街から遠く離れた山の入り口に俺達は立っていた。辺りは不気味な静けさに覆われている。
「入るぞ、準備はいいか?」
俺が三人に尋ねると、首を縦に振る。俺達は武器を構え、草木をかき分けながら山を進んでいき、少しひらけた場所に出た。俺は微かな気配に足を止める。
「…来るぞ」
俺がそう言うと、メイルとレアが俺とサリアの後ろに下がる。
草むらから影が飛び出し、俺に向かって飛んで来る。俺はその物体を蹴り飛ばす。丸い、それはボアルの死骸だ。
「来いよ、居るんだろ」
俺の言葉に反応したわけでもないだろうが、草むらから黒狼人が姿を現す。2mを超える体長に丸太ほどある太い手足、手足の先端から生える鋭い爪、獲物を睨め付ける鋭い眼光に、骨を噛み砕く歯。改めて見ると化物だ。
『行くぞ、エイラ』
『はい、主様』
山を吹き抜ける風が、風向きを変え、俺の足元に風が集まる。そして風は俺を包んでいく。
「来いよ、狼野郎」
俺が短剣を向けると黒狼人は走り出す。俺ではなくサリアに向かって。そして黒狼人は腕を振り上げ、
金属音が響く。サリアは大剣を構え、攻撃を防ぐ。以前戦った時のように吹き飛ばされたりはしない。修行の成果だろうか。しかし、衝撃で数メートル動かされた。
そして、黒狼人は俺とサリアを無視してメイルとレアに向かって走る。後衛を真っ先に狙うあたり、やはり複数人と戦うのに慣れているようだ。ここから二人を庇いに行ったんじゃ遠すぎる。
俺は左手を前に掲げ、
「『風精霊魔法"精霊獣の牙"』」
黒狼人の右肩に一本の光の杭が突き刺さり、悲鳴を上げる。正直、精霊魔法は多用したくなかったんだが。
「どっち向いてやがんだ!てめえの相手は俺だ!」
俺が魔法を放ったことに気付いた黒狼人は俺の方を向き、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。俺は短剣を構え、風は短剣の刃を包む。
右腕を振り上げた黒狼人は俺の顔に向けて真っ直ぐに振りぬく。見える。以前戦った時は動揺で集中することができなかったが、黒狼人の動きがゆっくりと目で追うことができる。集中してなおこの速度。速い、短剣を振るのが間に合わない…今までならな。
俺は黒狼人の攻撃を紙一重で躱し、すれ違いざま、右手に短剣を突き刺しそのまま振り切る。黒狼人の右手から前腕、上腕にかけて切れ目が走り、血が噴き出す。
「はああああ!」
右腕を押さえて立ち尽くす黒狼人に、サリアが大剣を振るう。大剣は黒狼人の脇腹を捉え、衝撃で黒狼人が蹌踉めく。
「フレイムスフィア!」
黒狼人の背中で火球が弾ける。黒狼人は短く呻き声を上げる。いける!このまま…
俺とサリアがトドメを刺そうとした時、黒狼人がこちらを振り向き、凄まじい咆哮をあげる。衝撃が体を貫くほどの声に体が震え、動かすことができない。
俺とサリアが立ち竦んでいると一瞬で黒狼人が近づき、腕を振り上げ
ガラスの砕けるような音が目の前に響いた。黒狼人の爪は透明な壁を貫通しているが途中で止まっている。
その間に体の硬直が解け、俺は距離を取る。が、既に黒狼人は息を吸い込み、次の雄叫びをあげようとしている。耳を塞ぐか?いや、武器を放すのは危険過ぎる。奴が声を出す前に口を…駄目だ遠すぎる…俺にそれ以上、思考する間を与えず黒狼人が雄叫びを…
雄叫びが辺りに響いた、が俺達が居る方にではなく、反対側にだ。黒狼人がふらつく。黒狼人の前には…透明な壁?そうか、あいつの目の前にレアが…
「サリア!メイル!チャンスだ!」
俺は二人に声をかけ、俺も黒狼人に向かって駆ける。サリアは剣を構えて走り、メイルは詠唱を始める。あいつは今、動けない。トドメを刺すんだ。
サリアが動けない黒狼人に向かって飛びかかる。いや、動けないはずだった、か。黒狼人はフラつきながらも両腕で、飛びかかるサリアを…
閃光が走り、黒狼人の両腕に一本ずつ光の杭が突き刺さる。
「邪魔はさせねーよ、これで詰みだ」
俺は手を前に突き出し、精霊魔法を放っていた。
「フォールストライド!」
「イグニススピア!」
二人が叫ぶと、黒狼人の胸にサリアが振り下ろした大剣とメイルが放った炎の槍が交差するように突き刺さり、黒狼人はそのまま仰向けに倒れた。口からは血が噴き出す。しばらく体を痙攣させながら呻いていたが、力尽き、動かなくなった。
「終わったな」
俺は黒狼人から剣を引き抜くサリアに近づき、声をかける。
「あぁ」
そう言ってサリアは剣に付いた血を払い、鞘に収める。
「おーい、二人も大丈夫か?」
そう言ってサリアはメイルとレアのところへ歩き出す。俺はしばらく倒れた黒狼人を見下ろしてから背を向け、三人の元へ歩き出そうとする。
俺が背を向けると黒狼人はゆっくりと静かに体を起こし、立ち上がる。そして、腕を振り上げ…
「ワタル!」
異変に気付いたメイルが声をあげる。次の瞬間、
黒狼人は一つの生き物ではなくなった。首から上と下で分かれたからだ。
「そのまま倒れていればもう少し生きられたのにな」
そう言って俺は短剣に付いた血を払う。それでも、黒狼人の首に走らせた短剣にはベッタリと黒い血が付いている。近距離で斬りつけたため、返り血が服にも付着する。今度こそ本当に絶命しただろう。
「ワタル!大丈夫か!」
俺の元に三人が駆け寄ってくる。
「平気平気、さあ、早くギルドに戻って討伐したことを伝えてこようぜ」
俺は笑顔でそう言った。
良かった、黒狼人を討伐することができて。
良かった、これ以上、黒狼人に襲われる人が居なくなって。
良かった、仲間を誰も失うことがなくて
「良かった、俺、みんなとパーティが組めて」
「何言ってるんだ、今更だろう?」
「そうですよ、これ以上のパーティはありませんよ」
「よくそんな恥ずかしいこと堂々と言えますね」
三人も笑顔で応えてくれる。やっぱり俺は一人じゃ駄目みたいだ。仲間が居てくれなきゃ駄目だ。心からそう思わせてくれる仲間に巡り会えて、一緒に笑って、一緒に悩んで、一緒に戦ってくれる。そんな仲間は望んだって手に入るものじゃない。だからこそ俺は思う。俺は……
「俺は幸せ者だな」