幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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慈愛を求める猫【挿絵】

 「なあ、レア」

 

 「はい?」

 

 「レアは犬と猫どっちが好きだ?」

 

 「それは今、答えないといけませんかね」

 

 ある日の昼間、俺はレアにどうでもいいことを聞いてみたが本を読むレアの反応は冷たい。

 

 「別にいいだろ?暇なんだよー」

 

 「まあ特にどちらが好きというわけでもないですね。私に取って人も動物も大差ありませんから」

 

 「そりゃ女神様からしたらそうなのかもしれないけどさ。俺はどっちも好きだな、特に耳と尻尾が好きだ」

 

 「聞いてませんよそんなこと」

 

 レアは全く興味が無さそうに本を捲る。

 

 「あーなんか無性に愛でたくなってきた。そういやこの世界に獣人みたいなのって居ないのか?」

 

 「居ますよ。行ってすぐ会えるような場所には居ませんが」

 

 「そうなのか、残念だな」

 

 レアが溜息を付いて本を閉じる。

 

 「そんなに愛でたいなら獣耳でも買って来てナタリアにでも付けたらどうですか?きっと喜びますよ彼女」

 

 「それじゃ完全に変態主人だろうが」

 

 「えっ、違うんですか?」

 

 「違うわ!」

 

 と言いつつケモミミメイドも悪くないかもしれないと思ってしまったのは内緒だ。

 

 「あっ、ちょっと出かけてきてもいいか?」

 

 「どうぞ。どこに行くんですか?」

 

 「ちょっとメイルに用事があって会う約束してるんだ。大した用じゃないからすぐ戻るよ」

 

 「そうですか。分かりました」

 

 「じゃあ行ってくるよ」

 

 

 

 屋敷を出てメイルの宿に到着した俺は、メイルの部屋の扉をノックするが返事はない。念の為もう一度繰り返すが変わらない。留守か?俺がドアノブに手を掛けると扉が開いた。さてはメイルの奴、人と会う約束しときながら寝てやがるな。

 

 俺はゆっくりと扉を開け、メイルの部屋に入る。

 

 「…お邪魔しまーす」

 

 一応、声を掛けたが返事はない。それもそのはずだ、部屋の主はベッドで熟睡しているのだから。

 

 静かに寝息を立てているメイルを起こすか迷っていると、机の上に置かれた物が目に付いた。あれは…猫耳!?

 

 「…なんでこんなところに置いてあるんだよ」

 

 手に取ったがやはり猫耳だ。なぜメイルがこんなものを持っているんだろう、コスプレの趣味でもあったのだろうか。

 

 手に取った猫耳を再び机の上に戻そうと思った俺だったが、寝ているメイルと手に持った猫耳で、ふと俺の中の悪魔が耳元で囁いた。人との約束を忘れて寝ているような奴には悪戯をしてしまえ、と。

 

 俺はニヤリと笑うと猫耳を持ったままメイルの元へ近づく。起こさないようにそっと頭に猫耳を添える。意外なほどすんなりとハマった、本当にメイル個人の物だったのだろうか。

 

 猫耳を付けて寝ているメイルはどこか間抜けに見えて俺は思わず笑ってしまった。

 

 「ぅ…ん…」

 

 俺の声にメイルが目を覚ましたようだ。

 

 「あれ…?ワタル…?」

 

 「起きたか?今日は俺と会う約束してただろ?」

 

 「そうでした。すみません忘れてしまっていましたよ…」

 

 寝ぼけ眼で時計を見るメイル。猫耳にはまだ気付いていないようだ。

 

 「プッ、似合ってるぞそれ」

 

 「…へ?それ?」

 

 俺がメイルの頭を指差すと、メイルは自分の頭を触る。

 

 「…」

 

 自分の頭に添えられた猫耳を何度か触るメイル。そして、ハッとしたようにベッドから降りると、鏡の前まで走って行った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「にゃ、にゃんですかこれ!?」

 

 「あははは!『にゃんですか』って何だよ?ノリがいいなメイルは」

 

 「あ、あれ?にゃんで…」

 

 メイルの様子に笑ってしまった俺だったが、鏡の前に立つメイルの姿を見て異変に気付いた。…尻尾が生えてる。まるで生き物のように動く猫耳と尻尾。瞬間、嫌な予感がした。

 

 「あ、あれ…?もしかしてその猫耳…付けちゃまずい奴だった?」

 

 「当たり前ですよ!このアイテムは呪いがかかった物にゃんですよ!」

 

 「…マジ?」

 

