特に予定もない日は街をぶらついたりもする。そこで気になるものがあれば買ったりもするが今回は特に収穫もなかった。
ただ歩くだけというのは疲れる。俺は適当な店に入って座ろうと考え、目に付いた料理屋に入る。別に飲み物だけ頼んでも問題ないだろう。
店に入った俺は適当な席に着き、店員に声を掛ける。
「すみませーん、注文お願いしますー」
「はい、何に致しま…」
注文を取りに来た店員が身を翻した。見慣れない制服姿だがその赤い髪には見覚えがあった。
「あれ?サリアか?」
「…誰のことか分かりかねます」
背を向けたまま答える。なんで隠すのだろう。無理やりこっちを向かせてもいいがそれはちょっと強引だな……そうだ!
「悪い、人違いだったみたいだ。俺の仲間に似てる気がしたんだけど」
「っ…!」
「君に似てるそいつは仲間に嘘を付くような奴じゃないんだよ、そう、大切な仲間に」
肩を震わせるサリア(?)。ちょっとイジワルだっただろうか。
「違うんだ!その…急なことでつい…すまなかった」
「別に気にしてないって、それで?何でこんなところで働いてるんだ?」
「知り合いに人手が足りないからどうしてもと頼まれて断りきれなかっただけだ。今日これっきりだ」
「そうなのか?その服、似合ってるのに」
「っ…!改めて見られると恥ずかしいな…」
サリアが照れくさそうに顔を逸らす。
「おっと、すまない。仕事中だからこの辺で」
「あっ、もう一個だけ」
「…?」
「人手が足りないんだろ?俺も手伝うよ」
「それはありがたいが…いいのか?」
「暇してたんだよ。それに接客ってのも割りと得意なんだよ」
「分かった。店の者には私から話しておくから宜しく頼む」
その後、俺は店長に事情を伝えて店の服に着替えた。接客は得意と言ったがぶっちゃけ元の世界でバイトをしていたくらいの経験しかない。まあ何とかなるだろう。
「ふぃ~、少し落ち着いたな」
昼食時を終え、客足が疎らになったのでサリアに声を掛けた。
「あぁ、助かったよ」
「ははっ、サリアみたいにテキパキってわけにはいかなかったけどな」
大見得切っておいて割りと手こずってしまった。何が困るって読めない文字があることだ。ナタリアに簡単な文字は習っているが全てを網羅しているわけではないので仕方がない。
「それで?この後はどうするんだ?」
「夕方には別の人が来るからもう大丈夫だそうだ」
「そうなのか、もうちょっとやっても良かったんだけどな」
「私は疲れてしまったよ。あと、これを」
サリアが小袋を手渡す。硬貨の擦れる音がする。
「それは?」
「手伝ってくれたお礼だよ。と言っても私がもらったうちの半分だがな」
「そんなの貰えないよ。俺はいい経験が出来たってことで」
「しかし…」
サリアが申し訳無さそうな顔をするので逆にこちらが申し訳なくなる。
「じゃあさ、ご飯でも作ってくれよ。サリア手作りのさ」
「そんなことでいいのか?まあ、ワタルがそう言うのなら構わないが」
「決まりだな、それじゃあ帰ろうぜ。サリアの部屋に行けばいいか?」
「ああ、では一緒に帰ろう」
「制服のまま帰るのか?」
「宿はすぐ近くだから帰ってから着替えるよ。どちらにせよ借りた服は洗って返すからな」
「え?半日着ただけだろ?」
「そうかもしれないが、私の気持ちの問題だな」
「へえ、律儀だなサリアは」
話しながら歩くサリアを見ると、いつもと違った雰囲気で新鮮だ。
サリアの部屋に着いた俺は椅子に腰掛け、料理を待つことにした。
「先に着替えてくるからちょっと待っていてくれ」
「あっ、サリア」
奥の部屋に着替えをしに行こうとしたサリアを呼び止める。どうせなら…
「その服のままで作ってくれよ」
「別に構わないが…その…少し恥ずかしいな…」
「俺しか見てないんだからいいじゃないか」
「それが恥ずかしいのだが……分かった。今日だけだぞ」
サリアはしぶしぶといった様子で、前掛けをしたあと台所に向かった。料理を始めたサリアの後ろ姿を眺める。台所に似つかわしくない服で料理をしているというのが逆に良い。本人は恥ずかしいと言っているがとても似合っていると俺は思う。
「その…あまり見られるとやり辛いのだが…」
「あっ、悪い。つい、な」
