近頃は平穏な日常が続いていてクエストに行っても危険を感じるほどのことはなかった。でも力というのは使わなければすぐ鈍る。だから俺は今日も自主的に修行を行う。
「だぁ~!チクショウ!」
俺は森の中の開けた場所に仰向けで倒れ込む。それを無表情のまま見下ろすのは俺と契約を交わし顕現している風の精霊、エイラだ。
「大丈夫ですか?主様」
「ヘーキヘーキ、ただの魔力切れだよ」
俺達は新しい精霊魔法の習得に苦労していた。上手く形容することが出来ないがウォルダムの城で読んだ本の知識は俺の中に刻まれていて、それをそのまま精霊魔法として放てばいいらしい。が、上手くいかない。頭で分かっているだけにもどかしい。
「なあ、何で上手くいかないと思う?」
「…」
エイラが考え込む。何か思い当たる節でもあるのだろうか。
「主様は魔法の扱い自体がその…下手…不器用…稚拙……いえ、不得手なようですので」
「気を使ってくれるなら頭に浮かんだ言葉は口に出さないでくれると助かる」
自分でも分かってはいたが改めて言われるとヘコむ。
「でもまぁそうなんだよな…あっ、そうだ」
「どうかされましたか?」
「精霊魔法は管轄外かもしれなけどさ、メイルに魔法の扱いを聞いてみるってのはどうかな?」
「…?主様のお知り合いの方でしたね」
エイラは一瞬、誰のことか分からないという様子を見せた。精霊ってのはあまり主人以外を覚えないようだ。
その時、後ろから草むらをかき分ける音が聞こえ、人影が姿を現す。
「おや、話し声が聞こえると思ったらワタルでしたか、誰かと思いましたよ」
「メイル?何してるんだこんなところで」
「いえ、その……。ワタルとエイラこそこんなところで何をしていたのか気になりますよ」
「俺達は修行だよ修行。精霊魔法の扱いが上手くいかなくてさ。魔法のことをメイルに聞きたかったから丁度良かったよ」
「そうでしたか。私に分かることなら何でも聞いて下さいよ」
流石、魔法のことなら頼りになるな。
「実際に精霊魔法を発動するとこを見てもらったほうが早いと思うからやってみるよ」
「分かりましたよ」
「ただ…今はちょっと魔力足りないからさ。ちょっと休んでからでいいか?」
「そうですか。どうぞ休んで下さいよ」
「そうさせてもらうよ」
俺が腰を下ろすとメイルは背中に掲げた杖を取り出した。
「…?どうした?」
「ふふふ…ワタル、私は魔法石を新調したんですよ」
「おぉ、そうなのか!どんな感じだ?」
「見たいですか?仕方ありませんね特別ですよ」
仕方ないと言っているがどう見てもメイルはウキウキだ。というかメイルは魔法の試し撃ちにこの森に来たようだ。
「まあ森に放つと火事になるので空に向けて撃ちますよ」
「ああ、それが良いと思う」
「では刮目して見ていて下さいよ!」
メイルが杖を前に突き出し、瞳を閉じて詠唱を始める。魔法使いが魔法を詠唱してる姿って絵になるよな、なんて思いながら眺める。
長めの詠唱を終え、メイルは目を見開き、杖を上に掲げる。
「イグニススピア!」
高らかに叫ぶと杖の先から虚空に向かって炎の塊が飛んでいく。槍を形どった魔法は今までよりも大きい。メイルの魔法はブレがあるので今の魔法がどれくらいの精度だったのかは聞かないと分からないが。
「フッ、やはり新しい魔法石で撃つ魔法は最高ですよ」
「すげーな!流石メイルだぜ」
俺はドヤ顔をしているメイルを褒める。
「ワタルにも火魔法の素晴らしさが分かってもらえたようで良かったですよ」
「いやほんと凄いな、こんな魔法食らったらひとたまりもな…い…?」
俺とメイルの間に何かが落ちてきた。人の形をしているので何かではなく誰か、が正しいが。プスプスと音を立てている人、今撃った火魔法、導き出される答えは一つ。
「…」
「…」
あまりに唐突なことに言葉を失う俺とメイル。そしてピクリとも動かない落ちてきた人。
「…なあメイル」
「…はいですよ」
重苦しい沈黙を破ってメイルに話しかける。視線は二人とも落ちてきた人を見ている。
「…俺、見なかったことにして帰ってもいいかな?いいよな?それじゃ」
俺は身を翻して歩き出そうとしたが、いつの間にか背後に回っていたメイルに肩を掴まれた。
「何を言っているんですか?私達は大切な仲間じゃないですか。一蓮托生ですよ」
「嫌だー!絶対これ面倒くさいことになったって!俺は悪くないから帰る!」
「そりゃ私が撃ちましたよ!でもワタルも空に撃つことに賛成してましたよ!」
ぐっ、メイルの言い分にも一理ある。余計なことを言うんじゃなかった。
俺は観念して再び向き直る。というかさっきから落ちてきた人は動かないが生きてるよな…?
うつ伏せで倒れ込んでいる人を改めて見ると、長い橙黄色の髪を見る限り女の子のようだ。
「おーい…生きてるか…?」
俺は短剣の柄の部分で少女を軽く突いて見る。怪我で済んでるならレアに治療してもらえばそれでいいんだが…
「っ…」
「おっと!」
少女が反応したので俺は少し離れる。こちらが一方的に悪いとはいえ襲いかかられたら抵抗しないわけにもいかない。
「あれ…?私…」
少女は現状が理解出来ていないようで、目を細めて周りを見回す。
「森の上を通ろうとしたら下から何かが…」
考え事をしていた少女が顔を上げ、俺達と目が合った。
「な、何!?あなた達は誰なの!?」
明らかにこちらを警戒して後ずさる少女。
「その…なんて言っていいか…」
「もしかしてあなた達が私を撃ち落としたの!?」
「まあ…結果的にはそうなるんだけど…」
俺が肯定したことによって少女はより一層警戒を強める。
「どういうつもりか知らないけど私を捕虜にでもするつもり?言っておくけど何をされたって情報を吐いたりしないわよ」
「いや別にそういうつもりじゃないって、怪我とかしてないか?してるなら俺の仲間に診てもらえよ」
「嫌!来ないでよ!」
俺が一歩前に出ると少女は腕を振って暴れだす。こりゃ落ち着かないとまともに話できないな…仕方ない。
「なあ、おい」
「…?何よ」
声をかけた俺を少女が睨みつける。
「大人しくしろ」
「っ!」
俺は瞳に意識を集中し、少女と視線を結んだまま命令する。どう見ても彼女には血が流れてるし"束縛の紅瞳"でちょっと大人しくしてもらおう。
「何…これ…体が…」
少女は小刻みに体を震わせるだけで、動かなくなった。バッチリ効いてるな。
「ちょっと抱えるぞ」
「えっ、きゃっ!」
「とりあえず屋敷に向かおう。メイルも一緒に来てくれるか?」
「はいですよ」
俺は少女を抱えると屋敷へ向かい歩き出す。道中あんまり人に見られたくないな…
俺は少女を抱きかかえたまま屋敷へと歩いていた。幸い、この時間は人が少なく街道で人とすれ違うこともほとんどなかった。
少女の拘束は解けていないが口だけは動くので屑だ変態だと散々文句を言われたが今更そのくらいの罵倒で俺の心が乱れることはない。こちとらそのくらい言われ慣れてるんだよ。
人一人を抱えたまま歩くのは正直キツかったがようやく屋敷が近づいてきた。レアが居てくれればいいんだが…