幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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紅い夜 【挿絵】

 「なんで俺とレアは血の支配ってやつを受けなかったんだろうな」

 

 吸血鬼の廃城を後にし、俺達はイルワールへ歩いていた。

 

 「私が支配されなかった理由は簡単ですよ。女神ですから」

 

 「『女神ですから』じゃねーよ。何でもアリか。本気で心配したんだからな」

 

 「まぁ私は当然として、不思議なのはあなたですね。それでも一つ思い当たることといえば」

 

 「言えば?」

 

 「既に別の吸血鬼の支配を受けていたからかもしれませんね」

 

 「あー」

 

 そういえば既に経験してたな。お転婆吸血鬼に。要するに吸血鬼の血が混じってたから完全には操られなかったってことか。

 

 「不幸中の幸いってやつだな」

 

 「こんなことなら私達も一度経験しておけばよかったですよ」

 

 「そうだな。あの力は正直、反則だ」

 

 「やめとけよ、結構痛いんだぜアレ」

 

 しばらく歩くと見覚えの外壁が見えた。イルワールへ到着した俺達は城郭へと移動し、巫女の部屋でアヤメと話す場を用意してもらった。少し休んでからにしたかったがあまり長居して今日中に屋敷に帰れなくなっても困る。

 

 「今回の一件、私が無事に帰ってくることができたのはあなた方のおかげです。心より感謝申し上げます」

 

 「お礼なんていいって、ともかく無事で良かったよ」

 

 俺の言葉に、深々と頭を下げていたアヤメが顔を上げる。

 

 「それで、私に伺いたいことがあるとのことですが」

 

 「そうなんだ、単刀直入に聞く。アヤメに視えている物を教えて欲しい」

 

 俺の問いにアヤメは黙り込む。どう答えれば良いか考えているようだ。

 

 「形容しにくいのは分かる。けどその相手は俺達が神と呼んでいる存在じゃないか?」

 

 俺はもっと具体的にアヤメに聞いてみる。もし、アヤメがそうだと言えばレアの望みは叶う。なのに何でだ?どうしてレアはあんなに辛そうな顔をしているんだ?

 

 「違います」

 

 「え?」

 

 レアを横目で見ていた俺はアヤメの声に再び目線を戻した。

 

 「私に視え、そして触れている彼らは巷では"妖精"と呼ばれる存在です。あなた方が何故神との対話を望んでいるのかは分かりませんがご期待に添えず申し訳ありません」

 

 「ふぅ…そうだったのか。いや別にアヤメが謝る必要はないよ。元々、噂半分で確かめに来ただけなんだからさ」

 

 俺はアヤメの答えに安堵した。

 

 安堵…?どうしてだ?まるでレアの探している物が見つかって欲しくないみたいじゃないか。おかしい。胸の奥がモヤモヤする。

 

 「でもハッキリして良かったよ。事実を確かめないと帰るに帰れなかったからさ」

 

 俺は自分の胸中とは裏腹に笑顔を作りアヤメに向ける。が、アヤメは眉をひそめる。しまった、アヤメには嘘が通じないんだった。

 

 「ワタル様、今回私を尋ねたというあなたの行動は心と相反するものとなっています。自分の心の奥の感情に気がつかないまま無理をすれば、この先必ず折れてしまいますよ」

 

 アヤメが心配そうに俺に語りかける。どういう意味だ?俺は無理なんてしていない。

 

 「今は気が付いていなくとも仕方がありません。いつか気付いた時に本当に大切な物はどちらなのか慎重にお考え下さい」

 

 その言葉を最後に俺達は巫女の部屋から退室し、街を縦断して、イルワールを離れた。暗い森の中を歩く俺の心にはアヤメの言葉がいつまでも引っかかっていた。

 

 

 

 

 「あっ、見えてきましたよ」

 

 暗い森の中をひたすら歩いていた俺達だったが、遠くに光が見えた。その途中に見覚えのある人影が二人。

 

 「そうして並んでると親子って感じだな。見送りに来てくれたのか?」

 

 クローリアとエレーラが並んで俺達の前に立つ。

 

