幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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 突然で申し訳ないのですが、閑話として本編と全く関係ないサブストーリーを書かせて頂きました。今までの視点は全て主人公のみでしたが、今回は他の登場人物の視点となっております。なお、一話完結ですので、次話からまた、主人公の視点に戻ると思います。


閑話「水の国の従者」 【挿絵】

 静かな朝の廊下に一定の足音が小さく響く。背筋を伸ばし、踵を鳴らしながら歩く。私はこの時間が好きだ。静かで空気が澄んでいてそして何より…

 

 真っ直ぐに歩いていた私だったが一つの扉の前で足を止める。これまでに何度も足を運んで居る部屋だが未だに少し緊張する。私は小さく息を吐き、扉を軽く二回叩くと

 

 「失礼します」

 

 部屋の主から返事はない。だがいつものことだ。私は気にせず扉をそっと開ける。

 

 見慣れた部屋に見慣れたベッド、そこで眠りにつく見慣れた少女。私は静かに少女の側に近づく。

 

 「おはようございます、アイヴィス様」

 

 「っ…んっ…」

 

 私の声にアイヴィス様は小さく呻くと煩わしそうに体を捩る。

 

 「…クライス」

 

 肩を優しく揺するとアイヴィス様がゆっくりと体を起こす。元々緩く波がかった髪をさらに撓ませ、寝ぼけ眼でこちらを見つめる。この様子の通りアイヴィス様は朝に弱い。そのため私が毎朝起こしに来ているというわけだ。普段の凛としたアイヴィス様も素晴らしいが今のアイヴィス様も素敵だ。

 

 「時間があまりありませんので、失礼します」

 

 私はアイヴィス様の着替え、整容を手伝う。次第に意識のハッキリしてきたアイヴィス様は鏡越しにこちらに顔を向ける。

 

 「今日は何か予定があったかしら」

 

 「午前の稽古事の後は特に予定はありません」

 

 「それなら、お昼からワタルのところに顔を出しますわ」

 

 ”ワタル”、アイヴィス様が最近良く口にされる名前だ。以前にアイヴィス様を救い、それ以来好感を得ている男だ。助けてくれたこと自体には感謝しているが、アイヴィス様があの男の話をしているとどこか不愉快だ。

 

 「クライス?」

 

 しまった。アイヴィス様の前だというのに手を止めて黙りこくってしまった。

 

 「いえ、何でもありません」

 

 私は微笑み、答えた。感情が表に出てしまうあたり、私もまだまだ未熟だ。

 

 

 

 朝食を終えた後、アイヴィス様は机に向かい、少しくすんだ分厚い本を開く。私が内容を知ることはないが将来、王女となるのに必要なことなのだろう。

 私はアイヴィス様に必要な物があれば用意する。まるで使用人だが側に居られるだけで十分だ。

 

 真剣に本に向かうアイヴィス様の姿を眺める。私は幼い頃からずっと仕えているがこういった影の努力をアイヴィス様が表に出すのは見たことがない。当然のことだと本人は言っているが私には真似出来ない。生まれた時から王女になることを決められていてそれ受け入れ直向きに努力を重ねるアイヴィス様。そんなお方だからこそ私は、お慕いしている。

 

 時計の短針が一周した頃、アイヴィス様は椅子の背に体を預けた。

 

 「アイヴィス様、何かお飲み物でもご用意しますか?」

 

 「そうですわね、紅茶が飲みたいですわ」

 

 「かしこまりました」

 

 私は部屋を出て厨房に向かう。今やこの城にも慣れたものだ。アイヴィス様が国王様に付いて行くと言い出した時はどうなるかと思ったが…

 

 厨房には誰も居なかった。だがここで紅茶を淹れるのは初めてではないので特に問題はない。私が茶葉やコップを用意していると

 

 「あれ、クライス?」

 

 後ろからの聞き覚えのある声に振り向く。あの男だ。

 

 「貴様か、何か用か?」

 

 「いや、まぁ大したことじゃないんだけど…」

 

 ワタルはそう言いながらこちらに歩いてくる。

 

