「よっしゃ、今日もクエスト行くか!」
俺はレアに声を掛け、ギルドへ向かう準備をする。気力も体力も充実している。今日も良い一日になりそうだ。
さっそく俺達はギルドへ向かい、先に来ていた二人に声をかける。
「おはよう、体は大丈夫か?昨日は頑張ったからな」
「大丈夫ですよ。一晩寝て、魔力も回復しましたよ」
「私も問題はない、いつでも行けるぞ」
二人も調子が良さそうだ。
「じゃあ今日もクエスト行こうぜ」
二人は頷く。レアは眠そうだ。俺達はクエストボードの前に移動する。正直、もうブロンズレベルのクエストならどれも行けるだろう。俺は適当に依頼書を手に取る。依頼書には「畑を荒らす、ボアルの駆除」と書かれている。三人に見せてみると
「ボアルは猪のような生き物で畑に生っている野菜を食べ荒らしたりするのですよ」
「凶暴だがそこまで脅威になる敵でもないな」
二人もそれほど難しいクエストとは感じていないようだ。
「よし、じゃあこれにするか」
俺は三人に告げるが、レアが不満気だ。
「ちょっと遠くないですか?」
俺は聞いたことがない地名だったがどうやら街からは少し離れているらしい。レアは移動が疲れるから嫌なのだろう。
「まあ、たまにはいいだろ?遠出するのも」
「私はあなたの体力を気にして言っているんですよ」
レアは目を細めて言った。ぐうの音も出ない。
「大丈夫だって、レアには迷惑かけないからさ」
俺はレアにそう告げて、依頼書を受付に出し、クエストを受けた。
「よし、じゃあ出発だな」
「ああ」
「はいですよ」
依頼された場所は確かに遠かったが、ウォルダムへ歩くことに比べれば幾分かマシだった。それでも少し息が切れる。畑は山の麓にあり、思ったより広かったが、平坦な土地なのでボアルがいればすぐにわかる…はずなんだが。
「どこにもいないな」
「場所はここで合ってるはずですよ」
「おかしい、ボアルがいないのはともかく、静か過ぎる」
たしかに、山が近くにあるんだ。虫や動物の声がもう少し聞こえてもいい。俺が耳を澄ましていると
「…なんだ?」
遠くから何かを潰すような音…?あまり耳障りの良くない、肉を潰すような音が微かに聞こえる。鬱蒼と木の茂った山の中は目を凝らすだけではよく見えない。
「向こうから何か聞こえるな」
サリアとメイルも気がついたようだ。俺達は茂みをかき分け、少しずつ山を進んでいく。音は次第に大きく、そして鮮明になる。これは何かを咀嚼する音か…?
音の発生源が近づいてきたため、俺は歩く速度を緩める。そして、足を止め、草むらから顔を出すと
ボアル達が居た。いや、ボアルだったものだろうか。無残にも食い荒らされ、残骸となったものが辺りに点在している。そして、今も生きたままのボアルを口に運んでいるあいつはなんだ…?黒い毛に覆われた…熊?いや、どちらかというと人型の狼にといった感じだろうか。
俺が見慣れない生き物に目を向けていると、人狼らしき生き物は手を止め、顔の向きは変えずに目をこちらに向け…
目があった瞬間、俺は死を意識した。全身を突き抜ける悪寒に体が震える。こいつはやばい、早くこの場から…
俺の前で金属音が響いた。俺が逃げる間もなく、人狼が襲いかかってきたのを、サリアが守ってくれたようだ。が
「ぐっ!」
サリアは防いだ大剣ごと吹き飛ばされ、木へと叩きつけられた。サリアが防げないものを俺が防げるわけがない。逃げないと…でもサリアが…
「フレイムスフィア!」
俺が考えていると後ろから声が聞こえた。メイルが詠唱を終えた魔法を放つ。火球が人狼の胸を中心に広がる。が
人狼が腕を振り払うと火はかき消された。体からは煙が上がっているがそれほどダメージを負ったようには見えない。たしかにそれほど大きい火球ではなかったがゴブリンを倒した時と同じくらいはあったはずだ。それを食らって…
人狼が自分を攻撃したメイルに近づき、手を振り上げ…
ガラスの砕けるような音が響く。レアがメイルを守るためにシルトを唱えたようだが、砕かれ、そのまま二人は薙ぎ払われた。
三人に危害を加えられた怒りによって、俺はようやく体を動かすことができた。
「何しやがんだてめえ!」
俺は背中を向けて立っていた人狼に飛びかかり、短剣を振り下ろすが、俺は腹を殴り飛ばされ、短剣は空を切った。
俺は木に叩きつけられ、息もできなかった。人狼は俺を意に介さず、三人に近づく。サリアがどうにか剣を支えに立ち上がり、二人の前に立つが、どうみても戦える様子ではない。
「待てよ!」そう言ったつもりだったが声には出ていなかった。やめろ…。俺は手を伸ばすことしかできなかった。
体、動けよ!このままじゃ仲間が危ないんだよ!動いてくれよ…。頼む、仲間を助けてくれ、俺はどうなったって良い…仲間を…
『その言葉、偽りはございませんか?』
声が聞こえた。目の前には誰もいない。聞いたことのない声…いや、前にどこかで一度だけ…。だが、今そんなことはどうでもいい
「仲間を助けられるなら、たとえこの命でも持っていけ」
俺は口には出せていなかったが、伝わると信じた。
『承知致しました。では貴方様の生命、お借り致します。そのままお手を前に。そして奉唱を』
頭の中に文字が流れる。見たことがない…いや、これはあの時の本で見た…
「『ウェントゥス・エイク・フェイル』」
人狼が地の底から響くような声で悲鳴を上げた。何もない空間から突如、光る杭のようなものが三本現れ、人狼の右足、胴体、そして、左目を貫いた。夥しい出血に人狼は血を撒き散らしながら山の奥へと逃げていった。
「俺が…やったのか?」
『魔力を振り絞り、三本。初めてでは致し方ないかと思われます』
え?魔力を振り絞…
俺は言われたことを理解する間もなく倒れた。ちょっと待ってくれよ。まだ名前も聞いてない…。
俺は睡魔に襲われるような感覚に陥り、目を開けていることができなかった。これが「魔力が枯渇する」というもののようだ。俺は慣れない感覚に不快感を覚えながらも、仲間を守ることができたことに安堵しながら気を失った。