ギルドに到着した俺達は、扉を開ける。何も変わらないギルド、一つ違うことを上げるなら、クエストボードに貼られた赤い紙だろうか。俺達はクエストボードに近づき、その赤い依頼書を手に取る。そこには、隻眼の黒狼人が街から離れた山に現れたこと、既に四組のパーティが被害に合っていることが書かれていた。…四組?
「あの黒狼人に俺達以外に三組もやられたのか!?」
俺は受付嬢に事実の確認を取る。
「は、はい。あなた方を含めたブロンズ三組、そしてシルバーのパーティが一組、隻眼の黒狼人によって壊滅的な被害を受けています」
「そんな…」
「黒狼人は経験を積んだことで、明らかに人と戦うことに慣れています。武器・魔法を使う人間を理解して、一人ずつ手にかけ、パーティを機能させないようにする。既にこの生物の危険度はシルバーでも手に負えないものになりつつあります」
受付嬢の説明を聞いた俺達は呆然とした。結果的にとはいえ、黒狼人に経験を積ませ、他のパーティに被害を与えた原因は、最初に戦った時に俺達が奴を逃がしてしまったせいじゃないか。
「あなた達が気に病む必要はありません。黒狼人と出会ってしまったのは偶然で、撃退しただけでも十分なんですから」
受付嬢はそう言ってくれたが、俺は素直に受け入れられなかった。俺達のせいで、他の誰かに怪我を負わせた。そしてこれからも…?
「私達が逃してしまったせい…だな」
「はい…、私達のせいじゃないと言われても落ち込みますよ…」
ギルドを出たあと、二人が呟くように言った。
「それはそうだけどさ、あの時はもうどうしようもなかっただろ?あんま気にするなよ」
俺は笑顔で二人にそう言った。
「じゃあ、俺は屋敷に戻るよ。また明日な」
「あ、あぁ」
「また明日ですよ」
俺は二人に背を向けたあと、いつの間にか拳を握っていた。隻眼の黒狼人…俺達が、いや、俺があの時トドメを刺せなかったせいで…。誰かに任せるなんて駄目だ。もう誰も傷つけさせない。そのためには俺が…
「あいつを仕留める」
「ただいまー、飯にしようぜ」
屋敷に着いた俺は、ナタリアに迎えられ、自分の部屋へと戻った。レアは先に戻ってベッドに座っていた。
「おかえりなさい、…その手、どうかしたんですか」
レアは俺の手に傷ができているのを見て聞いてきた。強く拳を握った時にできたものだ。
「あぁ、ちょっと転んだ時に手をついてさ。ドジだよな」
「…」
レアは訝しげな顔をして俺を見ていたが、しばらくして、手を治療してくれた。
その後、いつも通りの夕食、風呂を終え、就寝するため横になったが、俺の頭の中には一つ。黒狼人を仕留めること、ただそれだけだった。
翌朝、俺はまだ日の上がりきらない時間に起き、レアを起こさないように静かに着替え、部屋を出た。ナタリアにも気づかれないよう、静かに歩いた。俺が一人で行くのが見つかれば止められるだろう、他のみんなには迷惑をかけられない。俺が一人でなんとかするんだ。そして、俺は玄関まで辿り着き、扉を音を立てないように静かに開け…
「こんな時間にどこに行くんだ?」
「まだ出かけるには早いですよ」
外から聞こえた声に俺が顔を見上げると、サリアとメイルが装備を整え、立っていた。
俺が驚いた顔をしていると
「昨日の別れ際、あれで誤魔化したつもりか?」
「心外ですよ、あんな作り物の笑顔に騙されるほど私達は馬鹿ではありませんよ」
二人には俺の本心が分かっていたようだ。
「行くんだろう?あいつと戦いに」
「私達も一緒に行きますよ」
「二人とも…ありがとう」
「三人とも、の間違いじゃないですか?」
俺が後ろからした声に振り向くと、レアが立っていた。
「なんで…」
「なんでじゃないですよ、昨日、帰ってきてからずっと不自然でしたよあなたは」
俺は苦笑いをした。レアにまでバレてたんじゃ世話ないわな。上手く誤魔化してつもりだったが、周りにはバレバレだったってわけだ。
「サリア、メイル、レア…、俺の我侭に付き合ってくれるか?」
「聞くまでもないだろう?」
「そうですよ私達は」
「仲間、ですよね」
三人は笑顔で言ってくれた。俺は何を一人で抱え込もうとしていたんだろう。こんなに俺のことを気遣ってくれる、頼りになる仲間を置いていこうなんてどうかしていた。
「行こう、あいつの居る場所へ」
そう言って俺達は歩き出す。待ってろよ、隻眼の黒狼人。お前は俺が、いや、俺達が絶対に止めてやる。