「常闇の森…楽しそうな場所では無さそうだな」
良いニュアンスを含んだ言い方でないことはフルストラの様子を見ているだけで伝わってくる。
「うん、少なくとも君達が行くのをオススメはしないかな。あの森の中は未知が多すぎる」
フルストラの言うことはもっともだ。でも…
「でも、他に情報もない。不確かでもそれに賭けるしか無いんだよ」
「危険だから行くななんて野暮なことは言わないけどさ、危険を冒してまで手に入れたい物なの?」
「あぁ、そうだ」
最初は嫌々手伝っていたことだったが、今では考えが変わっていた。レアが本当に探している物なら俺は手を貸したい。心からそう思うようになっていた。だから俺は、迷いなく答えた。
「やれやれ、確実にこなせる依頼しか受けない私とは大違いだね。ま、嫌いじゃないよそういうの」
フルストラは俺の決意が固いことを確認し、肩をすくめると地図を開いて常闇の森の場所を教えてくれた。地図で見ても森の広大さが分かる。小さいとはいえ国を覆うだけのことはある。
「ただこれだけは約束して欲しい。危険だと判断したら引き返すこと、いい?」
「分かった。ありがとなフルストラ」
「お礼なんて必要ないよ、むしろ不確かな情報だけ伝えて、手伝えないことが申し訳ないよ。私もこう見えて多忙でね」
「そんなこと気にしなくていいって、そこまでお願いするのは図々しいからな」
「君は強いね、そして真っ直ぐだ」
「ははっ、フルストラに強いって言われても嫌味にしか聞こえないっての」
俺は冗談っぽく言うと、フルストラに別れを告げて部屋を出た。
俺達が部屋から出たのを見送ったフルストラは、背もたれに体を預けると、小さく言葉を漏らす。
「…ワタル君か。真っ直ぐな目、真っ直ぐな心…だからこそ心配だ。揺らぐことを知らないその心は、一度折れたらもう二度と元には戻らないんだから…」
ギルドマスターの部屋を出た俺達は再びギルドの一階へと戻り、席に掛け、今日のクエストを振り返っていた。
「なんだかんだあったけどさ、フルストラに絡まれなかったら何てことなく終わってたよな?全く、困ったもんだ」
俺が机に体を預けながら冗談を言ったがサリアとメイルはどこか暗い顔をしている。
「…?どうかしたのか?」
「どうして常闇の森へ行くという話をしないんだ?」
「そうですよ、今日のことよりこれからのことを話し合うべきですよ」
「どうしてって…」
二人は俺があえて常闇の森へ行く話をしないでいることに疑問を覚えていたようだ。
「だってそれはレアと俺の個人的な要件で別にクエストってわけじゃ…」
「今さら水くさいことを言わないで下さいよ。レアにとって大切な物なのでしょう?私達も手伝いますよ」
「ああ、私達も知ってしまった以上、無関係ではない」
「でも、危険なんだ。一緒にクエストに行くのとはわけが違う」
俺は真剣な顔で言った。今度行く場所は安易に人を巻き込んで行っていい所じゃない。だが、二人は笑顔を俺に向ける。
「だからですよ」
「え?」
「危険だと分かっているところに行くのを黙ってみているなんて出来ませんよ」
「その通りだ、私達の身を案じてくれるのは嬉しいが、自分のことも考えるべきだ」
「それに二人が居ないギルドなんて来ても仕方がありませんよ」
「確かにそうだな」
二人の顔を見て、自分が言ったことが恥ずかしくなった。「危険だから付いてくるな」なんて分かった上で二人は言ってくれてるんだ。自分に何の利益もないのにただ仲間だから、と。そんな二人だからこんな図々しいお願いも出来るんだろうな。
「ほんと、お人好し過ぎるぜ、二人とも」
「ワタルに言われたくはないがな」
「まったくですよ」
俺達が冗談を言い、笑い合っていると、俺達が話をしているのを黙って聞いていたレアが立ち上がる。
「今回ばかりは力を貸してくれることに感謝します。ありがとうございます」
そう言ってレアは頭を下げる。今までは感謝してなかったのかよ、と突っ込みそうになったが素直にお礼を言うレアに水を差すのはやめておいた。
「なんだか、そう改まって言われると照れるな」
「ワタルもレアも大事な仲間です。私達に任せてくださいよ」
レアの突然の言葉に二人も驚いたようだが受け入れてくれた。
「出発は早いほうが良い。けど情報を集めたい。必要な道具もあると思う。だから三日後くらいでどうだ?」
俺の提案に三人は頷く。
「じゃあしばらくクエストは無しだ。三日後にまたギルドに集まって出発しよう」
そう言って俺達は二人と別れ、ギルドをあとにする。フルストラは常闇の森を”未知”と言っていた。少しでも情報が集まればいいんだが…
「はー、疲れた」
