「見ていて下さい」
ギルドに集まり、話をしているとレアが俺達に新しいスキルを見せてくれると言う。
レアが俺の腕に手をかざすと淡い光に包まれる。すると、傷口がほんの少しずつだが閉じていく。つまりこれは
「治癒魔法か」
見ましたか、というドヤ顔をするレア。ムカツクがこれはすごく便利だ。
「ほう、治癒魔法は習得が難しいと聞いていたがもう覚えたのか」
「すごいですよ!」
二人が驚いているところを見ると本当に凄いんだろう。
「で?あなたは?」
レアが俺の進捗を聞く。来ると思ったぜ。だが今回は前とは違う。
「俺も二つ覚えたスキルがあるんだぜ。でもここじゃな…」
俺のスキルは戦闘用なので、俺達は近くの広場に移動した。そして俺は短剣を構える。
「じゃあサリア。相手してくれるか?」
「それは構わないが…」
サリアは俺の身を案じているみたいだ。そりゃそうか、見習い狩人だもんな。でもな、
「心配すんなって、手加減しなくていいぞ。あ、でもスキルはなしでお願いします」
サリアは仕方ない、という様子で剣を抜く。
「行くぞ!」
サリアが剣を振り上げ、俺に向けて振り下ろす。剣を振り上げた時点で俺は集中していた。振り下ろされる剣もちゃんと見える。遅い、いつもアンセットの相手をしてるんだ。止まって見えるぜ。
俺はサリアの剣に合わせ、短剣を走らせ、横に逸らすように力を込める。
サリアの剣が地面にぶつかる音がする。余裕で地面をえぐるサリアの火力に冷や汗が出たがうまくいったようだ。
「これがスウェイスワードだ。相手の攻撃を逸らすスキルなんだ」
「おぉ」、と驚嘆の声をあげる二人。
「なるほど、回避用の技か、私は防御することしか考えたことがなかった」
「すごいですよ、なんか狩人っぽいですよ!」
「サリアが外しただけじゃないんですか?」
レアが言い放つ。素直に人を褒められねーのかコイツは。
「ちげーよ!俺が逸らしたんだよ!ちゃんと見ろよな!」
「はいはい、それでもう一つは?」
レアが反省の様子を全く見せずに次のスキルを見せろと催促する。
「わかったよ、サリア、メイル、その辺の石拾って俺に同時に投げてくれ」
二人は了承するとそばにあった石を拾う。
「今度はちゃんと見てろよ」
俺はレアにそう告げ、短剣を構える。そして二人が同時に石を投げる。俺は集中し、目を凝らす。石は俺の目の前まで近づき…
「あぶなっ…」
メイルが声をかけようとするが
俺が短剣を振りぬくと石は二つとも真っ二つに割れ、地面に落ちる。
「これがダブルエッジ。同時に二回斬るスキルだ」
「もう、全然動かないから心配しましたよ!」
そう言ってメイルが俺に声をかける。
「ははっ、わざとだよ。今まで矢だったから石じゃ遅すぎてな。ギリギリまで引きつけてみた」
「ただこのスキルはあんま使い勝手よくないんだよなぁ、無理して動くからだと思うんだけどスキル撃ったあと疲れるんだよぉ」
そう言って俺は息をつきながらその場に腰を下ろす。
「でもどうだ?これで少しは狩人っぽくなっただろ?」
「そうだな、レアも優秀だがワタルも頑張ってるじゃないか」
「私も負けていられませんよ」
「まぁ…いいんじゃないですか」
なんで若干不満そうなんだよ、この女神は。
「よし、じゃあお披露目も済んだところで、久しぶりにクエストでも行くか!」
俺がそう言うと三人は快く引き受けてくれた。いや、レアは嫌そうだったが気にしないでおこう。
俺達はクエストボードの前に居た。これから行くクエストを選ぶためだ。
「何か行きたいのあるか?」
俺は三人に聞いてみるが特にこれといった物はないようだ。と、俺は一枚のクエストが目に入る。
「ゴブリンの討伐…」
ゴブリンといえば以前、モチリン捜索の時に居たやつか。これなら…
「これにするか」
俺は三人にクエスト用紙を見せる。
「ゴブリンか、私は問題ない」
「私もですよ」
「いいんじゃないですか」
「俺の成長を確かめるにはもってこいだな、よし、これにするか!」
なに、スキルが使えなかった時でも大丈夫だったんだ。今ならなおさら余裕だろうな。俺はクエストが始まる前からそんな風に考えていた。前回がたまたま上手くいっただけにすぎなかったことなど忘れて…。
