「なあ、俺達ってまだシルバーになれないの?」
ある日、俺はギルドの受付嬢に尋ねていた。
「シルバー相当の黒狼人を討伐したしさ、それからもコツコツクエストこなしてるじゃん?そろそろいいんじゃない?」
「そうですね。あなた方は十分シルバーの条件を満たしています。あとはギルドマスターの承認だけです」
「じゃあそのギルドマスターは今、どこに?」
「お答えすることは出来ません」
うーん、このお役所仕事っぷり。融通とか利かないんだろうか。利かないんだろうな。
俺はしぶしぶ諦め、仲間の待つテーブルに戻った。
「やっぱり、駄目だったよ」
「仕方がないさ、決まりなのだから」
「でももうちょっとなんとかして欲しいですよ」
「仕事なんて適当でいいと思うんですけどね」
「確かになぁ」
女神のお前がそれ言うのはちょっとシャレにならんけどな。
「仕方がないから今日も適当なクエスト行くかぁ」
正直、経験を積み、修行も重ねた俺達は特に何の問題もなくクエストをこなしており、油断というほどではないがどことなく間延びしていた。それはそれで良い事なんだろうが…。
クエストボードの前に移動した俺達は適当なクエストを見繕い、クエストへと出かけた。普段と違うところと言えば依頼された場所が少し遠いことくらいだろうか。気分転換に少し歩くのも悪く無いだろう。そんな考えだった。
街を出た俺達は、依頼された場所へと歩いていた。
「いい天気だな~。なんていうか散歩ついでにクエストみたいになっちゃったな」
「もう、それはちょっと気を抜きすぎですよ」
「まぁ気持ちはわかるがな。黒狼人との戦い以降、これといった強敵にも会っていないからな」
「そうなんだよな…。ん、あそこか?」
話しながら歩いていると到着したようだ。森の側にある畑を荒らすモンスター達が見える。俺は短剣を抜き
「それじゃさっさと片付けるか!」
特に問題もなくモンスターの討伐を終えた俺達は、モンスターの爪や牙を集めていた。
「もうこれくらいの敵じゃ精霊魔法使うまでもないな」
「それは心強いな」
「確かに、何度も撃ったら倒れるので困ってしまいますよ」
「なんにせよ怪我を負わないでくれると私が楽で助かります」
俺達が取り留めのない話をしながら素材を回収していると、不意に轟音が響いた。森の方角からだ。まるで雷の落ちたような音だったが空には雲ひとつ見当たらない。
「な、なんだぁ?」
俺は耳を塞いでいた手を放し。声を漏らす。
「森の方からですよ」
「何かあったのだろうか?」
皆、状況が理解できず困惑するばかりだ。確かめずに帰るわけには…いかないよな。
俺は三人に声を掛け、森へ入ることにした。森からは煙が出ているのが見える。あそこに行けば何が起きたのか分かるはずだ。
新手の敵の可能性も十分視野に入れ、俺達はゆっくりと森の中を進んでいく。しばらく森を進んでいくと人影が見え、俺は歩みを止め、木陰から様子を覗った。
そこには女性が一人、そしてプスプスと音を立てている謎の黒い物体。形状的に何か動物のように見えるが黒焦げていてよく分からない。あの女性がやったのだろうか。敵かどうか判断できずに接触を取っても良いか迷っていると
「そこの君達はこんなところで何をしているのかな?」
こちらに顔も向けずに話しかける謎の女性、明らかに俺達に向けての言葉だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。覗いてたのは悪かった。でも俺達はあんたの敵じゃない」
黙っていて敵と見なされても困るので、俺は木陰から体を出し、敵意がないことを伝える。三人も俺に続くようにして姿を現した。やはり女は俺達に気付いていたようでゆっくりとこちらに体を向ける。
「うん…森へ散歩に来たって風じゃなさそうだ。装備を整えているところを見ると依頼を受けたギルドメンバーと言ったところかな?」
「そうそう!さっきまでそこの畑で依頼されたモンスターを狩ってたら、物凄い音がしたんで見に来たんだよ」
俺は包み隠さずありのままを伝えた。少なくとも彼女に敵意はなさそうだ。余計な嘘は付かない方が良いだろう。
「そっかそっか、驚かせちゃって悪かったね。斬り伏せても良かったんだけど剣が汚れると面倒だったから魔法でちょちょいっとね」
ちょちょいって…そこの黒焦げになってる奴だよな…?どんな威力の魔法だよ…。
「でも駄目だよ?」
女性がそう言って口角を上げてニヤリと笑うと