 「大マジですよ!」

 

 ちょっとした悪戯のつもりがとんでもないことをしてしまったようだ。どうしようこれ…。

 

 

 

 

 「つまりその猫耳は呪われたアイテムでメイルが処分するよう頼まれていた、と」

 

 「そうですよ」

 

 「で、呪われてるその猫耳は一度付けると外せない上に猫っぽくなってしまう、と」

 

 「そうですよ」

 

 「…ちょっとその猫耳と尻尾触ってもいい?」

 

 「駄目ですよ!!」

 

 メイルが毛を逆立てながらキレた。見事に耳も尻尾も連動している。

 

 「ワタルは今の危機的状況が分かってにゃいみたいですね。このままでは私は外にも出られにゃいんですよ!」

 

 「そうなのか?獣人ってのも居るんだろ?なら別にいいじゃないか」

 

 「普段の私を知ってる人からしたら、ただのコスプレして出歩く変態にしか見えにゃいですよ!」

 

 「あっ、そっか。別に可愛いからそのままでもいいと思ったんだけどな」

 

 「にゃっ!?」

 

 顔を背けるメイル。耳も尻尾もしおらしくなった。とても分かりやすい。

 

 「まあ呪いで外せないって言うなら俺に考えがある」

 

 「にゃんですか?」

 

 「屋敷に行ってレアに見てもらえば呪いを解いてくれるはずだ」

 

 我ながら名案だ。

 

 「それはそうかもしれにゃいですが…」

 

 「どうかしたのか?」

 

 「その…街道を歩くことににゃるじゃにゃいですか?人に見られてしまいますよ」

 

 「大丈夫大丈夫、俺がここに来る時もそんなに人居なかったし」

 

 「いいえ、駄目ですよ!にゃんとか隠して行きますよ!」

 

 なぜそんなに恥ずかしがるのか分からないが俺が原因なので大人しくメイルの意見を聞くことにした。

 

 帽子は耳が邪魔で被れなかったので、フードを被ることにした。したが…

 

 「それ、逆に目立つと思うぞ」

 

 猫耳のせいでフードは山のように尖っている。端から見ても違和感だらけだ。

 

 結局、何もしないのが自然だという結論に至り、メイルは普段通りの格好で屋敷まで歩くことになった。

 

 

 

 「ほ、本当に行くんですか?やっぱり恥ずかしいですよ…」

 

 「大丈夫だって、ほら、行こうぜ」

 

 メイルは部屋を出てから、俺の後ろに隠れるように歩いている。

 

 「おいおい、そんな風にしてたら余計に変だぞ」

 

 「で、ですが…」

 

 「いいから自然にしてなって、ほら、一緒に歩こう」

 

 「は、はい…」

 

 メイルは渋々、俺の後ろから横に並ぶ。

 

 「うぅ…恥ずかしい…」

 

 メイルは顔を伏せながら歩いている。ふと、目線をメイルに向けた俺は頭に生えた猫耳が気になった。

 

 「にゃっ!?」

 

 思わず触ってしまった。ふわふわと柔らかい。メイルの反応を見る限り神経も通っているようだ。この世界のアイテムって凄いんだな。

 

 「ふわっ…や、やめ…」

 

 メイルはやめるよう言うが抵抗する様子はない。動かないのか動けないのかは分からないがもう少しだけ…

 

 「何をやっているんだ?」

 

 聞き覚えのある声に振り返るとサリアが居た。メイルの顔が一瞬で青ざめる。

 

 「二人で散歩か?」

 

 「ああ、サリアは買い物か?」

 

 「そうだ。その…他人の趣味に口を出すのは良くないのかもしれないが、白昼堂々、猫耳で散歩というのは少し大胆過ぎやしないか…?」

 

 「違うんですよ!」

 

 メイルはサリアに状況を説明した。それはもう一生懸命に。

 

 「というわけにゃんですよ、好きで猫耳を付けて散歩してたわけじゃにゃいんですよ!」

 

 「なるほどな、ワタルにも困ったものだな」

 

 「いや~、ちょっとした悪戯のつもりだったんだけどな。悪い悪い」

 

 「もう!ちゃんと反省して下さいよ!」

 

 「だがそれにしても…」

 

 サリアがメイルを眺める。

 

 「ワタルの気持ちも分かる。触っても構わないか?」

 

 「えっ、まあ構いませんが…」

 

 何でだよ、サリアはいいのかよ。

 

 「うん、良い手触りだ。本物の猫と同じだな」

 

 「え、ええ。触られるのも実はそんにゃに悪くありませんよ」

 