 「お主らにも迷惑をかけたようだな。妾とエレーラの両方の血の支配を受けたようだが大丈夫か?」

 

 「全然平気だ。心配してくれてありがとな」

 

 「私は別に心配して来たわけじゃないけどね!」

 

 エレーラが顔を背ける。それを見てクローリアは苦笑すると

 

 「すまぬな、こう言っているがずっと気にかけていたのだ。だが何事もなくて安心した」

 

 こうして話をしていると先の戦いが嘘のようだ。何だか笑ってしまう。

 

 「そしてもう一つ。これは妾の個人的な事なのだが…」

 

 クローリアはゆっくりと歩み寄り、俺の耳元で囁く

 

 「我々吸血鬼を救ってくれたお主と血の契約を交わしたい。構わぬか?」

 

 「いいけど…また操られたりしないよな?」

 

 クローリアはクスクスと笑うと

 

 「そうしたいのは山々だがな、心配はいらぬ。吸血鬼間で行う友好の証のようなものだ」

 

 「それなら構わないよ、どうすればいい?」

 

 「手を広げて前へ」

 

 言われた通りに俺は掌を開いて前に差し出す。するとクローリアは自分の指先を爪で傷を付け、血を滲ませる。

 

 「少し痛むぞ」

 

 「あぁ」

 

 そう言うとクローリアは俺の指先にも爪を走らせ、割れた皮膚からは血が滲んだ。そしてクローリアは俺の指に自分の指を重ねる。

 

 「我が紅き一雫を以って汝に血の血族の御護を」

 

 指先が熱い。クローリアの血が俺の中に入ってくるのが分かる。だが不思議と、支配を受けた時のような嫌な感覚ではない。むしろずっとこうしていたいくらいだ。

 

 「これで良い」

 

 クローリアは手を離すと自分の血と俺の血が付いた指を舐める。俺はその妖艶な姿に目を奪われてしまった。

 

 「それでは失礼する。時間を取らせてすまなかったな」

 

 「あ、あぁ、じゃあな。また今度来た時は二人のところにも寄らせてもらうよ」

 

 俺が別れを告げ、クローリアは微笑むとエレーラの手を引き、二人は森の中へ歩いて行った。エレーラが途中でこちらを振り向き舌を出していた。素直じゃないなまったく…。

 

 「さて、それじゃ行こうか!」

 

 俺は意気揚々と歩き出したが周りから冷めた視線を感じた。

 

 「なにやら小声で話していたが何をしていたんだ?」

 

 「随分と親しげでしたよ」

 

 「吸血鬼なんかに懐柔されないで下さいね」

 

 「べ、別に何でもないって!ほら行こうぜ、太陽が恋しいなぁ~」

 

 俺は誤魔化したが不自然だっただろうか。三人の納得していない雰囲気が伝わってきたが俺は気付かないフリをして足早に森の出口へ歩いた。

 

 

 

 

 燦々と照りつける太陽。暗い森の中ではどれだけ時間が過ぎたのかも分からなかったが明るさを見るに昼といったところだろうか。

 

 「やっぱり明るいところが一番です…よ!?」

 

 メイルが声を上げた。俺がフラフラと倒れかかったからだ。

 

 「お、おい、大丈夫か?」

 

 サリアの声に俺は我に返る。

 

 「わ、悪い。急に明るいところに出たんで目が眩んだみたいだ」

 

 「もう、しっかりして下さいよ」

 

 メイルに背中を押され、俺は体勢を立て直すが足元が定まらない。だがしばらくすればまたすぐに慣れるはずだ。そう考え、俺達は街に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 「大丈夫ですか?何だか顔色が悪いですよ」

 

 街に着いた俺達だったが、常闇の森を出てから未だに体調の優れない俺を心配してメイルが声を掛けてくれた。

 

 「ははっ…緊張の糸が切れたからかな。何かあんまり気分が良くないや…」

 

 「日帰りだったとはいえ色々あったからな…今日はもう休むといい」

 

 「そうですね。レアの望みは叶いませんでしたが無事に帰って来れただけでも良しとしますよ」

 

 「はい、今日はありがとうございました」

 

 レアがお礼を言っているのを見て俺も何か二人に言おうとしたが今は口を動かす気になれなかった。どうしてこんなに気分が悪いんだ…?

