「これが今回の報酬になります」
俺達はギルドで隻眼の黒狼人の討伐報酬を受け取っていた。
「へえ、こんなにもらえるのか」
「ええ、難易度的にはシルバーと遜色ないものでしたし、ましてや緊急の依頼でしたので、報酬も割高となっています」
「そうなのか~、じゃあありがたく…」
俺が報酬の入った袋を受け取ろうとした時、受付嬢が俺の腕を掴む。
「ですが、今回、あなた方が勝手に討伐に行ったことは悪いことだということをお忘れなく」
受付嬢が掴んでいる手に力を込める。結構、力強いんですね…。
「分かってる分かってるって!もうしないから!」
「約束ですよ」
受付嬢が俺を睨みながらも手を放す。そして、俺は報酬を受け取った。
三人がいるテーブルに腰掛けた俺は報酬の入った袋をテーブルの上に置く。
「結構難易度が高かったとか、緊急だったとかでこんなに報酬もらっちゃったよ」
「おぉ、凄いな。私が今まで見た中で一番多いぞ」
「私もですよ、頑張った甲斐がありましたよ」
「これだけあれば好きなものが買えそうですね」
みんなも喜んでいるようで俺も嬉しい。俺達は報酬を四等分する。
「みんなは何か買うのか?」
「急にこんなにお金をもらっても困ってしまいますよ」
「たしかにそうだな…私は武器でも新調するか」
「あっ、私もそうしますよ」
二人は報酬を使いみちについて話し合っている。
「レアはどうするんだ?」
「そうですね…今は特に欲しいものはありませんね。…そこの火力脳の二人とは違って」
レアは小声でそう言った。流石に仲間に気を使うことぐらいはできるようだ。
「意外と堅実なんだな。もっと豪遊するかと思ったけどな」
「失敬な、私は元々、コツコツと積み重ねていくタイプなんです!」
「へー、そうなんだー」
見えねえ、正直、人に寄生して生きるようなタイプかと思ってた。口には出さないけどな。
「あっ、でももし自分の奥さんがさ、金遣い荒かったら嫌だよな。ちゃんと貯金とかしてくれる人の方が俺はいいな」
「ばっ、急に何を言うんですか!そんなこと聞いてませんよ!」
俺は思ったことを口に出しただけだったが怒られた。何なんだよ一体…。
「おや、ワタル、何やら嬉しそうですわね」
「どうかされたのですか?」
俺が屋敷に戻り、部屋へ行こうとした時、エレナ、アイヴィス、クライスと会った。
「ははっ、まぁな。珍しいな、エレナとアイヴィスが一緒に居るなんて」
「ええ、お父様に呼ばれたのですけれど、偶然そこで会ったのですわ」
「はい、私もお父様に…どうやら四人で話をするようです」
「四人ってアイヴィスとエレナに二人の父ちゃんで、クライスは?」
「私は話し合いが終わるまで部屋の外で警備をする」
クライスは相変わらずの忠犬っぷりだ。
「おや?その手に持っているものは?」
「これか?隻眼の黒狼人を倒した報酬だよ。四人で分けたんだけどさ、結構もらっちゃって」
「それで嬉しそうだったのですね」
エレナが笑顔でそう言ってくれる。
「お金なら私がお父様に頼んでいくらでもご用意致しますのに」
「いや、流石にそんなヒモみたいなことはできないかなぁ」
「「ヒモ?」」
二人は初めて聞いた単語のようだ。そりゃ王女様には関係ない言葉だもんな。
「自分で働かずに女の人に養ってもらう男のことだよ」
「それは確かにちょっと困り者ですね…」
「そうかしら?私はワタルが居てくれれば喩えずっと私の部屋に居て頂いてもよろしいですわよ?」
「それもうペットだろ」
俺は苦笑いして思わずツッコむ。アイヴィスのお嬢様っぷりにも困ったもんだな。
「アイヴィス様、そろそろ…」
「おっと、国王様に呼ばれてたんだよな。呼び止めちまって悪い」
俺は二人の前から、廊下の脇に移動する。
「よろしいのですのよ、では御機嫌よう」
「失礼します」
二人は頭を軽く下げ、歩いて行った。その後ろをクライスが付いていく。なんていうか王女様が二人揃ってると絵になるな、と思いながら俺は自分の部屋へと向かった。
「なあ、エイラ。ちょっといいか?」
「ちょっ、急に声出さないで下さいよ」
「悪い、なんか頭の中で呼び掛けるのって慣れなくてな」
俺は自分の部屋でエイラに声をかけたが、レアを驚かせてしまった。まぁ、急に独り言を言い出したらそうなるか。
「お呼びでしょうか、主様」
俺の呼び掛けにエイラが姿を現す。
「今回の隻眼の黒狼人の討伐はさ、エイラも手伝ってくれただろ?だから俺の報酬を分けようぜ」
俺の提案にエイラは首を横に振る。
「必要ありません。私は主様と共に生きていられればそれで十分です」
