食事を終えた俺達は、魔法の練習をするため、中庭へと移動した。
「引き受けておいてなんですが、私は火属性以外の魔法は基本的なことしかできませんよ」
「それで十分だ、どうせ難しいのはできないって」
俺がそう言うとメイルは考え事を始める。なにから教えていいか悩んでいる様子だ。
「うーん…まずは魔法が使える原理から教えますよ。元々、全ての人に魔力は備わっていているのですよ。その魔力を、魔法石を媒体に使い、放出するのが魔法なのですよ。そして体の中の魔力と魔法石を繋げているのが、詠唱ですよ。慣れれば無詠唱でも魔法を使えなくもないですが、安定しないのであまりオススメしませんよ」
「ほうほう」
メイルは俺にもわかるように簡単に説明してくれる。良かった、専門的な小難しい話をされたらどうしようかと思ったぜ。でもメイルが”安定”について語っているのを聞くと違和感があるな。
「じゃあ詠唱を覚えればどんな魔法でも使えるのか?」
「できなくはありませんよ、ですが、修行をしていない人の魔力の量は多くないので、すぐに枯渇しますよ。魔法石は術者の魔力を魔法に変換するのですが、その時に体から奪われる魔力に上限はないので、魔力が切れた状態で無理に魔法を使えば……最悪、死にますよ」
冗談で言っているのではない、メイルは本気だ。
「ワタルはこれまでも無茶をしているので、これだけは言っておきますよ。…絶対に無理に魔法を使わないでください、約束ですよ」
俺は黙って頷いた。
「ではまずは簡単なものからいきますよ」
俺が頷くのを見てメイルが俺に詠唱を教えてくれる。結構長いな…覚えきれるだろうか。
俺はぶつぶつと声を出す。そして左手を前に出し
「ウィンドクロウ!」
俺が唱えると魔法石が光り、手から小さな風魔法が放たれる。魔法は真っ直ぐ飛んでいき。中庭に生えている木にぶつかり、消える。木には小さな痕が残っている。
「できたぁ」
俺はその場に座って、仰向けになる。
「無事にできて良かったですよ」
「いやぁ、難しいわ魔法って」
俺は仰向けになったまま答えた。疲れた、身体的な疲労と言うには違和感がある。これが魔力を使うということなのだろう。
「一日で魔法が使えるようになるなんてすごいじゃないか」
俺の練習を見ていてくれたサリアが声をかけてくれる。レアも居るが興味がないようだ。
「でもこれで遠距離相手でも多少は戦えるようになったな、ありがとな、メイル」
「そんな、お礼なんていいですよ」
俺はメイルに感謝を伝えると、ゆっくりと体を起こす。既に昼をまわってしまった。
「ここに居たのか、探したぞ。食事ができている、早く食堂に移動しろ」
クライスが俺達に声をかける。
「へへ、俺、魔法覚えたんだぜ?クライスにも見せてやろうか」
俺は得意気にクライスに言ったが
「貴様の粗末な魔法になど興味はない、あとにしろ」
バッサリと断られた。俺はしょんぼりしながら食堂へと向かった。
食堂には、アイヴィスも居た。
「悪い、待たせちまって。朝はいなかったけど何か用事でもあったのか?」
俺は疑問に思ったことをアイヴィスに伝えた。
「用事…とういうわけではないですわ。毎日、その時間は習い事をすることになっていますの」
「勉強してるのか、何のだ?」
「もちろん、将来この国を担う王女として必要なことを、ですわ」
なるほどな、王女様ともなれば色々学ぶ必要はあるわな。
「このあとも習い事がありますの、ワタルともっと一緒に居られればと思うのですけれど…」
「俺のことは気にしなくていいって。実は俺も今、魔法を勉強しててさ。お互い頑張ろうぜ」
アイヴィスは返事をして笑顔で頷いた。が、俺の左手を見て真顔になる。
「ワタル…?その指輪は一体…?」
アイヴィスが俺の手を掴んで聞いてくる。痛い。
「あぁ、これか?これはジルスタン国王様にもらった物だよ」
俺がそう言うとアイヴィスは目を輝かせて
「もう!お父様ったら、気が早いですわ」
アイヴィスが顔を赤くして何やら言っている。俺はよくわからなかったが嬉しそうなので触れないでおいた。
「アイヴィス様、冷静にお成り下さい」
クライスがアイヴィスを落ち着かせる。従者ってのも大変だな。と俺は他人事のように思いながら料理を口に運んでいた。
それから俺達は食事を終え、二人と別れ、再び魔法の練習をした。少しずつだが上達していくのが分かって楽しい。俺は時間も忘れて練習に明け暮れた。
「はぁ、もうヘトヘトだぜ」
俺は夕食を終え、部屋へ戻る途中、つぶやいた。
「お疲れ様ですよ。今日一日でだいぶ上達しましたよ」
「ありがとな、また明日も頼むぜ」
俺はそう言って三人と別れた。俺の部屋は一番遠い。
「今日は早めに寝るか…」
俺がそう考えながら部屋に向かっていると、少し扉が開いている部屋を通りかかる。
普段なら気にもとめずに通りすぎたかもしれないが、この時は妙にその部屋が気になった。俺は軽くノックをするが返事はない、俺は恐る恐る扉を開けて中に入り扉を閉める。暗い。だが月明かりが部屋に差し込んでいるため、見えないほどではない。
「なんだここ…書庫か何かか?」
俺は一人でつぶやく。それほど広くない部屋の中には大量の本が棚と床に置かれている。俺は本棚にあった本を適当に一つ手にかけ
「っ!」
俺は廊下の方から話し声が聞こえ、取り出そうとしていた本をとっさに押し込んだ。すると本棚がゆっくりと動き出し、その後ろから扉が現れる。たまたま仕掛けの施された本を選んでしまったようだ。
「お邪魔しまーす…」
俺は悪いとは思ったが、どうしても中が気になり扉を開ける。中には…一冊の本。
「なんでこれだけ除けてあるんだ?まぁ、爆発するってこともないだろ」
そう言いながら、俺は古ぼけたその本を手に取る。見た目の割に重たい。とりあえず適当なページを開き…
「まぁ、読めないんだけどな」
元々、この世界の文字が読めない俺に読めるはずがないのはわかっていた。だが、この本から目を離せないのはなぜだろう。自然と次へ次へとページをめくってしまう。俺は読めない本を読むという不思議な体験をしていた。そして
「あっ、やべ。何時だ今」
俺は結局最後まで読み切り、我に還る。俺は持っていた本を再び戻すと、扉を締め、押し込んだ本を引っ張る。すると本棚は元の位置に戻る。そして俺は書庫を出て自分の部屋に戻った。早く寝ようと思っていたのにとんだ夜更かしをしてしまった。
俺は部屋に着くなりすぐにベッドに横になり、目を閉じる。疲労していた俺はすぐに夢に落ちていった。