「ん、あそこに何か見えないか?」
光が差し込まず、暗い森の中を進んでいた俺達だったが、遠くに明かりが灯っているのが見えた。
「確かに見えるな、だがまた罠かもしれない慎重に行こう」
俺達は歩く速度を緩め、少しずつ明かりの見える方へ進んで行く。その途中
「なんだこれ?」
俺は木に貼られた紙のような物を見つける。紙には見たことのない絵のような文字のようなものが書かれている。
「どうやら結界を張るための物のようですね」
「結界?なんでそんなもの張ってるんだ?」
「それは分かりませんが、人間には影響ありませんね」
確かにその御札より先に進んでも別段変わりはない。俺は疑問に思ったが考えて答えが出るものでもないので気にしないでおいた。
それからさらに先に進むと、石垣に囲まれた町のようなものが見えてきた。入り口のような場所には見張りと思われる人影が見える。
「見た目は人間に見えるが…接触を取って大丈夫か?」
「吸血鬼も見た目では判断がつきませんでしたから、もしかしたら亜人種かも知れませんよ」
「でも行くしか無いよな…。よし、俺が話をしてくるから三人はここに居てくれ」
三人は何か言いたげだったが言葉を飲み込み、俺に任せてくれた。
俺は見張りを警戒させないようにゆっくりと入り口まで歩いて行く。当然、見つかり、声を掛けられる。
「おい、そこのお前、何者だ」
「怪しい者じゃない、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ」
俺は両手を上げて敵意がないことを伝える。
「この森の中にある小さな国に巫女っていう人が居るって聞いてきたんだ。知らないか?」
「…巫女様に何の用だ」
見張りの口ぶりからしてここが目的の場所で間違いないようだ。
「巫女様が特別な力があるって聞いたんだ。そのことを詳しく聞きたい」
「駄目だ。お前のような怪しい奴を巫女様に会わせるわけにはいかない」
わかってはいたことだがすんなり会わせてくれるわけがないよな…どうするか…。俺がどう話をつけるか考えていると入り口の奥に人影が見えた。
「このような暗い辺境の地まで足を運んで下さった方を無碍に追い返すのは失礼というものです」
背の高い女性が見張りに声を掛ける。見張りの様子を見て察するに身分が上の者だろう。
「し、しかし、この男が揉め事を起こさないという保証は…」
「巫女様からの指示です。あなた方が意見を挟む余地はありません」
有無を言わさぬ女性の発言に、見張りが俺の前を開ける。
「助かったよ、巫女様に会えないんじゃ帰るに帰れないからさ」
「お礼でしたら私にではなく巫女様へ、私はただ巫女様の命に従っているだけですので」
「そ、そっか、分かったよ。あと俺の仲間が三人いるんだ。そいつらも一緒でいいか?」
「はい、四名の方がおいでになると聞いておりましたので」
当たり前のように言う女性だが、なぜ巫女は俺達のことを…?俺は疑問に思ったが今は仲間に声を掛けに行くのを優先した。
「なあ…、えっと名前聞いてもいいかな?」
俺は女性に名前を尋ねたが答える様子はない。聞こえなかったかな?
「あの…」
「申し訳ありませんがお答えできません。巫女様のお目通しが済み次第とさせて頂きます」
冷てえ…。どうやらこの国では巫女の言葉が絶対のようだ。絶対に巫女に対して迂闊なことは言っちゃいけないな…。俺がそう心に刻みながら女性に付いて歩いていると、大きな城のような建物が見えてきた。今まで見てきた洋風の城というより城郭に近い。俺が城を見上げている暇もなく女性は歩いて行く。廊下を進み、階段を昇るとまた廊下を歩いて行く。少し歩き疲れた頃、一つの襖のような扉の前で立ち止まる。
「この先が巫女様の部屋です。くれぐれも失礼のないようにお願い致します」
「りょ、了解っす」
別に気軽に話すつもりはなかったが改めて言われると緊張する。
開かれた部屋の中は広く暗い和室だった。一面の畳の奥に一段高い、仕切られた場所が見える。そこに座る人物が…巫女か?