依頼主の話では使わなくなった小屋にゴブリンが住み着いているらしい。数は4匹。その駆除が今回のクエスト内容だ。
「あれか…」
俺達は街から少し離れた林の中にある小屋の近くに来ていた。草むらの陰から周囲を覗いてみるが人影はない。
「依頼主の話では小屋を壊されるのは困るらしいからな…なんとかしておびき出すか」
「それなら私がやろう」
サリアが手を上げてくれた。まぁ適任だろうな。
「じゃあサリアが小屋にいるゴブリンをおびき出す。メイルはその間に詠唱してゴブリンが出てきたら魔法を撃ってくれ。倒しそびれたのは俺とサリアでなんとかする」
「わかりましたよ」
メイルも任せて下さい、と言わんばかりだ。頼りにしてるぜ。
「レアは後方で…がんばれ」
「えっ、適当ですね。まぁ何もしなくていいならいいですが」
「よし、じゃあ討伐開始だ!」
俺がそう言うとサリアが草むらから出ていき、声を張り上げる。
「おい!ゴブリン共!出てこい!」
しかし、小屋からゴブリンが出てくる様子はない。おかしい静か過ぎる。
サリアがもう一歩前に出ようとした時、
「ぐっ!」
俺達が居た草むらとは別のところから矢のようなものが飛んできてサリアの下腿に突き刺さり、足からは血が流れる。それを見たゴブリンは草むらから出てくる。1.2…4匹、話に聞いていた通りだ。だがまさか罠を張っているなんて…
「メイル、撃て!」
「行きますよ!」
メイルが火魔法を放つ。が、あまり良くない精度だったらしい。ゴブリン達は声をあげ、火を払う。
そして、サリアに向かって石斧を振り下ろし…
「この野郎!」
俺はサリアの前に行き、ゴブリンの石斧を横に払う。早速スキルが役に立ったようだ。
「サリア!大丈夫か!?」
「あぁ、このくらい問題ない…!」
そう言って立ち上がるサリアだが片足を引きずっている。矢は刺さったままだ。
俺は短剣を構え、ゴブリン達と相対する。どうする…
ゴブリンは俺が考えがまとまっていないのを見るや飛びかかってくる。手に持っているのは先を尖らせた石だろうか。ゴブリンが俺の目の前まで迫るが、俺は一点に集中する。
俺とゴブリンはすれ違うようにして場所を入れ変わった。ゴブリンはこちらを振り向こうとしたがそのまま倒れる。
「師匠に比べればお前なんて止まって見えるぜ」
俺はゴブリンの急所に突き立てた短剣を払う。
俺の動きを見て残りのゴブリンが距離を取る。
「フレイムバースト!」
後ろからメイルの声が聞こえ、ゴブリンの1匹が吹き飛ぶ。単体向けの魔法なら詠唱も短くて済むようだ。
よし、残りのゴブリンは2匹…。俺が現状を整理していると、ゴブリンが背中から何か弩のような物を取り出し、既に矢の装填された弩をこちらに向ける、標的は俺か?そしてゴブリンは否応なく矢を放つ。サリアが後ろにいる。避けちゃダメだ、集中しろ。矢の動きに集中して…
放たれた矢を見て俺は戦慄した。4本の矢がこちらに向かって飛んできていたからだ。ゴブリンが持っていたのはただの弩ではなく連弩だったようだ。しかもこの軌道、4本全て俺の体に…無理だ、避け…ダメだ、サリアが危ない…俺が…サリアが…。
…
…なにも聞こえない。これはあの時の…
『絶対に無理はするなよ』
アンセットの言葉が脳裏をよぎる。でも…俺は…
俺は止まっているかのようにゆっくりと近づく4本の矢全てに短剣を走らせる。
「あ”あ”あ”あ”あ”!」
4本の矢全てが切り裂かれ、地面に落ちる。
頭が割れそうだ。体が自分のものじゃないみたいだ。動け!動けよ…
動けずにいる俺を見て、ゴブリン達は俺に襲い掛かってくる。振り下ろした石斧は、
俺の頭上で弾かれた。まるで壁に当たったかのように。
予想外の衝撃に体を崩したゴブリン達に
「クロススラスト!」
サリアが隙を見逃さずに剣を振りかざし、ゴブリン達を吹き飛ばす。起き上がってくる様子はない。
「よかっ…た」
俺は安堵に緊張の糸が切れ、その場に倒れこんだ。意識が遠くなる。やっぱ無理しすぎたかな…。
「あっ、目を覚ましましたよ」
メイル…?
