「どうすっかな…」
屋敷で目を覚ました俺だったが、特にすることがなくベッドに腰掛けながら今日の予定を考えていた。
俺の体調があまり良くないことはもちろん、サリアも傷は塞がったが万全ではないらしい。当然、今日はクエストに行くことが出来ない。かと言って、修行ができるはずもない。俺は足をぶらつかせながら考えるが何も浮かばない。
「なぁ、レア。何読んでんだ?」
俺を無視して本を読むレアに声をかける。
「この世界のお伽話のようなものですよ。ただの情報なら女神の力で集められますかね」
「面白いか?」
「あんまり」
レアも暇そうだ。しばらく沈黙の時間が流れ…
「だあああ!ダメだダメだ、これじゃ引きこもりになっちまう!外行こう外!」
「そうですか、お気をつけて」
レアはベッドに横になり本を読む。だらけまくりだ。本当に女神かコイツは。でも無理に連れてってもしょうがないか、俺はそう考え一人で部屋から出る。
玄関に向かって歩き出した俺は、廊下の曲がり角から出てくるエレナを見つけた。
「おーい、エレナ…」
俺は手を振りながら笑顔で近づき…、真顔になった。エレナの後ろに国王が居たからだ。
「ん?今、娘を呼び捨てにしたような気がしたが…」
国王は元々シワの多い眉間にさらにシワを寄せて俺に尋ねる。
「ハハハ、ご冗談を。エレナ様って言ったんすよ俺は」
なんとか誤魔化してみたが棒読みになってしまった。大丈夫か…?
「ワタル!様付けなんてやめて下さい!いつものように”エレナ”とお呼びください」
「ほう…?」
エレナは空気が読めるかと思ったがそんなことはなかったぜ。やっべ、国王明らかに怒ってるよこれ…
「君とエレナはどういう関係かね?」
「えーっと、その…」
俺が言葉に詰まっているとエレナが答えてくれた。
「ワタルは私に初めて出来たお友達なのですよ、お父様」
「友人か…まぁ、それならいいんだが」
そう言うと国王は俺に近づき、肩に手を掛け。
「エレナと仲良くしてやってくれ、”友人”として、な」
「は、はい…」
明らかに釘を刺された。それ以上の関係になるな、と。
そして二人は歩いて行った。何か用事があって一緒に居たようだ。それにしてもエレナの父ちゃんはおっかねえな…
屋敷を出た俺は、まず廃墟に向かった。今日は修行ができないことをアンセットに伝えるためだ。
俺は通い慣れた道を進み、開けた場所に出る。アンセットは…居た。何やら動物のようなものを捌いているようだ。
俺はアンセットに声をかけると、昨日あったクエストでの顛末を話した。
「馬鹿者、無理をするなと言っただろうに」
怒られる。言いつけを守らなかったんだから当然だ。
「が、それで仲間を守れたなら良し、だ。わかった、今日の修行はなしだ。次からは別に言いに来なくてもいいぞ?どうせ私は毎日ここに居るんだからな」
そう言ってくれたアンセットに俺は感謝をして、街へと戻った。さて、サリアのお見舞いでも行くか?俺がそう考えていると、遠くに青髪の小さい人が見える。メイルだ。
「なにしてんだ?こんなところで」
俺は露店の前に居たメイルに声をかける。
「あっ、ワタル。魔法石を見ていたんですよ」
そう言われて広げられた風呂敷の上を見ると、宝石のようなものがたくさん並べられている。値段も武器屋で見たもののように高いというわけではない。
「買うのか?」
「ええ、魔法石はあまり売られることがないので、今度買えるのはいつになるかわかりませんよ」
そう言ってメイルは魔法石を見比べている。恐らく、同じ値段だが大きさ、形に若干違いがあるからだろう。
「ワタルも選んでみてくださいよ」
「へ?いいのか?」
「正直、魔法石は使ってみないとわからないのですよ。なので適当でいいですよ」
そう言われ、俺はなんとなく目についた物を選んだ。それをメイルが買う。
「なぁ、その新しい魔法石だと結構魔法の威力変わったりするのか?」
俺は家で魔法石を付け替えるというメイルと一緒に歩きながら、気になったことを聞いてみた。
「魔法石によってもバラバラなので何とも…。下手をしたら今までの方がマシということもありますよ」
「なるほどな、それで安く大量に売ってたわけだ」
あれだけの数の魔法石が全て性能がバラバラなら良い奴引くのも大変だろうな。まるでガチャガチャみたいだな、と思いながら歩いているとメイルの宿に着いた。
「せっかくだし付け替えるところ見てってもいいか?」
俺が確認を取るとメイルは了承してくれた。二人で宿屋に入る。一度しか来たことはないがメイルの部屋は覚えていた。
俺達は部屋に入ると、メイルは早速、作業を始める。
杖を床に置き、手をかざし、何やらぶつぶつ唱えている。すると杖の先に埋め込まれた魔法石が少しずつ浮き出し、外れた。
「へぇ、道具とか使ってやるんじゃないんだな」
「そんな古典的なやり方じゃ何かの拍子に取れてしまいますよ」
俺は率直な感想を述べたがツッコまれた。言われてみれば確かにそうだ。そして今度も同じように唱えると魔法石は杖の窪みに沈んでいった。以外と時間はかからなかった。
