二人と別れた後、屋敷を出た俺は、街の中を歩いていた。
「うーん、屋敷で聞いてみた感じでは物よりも何かしてもらう方が嬉しいみたいだな、まぁ俺が買えるものっていうと限られるしな」
俺は独り言を呟きながら街道を歩く。サプライズプレゼントってのもいいけど、やっぱ本人に聞いて欲しい物聞いたほうがいいよな。俺はそう考え、サリアとメイルに会いに行くことにした。
「おーい、メイルー居るかー?」
俺は宿が近いメイルを訪ね、部屋の扉をノックして声を掛ける。
「誰です?こんな時間に…」
メイルがぼさぼさの頭に、寝ぼけ眼で扉を少し開ける。そして、寝ぼけた顔で俺をしばらく見て…扉を閉めた。
「お、おい。なんで閉めるんだよ」
「来るなら来ると言っておいて欲しかったですよ!こちらにも準備と言うものがあるのですよ!」
「別に気を使わなくてもいいんだぞ?入ってもいいか?」
「だ、駄目ですよ!三分だけそこで待っていて下さいよ」
そう言われて俺は廊下の壁に体を預けて待つ。時計がないから三分がわからないので、メイルの声を待つ。俺の体内時計で五分は経ったんじゃないかと思った頃
「ど、どうぞですよ」
メイルが静かに扉を開け、俺を部屋に案内してくれた。元々がどうだったのかはわからないが、部屋の中は片付いている。そして、メイルの髪も整っている。
「悪いな、気を使わせちゃって」
「べ、別に見られて困るってほどでもなかったのですよ、念のためですよ」
「ホントか?めちゃくちゃ慌ててたじゃんかよ」
「もう、失礼なことを言うと歓迎してあげませんよ」
メイルは冗談でそう言う。そして俺は椅子に座り、メイルはベッドに腰掛けた。
「それで、今日はどうしたんです?ワタルが私の部屋に来るなんて珍しいですよ」
「別に大した用じゃないんだけどさ、黒狼人の件で色々あっただろそれで…」
そう言いながら俺は黒狼人と戦っていた時のことを思い出す。そう言えばあの時…
「そういや、あの時メイルが使ってた魔法さ、新しいやつか?たしかイグニス…」
「イグニススピアですか?その通りですよ。あの魔法は黒狼人との戦闘用に新しく覚えた魔法ですよ」
「へえ、あれって炎の槍?だよな」
「そうですよ、最初の黒狼人との戦闘で思ったのですよ。今までの魔法では貫通力が足りない、と」
たしかにフレイムスフィアはどちらかというと範囲魔法だったな。
「そこで編み出したのがイグニススピアですよ。貫いて燃やすことに重点を置いたのですよ」
「へえ、理屈は分かるけどさ、実際にそれを魔法として扱えるってのが凄いな」
「ふふっ、こう見えても私は魔法使いとしては優秀な方なのですよ」
「こう見えてもって自分で言うのかよ」
俺は笑いながら言うと、メイルも笑ってくれた。
「ありがとな」
「いいですよ、お礼なんて」
「いや、今日はメイルにお礼を兼ねて何かして欲しいことをしようと思って来たんだ。だから遠慮なく何でも言ってくれ」
「何でもと言われても急には…」
そう言いかけてメイルは何かを思いついたような顔をする。
俺達は宿を出て、街を歩いていた。
「メイルの言ってた店ってこの辺か?」
「そうですよ、たしかこの辺りと言って…」
俺は、メイルに一緒に行きたい露店があると言われ、その店に向かっていた。どうやら甘い物を売っている店らしいが、俺は行ったことがない。メイルもサリアから聞いて知ったようだ。
「おっ、あの店か?」
何やら鉄板で生地のような物を焼いている露店がある。甘い匂いのするところを見ると間違いないだろう。
「生地を焼いているようですが、初めて見ましたよ」
メイルは初めて見たと言っているが俺は見たことがある。この世界ではないが。若干、黄みがかったとろみのある液体を鉄板に薄く引き、具材を乗せて巻くこれは…
「クレープか」
「クレープ?これの名前ですか?初めて聞きましたよ」
「俺が居たところではそう呼んでたってだけだけどな、そんなことよりほら、食べてみようぜ」
そう言って俺は店主に金を支払い、クレープ(?)を二つ買い、一つをメイルに渡す。正直なところ結構、値が張る。甘い物を売っている店を他に知らないところを見ると貴重品なんだろう。
「奢ってもらっちゃって申し訳ないですよ」
「いいっていいって、お礼なんだからさ」
「まぁそういうことならお言葉に甘えますよ」
メイルは笑顔でそう言うが、クレープに手を付ける様子はない。
「どうかしたのか?」
「どうやって食べるのがいいか考えていたのですよ」
「ははっ、別に適当でいいんだよ。こうやってかぶり付けば」
そう言って俺はクレープを一口かじる。チョコレートの甘みが口に広がる。具材はバナナだけのようだが、シンプルなものも好きだ。
「うまいな、何気にこっち来て甘い物って初めて食べたな」
俺が呟いたのを見て、メイルも小さく口を開け、クレープを口に運ぶ。
「どうだ?」
「おいしいですよ!もっと早く食べに来ればよかったですよ」
「そりゃ良かった。奢った甲斐があるってもんだ」
メイルは夢中でクレープを少しずつ食べている。俺も、もし生まれて初めて甘い物を食べたらそりゃ夢中になるだろうな。と思いながら俺も食べていると
「メイル、付いてるぞ」
「へ?…あっ」
俺はメイルの頬に付いていたチョコを指で掬い取る。
「ははっ、子供みたいだな」
「ちょ、ちょっと食べることに集中してただけですよ!」
「まぁ、喜んでくれたみたいでよかったよ」
その後、俺とメイルはクレープを食べ終えた。満足そうなメイルの顔を見ることができただけでも奢った甲斐があった。お礼とか関係なしにしてまた食べに来よう。そう思えるほど有意義な時間だった。