 

 その後、俺達は二人と別れ、屋敷へと歩いていた。別れ際にも二人は俺を心配してくれていたが、また明日にでも元気な姿を見せれば安心するだろう。

 

 

 

 

 太陽の光が降り注ぐ街道を俺とレアは歩いていたが言いようのない不快感は治まるどころか増すばかりだった。いつからだ?森を出てからだ。理由に心当たりがない。

 

 「レア…は…何ともないか?」

 

 「私も二人も全く問題ないです。あなただけですよフラフラなのは」

 

 「なんでだろうな…休んで治ればいんだけどな…」

 

 「ほら、屋敷が見えて来ましたよ。しゃきっとして下さい、ナタリアが心配するじゃないですか」

 

 俺は下を向きながらゆっくりと歩いていたが屋敷はもうすぐそこだった。俺達は屋敷の玄関の扉を開け、中に入る。屋内に入って直射日光が当たらなくなったからだろうか、少し体が楽になった気がする。やっぱり日射病的な状態だったのだろうか?我ながら情けない。

 

 「お帰りなさいませ」

 

 玄関を開けたことに気が付いたナタリアが出迎える。

 

 「ただいま。いや~外は暑いなちょっと日に当てられたよ」

 

 「大丈夫ですか?何か冷やす物でもお持ち致しますが」

 

 「悪いな、頼むよ」

 

 ナタリアは頭を下げて用意をしに行った。俺達は自室へ歩く。

 

 「少しは良くなったみたいですね」

 

 「あぁ、中に入ったら少し楽になったよ」

 

 「…」

 

 レアが口を噤み、俺の体を眺める。何かを考えているようだ。

 

 「どうした?」

 

 「いえ、何でも」

 

 何か言いたげなレアの様子に疑問を覚えたがあえて聞き出す必要もないので触れずに置いた。

 

 自室に到着し、俺がベッドに横になると丁度ナタリアが水と手拭を持って来てくれた。ナタリアは俺の額に手を当てる。

 

 「体が熱いというわけではないようです。むしろ冷たいようですが寒気はありますか?」

 

 「いや別にないよ。でも何か変な感じだからしばらく横になってるよ。カーテン閉めてもらってもいいか?」

 

 「…かしこまりました」

 

 ナタリアにカーテンを引いてもらって日を遮るとまた少し楽になった。そして俺はまだ昼にも関わらず、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 次に目を覚ましたのは夕食の時間にナタリアに声を掛けられた時だった。すっかり日も沈み、空が茜色に染まっている。昼間の不調が嘘のように体が軽い、一時的なものだったのだろうか。

 

 運ばれてきた夕食に手を付けた俺だったが違和感を覚えた。次々と料理を口に運び、美味しいと感じるしお腹も膨れる。だが他にもっと食べたい物があったような…。しかし、具体的に何がとは言えずもやもやとしたが口にだすのは憚られるので胸のうちに留めておいた。

 

 その後、俺はいつも通り過ごし、再びベッドに横になった。

 

 

 

 

 

 俺は再び目を覚ました。今度は暗い。時計の針は0時を回ったところだった。昼間に寝たせいで変な時間に起きてしまった。俺はもう一度寝ようと思ったが口渇感を感じ、洗面所の水でも飲もうと立ち上がった。

 

 俺はベッドから洗面所へ静かに歩いた。寝ているレアを起こさないようにするためだ。レアを…

 

 ふと、静かな寝息を立てているレアを視界に収めると俺はレアから目が離せなくなった。正確にはレアの首元からだ。無防備に晒された肌を見た俺は異常な口渇感を覚えた。自然と足がレアの寝ているベッドへと近づく。俺の意思とは関係なく進む足は音など気にせず動くため床からは軋む音が聞こえた。

 

 「んっ…なんですか…?静かにして下さい…」

 

 ギシギシと音を立てながら近づく俺にレアが目を覚まし、体を起こす。普段なら、寝ている女の子にふらふらと近づく俺を見たら毒舌でも吐いてきそうなものだが、今のレアは悟ったような顔をしながら俺を見ている。

