「すまなかった」
レアと一緒に屋敷に帰った翌日、朝食を持ってきたナタリアに俺は土下座した。ナタリアには散々心配をかけたからな。
「だ、旦那様、お止め下さい!私は大丈夫ですので!」
ナタリアがあたふたと俺に頭を上げるように言う。メイドに土下座する主人ってのは滅多にいないだろうからな。
俺は頭を上げて立ち上がり、席につき、朝食を食べる。なんだか久しぶりだ。
「上手いよ、やっぱりナタリアに作ってもらったご飯は最高だな」
「そう言って頂けると嬉しいです」
お世辞じゃない、本当にそう思う。ナタリアも笑顔で返してくれた。ナタリアが笑っているところも久しぶりに見た気がする。
「今日はこれからどうなさるのですか?」
「そうだな…とりあえず昼までは休んでるよ…クシュン!」
俺はナタリアと話しながらくしゃみをしてしまった。寒気もする。これは…風邪だな。そりゃそうか、疲労が限界の状態で雨に濡れたまま倒れてたんだもんな。なんともないほうがおかしい。
「旦那様!?」
俺が机に伏せたのを見てナタリアが声をかける。様子がおかしい俺の額をナタリアが触る。
「凄い熱…!今、冷やす物を持って参ります!」
そう言ってナタリアは部屋を飛び出して行った。
「…レアは大丈夫か?」
「女神は風邪を引きませんから」
「マジかよ…」
女神って何気にチートだな。正直、羨ましい。
「私はいいですから、早く横になって下さい」
そう言ってレアが俺をベッドまで連れて行ってくれる。
「なんか昨日から優しくないか?」
「私をなんだと思ってるんですか。馬鹿なことを言っていると床に寝かせますよ」
レアはそう言ったが言葉にトゲがある言い方ではない。
俺がベッドに横になって天井を眺めているとナタリアが部屋の扉を開けて入ってきた。手には水の入った桶と手拭いのようなものを持っている。そして、手拭いを水に漬け、絞り、俺の額に乗せてくれる。
「ははっ、さっき謝ったのにまた迷惑かけちゃったな」
「迷惑なんてとんでもないです。それに旦那様を止められなかった私のせいでもありますから」
ナタリアはそう言って申し訳無さそうな顔をしている。
「何言ってんだ、俺が自分でやったこと…」
「ワタルが風邪で寝込んだというのは本当ですの!?」
俺の言葉は遮られ、アイヴィスが扉を勢い良く開け、部屋へ入ってきた。クライスも一緒だ。
「心配しすぎだ、少し休めば良くなるよ」
「本当ですの?そうは見えないのですけれど」
「貴様は無茶をするからな。ほら、これで冷やすといい」
そう言ってクライスが桶に手をかざすと小さな氷がいくつか現れた。ナタリアが手拭いを漬け直して額に乗せてくれる。目を閉じると額から熱が奪われていくのがわかる。冷たくて心地良い。
風邪を引いたことを差し引いても体が重い。一晩休んだだけで回復するほどここ数日で溜まっていた疲労は小さくなかったようだ。少し休ませてもらおう、今日は修行に行けないかな…
俺が再び目を開けると誰もいない、いや、一人居た。ベッドで寝ている俺のそばで、レアが本を読んでいた。
「看病してくれてたのか?」
「違います。さっきまでナタリアが看病してたのですが、食事を作りに行ったので代わっただけです」
「そこは嘘でも『そうですよ』って言って欲しかったぜ」
俺は笑いながらレアに言った。こんなことを言えるくらいには余裕ができた。俺は体を起こそうとしたがレアに止められた。
「まだ寝てて下さい。勝手に動かれると私が怒られるんですからね」
レアは自分が怒られるから、と言っているが、本当は俺を心配してくれているということは言われなくても伝わってくる。
「なあ、あれからサリアとメイルはどうしてる?」
「二人にしばらくクエストに行かないことを伝えたら、二人も修行をすると言っていました。黒いウェアウルフとの戦いで全員、力不足を思い知りましたからね」
「やっぱそうなるよな。俺ももっと強くならないと」
俺の言葉に、レアが本を捲っていた手を止める。
「でももう無理はしない。心配なら付いてくるか?」
「行きませんよ。もう一度繰り返すほど馬鹿ではないと思ってますから」
そう言ってレアは再び本を捲る。
「それともう一つ。黒いウェアウルフのことですが、他のギルドメンバーが遭遇して重傷を負ったことで、緊急のクエストとしてギルドで依頼されていました。外見の特徴から付けられた名前は、”隻眼の黒狼人”です」
「隻眼…そうか、俺が初めて精霊魔法使った時に左目を貫いたからか。まあそれだけ大々的に依頼されてるなら俺達以外の誰かが討伐しちまいそうだな」
俺はそう言いながらも、できることなら自分の手で討伐したいと思っていた。この胸を覆う不安はそうすることでしか拭えないと思ったからだ。
「何にせよ、次の犠牲者が出なければ良いですね」
「ああ、そうだな」
俺が心配するまでもなく黒狼人は近いうちに討伐されるはずだ。…だがなぜだろう、黒狼人の体を貫いた時の雄叫びが俺の耳から離れないのは。