「巫女様、森の外から巫女様に会いに来たと言う者達をお連れしました」
「ご苦労でした」
俺達を案内した女性に声を掛けた。小さな女の子だが人を使うことに慣れた様子だ。
「ようこそ、イルワールへ。あなた方の動向は森に入った時から見ていてもらいました。私に会いに来られたのでしたね」
聞きそびれていたがこの国はイルワールという名前らしい。いや、今はそれよりも…
「そう…なんだけど。俺と巫女…様は会うの初めてだよな?」
巫女の言動が気にかかり質問してみた。特に「見ていてもらった」というのが気になる。警戒しながら森を進んでいた俺達が誰かに見られていて気がつかないはずがない。
「疑問に思うのも無理からぬ事です。私にしか彼らを視ることは叶わないのですから」
巫女は何やらあさっての方に手を伸ばし、そこに何かが居るように微笑む。端から見てると痛い人に見えるが言わないほうがいいんだろうな。
「あの~…」
俺は恐る恐る、何かと触れ合っている巫女に声を掛けた。
「失礼しました。それで、私に要件があるとのことでしたが」
「あぁ、その巫女様の力について話がしたい。ちょっと長くなるけど問題ないかな」
「巫女様」
俺の質問に巫女が答える前に、俺達を案内した女性が巫女に声を掛け、耳打ちをする。
「そうでしたね。分かりました」
巫女は話を終え、頷くと
「この後の神事が終わり次第、話の場を設けさせて頂きます。それまでお待ち頂けますか?」
「もちろん。適当に時間を潰してるよ」
「では、後ほど」
「あっ、巫女様の名前だけ聞いてもいいかな」
「失礼しました。私はアヤメと申します。宜しくお願い致します。ワタル様」
「あぁ、よろしく…」
あれ?俺の名前って言ったか?俺は疑問に思ったが神事とやらの用意があるようなのでこれ以上聞くのはやめておいた。俺達は女性に誘導され、巫女の部屋から出た。
「それでは巫女様のお時間が空くまでお待ち下さい。部屋をご用意致します」
「ありがとう。えっと…今度は名前聞いてもいいか?」
「ササラです」
「ササラさんね。そういや巫女様は俺達のこと知ってるみたいだったけど何でだ?」
「凡庸な私に理解することは出来ませんが、それが巫女様のお力だからです」
当然のように答えたササラだったが説明になっていない。
「具体的には分からないってことか。やっぱ本人に聞くしか無いか…。でも巫女様のこと凄く信用してるんだな」
「当然です。巫女様の仰ることが誤っていたことなど過去に一度もありません。この街に住む者にとって巫女様とは特別な存在なのです」
ササラの話し方には一切迷いがない。まるで神を崇拝する信者のようだ。少し異常な気もするが他所から来た者には分からない感覚なのだろう。
話しながら歩いていた俺達は一つの部屋に案内された。簡素な和室だが時間を潰すだけなら何の問題もなさそうだ。
「では、この部屋でお待ち下さい」
頭を下げて去ろうとするササラを俺は呼び止める。
「この中とか街を歩いてても問題ないか?」
「はい、神事の際は始まりと終わりに鐘を鳴らすのでどちらに居ても分かると思います。ですが、街の周囲の御札の外へは出ないようにお願いします」
「あぁ、あれか。何かあるのか?」
「街の周囲を取り囲むように結界を張っています。この森には亜人種が棲息していますので」
なるほど、確かに居たな。人の血を吸う亜人種が。俺は首に残った傷跡を擦りながら思い出す。
「特に吸血鬼は群れを成しています。先代の巫女様が昔に不可侵の協定を交わしたと聞いていますが、たまにはぐれ吸血鬼が街に来ることがあります」
「怖えな…そりゃ結界も要るわな」
俺は森で会った吸血鬼の少女のことを思い出していた。無事に家に帰ることが出来ただろうか。
「呼び止めて悪かったな。じゃあまた後で」
ササラはもう一度頭を下げて廊下を歩いて行った。
「なんだかあっさり話がまとまったな」
「あぁ、てっきり門前払いかと思ったが話の分かる巫女様で良かった」
「はい、でもあんなに小さい方だとは思いませんでしたよ」
「ササラさんが、先代の巫女が居たって言ってたからなぁ、まだ巫女になって日が浅いんじゃないか?」
俺達が部屋で話をしていると遠くから鐘の音が聞こえた。これが神事の開始の合図のようだ。予想外に順調に事が運び、すっかり拍子抜けした俺は、畳の上に横になった。神事とやらがどれくらい時間がかかるのかわからないがそれまでゆっくり休むとしよう。と、俺は呑気に構えていた。近くに黒い気配が忍び寄っていることなど知る由もなく。