俺が自分の部屋の扉を開けるとレアはいつも通り自分のベッドに座っていた。
「なあ、明日からちょっと修行に専念したいんだけど、いいか?」
「私は別に構わないです。それでは二人には私から言っておきますね」
「そうか?悪いな、助かるよ。修行が一区切りしたらまたクエスト行こうぜ」
「そうですね」
その後、俺は重い体をなんとか動かし、夕食を食べ、風呂に入って寝た。が、黒いウェアウルフに襲われた時のことを思い出すと、中々寝付くことができなかった。
翌日、俺はまだ日の登りきらない時間に目を覚まし、身支度を始める。部屋を出た俺は厨房に向かう。そこにはナタリアが居た、朝食の準備を始めようとしていたところのようだ。
「おはよう、ナタリア」
「旦那様?こんなに朝早く、どうかされたのですか?」
「あぁ、ちょっと出かけるところがあってな。何か食べ物もらっていってもいいか?」
「言っていただければ何か用意しておいたのですが…」
ナタリアは申し訳無さそうだ。
「俺が急に言ったのが悪いんだって、このパンもらってってもいいか?」
俺はそう言って机に置かれた乾燥しているパンを一つ手に取る。
「それだけですか?」
「平気平気、あ、そうだ。昼もたぶん帰れないから俺の分は用意しなくていいぞ。夕食もレアだけ先に出してくれ」
「わかり…ました」
ナタリアは何か言いたげだったが、何も聞かないでおいてくれた。俺が聞いてほしくなかったのを察してくれたのだろう。
「じゃあ行ってくるよ」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
俺は廃墟へ行き、風を操る練習をしていた。アンセットは居ないようだ。約束した時間は昼からなので仕方がない。
体を包むのには少し慣れてきた。よし、あとはこの状態で短剣を…
俺が腰に下げた短剣に手を伸ばそうとした瞬間、俺を纏っていた風が弾けた。
「くそっ!もう一回だ」
今はまだ少しでも他のことに意識を向けると魔法が解けてしまう。でも慣れれば両方できるはずだ、早く慣れないと、早く…
「はあ…はあ…」
俺はそのあとも幾度と無く同じことを繰り返し、どうにか風を纏ったままでも短剣を構えるくらいはできるようになった。が、もう魔力が尽きそうだ。少し休もう。そう考え、俺は廃墟の入り口に腰を掛け、目を閉じた。
「ん…」
あれ、なんで俺こんなところで寝てたんだっけ…
「やっべ!」
俺は慌てて体を起こした。
「馬鹿者、まったく何をやってたんだこんなところで」
俺の横にはアンセットが居た。少しのつもりが昼まで寝てしまったようだ。
「悪い悪い、なんか森の中って気持ちよくってさ」
とっさに嘘をついてしまった。本当は疲労が溜まっていたのに。
「よっしゃ、じゃあ今日の修行始めようぜ。師匠!」
そう言って俺は重い体を動かし、立ち上がる。
アンセットは少しの間、俺の顔を眺めた後
「よし、じゃあまずは昨日のおさらいからだ」
「…早く屋敷に帰らなきゃな…」
俺は修行を終えてアンセットと別れ、屋敷へと向かっていたが途中で腰を下ろし、呟いた。
「早く帰らないとナタリアが心配する…」
俺は腰を上げて再び屋敷へと歩き出した。屋敷ってこんなに遠かったっけ。
「ただいま」
俺は屋敷の扉を開け、ナタリアに笑顔で言った。
「今日も…遅かったのですね」
「悪い悪い、つい気合入っちゃってな」
俺は笑顔で受け答えをしていたが正直話しかけて欲しくはなかった。口を開くのも億劫だ。
「晩御飯をご用意しております。お部屋へお持ちしますね」
「晩飯…、いや、実は外で食べてきたんだ。だから今日はいい。せっかく作ってもらったのに悪いな」
嘘だ。あまりの疲労に食欲が無いだけだ。今食べたら吐いてしまいそうだった。
俺は足取りがおぼつかない足をどうにか動かし、自分の部屋へと向かった。
「ただいま」
「今日も遅かった…」
レアが俺に話しかけてくれたようだったが、俺はベッドに倒れこみ、そのまま寝てしまっていた。
翌朝も早くに目が覚めた。一晩寝たはずだが体が重い。朝食は…別にいいか、どうせ食べないのだから持って行かなくても。
俺はこの日もアンセットが来る前から修行を始め、食事も取らずに修行をしていた。この生活に慣れてきたからだろうか不思議と体が軽く、眠気も全く無い。ハハハ、なんだか調子がいい。
…
……
……冷たい…どこだここ…
ふと気が付くと俺は屋敷へ向かう途中の街道で倒れていた。どうやら修行を終えて屋敷に戻る途中だったようだ。雨が降っている。時間が分からないが辺りは真っ暗だ。寒い、せめて屋根のあるところに行きたいが歩けそうにない。俺はどうにか体を起こし、座ったまま壁にもたれかかった。
「帰らなかったら心配させちまうかな…まぁ、宿屋で泊まってきたって言えばいいか…」
「よくないです」
俺が聞き覚えのある声に顔を上げると、レアが傘を差して立っていた。
「なんで…こんなところに…」
「あなたが廃墟と屋敷の途中で動かなくなったから見に来たんです」
「悪い悪い、別に何でもない。ちょっとやることがあって…」
俺はどうにか笑顔を作り、壁に体重を預けながら立ち上がった。
「そうやって、いつまで無理をするつもりですか」
「いや、別に無理なんて…」
俺はあくまで認めなかったが、レアに抱き寄せられ、それ以上言えなかった。
「ごめん、レア…俺…」
「いいんです、言わなくても分かってますから。あなたが仲間のために頑張っていたってことは。でも、誰かを悲しませてまで得る力に意味なんてないです」
「…ごめん」
俺はもう一度謝った。何が「仲間を守るために」だ。その仲間に心配かけて、迷惑をかけて、自己満足の末に得られるものなんてたかが知れてるのに。そんなことにも気が付かないなんて俺はなんて
「馬鹿…だな」
「そうですよ、あなたは馬鹿なんですから。一人で考えても駄目です。一緒に考えてくれる人がいないといけないですね」
「ははっ、そうだな」
「笑顔」
「え?」
「あなたが笑ったところを見たのは久しぶりです」
そう言ってレアも笑顔を見せる。そうだよな、自分が心の底から笑わずにどうやって人を笑顔にできるって言うんだ。
「早く屋敷に戻りましょう。ナタリアも心配していたんですからね。歩けますか?」
「実は結構限界なんだ、肩貸してくれるか?」
「仕方ありませんね…」
そして俺はレアに肩を借りながら、二人でゆっくりと屋敷へと歩き出した。先程まで降っていた雨は止み、代わりに雲の隙間から月が顔を覗かせ、真っ暗な夜の街に光を注いでいた。