 「何してるんだ?紅茶かそれ?」

 

 「そうだ。アイヴィス様のための物だ」

 

 「それなら丁度良かった。これ、アイヴィスにあげてくれよ」

 

 ワタルは小袋を私に差し出す。

 

 「なんだこれは?」

 

 「お菓子だよお菓子。クッキーって言うんだけど分かるか?」

 

 「それは分かるが…なぜこれを用意したのかは分からんな」

 

 「別に理由なんてないよ。偶然帰りに見つけてさ、喜ぶかなって」

 

 はにかみながら話すワタル。何の裏もなく善意でのことだと伝わってくる。こういうところにアイヴィス様も…

 

 なぜか無性に腹が立ち、私は舌打ちをして小袋を受け取る。

 

 「ど、どうした?クライスも欲しかったか?アイヴィスと一緒に食べていいんだぞ…?」

 

 ワタルは何も悪くないのに申し訳無さそうな顔をしている。私は溜息をつくと

 

 「何でもない、アイヴィス様には貴様からだと伝えておく」

 

 「そうか?じゃあ頼むよ」

 

 ワタルは笑顔でそう言うと厨房から立ち去った。その後姿を見送った後、私はがっくりと項垂れる。

 

 「やってしまった…なぜかあの男の前だと高圧的な態度を取ってしまう…」

 

 私は小さく呟くと、自己嫌悪に陥りながら、ぐつぐつと音を立てる泡の音に慌てて火を止めた。

 

 

 

 「お待たせしました」

 

 再びアイヴィス様の部屋に戻った私は、淹れて来た紅茶を机に置く。

 

 「ありがとう」

 

 「あとこれを」

 

 私はワタルから預かった小袋を置く。

 

 「これは?」

 

 「クッキーです。どうぞ召し上がって下さい」

 

 「あら、どうしたんですの?」

 

 「…ワタルからです」

 

 「ワタルから!?」

 

 アイヴィス様は体を震わせて少し目を見開いた。

 

 「そうでしたの!嬉しいですわ」

 

 さほど興味の無さそうだった先程とは明らかに反応が違う。分かりやすく感情を隠そうとしないアイヴィス様も愛らしい。

 

 「美味しい。何かお礼をしないといけませんわね」

 

 「そのような事は不要かと…」

 

 「いいえ、必要ですわ!何がいいかしら…」

 

 こう言い出したらアイヴィス様は聞かないだろう。私は小さく溜息をつく。

 

 「後で話す時に直接聞いてはどうでしょうか」

 

 「そうですわね。なんだかとてもやる気が出ましたわ」

 

 休憩を終えたアイヴィス様が再び机に向かう。意欲向上の理由があの男というのが少し気に入らないが、アイヴィス様が嬉しそうなので良しとしよう。

 

 

 

 

 「それでは失礼します」

 

 夕食後、私はアイヴィス様の部屋を後にする。ワタルと話している時のアイヴィス様は本当に楽しそうだった。私に向ける笑顔とはまた違った雰囲気だ。

 

 考え事をしながら歩いていると自分の部屋に着いた。扉を開け、中に入った私はベッドに腰掛ける。

 

 「アイヴィス様…」

 

 ぽつりと呟いく。ずっと側に居て、今さら新しい一面を見るというのは喜ばしい反面、正直悔しい。私には引き出すことの出来なかった姿なのだから。アイヴィス様はずっと私と一緒だった、これからもずっとそうだと思っていた。…他の者に目を奪われて欲しくない。

 

 「主の気持ちより私の事を優先して欲しいなんて…従者失格だな…」

 

 私は溜息をつく。もう今日はすることがない。私は靴を脱ぎ、部屋着に着替えるために上着を脱ぐ。と、扉をノックする音が聞こえた。

 

 「クライス?ちょっといいかしら」

 

 「アイヴィス様!?しょ、少々お待ち下さい。直ぐに着替えますので」

 

 私は慌てて服を着ようとしたがその前にアイヴィス様は扉を開け、中に入る。

 

 「別に構いませんわ」

 

 「いや、しかし…」

 