無意識にサリアを凝視してしまっていたようだ。俺は顔を逸したが、見ていないフリをしながらも視界の端で、料理をするサリアの姿を眺めていた。
「出来たぞ。急なことでありあわせの物になってしまったが」
「十分だよ」
「そう言ってくれると助かる。おっと、飲み物を持って来なくてはな」
サリアは飲み物の入った容器を持ってくると、俺のコップに入れてくれた。次に自分のコップに入れようとする。しかし、容器を動かす際に俺のコップに触れ、手を伸ばす間もなく飲み物は俺の服に零れた。
「す、すまない!何か拭く物を!」
大慌てで拭く物を取りに行くサリア。別に大した服じゃないから気にしなくていいのに。
サリアが俺の前に屈みながら申し訳なさそうに服を拭いてくれる。なんだか少し緊張する。
「あ、ありがと。もういいよ」
「そうか…?じゃあ服を脱いでくれ」
「はいはい、服ね…って何でだよ!?」
「濡れたままでは不快だろう?私が一緒に洗っておこう」
「代えの服がないだろ…」
「…?あるじゃないか、私の服がいくらでも」
サリアの言っていることはわかる。男女の差があるとはいえ俺とサリアの体格の違いくらいなら着れないこともないだろう。でも、普通は男が女の子の服は着ないよな?逆ならギリギリ分かるが。
「それはおかしいだろ」
「そんなことはない。自慢ではないが私の服はシンプルな物が多いからワタルが着てもおかしくはないさ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「ほら、この服に着替えるといい。遠慮することはない、私達は仲間じゃないか。困ったときはお互い様だ」
サリアの屈託のない顔を見て、気にしている俺の方がおかしいかのように錯覚してしまう。こういう時に強く断れないんだよな…
結局、俺は脱衣所で着ていた服を脱ぎ、サリアの貸してくれた服を着た。確かに無地のシャツに無地のズボンで俺が着ても違和感はない。少し胸元が空いている気がするが。
だがそれにしても、この服ってサリアが着てる服なんだよな。俺はつい、服を顔に近づけ…
「サイズは問題ないか?」
「っ!?あ、ああぴったりだよ」
危ねえ、というかノックしろよ。何、普通に入ってきてんだ。
「それは良かった。さあ、料理が冷めないうちに食べよう」
「あぁ…」
「ありがとな、ご馳走様」
「あぁ、気を付けて帰ってくれ」
その後は何事もなく食事を終えた俺は、サリアの宿を出る。もちろん、服はサリアに借りた物のままだ。何だか落ち着かず、こそこそと街道脇を歩きながら屋敷へと戻った。
「お帰りなさいませ。…?屋敷を出られた時と服が違うような…」
屋敷に着いた俺は早速、ナタリアに気付かれた。
「気のせい気のせい!出る時もこの服だったって!」
「そうですか…?」
ナタリアは腑に落ちないという顔をしているが無理やり押し切って玄関を後にする。事情を説明すれば納得はするだろうが、今現在、女の子の服を着ていると知られるのは恥ずかしい。
「ただいまー」
「おかえりなさい…どうしたんですかその服」
レアには一目でバレた。流石に誤魔化し切れないか。
「これはサリアの服なんだ。俺の服はサリアが預かってるから今度取りに行くよ」
「えっ…どういうことなんですか…女性物の服に興味でもあったんですか…?」
「違うわ!なんでそうなるんだよ」
「あなたならあり得なくもないかと…」
俺を何だと思っていやがるこの女神は。
「とにかく早く着替えてもらえますか?女装してる男と同じ部屋に居ると私まで変な目で見られるので」
「へいへい、着替えますよ」
服に手を掛ける俺だったが、途中で手を止める。女の子の服を着る機会なんてもう二度とないだろうと思うとなんだか少しもったいない。
「あなたもしかして本当に…」
レアが汚物を見るような目で俺を見ているのに気がついて慌てて服を脱いだ。
「ちょっと考え事してただけだっての」
「どうしても女装したくなったら私に相談して下さいね、捕まられても困りますから」
「したくならねーよ!」
と言いつつ、したくなったと言ったらレアがどうしてくれるのか気になる。まあ、絶対に有り得ないことだが。でも普通は引くよな。やはりナタリアに話さなくて正解だった。この服もバレないようにどこかに隠しておかないとな…。