「私が悪いお姉さんだったらどうするんだい?」
視界から彼女が消えたと思った時には俺の斜め後ろに移動していた。彼女は俺の頭を軽く叩きながら忠告した。先程までと違い、少し低い声で冷たく言い放つ。
「確かにそうだ…。あんた化けモンか。いつの間に後ろに回ったんだよ」
まるで命を握られているような感覚が体を走り冷や汗が流れる。体を抑えられているわけでもないのに身動ぎ一つできず、後ろを振り向くことが出来ない。俺の頭に手を置いたままだった彼女は俺の顔をなぞるように撫でる。
「怯えてるの?そんな顔をされたら苛めたくなっちゃう…」
「ワタルから手を離せ!」
俺の後ろに居たサリアが声を上げる。突然の声に俺は我に返り、飛び退くように女から離れる。振り向くとサリア・メイル・レアが武器を構えて立っていた。俺も短剣を抜き、構えて心の中でエイラに声を掛け風を纏う。
「やる気満々って感じだね。いいよ、かかっておいで」
俺達は彼女を取り囲むように陣形を取るが攻められない。静かに微笑み武器を構えずに立っているだけなのにまるで隙が見当たらない。
「どうしたの?来ないならこっちから行くよ」
そう言って彼女が足を踏み出した瞬間、サリアが大剣を振り上げ、斬りかかった。
サリアの振り下ろした大剣は女の髪を掠め、鈍い音を立てて地面へと突き立てられた。サリアが外したか?いや、最小限の動きで躱したんだ。
「凄い威力だね赤髪のお嬢さん。でもちょっと大振りかな」
そう言って女は自分の剣柄に手をかけ…白い光が走ったと思った時には既に剣身は鞘に収まっていた。それだけでサリアは大剣で防御をしたにもかかわらず吹き飛ばされる。
「フレイムスフィ…」
「駄目だよ、魔法使いが前衛もなしにこんな近くで詠唱しちゃ。狙って下さいって言ってるようなものだよ?」
メイルが杖を前に突き出し、魔法を唱え終える前に女はメイルの目の前まで移動し、杖を弾き飛ばした。
俺は瞬きをしていないのにまるで一瞬で視界から消えたように女は移動する。人間に出来る動きじゃない。手加減してたらこっちがやられる。俺は右手を前に突き出す。
「へえ、君も魔法が使えたんだ。でも動きも止めずにそんなところから狙ったって…」
そう言って女はその場から動こうとしたが何かにぶつかったように体を止めた。レアが彼女の周りをシルトで覆ったようだ。今なら行ける。
「『精霊獣の牙』」
修行を重ねた俺達の全力の精霊魔法、まとめて喰らいやがれ。光の杭が現れ、女の体に触れる…
空から一筋の光が走り、轟音と共に雷が女の元に炸裂した。あまりの衝撃に立っていることすら出来ず、俺はその場に身を屈めた。地面が震えるような衝撃が収まり、俺が顔を上げると
「嘘…だろ…」
女は自分の体の周りに電撃を纏い、何食わぬ顔で立っていた。淡い光に包まれたその姿は神々しくも見える。そして女はゆっくりと俺の元へ歩き寄り、俺に向かって手を伸ばす。
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっとからかうつもりがやり過ぎちゃったね」
女は苦笑いをしながら冗談めかした口調で俺に話しかける。
「え…?は?」
状況が飲み込めず困惑する俺に、女は言葉を続ける。
「冗談だよ冗談!私が居ない間に入った新人り君がさ、どんなものか見たかったんだよ」
「な、何であんた、俺達が新人りだって知ってるんだよ。俺達があんたと会ったのは初めてのはずだろ」
「私も面識はないよ?でもほら私が知らないギルドメンバーって言ったら必然的に新人になるじゃない?」
「…?なんでそんなこと言えるんだよ」
「だって……自分がマスターをやってるギルドのメンバーくらい覚えてるのが普通でしょ?」
女は何一つおかしいことを言っていないと言わんばかりの顔をしているが俺には理解が追いつかなかった。自分がマスターをやってる?何の?酒場のマスターか?いやでもギルドのって言ったし、ギルドのマスターをやってる?ギルド…マスター…
「ギルドマスター!?」
「正解、なかなかお利口さんだね」
彼女は笑顔で肯定したが、俺はにわかには信じられなかった。というか最初から言ってくれよ。なんで自分のところのギルドマスターと戦わなくちゃいけないんだよ。色々言いたいことがあったが魔力を使い果たして言葉がまとまらない。メイルに魔力を分けてもらわないと…。そんな満身創痍の俺が一つだけハッキリと思ったことがある。それは
…このギルドマスター、ちょっと変わった人だ。