…矢が飛んで来る。なんとかしないと…俺が助けないと…俺が…俺が…。だが体は動かず、矢はゆっくりと俺の体に…
「っ!あぁ!」
俺は目を覚まし、体を起こした。頭と体が重い…。夢を見ていたようだ。嫌な汗をかきながら俺は自分の体を見る。よかった、矢は見当たらない。代わりに包帯が巻かれている。
視界に写った部屋に見覚えはなかったが、見覚えのある人間は居た。サリア、メイル、そしてレアだ。良かった、怪我をしたのは俺だけでみんなは無事だったようだ。それと使用人が驚いた顔をして、部屋から出て行った。
三人とも椅子に腰掛け寝ているが、もしかしてずっと付き添っていてくれたんだろうか。
「んっ…」
サリアとメイルが目を覚まし、俺の意識が戻っていることに気づくと驚きの声をあげる。
「ワタル!目が覚めたか!」
「もう!無茶し過ぎですよ!」
「悪い、また心配かけちまったな」
俺は謝ったが、サリアは首を横に振る。
「いいんだ、ワタルが無事で居てくれたなら」
「そうですよ、本当に良かったですよ」
二人は本当に優しいな。…で、まだ熟睡してやがるそこの女神は何なんだ。俺がレアを見ていると
「まだ寝かせておいてあげて下さいよ、レアはずっとあなたの怪我を治療していたのですよ」
「え…?」
レアが?俺を?
「治癒魔法が使える者はとても希少なんだ。少なくともこの国にはいないらしい。それを知ったレアが名乗りをあげてくれたんだ」
そう言われてあらためて考えると、あれほど深い傷を負ったにも関わらず、今は痛みがないし、手の指も足の指も問題なく動かせる。レアが目を覚ましたらちゃんとお礼を言わなくちゃな、俺がそう考えていると部屋の扉が開かれる。
「ワタル様!」
聞いたことのある声で聞き慣れない呼び方をされた。アイヴィスだ。なんで様付け…?
「アイヴィス…様」
クライスが一緒に居たので忘れずに敬称を付ける。危ねえ、つい呼び捨てにしそうだった。
「そんな他人行儀な呼び方はお止め下さい。”アイヴィス”とお呼びください」
何だコイツ…昨日まで俺を犬扱いしてた奴と同一人物とは思えない。まさか双子の妹とか?
「やめてくれよ。クライスに怒られるって」
俺はつい口に出す。
「ワタル様は私を救って下さった恩人…私の前に立ち蛮族と戦う姿は、そう、まるで騎士様のようでしたわ」
おいおい、なんか勝手に脚色されてねーか?あんまり美化されても困るんだが。まぁ犬扱いよりはだいぶマシだが。
「まあ、そのなんだ…じゃあアイヴィスって呼ばせてもらうよ。でも俺のことも呼び捨てでいいから」
俺がそう言うとアイヴィスは目を輝かせ、俺の手を握ってきた。それを見ていたサリアとメイルは不満気だ。ちょっと待てよ、俺は悪く無いからな。そしてこの騒ぎにレアも目を覚まし呟く
「なんですかこの状況…」
俺はいつもの三人に加え、アイヴィス、クライスと食堂で夕食を食べていた。手を満足に動かせない俺にはサリアが食べさせてくれている。アイヴィスが食べさせてくれると言ってくれたが使用人に止められていた。そりゃ王女様に世話人みたいなことさせられないわな。
「クライスも殴られた怪我は大丈夫か?」
俺は対面に座っているクライスに話しかけた。
「はい、問題ありません」
クライスは淡々と答えたが、なぜ敬語…?俺が疑問をそのまま聞いてみると
「ワタル様はアイヴィス様を助けて下さった方ですので、当然です」
うーん、あんまり敬語使われるのって好きじゃないんだよな…そうだな
「いやいや、今まで通りで接してくれよ。前のキツい感じの方がしっくりくるっていうか…あと名前も普通にワタルでいいよ」
クライスは少し考え、アイヴィスに目線を送ったあと、アイヴィスが頷くのを見て
「まぁ、そう言うなら構わないが、物好きな奴だ」
アイヴィスは以前のように話してくれる。なんだか安心するぜ。
