつも通り座っていた。良かった居れくれて。
「…お持ち帰りですか?」
「違うわ!よく見ろよ、怪我してるだろ?治してやってくれないか?」
「私からもお願いしますよ」
「仕方がありませんね…」
レアが溜息をついて立ち上がる。
「そういや屋敷入ってから静かだな、落ち着いたか?」
「抱っこされてるところを色んな人に見られた…恥ずかしい…もう死にたい…」
顔を真っ赤にしながら恥ずかしがる少女、忙しい奴だな。
「別に女の子ならいいだろ。男がされたら情けないけどさ」
「私は気にするの!」
「はいはい、言い争いならあとでやって下さい」
レアが両手を前に出すとその周りが淡い光に包まれる。
「これ…治癒魔法…?」
「そうだよ、そのためにここに連れて来たんだからな」
「ふん、どうせ何か魂胆があるに決まってるわ」
「気が散るので少し静かにしていて下さい」
「あっ、ごめんなさい…」
レアに少しキツく言われ、少女が申し訳なさそうに口を閉じる。意外と聞き分けはいいんだな。
少女が落下した時にできた傷や火魔法で燃えたところがゆっくりと治っていく。その間、少女は大人しく治療されている。既に拘束も解けているはずだが動く様子もない。
「はい、これでいいでしょう」
一番大きかった傷を塞ぎ終え、レアが手を戻す。少女は手を動かして異常がないか確認しているが、見た感じ大丈夫そうだ。
「ありがとう…」
「いえ、いいんですよ。それにお礼を言う相手は他にもいますよね」
レアがチラリと俺の方を見る。少女もこちらを振り向く。
「特別に…感謝しといてあげる」
ずいぶんレアと態度が違うな、おい。
「そりゃどうも。でも元はと言えば俺達が原因でさ…」
「…?」
「それじゃあ私はそんな流れ弾みたいな魔法で撃ち落とされたってこと?」
俺が事の顛末を伝えると少女は不満げだ。
「まあ言っちゃえばそうだな」
「信じられない!あなたちゃんと反省してるの!?」
「本当に申し訳ないことをしてしまいましたよ…」
「えっ、あ、ごめんなさい。あなたを責めたわけじゃないのよ」
なんか俺への風当たりが強い気がするんだが気のせいだろうか。
「そういや、君の名前は?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗りなさいよ」
「それもそうか、俺はワタル。で、こっちが…」
「たしかメイルって呼ばれてたわよね」
「はい、そうですよ」
「それであなたがレア」
「どうも」
どうやら俺が名前を呼んだだけで覚えていたようだ。
「私はフェルヴィア。よろしくね」
フェルヴィアはメイルとレアの手を取り握手をする。とても友好的で仲良くなれそうだ。
「よろしく、フェルヴィア」
俺が笑顔で差し出した手はフェルヴィアの手の甲で弾かれた。
「気安く触らないでくれる?」
二人の時とはうって変わって冷たい表情。
「な、なあ?何か俺に対してだけ冷たくないか?何か気に触るようなことしたか…?」
「別に。単純に嫌いなのよね、雄って」
「な、何でだよ」
「私の種族には雄はいないもの。それに他種族の雄に遅れを取ったことなんて一度もないわ。つまり必要ないのよ、雄なんて」
思わぬ発言に言葉を失った。
「種族って…人間じゃなかったのか」
「失礼ね、人間なんかと一緒にしないで。私は気高い炎竜族よ」
「炎竜族…」
「そうよ、驚いた?」
「いやぁ、全然竜っぽくないなーと思って」
あ、しまった。どや顔が鬱陶しくてつい本音を言ってしまった。フェルヴィアのこめかみがピクピクと震える。
「馬鹿にしないでよ!飛ぶ時は翼だって広げるし炎だって吐けるんだから!」
「悪い悪い、どうみても普通の女の子だったからさ」
「ふん、これだから人間は嫌なのよ。見た目で人を判断するんだから…。あっ、メイルとレアに言ったわけじゃないのよ?あくまでこの男に対してよ」
正確にはレアは人間じゃないけどな。それにしてもほんとに男が嫌いなんだな。
「ずいぶん長居しちゃった。私急いでるからもう行くわね。レア、治療してくれてありがとう。メイルも気にしなくていいからね」
「もう行くのか?大丈夫かよ」
「心配されなくても平気よ」
フェルヴィアは部屋の扉ではなくベランダの方へ歩いて行く。
「玄関そっちじゃないぞ?」
「そんなこと分かってるわよ!時間がないからここから飛ばせてもらうわ」
「そうか、まあ気を付けてな」
「余計なお世話よ」
フェルヴィアは手すりの上に乗り、そのまま外へと飛び出した。一瞬の間のあと、フェルヴィアの背中からは大きな翼が広げられた。…一翼だけ。よく見るともう一枚の翼は途中から焼け焦げていた。
「あ、あれぇぇぇ!?」
フェルヴィアはがくんと体のバランスを崩し、旋回しながら鈍い音とともに地面へと落下した。
「…」
それを見ていた俺達は言葉を失う。
「おい、大丈夫かよ!?」
ベランダから声を掛けるが反応はない。俺達は慌てて外へと急いだ。
「痛たた…」
俺達が駆けつけるとフェルヴィアは頭を抑えながら座り込んでいた。
「おいおい、翼も怪我してるなら無茶すんなよ」
「気が付かなかったのよ!レア、ごめんなさい。翼も治してもらえない?」
「これだけ大きい部位を治すにはもう魔力が足りません。明日になれば出来るかもしれませんが」
「そんな…」
「別にいいじゃん。一日くらい泊まっていけよ」
俺はがっくりと項垂れるフェルヴィアに提案したが睨み返された。
「どうしても今日戻らないと行けないの!ああ、どうしようどうしよう…」
顔を青ざめながらぶつぶつと考え出すフェルヴィア。元はと言えば俺達のせいだしな、仕方ない…
「あえて理由は聞かないけどさ、どうしても今日帰りたいっていうなら歩いて行けばいいじゃないか」
「そんなの無理よ!地上を歩いたことなんてほとんどないし、地上にはモンスターだっているし…」
「誰が一人で行けって言った?」
「えっ…?」
「俺が一緒に行ってやるよ。こうなったのも俺のせいでもあるしな」
「私も一緒に行きますよ!」
「メイル…」
おい、俺はどうした俺は。
「さあ、行きましょう!ゆっくりしていたら日が暮れてしまいますよ」
「うん…ありがとう!」
メイルの手を取って立ち上がるフェルヴィア。なんか置いてけぼり感があるけど黙って見ておく。
思わぬ出来事に巻き込まれたが家まで送り届けるくらいならそれほど苦労もしないだろう。