自分の部屋へ戻った俺は、荷物の片付けを始めた。レアはもうすでに片付け終え、ベッドに腰掛け、リラックスモードだ。
「やれやれ、また同じ部屋で過ごさないといけませんね」
レアが俺に話しかけてくる。
「そうだな、ウォルダムでは別々の部屋だったもんな」
「また寝てる私に変なことしないで下さいね」
おい、まるで俺が変なことをしたみたいな言い方をするんじゃねーよ。
「でもまぁ、もう俺達も国王から十分信頼されてるだろ。ナタリアに伝えればなんとかしてくれるかもな」
俺は別にこのままでもいいんだが、レアが嫌だと言うなら仕方ない。そう考え俺は立ち上がり、ナタリアに伝えに行こうと扉に手を掛け
レアが俺の元に走ってきて、服を掴まれた。この感じも前にあったな。
「いや、その、別に私も嫌というわけでは…」
レアが顔を逸らしながらごにょごにょと言っている。どうしたんだろう。
「へ?でもお前が…」
「いいって言ってるんです!その…あの……そう!私の警護!あなたみたいなのでもいないよりは安全ですから!」
なんだコイツ、好き放題言いやがって…。でもまぁ同じ部屋でも良いというならそうするか。
「わかったわかった」
俺はドアノブから手を放すと、レアも服を掴んでいた手を放す。同じ部屋を嫌そうにしたりやっぱりいいって言ったりなんなんだ一体…。俺が困惑しているとレアは背を向け、自分のベッドへ戻っていく。その途中、レアがぽつりと呟いたが、俺には聞き取ることが出来なかった。
俺は釈然としない気持ちのまま、片付けを再開する。結局俺達は、二人部屋での生活を続けることになった。
俺が片付けを終え、一休みしていると扉をノックする音が聞こえる。誰だろう。
「失礼しますわ」
アイヴィスが扉を開け、入ってくる。後ろにはクライスも居る。
「ここがワタルの部屋…」
アイヴィスは部屋を見回しながら呟く。レアの部屋でもあるんだけどな。
「羨ましいですわ、私もワタルと同じ部屋で昼夜を共にしたいですわ」
「国王様が卒倒なさるのでお止め下さい」
クライスが、願望を垂れ流すアイヴィスを止めてくれる。
「何か用があって来たんじゃないのか?」
「用というほどのものではないのですけれど、ワタルがこれからどうするのか伺っておこうかと」
正直、まだ何も考えてなかった。
「うーん、特に考えてなかったなぁ」
「それでしたら、私にこの街を案内して欲しいですわ」
「別にいいけど、俺もそんなに詳しくないから他の人の方が…」
「ワタルにお願いしたいですわ」
俺の言葉を遮り、有無を言わさぬ様子で俺に言うアイヴィス。まぁ案内するくらいなら俺でも大丈夫か。クライスはやれやれといった様子だ。
「じゃあ早速行くか?」
「ええ、よろしくおねがいしますわ」
俺とアイヴィス、クライスは屋敷から出て、街へ向かっていた。レアにも一緒に来るか聞いたが「面倒くさい」とのことだ。
どこから行くか…とりあえずギルドかな。そう考え、俺達はギルドへと向かった。その道中、街道で男の二人組に声を掛けられる。
「よう、女を二人も侍らせてデートかよ?」
「俺達にも分けてくれや」
うわぁ…絵に描いたような絡まれ方しちまった…。確かに二人は綺麗だけどよ、絡んだらヤバい相手かどうかくらい見てわからないのかよ…。今にもクライスが二人を斬り伏せそうだ。
「なんですの?この下賤な者達は」
こらこら、火に油を注ぐようなことを言うんじゃない。
「いや~、ちょっと急いでるんで俺達はこれで…」
俺が相手にせず通りすぎようとすると
「おい、待てよ!何無視してんだコラ!」
なんだこいつら、面倒くせえな。俺がそう思ったのが顔に出てしまっていたらしい。
「てめえ、舐めてんじゃ…」
チンピラの一人が腰に下げたナイフを抜く…が、俺はナイフが鞘から抜かれる前に手を抑える。
「やめとけ、それを抜いたら冗談じゃ済まないぞ(クライス相手には)」
俺が真剣な目で二人に忠告すると、舌打ちをして去っていった。よかった、街の中で他国の奴と流血沙汰とかシャレにならないからな…
「ワタル!私を守って下さったのですわね!」
いや、たぶんクライス一人でなんとかなったと思うんだが…。でもアイヴィスが嬉しそうなので水は差さないでおこう。
「大きいな…」
ギルドを見たクライスが呟く。
「中も広いんだぜ?どうせだし入ってみるか?」
俺はクライスに聞いてみる。アイヴィスも興味があるようだ。
「いや、正直なところ、あまりアイヴィス様を人目に触れさせたくはない。なるべく人の多いところは避けたいと思う」
クライスの言い分はもっともだ。アイヴィスを知る人がギルドに居ればその話はすぐにギルド中に広がるだろう。そしてそれは良からぬことを企む奴の耳にも入るかもしれない。
「わかった、アイヴィス、次行こうぜ」
俺が声を掛けると、アイヴィスは何か言いたげだったが黙って俺に付いて来た。
「じゃあここを中心に街を一周して来るか」
俺がそう言うと二人は頷く。そして俺達は街に点在する露店や店を見ながら街を散策していた。しばらく一緒に歩いていたが、徐々に三人でぴったり歩くという感じではなくなり、自由に店を回りだした。男の俺と一緒じゃ入りにくい店もあるだろうしな。クライスが一緒にいれば大丈夫だろう。
そう考えながら適当に店を見ていると、一軒の店が気になる。
「なんだここ…前からあったか?」
薄暗い路地に黒い佇まいの店は一層陰を落としている。正直、不気味な店だが、俺は不意に興味が湧きその店へと入る。日の差し込まない店内には蝋燭の火が揺れている。奥には店主が居るが、黒い服に身を包み、顔は見えない。
店内に置かれている商品はどれも見慣れないものばかりだ。俺はどうせ見てもわからないのに、その辺にあった小さな瓶を一つ手に取る。中には透き通った青い液体が入っている。見た目は綺麗だ。俺がそう思いながら小瓶を眺めていると
「…それは…”穎知の雫”…です」
「へ?」
まさか話しかけてくるとは思わず、変な声を出してしまった。声は思ったより若い、女性の声だ。
「飲めば…あなたの気付いていない、大切なものを…知ることができるでしょう…嫌というほど深く…」
大切なもの…?、そう言われると気になる。値段もそう高くないし、買ってみるか。そう考え、俺はお金を払い小瓶を受け取り、店を出る。
「もう、ワタル!どこに行っていたのですの!」
俺が路地から街道に出るとアイヴィスに怒られた。
「悪い悪い、ちょっと買い物をな」
「そうでしたの?けれど、あまり離れないで下さいまし」
俺はもう一度謝り、二人と共に歩き出した。