っ…!頭が痛い、体も痛い。俺はゆっくりと体を起こす。
「ここは…屋敷か」
窓から差し込む光は赤みがかっている。かなり寝ていたようだ。
見慣れた部屋を見回してみるとレアがサリアの足を治療していた。大事にはならなかったようだ。
「ゴブリンを倒したと思ったら、ワタルまで急に倒れたので驚きましたよ」
「悪い悪い、ちょっと無理したみたいだ」
全身が痛みと疲労感に襲われているが、限界を超えて集中して動けばこうなるってわかっててやったことだ。甘んじて受けよう。
レアとサリアも治療が終わったようで、こちらに近づいてくる。
「今回は私の方が守られてしまったな」
「気にすんなって、最後トドメ刺してくれたのはサリアだろ?」
「あぁ、手の届くところに来てくれたからなんとか、な」
オホン、と咳払いをしてレアがこちらを見る。
「その前にあなたを守ったのは私であることをお忘れなく」
こいつ、たまに役に立ったからってめっちゃアピールしてくるな。だが、やはりあの時の防御魔法はレアのものか。
「ありがとよ」
助かったのは本当なので素直にお礼を言う。ドヤ顔がムカツク。
今日はもう動けそうにない。クエストの報告は明日にしよう。俺が三人に伝えると皆、同意してくれた。サリアとメイルは、今日はもう家に帰るようだ。俺は二人が部屋を出るまで見送り…すぐにまた部屋の扉が開いた。
「旦那様!大丈夫ですか!」
「大丈夫大丈夫、ちょっと体が痛むだけだから」
俺は体を起こしナタリアにそう言ったが、すぐに横にされた。
「旦那様は横になっていて下さい。私を自分の体代わりに使って下さい」
折角の厚意だ。甘えておこう。
「そういや、腹が減ったな」
「すぐに用意してきます」
思わず口からこぼれた。催促するつもりではなかったんだが。
「はぁ、良いご身分ですね、”旦那様”」
レアが皮肉交じりに言いながら俺の方に近づいてくる。
「体を見せて下さい」
「えっ、なんでだよ」
「いいですから!」
俺は言われるがまま上着を脱ぐ。
「外傷はないですね」
そう言ってからレアは両手を俺に向ける。そして光が集まり、手が光りに包まれる。
「治してくれてるのか?」
「ええ、まぁ…」
「ははっ、どういう風の吹き回しだよ」
俺は冗談のつもりで言った。
「…仲間を守るために戦うあなたは……でしたから」
「えっ、なんて…」
徐々に小さくなっていったレアの言葉に俺は聞き返したが
「…っ! ごちゃごちゃ言うと治療してあげませんからね!」
「お、おう…?」
無理矢理、会話を切られたのでそれ以上は触れないでおいた。まぁ、俺のためにしてくれてるんだ。余計なことを言うのはやめておこう。それから俺は黙って治療を受ける。俺の体を包む淡い光を見ていると、心までも癒やされていくようだった。