 二人で猫状態を堪能してるのは正直羨ましいが男の俺があまりメイルの体(?)に触れるわけにもいかないので我慢しておく。

 

 「ありがとう。呼び止めて悪かった、気を付けて屋敷まで行ってくれ」

 

 「はいですよ」

 

 「ああ、またな」

 

 しばらく話した後、サリアと別れた。メイルは先程より落ち着いている。知り合いに見られた事で逆に開き直ったのだろうか。そして俺達は再び屋敷へと歩き出した。

 

 

 

 屋敷に着いた俺達は玄関ではなく裏口に回った。メイルがなるべく人目に付かないようにしたいと言うからだ。

 

 俺は扉を開け、中を伺う。人影は見当たらない。

 

 「よし、大丈夫そうだ。行こう」

 

 「は、はいですよ」

 

 端から見たら完全に不審者だが俺達はどうにか屋敷に入り、レアと俺の部屋まで辿り着いた。

 

 「ただいま」

 

 「おかえりなさ…ぃ…」

 

 こちらを向いたレアが俺達を見て言葉を失った。

 

 「あの…私まで同類に見られると困るのでそういうのは別の場所でやってもらえますか?」

 

 「違うわ!実は…」

 

 

 

 

 「なるほど。全く、何をやっているんですかあなたは」

 

 「言い訳のしようもない」

 

 「それで、何とかなりそうですか?お願いしますよ」

 

 「ちょっと待って下さいね」

 

 レアはメイルの頭に手をかざす。しばらくした後、手を戻した。

 

 「分かりましたよ。どうやらこれは飼い主からの慈しみを受けられなかった猫の呪いのようですね」

 

 「悲しい話だな、それ」

 

 「ええ、そしてその呪いを解くにはその猫が望んでいたことをするのが一番手っ取り早いです」

 

 「愛でればいいってことか?じゃあレア、頼むよ」

 

 「駄目です」

 

 「え、何でだ?」

 

 「そのアイテムを付けて最初に会った相手が飼い主として認識されているからです」

 

 「「!?」」

 

 レアは平然と言ったが俺とメイルは唖然とした。付けて最初に会った相手ってつまり俺じゃないか。俺がメイルの方を向くとメイルもこちらを見ていた。

 

 「責任…取って下さいよ」

 

 「お、おう、俺に出来ることなら何でもするよ」

 

 「はいはい、では後は勝手にして下さいね」

 

 「お、おい、具体的には何をすればいいんだよ」

 

 「たぶん猫が満足するまで飼い主のあなたと一緒に居ればいいですよ。あとは本人に聞いたらどうですか?」

 

 「なんだそうなのか、じゃあしばらく一緒に居ような。して欲しいことがあれば言ってくれ」

 

 「…ざ…で」

 

 メイルが顔を伏せたまま呟く。小さすぎてとても聞き取れない。

 

 「どうした?して欲しいことがあるなら言ってくれ」

 

 「ご主人様の膝の上で寝たいと私の中の猫が囁くんですよ!」

 

 メイルが顔を真っ赤にして訴える。

 

 「なんだそんなことか、いいよ。こっち来いよ」

 

 俺はベッドに腰掛けると、メイルをこちらへ誘導する。

 

 メイルはとりあえず俺の隣に座ったがそれだけだ。遠慮しているんだろうか。

 

 「どうした?気を使わなくていいって、元はと言えば俺が原因なんだから」

 

 俺の言葉にメイルはしばらく考えた後、俺の膝にゆっくりと頭を預けた。

 

 「どう?」

 

 「ど、どうと言われても困りますよ。まあ悪くはありませんよ」

 

 「そっかそっか、なら良かった」

 

 そう言って俺はさりげなく頭を撫でる。愛でて欲しかった猫ならこうして欲しいはずだ。それに俺も猫耳触りたいしな。

 

 メイルは俺が触れた瞬間、体を震わせたが何も言わずに撫でられている。顔は見えないが間違いなく赤くなっているだろう。俺は今までペットを飼ったことがなかったがもし居たらこんな感じなんだろうか。いや、メイルをペット扱いするのは流石に失礼だな。

 

 ふと、レアがこちらを見ているのに気が付いた。

 

 「どうかしたか?」

 

 「いえ、気持ちよさそうだな、と思ったので」

 

 「どっちが?」

 

 「っ…!撫でる側に決まっています!」

 

 「ははっ、そりゃそうか」

 