「そうは言っても、女の子なんだしさ、何か買ったり…」
俺がそう言うとエイラは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「主様は私を女性として扱っているのでしょうか」
「…?、当たり前だろ?」
「当たり前ではありません。今まで何人かの主様と契約を交わして参りましたが、そのようなことを言われたのは初めてです」
エイラはそう言ったが、俺は納得できなかった。俺がおかしいのだろうか。
「うーん、お金がいらないって言うならさ、俺が何か物として渡すよ。今はまだ何を買うか決めてないけどさ」
「主様がそう望むのでしたら御心のままに」
「なあ、レア。どうすればいいと思う?」
「急に振られても困るんですが…」
俺は我関せずという態度を取っていたレアに聞いてみる。
「精霊というものは、人間の欲求といったようなものを持ち合わせていないようなので自分でも何が欲しいのかわからないんだと思いますよ」
「うーん…」
俺は目の前に佇むエイラを上から下まで眺めて、考える。
「なにジロジロ見てるんですか、その子が無抵抗だからって変なことしないで下さいよ」
「ちげーよ!やっぱどう見ても人間の女の子だなって思ってただけだ!っていうかそもそも食べ物買ったとして味とか分かるのか?」
「精霊に五感があるのかまでは私には分かりませんね」
レアにそう言われ、俺はエイラの方を向く。
「試したことがないので分かりかねます。少なくとも視覚と聴覚はありますが、そもそも姿を顕現することすら必要がなければ行いませんので」
「へえ、じゃあ残り感覚を試してみるか。ちょっと目を塞いでみ?」
「はい、承知致しました」
俺の提案にエイラは応えると、自分の目を黒い帯のような物で覆う。
「ってそれどっから取り出したんだ?」
「私の服は魔力で生成されている物です、この目隠しも同様です」
「へえ、魔法でそんなこともできるのか?便利だな」
「まあ、可能なのは精霊だけみたいですけどね」
「そうなのか、精霊が特別なんだな。よし、それじゃあいくぞ」
俺は目隠しをしたまま佇むエイラに手を伸ばし、髪にそっと触れる。俺が触れた瞬間、エイラは一瞬、ピクリと体を震わせる。
「ははっ、触ったのはわかるみたいだな」
「はい、人に触れられるというのは初めてでなんと言いますかその…」
「嫌だったか?」
「そういうわけではありませんが…不思議な感覚です…」
「それならいいんだけどさ、よし、じゃあ次はこれだ」
俺はそう言うと、紙袋を取り出し、中から砂糖の付いた細く小さなパンを取り出す。
「そんなもの買ってたんですね」
「あぁ、いい匂いがしてたんでつい買っちゃったよ」
「主様?」
俺達が会話してるのを聞いて、待っていたエイラが声を掛ける。
「おっと、悪い。これが何か匂いで分かるか?」
「小麦を焼いたような匂い…でしょうか」
「そうそう、正解。正解したご褒美にこれをあげよう。はい、あーん」
「えっ、はい」
「あの、さっきから見てて思ったんですが端から見るとちょっとこれって…」
「失礼致します。旦那様の…」
レアが何かを言いかけたちょうどその時、部屋の扉をノックしたナタリアが扉を開けた。そして、室内の状況を見たナタリアは目を見開き、手に持っていた服を床に落とす。どうやら洗濯した俺の服を持ってきてくれたようだ。
「主様…?あの、いつまでこうしていれば…」
エイラに声を掛けられて、改めて見ると、さっきレアが言いかけたことが分かる気がする。小さい女の子に目隠しをして口を開けさせている俺の姿を見たら他の人はどう思うか、ということ指摘したかったのだろう。既に手遅れだが。
「ナ、ナタリア、これはその…違うんだよ」
俺は状況を説明しようと思ったが伝えることが多すぎてまとまらない。やばい、流石に怒られるだろうか?俺がそんな心配をしていると、ナタリアは顔を上げ
「私に言って下されば旦那様のどんなご要望にもお答え致しましたのに!」
そこかよ。思わずツッコむ俺だったが、ナタリアが怒っていることに変わりはない。
「はいはい、主従プレイの相談は二人きりの時にして下さいね」
レアはやれやれと言った様子で、エイラの目隠しを外す。エイラは状況がよく分からないといった顔をしている。
「ほら、二人は大事な話があるようなので離れていましょうね」
「は、はい」
レアがエイラの手を引き、俺から遠ざける。意外と子供の扱いとか得意なんだろうか。まぁ、そんなことより今は、目の前の献身的過ぎるメイドの誤解を解かなくちゃな。