 私は腕で体を隠しながら狼狽える。女同士で気にする必要はないのかもしれないがアイヴィス様は別だ。顔が紅潮していくのを自分でも感じる。

 

 こちらに歩いてくるアイヴィス様を見て違和感を感じた。なぜだろう…。アイヴィス様を上から下まで眺めていて分かった、靴を履いていないからだ。

 

 「あの、アイヴィス様?なぜ裸足なのですか?」

 

 「そうですの。初めて知ったのだけれどワタルの生まれたところでは家では靴を履かないらしいですわ」

 

 あの男は…アイヴィス様に余計な事を…

 

 「ですが、アイヴィス様がそのような姿で歩かれては…」

 

 「心配しなくとも今だけですわ。どうかしらクライスも…」

 

 歩きながら話していたアイヴィス様が体勢を崩した。裸足で歩き慣れていないために躓いたようだ。

 

 「アイヴィス様!」

 

 私はアイヴィス様を受け止める。しかし受け止めたはいいが咄嗟のことで私まで一緒に倒れてしまった。

 

 柔らかな感触。床ではなくベッドに倒れたようだ。

 

 「申し訳ありません、お怪我はありません…か!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ゆっくりと瞳を開いた私の目の前に、いや、私の下にアイヴィス様が横たわっていた。幸い怪我は無さそうだがすぐにどかなければ…すぐに…

 

 一刻も早く体を動かさなければならないというのに私は目を奪われた。…アイヴィス様の瞳、髪、肌。吐息を感じることのできるほど近い…アイヴィス様がこんなに近くに…手を伸ばせば届く距離、もし許されるのならこのまま…

 

 扉の開く音が聞こえた。

 

 「クライスいないのか?ちょっと聞きたいことが…」

 

 部屋を覗いた男と私は目が合った。

 

 「…」

 「…」

 「あら、ワタル」

 

 男は部屋の現状を確認して目を見開く。息が詰まりそうな程の沈黙のあと

 

 「わ、悪い…一応ノックしたんだけどさ…なんていうかその…ごゆっくり…」

 

 そう言ってドアノブを引き、扉を閉めようとする男の手とドアノブを私は氷漬けにして固定する。

 

 「あのー…クライスさん、これは…?手が離せないんですが…」

 

 「貴様は誤解している。誤解したまま帰ることは許さん」

 

 「だ、大丈夫だって、誰にも言わないから!クライスの忠誠心が暴走してアイヴィスを押し倒してたなんて誰にも言わないから!」

 

 そうだ。この状況を見たら誰でもそう思うだろう。だから帰せないと言ったんだ。

 

 「アイヴィス様、申し訳ありません。少しこの男と話があるのでお話はまた明日ということでよろしいでしょうか?」 

 

 私は笑顔でアイヴィス様に伝える。

 

 アイヴィス様が部屋を出たのを確認した後、私は男に向き直る。なぜ俺が?と言いたげな顔をしているがたしかにこの男は悪く無い、ただ不運だっただけだ。

 さて、私はこれからこの男に、あらぬ噂を流したらどうなるかを体に教えておかなければならない。…愉しい夜になりそうだ。




 オマケのような内容でしたが、閲読頂きありがとうございます。今回、この話を書くきっかけになったのは友人からの「アイヴィスとクライスって何してるの?」という言葉でした。最初は主人公視点からのストーリーにしようと思っていたのですが、話を構成するのが難しく、視点を変えてみようという発想に至りました。もしかしたら、読者の方に不快感を与えてしまうかもしれないという不安もありましたが、悩んだ末、投稿することにしました。もし宜しければ今回の閑話について意見を頂ければと思います。

 ①本編と関係ない日常話を書くことは是か非か。
 ②主人公以外の視点の話構成は是か非か。
 ③その他、気になったこと等。

 なお、あとがきでこのようなことを書かせて頂いていますが意見を強要するものではありません。もし、お暇があればお答え頂ければと思います。

 長々と失礼いたしました。これからも「幸福と不幸は女神様次第!?」を宜しくお願い致します。

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