 俺とレアの会話にメイルが反応しないので気になって顔を覗くと、メイルは小さな寝息を立てて眠っていた。安心した顔をしている。膝から伝わる温かさに何だか俺まで眠くなってきた。

 

 俺はメイルに膝枕をしたままベッドに体を倒す。そのまま俺はゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 目を開けると夕日が映った。いつの間にか寝てしまっていたようだ。意識がハッキリせず、俺は寝返りをうつ。

 

 「うわっ!」

 

 自分のベッドに他の人が寝ていたので慌てて飛び起きた。が、よく見ると知った顔だ。そうだった、メイルと一緒に寝ていたんだった。

 

 「起きましたか」

 

 「お、おう、いつの間にか寝ちまってた」

 

 「呑気なものですね。まあ効果はあったようですが」

 

 「…?」

 

 レアがメイルを指差したので俺も顔を向けた。寝息を立てるメイルの横に猫耳が転がっており、尻尾もなくなっている。

 

 「これは呪いが解けたってことでいいのか?」

 

 「そうですね」

 

 「結構あっさり解決したな。これならもうちょっと猫耳堪能しとけば…」

 

 「何か言いましたか?」

 

 「何でもありません」

 

 レアの笑顔が怖かったのでそれ以上言うのはやめておいた。

 

 「全く、人騒がせな…これは私が処分しておきますからね」

 

 レアが猫耳を手に取る。

 

 「もう呪いは解けてるんだろ?別に捨てることないんじゃないか?」

 

 「本当に猫耳好きなんですね、軽く引きますよ」

 

 「そういう意味じゃねーよ!」

 

 結局、猫耳はレアが持って行ってしまった。別に欲しかったわけではないが、少しもったいない。

 

 「んっ…」

 

 メイルが目を覚ます。よく考えたらメイルが俺のベッドで寝てたんだよな。今更ながら緊張してきた。

 

 「あれ、私は何でこんなところで寝てたんでしたっけ、覚えがありませんよ」

 

 「寝ぼけてるのか?猫耳だよ猫耳」

 

 俺は自分の頭を指差す。メイルはハッとして自分の頭を擦る。

 

 「そうでしたよ!外れて良かったですよ!」

 

 「ああ、ほんとにな」

 

 「あれ?その猫耳が見当たりませんよ」

 

 「それならレアが処分しといてくれるってさ」

 

 「そうでしたか、お願いします。私はもうこりごりですよ」

 

 メイルは首を振って立ち上がる。

 

 「では、私は宿に帰りますよ。レア、助かりましたよ」

 

 「いえ、大したことはしていませんから」

 

 照れくさそうにはにかむレア。俺以外にはずいぶん素直だなおい。

 

 「ずいぶん遅くなっちゃったし送ってくよ」

 

 「悪いですよ」

 

 「いいんですよ、その男のせいなんですから。ほら、責任持って家まで送るんですよ」

 

 レアが「早く行け」といった様子で俺を追い出す。

 

 「ったく、言われなくてもちゃんとするっての…。ほら行こうぜ」

 

 「ではお願いしますよ」

 

 俺達は屋敷の廊下を歩き出した。人目を気にせずに歩けるのって幸せなんだなと改めて実感した。

 

 

 

 「思ったより涼しいな、ちょっと上着取ってきてもいいか?」

 

 部屋を出て屋敷の廊下を歩いていた俺達だったが、寝覚めということもあり俺は少し寒気を覚える。

 

 「じゃあ私はここで待ってますよ」

 

 「ああ、すぐ戻るから」

 

 メイルを待たせて部屋へ駆け足で戻る。急いでいたのでノックもせずに扉を開ける。

 

 鏡の前に居たレアがこちらを振り向いた。処分すると言っていた猫耳を付けて。

 

 「…」

 「…」

 

 重苦しい沈黙。何か言わないと…

 

 「…に、似合ってるぜ、レア」

 

 どうにか頭に浮かんだ感想を紡いで言葉にした。それを受けてレアの顔が一気に紅潮する。

 

 「ちっ、違いますから!呪いがちゃんと解けてるか確かめていただけですから!」

 

 「素直じゃないなー、付けてみたかったなら言えば良かったのに…ほら、にゃんって言ってみ?」

 

 少しからかってみた。

 

 レアは何も言わずにニコリと笑うと、俺の方へ歩いてきた。あっ、これ殴られるな、と察した。恐らく猫パンチではなくグーで。でも近くで見ると猫耳レアもいいな、なんだかんだで今日は猫を堪能できて良かった。さて、そろそろ殴られる覚悟を決めとくか。


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