誰かが俺の名前を呼ぶ、聞き覚えのない声だ。誰だ…?真っ暗で何も見えない、そうか、目を閉じてるからだ…
俺は目を覚ます。が、部屋には誰もいない。夢を見ていたようだ。時計を見る、少し早く起きてしまったようだ。俺は服を着替え、散歩にでかけることにした。
俺が廊下を歩いていると、昨日の書庫の部屋を通りかかった。ドアノブに手をかけてみるが開かない。昨日は鍵をかけ忘れただけのようだ。勝手に入ったってバレたら怒られっかな…。俺は若干不安になりながらも、聞かれなければ答えなくていいか、と気楽に考えていた。
俺がそう考えながら廊下から中庭を眺めると見覚えのある人が一人。大きな剣を風を切りながら振っているのは…
「おーい、サリア。こんなに朝早くからなにやってんだ?」
「おはようワタル。なに、体が鈍りそうなので体を動かしていたんだ」
そう答えたサリアの首筋には汗が浮かんでいた。
「真面目だな。でも狙い外してその辺の木とかぶった切るなよ?」
「私をなんだと思っているんだ、まったく…」
サリアは笑って答える。俺ももちろん冗談だ。
「俺が相手してやろうか?」
「病み上がりだろう?また怪我をするぞ」
俺は立ち上がり、サリアに言った。だがサリアにはこれも冗談に聞こえたようだ。でも俺は本気だ。俺が短剣を抜いたのを見てサリアにも伝わったようだ。
「防具はそこにある。無理そうだったら早めに言ってくれよ」
サリアがそう言い、剣を構える。最初から勝つ気満々かよ、絶対一泡吹かせてやる。
サリアは一層低く体を下げたと思ったら俺の方に飛び込み、剣を横に振りかぶる。重い剣を持っているにも関わらず速い。その辺の賊とは比べ物にならない。
俺が攻撃を逸らそうと短剣を構え、集中する。だがサリアはお構いなしに剣を振り切る。俺はサリアの剣に短剣を当て、上に弾くように力を込める。サリアの剣は上に弾かれる…が、俺が思っていたより軌道がズレない、サリアの剣が速く、そして重いからだ。
剣先は俺の胸を掠めて行った。剣の風圧で服が靡く。恐らく命中率の関係で狙いが外れたようだ。もう少しズレていたら今の一撃で終わっていただろう。俺は後ろに下がり距離を取る。
「大丈夫か?」
「まだまだこっからだ」
俺を心配するサリア。流石にここで引いたらかっこ悪すぎだろ。
俺は距離を取ったまま詠唱を始める。
「ウィンドクロウ!」
俺の手から風魔法が飛んで行くサリアはそれを避けるために体を傾ける。それを見て俺は短剣を構えてサリアに近づき、防具の部分に短剣を突き刺し…短剣は俺の手ごと壁にぶつかったように弾き飛ばされた。サリアが剣でガードしたようだ。あまりの衝撃に俺はバランスを崩す。胴がガラ空きだ。サリアは剣を振りかぶり俺に向けて…これ防具があっても大丈夫じゃねーんじゃねーか…
氷の砕ける音がした。俺の前に氷柱が現れており、サリアの剣は氷の固まりに半分ほど突き刺さり、止まっている。
「なにをやっているんだ、貴様達は」
「どうやら真剣になりすぎたようだ、大丈夫か?ワタル」
サリアが苦笑いしながら俺に手を差し伸べる。俺はその手を掴み、立ち上がる。
「ちょっと訓練してただけだよ、クライス」
「まだ無理をするな。貴様が怪我をしたらアイヴィス様に何と言えばいいんだ」
俺も苦笑いする。俺は自分のことしか考えてなかった。反省しよう。
「ところでサリアと言ったな」
クライスがサリアに声をかける。
「途中から見ていたが素晴らしい動きだ」
「そう言われると照れるな…」
サリアにそう言いながらクライスは腰に提げた剣を抜く。
「面白い、私が手合わせしよう。私も最近体がなまっていたところだ」
サリアは突然の提案に驚いたようだったが剣を構える。
マジかよ、城壊すなよ…?
クライスが手を前に向ける。これは…
すぐさまサリアはその場から動く、サリアが居た場所には氷が現れる。そしてサリアが動くことを予想していたクライスはサリアに向けて剣を振る。速い、がサリアは自分の剣でクライスの剣を弾く。何度かクライスの攻撃をやり過ごしたあと、サリアが剣を振るうとクライスは再び距離を取った。
今度はサリアが距離を詰める。剣を大きく横に振りかぶり…。クライスは少し口角を上げると地面に手をつき、次の瞬間クライスの前に氷柱が現れる。さっき俺を守ったものより遥かに大きい。が、サリアは気にも留めずに剣を振り切る。
氷が砕ける音が響く。サリアの剣は氷など物ともせず貫き、そのままクライスへ…剣のぶつかる音が響く、なんとか剣によるガードが間に合ったようだが、不十分だったようだ。クライスは吹き飛ばされ、中庭にある木にぶつかる。
「ぐっ…!」
クライスは声をあげる。マジかよ、俺とやった時は本気じゃなかったようだ。だがクライスは再び立ち上がり剣を構え…
「クライス!何をしているの!」
中庭に声が響く。アイヴィスだ。なんかこの感じ、前にもあったな。
「少しはしゃぎすぎたようだ」
そう言ってクライスは剣をしまう。
「サリア、君は強いな、我が警備団に入って欲しいほどだ」
クライスさん?たぶん今の一発は偶然当たっただけですよ。俺は口には出さずにツッコンだ。
そしてクライスは城へと入って行った。おそらくアイヴィスの元へ行くのだろう。
「ふぅ、ちょっと体を動かすだけのつもりが、ずいぶん張り切ってしまった」
そう言ってサリアが腰を下ろす。
「サリアって強かったんだな」
俺は思ったことを口に出す。
「まったく…今まではそう思ってなかったかのような言い方だな」
サリアは微笑みながら言った。俺はサリアの強さに頼もしさを覚えながらも、自分の力の無さを思い知った。スキルを覚えて調子に乗っていたのかもしれない。これからも修行に励まなければ。