「やっぱりワタルってそっちの気があるみたいですよ…」
「キツく扱われる方が好きなのだろうか…」
ひそひそと話をするサリアとメイル。違うから、気を使われたくないだけだから。
「二日も経てば怪我も自然と治る」
「へぇ、丈夫なんだな…って二日!?」
俺は耳を疑った。まさか二日間も気絶していたなんて…。マジでレアが治療してくれなきゃ死んでたんじゃねーか…?今更になって身震いする。
「じゃあその間ずっと城に置いてくれてたのか。迷惑かけちまったな」
「何を言うのです!ワタルは私の命の恩人ですわ。いつまででも居て下さいまし。お父様も許してくれていますわ」
アイヴィスに言われて気づいた。どうして国王様がいないんだろう。
「なぁ、国王様は?」
「お父様は他国との会合に向かいましたわ。限界までワタルが目を覚ますのを待っていたのですけれど、予定に穴を開けるわけには行かない、と」
まぁいつ目を覚ますか分からない俺をいつまでも待ってるわけには行かないわな。国王様にも仕事ってもんがある。
「けれど、お父様もワタルには直接お礼が言いたいと言っていましたわ。ですのでお父様が戻るまでこちらに居て下さいまし」
「そう言ってくれると助かるぜ、体が治るにはまだしばらくかかりそうだからな」
俺は、国王の配慮をありがたく受け取り、城に置いてもらうことにした。一夜だけのつもりがずいぶんと長い滞在になってしまったな…
そのあと俺は食事を終え、部屋に戻った。当たり前だが俺達は四人ともバラバラの部屋だ。そもそもアルスター城でレアと同じ部屋なのがおかしいんだ。だが、少し寂しいな…レアに言ったら馬鹿にされるだろうか。そう思いながらも足は自然とレアの部屋に向かっていた。
「レア、まだ起きてるか?」
「ええ、まぁ」
俺が扉をノックすると返事が返って来たので扉を開け、部屋に入る。レアは窓を開け、ベランダに出ていた。
「何してるんだ?」
「ちょっとここからの景色を眺めたくなっただけですよ」
そう言われ、俺もベランダに出る。城というだけあって結構高い。高所恐怖症の人には立っていられないだろうな。だが、夜の街に灯る点々とした光は綺麗だ。
「なぁレア、その…ありがとな」
「何がです」
俺はレアに治療してくれたことに感謝を述べたが、レアはこちらを向かずに素っ気なく答える。
「俺の怪我だよ、怪我。レアが一生懸命治してくれたんだろ?」
「あなたに死なれては誰が私の目的を手伝うんですか」
平然と言い放つレア、だがその言葉が本心でないことは言われなくてもわかる。俺は少し笑い、
「そうだったな、じゃあもしまた死にかけたら頼むわ」
俺は冗談のつもりで言った。『嫌ですよ、面倒くさい』くらいの言葉が返ってくると思っていた。…が
「馬鹿なことを言わないで下さい!サリアとメイルがどれだけ心配したと思ってるんです!二人がずっとあなたのそばで不安そうな顔をして…もう目を覚まさないんじゃないかって…二人が心配して…どれだけ…二人が…」
そう言った、レアの瞳には涙が滲んでいた。
「…悪い、心配かけたよな…」
俺は謝った。サリアとメイルにはもちろんだが、レアにもだ。
「でも俺は、誰かを守るためならまた無茶すると思う。それが仲間ならなおさらだ。サリア、メイル…そしてレア、お前もだ。絶対お前を俺の目の前で死なせたりなんかしない」
レアは黙って聞いていたが、つぶやくように
「やっぱり、馬鹿ですね」
「何を…!」
俺はレアの言葉に噛み付こうとしたが、微笑みを浮かべてこちらを向いたレアを見て、俺はそれ以上、何も言わずに笑い返した。思えばこんなに静かにレアと話したのは初めてだった。そのあとしばらくレアは夜景を眺めていたが、俺は夜景よりも近くにある、月明かりに照らされたレアの横顔をずっと見つめていた。