 

 「あなた、その目…やっぱりそうでしたか」

 

 目?俺の目がどうかしたのか…?俺が顔を横に向けるとたまたま部屋に置いてあった大きな鏡が目に入った。そこに映し出されていた俺の瞳は…紅に染まっていた。

 

 「子供の吸血鬼とはいえ、血に触れられましたからね。夜になって抑えられなくなりましたか」

 

 レアが何かを言っているが頭に入って来ない。喉が渇いた…何でもいい、この乾きを止めてくれ……血だ、血が欲しい。俺は無限に湧いてくる欲求を必死に抑えていた。俺がレアを襲うなんてありえない…耐え…

 

 「…仕方がありませんね」

 

 必死に耐えていた俺を見兼ねてか、レアは溜息をつくと長い髪を掻き分け

 

 「どうぞ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目の前に差し出されたレアの白い首元に俺の理性はあっという間に限界を迎えた。俺はレアの肩に手を掛けるとそのまま首元に歯を突き立てた。

 

 「っ…!」

 

 レアが苦しそうな声を上げるが俺には構っている余裕が無かった。熱い…血って熱いんだな…。俺は水よりも少し粘度を帯びた液体を喉を鳴らしながら飲み込んでいく。

 

 どれだけ時間が経っただろうか…俺が口を離すとレアの首元に二箇所の赤い傷口が残り、血が滲む。俺の口の端からも血が滴った。

 

 「落ち着きましたか?」

 

 レアは自分も苦しかったはずなのに先に俺のことを気遣ってくれる。だが俺は返事をすることなくそのままレアの太腿の上に倒れた。

 

 「私の為に…頑張ってくれたんですもんね」

 

 レアは俺の頭を撫でると、優しく微笑み、俺に掛け布団を掛けるとそのまま横になり、再び眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝、目を覚ました俺はいつもと違う光景に一瞬、違う部屋で寝たのかと思った。俺はなぜかベッドに突っ伏すようにして寝ていた。しかも自分のベッドじゃなくレアのベッドにだ。寝ぼけて間違えたか?

 

 「っ…」

 

 俺がレアの前で混乱しているとレアが目を覚ました。やべえ、怒られるか?

 

 「どうしたんですか?朝からそんなマヌケ面をして」

 

 さらっと悪口を言ったレアに俺も何か言おうと思ったが、レアの首元を見て昨夜のことを思い出した。

 

 「悪い…昨夜は衝動が抑えられなくてその…」

 

 「全くです、女神の血はとても神聖な物なんですよ。本来ならあなたが一生働いても手に入らないほど貴重な物なんですからね」

 

 素直に感謝しようと思ったがこう言われるとちょっと癪だ。

 

 「普段は女神らしいこと何もしてないくせに…」

 

 「はい?何か言いましたか?」

 

 俺は小声で悪態をついたがギリギリ聞こえたようだ。

 

 「ああ、もう!レアのおかげで助かったよ!感謝してる、ありがとな」

 

 「最初から素直にそう言えば良いんですよ」

 

 ぐぬぬ…。調子に乗りやがって…。でも腹が立たないのは昨夜のことがあったからだろうか。正直、よく覚えていないがあの時のレアは優しい目をしていた気がする。

 

 「それで、体調はどうですか?」

 

 言われて気づいたが部屋には朝日が差し込んでいるのに全く気にならなかった。

 

 「大丈夫みたいだ。一日経ったからかな。でもまた夜に同じようになったらまずいよな…」

 

 「心配いりませんよ。女神の血には邪悪な物を祓う力があります。言ったでしょう、神聖な物だと」

 

 「すげーな、正直、何言ってんだこいつって思ってたわ」

 

 「…あなた、実はあんまり感謝してませんね?」

 

 「そ、そんなことないって。あー良かった女神様が居てくれて」

 

 思わず口を溢れてしまった言葉を慌てて誤魔化す。レアは若干不満そうだったが、その様子を見て何故か俺は笑ってしまった。そんな俺を見てレアは何か言おうとしたが、俺の笑顔を見て呆れたように溜息をつくとレアも小さく微笑んだ。


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