屋敷に戻った俺達は、部屋へ入り、一息ついた。
「でも良かったな、例のアイテムの情報が手に入ってさ」
「え?ええ、そうですね」
喜ぶかと思ったがレアは浮かない顔をしているように見える。
「どうかしたか?嬉しくないのか?」
「いえ…ワタルは嬉しそうですね」
「そりゃそうだろ。レアが必死で探してた物が見つかりそうなんだから」
「私の探し物…確かにそうですが…」
奥歯に物が挟まったような言い方に俺は疑問を覚える。
「もしかしてちゃんと見つかるか心配か?任せとけって俺達が協力してやるからさ」
「っ…。はい…そうですね。よろしくお願いします」
俺は笑顔で言うと、レアも微笑みながら返してくれた。けれど一瞬、レアの微笑みがどこか暗いものに見えたのは俺の気のせいだろうか。
翌日、朝食を終えた俺は、街で常闇の森について話を聞いて回っていた。ダメ元だったがやはり有益な情報は集まらない。ただ、皆、一様に口を揃えるのは、「危険だ」ということだけだ。
「あっ、まだ聞いてない人が居た」
俺は街の中で情報を集めることに固執していたが街から離れた辺鄙なところに住んでる物好きが居たことを思い出す。
「おーい、師匠ー」
俺は街を出て廃墟に移動し、どこかにいるであろうアンセットに声を掛ける。案の定、廃墟の裏から姿を現す。
「どうした?今日は修行の日じゃないだろう」
「ちょっと聞きたいことがあってさ。まぁ昨日あったことも含めてまとめて話すよ」
俺は廃墟の裏で雑用をしているアンセットを手伝いながら昨日あったことを話した。
「へえ、フルストラの奴、戻って来てたのか」
「師匠と面識あったんだ」
「遠い昔に一緒にクエストに行ってそれからたまに一緒にクエストに行くことがあるだけだ。腐れ縁ってやつだよ」
そう言いながらも話をするアンセットは少し嬉しそうだ。
「それで、常闇の森についてだったな」
「そうそう、何か知ってるか?」
「私も常闇の森に入った知り合いから又聞きしただけなんだが、どうも常闇の森には亜人種が住み着いているらしい」
「亜人種?ウェアウルフみたいなものか?」
「いや、人のような姿を見たというだけで確証はない。が、何かが居たのは間違いないと言っていた」
「余計不安になる情報だな、それ…」
得体の知れない物が確実にいるって怖すぎる。こりゃ安全に巫女に会えるって線はなくなったな。気合いれて行かないとな。
「まぁ、でも行く前から心配ばっかしててもしょうがないよな。今日は予定になかったけどさ、修行してってもいいか?」
「ああ、構わない。だが常闇の森に行く前に怪我をするなよ」
その後、俺はアンセットと共に修行に励み、日が暮れる頃に修行を終えて、屋敷への帰路についた。その途中、屋敷へ続く道で偶然、レアと会った。
「ん?どこか行ってたのか?」
「あ、いえ、別に大した用事じゃないです」
はぐらかした受け答えをするレアだが服装を見ると修行をして来たのだろう。なんでそんなに隠すのか不思議だ。
「まぁ、いいや。お疲れさん」
「別に疲れてなんていないですけどね」
「そういうことにしとくよ」
俺は笑顔でレアに言うと、一緒に屋敷へ歩き出した。
三日という期間も道具を揃えたり修行をしていたりしたらあっという間だった。俺はナタリアに「クエストに行く」と伝えて屋敷を出た。
みんなは用意が出来ただろうか?そんなことを考えながら俺達はギルドの扉を開け、二人の居る席に移動し軽く挨拶をする。
「二人は準備出来たか?」
「はい、バッチリですよ」
「私もだ。いつでも行ける」
「よし、じゃあ常闇の森へ出発だ」
俺達はいつもクエストに行く時間より早めの時間に街を出発した。常闇の森といえども全く光が差さないわけではない。どれだけ時間がかかるかわからないので日の出ている時間は長い方がいい。
常闇の森は街の南東という話だったが、特に障害となる山などはない。平原をひたすら歩いて行く。
「準備って言ったけどさ、正直、何を準備すればいいか分からなかったから適当に買ってきたけどみんなはどうしたんだ?」
「特に変わったものはないですよ、暗いと聞いたので松明くらいでしょうか」
「私もだ。せめてモンスターの種類でもわかれば対策のしようもあるのだが」
「私は色々用意しては来ましたが使わないかも知れない物ばかりなので」
「おいおい、みんな割と適当だな。俺が言えたことじゃないけど」
まあ、そこまで用意周到にする必要はないか。別に絶対に危険な目に合うというわけでもない。もしかしたらあっさり目的地まで着けてしまうかもしれない。なんて俺は気楽に考えていた。ただそれは胸を覆う不安から目を逸らしているだけだと薄々気付いていたが俺は気づかないフリをした。