「もう終わりか?」
「そうですよ」
そう言うとメイルはそわそわし出す。わかるぞ、新しいものはすぐに試したくなるよな。
「よし、じゃあ早速性能を試しに行こうぜ」
メイルは頷き、俺達は近くの広場に移動する。
「なにか手頃な的は…」
流石に魔法の標的にされたら短剣じゃ防げない。俺は辺りを見回す。そして、壊れた木箱のようなものを見つけたのでそれを広場の真ん中に置く。
「では、行きますよ!」
そう言うとメイルが詠唱を始める。聞き覚えがあるな、これはあの時の…
「フレイムスフィア!」
メイルが詠唱を終え、魔法を放つ。すると、木箱を中心に炎が現れ、瞬く間に木箱は炎に包まれる。やはりこの魔法はメイルと初めてクエストに行った時の…
俺は以前のクエストを思い出しながら眺めていたが…
「すげえ…」
明らかに前回の精度30%のフレイムスフィアより火球が大きい。2倍?いやもっと…。俺がそう考えていると火は収まり、消えていった。木箱はもはや存在しなくなっていた。
「おーい、メイル。今の魔法の精度って…」
俺はメイルに魔法石の性能を聞きに駆け寄ったが
「ふふふ、……ですよ…」
メイルは俯いたままぶつぶつと独り言を話している。
「この魔法石は最高ですよ!この威力!とても良い買い物をしましたよ!」
なんだ、喜んでただけかよ、心配して損した。俺がやれやれと肩をすくめているとメイルが近づいてきて抱きついてきた。なんだ急に。
「ワタルが選んでくれたおかげですよ!感謝しますよ!」
こうしてみるとやっぱ子供っぽいな。まぁ嬉しそうだから水を差すのはやめておこう。
「おう、良かったな」
それから俺はサリアのところに向かうことにした。メイルに話したら、付いて来てくれると言ったので一緒に行くことにした。おろおぼえの道だったがなんとかサリアの宿に到着する。メイルの宿からはそう離れていない。
俺は宿に入り、サリアの部屋の扉をノックし、扉を開ける。
「二人揃って、どうかしたのか?」
サリアは剣の手入れをしていたようだ。
「ただの見舞いだよ、どうだ?足は?」
「もうほとんど大丈夫だ、踏ん張ると少し痛むがな」
そう言ってサリアは素足を俺に見せる。確かにもう傷跡は見当たらない。
「ワタルこそ大丈夫なのか?」
「ヘーキヘーキ、俺の方はただの疲労だからな。一晩休んでだいぶよくなったぜ」
俺はそう言いながら、ふとサリアが手入れしている剣が目に入る。
そういやサリアの剣って持ったことなかったな。
「なぁ、その剣。見せてもらってもいいか?」
「もちろん構わない。ほら」
サリアが片手で剣を持ち、俺に差し出してくるので俺も片手で受け取る。が、想像以上に剣が重く、あまり力の入らない腕で受け取った俺は、片手では支えきれず思わず反対の手も出した。
「っ…!」
刀身の方を支えたため、人差し指に刃が触れたようだ。小さな切れ目ができ、少量の血が流れる。やばい、このまま滴らせたら床を汚してしまう。
「おいおい、大丈夫か?見せてみろ」
そう言うとサリアは俺の手を掴み、血の滲む指を口へ近づけ、咥えた。温かい。
「お、おい。なにやってんだよ」
俺は予想外の行動にうろたえたがサリアは何くわぬ顔だ。しばらくしてサリアが口を開ける。
「こうした方が早く血が止まるんだぞ?知らなかったか?」
「いや、まぁ理屈は分かるけどさ。その、嫌じゃないのか?」
「なに、気にするな。元はと言えば私が原因だ。すまない、もっと気をつけて渡すべきだった」
サリアが謝ってくるが、どう考えても俺が悪い。なので俺も謝る。二人で謝り合っていると、はたから見たら変な感じだろうな。
「はいはい、そこまでにしてくださいよ。ほら、包帯を巻くので手を出して下さいよ」
メイルが間に入ってくる。
「まったく、サリアも男の人のをそう簡単に咥えてはいけませんよ」
メイルが俺の指に包帯を巻きながらサリアを注意する。おいやめろよ、なんか変な風に聞こえるだろうが。
メイルが包帯を巻き終わった後、俺達は今日あったことやこれからのことなど、とりとめのないことを日が暮れるまで話し合った。
そして俺は夕食の時間になりそうだったので屋敷に帰ることにした。サリアの宿を出て、途中までメイルと一緒に帰り、屋敷へと到着する。
「どうしたんです?その指」
部屋へ入り、ベッドに座った俺の手を見てレアが聞いてくる。俺は包帯の巻かれた指を見つめ…この指をサリアが…
「なっ、なんでもねーよ!」
俺は思わず誤魔化してしまった。顔が赤くなっていないだろうか。レアはなんとなく察したような様子で、治療を申し出ることはなかった。そして、俺は横になり体を休める。
この世界に来てからこんなにのんびりとしたのは初めてだ。今まで結構必死に頑張ってきたからな、たまにはいいだろう。明日にはまたやることができればいいんだが、そんなことを考えながら俺は、これから出てくるであろう夕食を待っていた。