「こいつこの騒ぎでまだ寝てんのかよ…」
再び部屋に戻った俺は、レアの安眠っぷりに逆に引いた。
「おーい、レア、起きろよ。今日はギルドに集まるって言ったろ?」
唸り声をあげるレアだったが、まだ目が覚めないようだ。
「悪いナタリア、朝飯用意してきてくれるか?」
「わかりました。旦那様」
「おいおい、旦那様って…」
俺が呼び捨てでいいことを伝える前にナタリアは行ってしまった。でもまぁ悪い気分ではないし別にいいか。
しばらくレアの顔をつついて待っているとナタリアが朝食を持ってきてくれた。
「お腹空きました」
この女神、わざとやってんじゃねーだろうな。
俺達がギルドへ向かおうと屋敷から出ようとした時、ナタリアが見送ってくれた。
「気をつけて行ってらっしゃいませ、旦那様」
「えっ…、メイドの子に旦那様って呼ばせてるんですか…?どういうプレイですかそれ…」
「ちげーよ!色々あってこうなったんだよ!」
説明するのは面倒だったが、ギルドへ向かう途中でレアに事の顛末を説明した。「良く無事でしたね」とレアは言ったが、本当にそうだ。今頃になって怖くなってきた。
「ずいぶん遅かったが何かあったのか?」
既にギルドで待っていたサリアに問われる。
「あぁ、実は…」
俺はレアにした説明をサリアとメイルにもする。当然二人は驚いた様子だ。
「あのレオムント国王に…」
「意外と話のわかる王様だったよ。でも聞いてた通り家来にはすげー厳しいのな」
「それでその手当てしてもらった怪我は一体?普通じゃないですよ」
「いや~、狩人の師匠がスパルタでさぁ。脇腹に矢をもらった時には死ぬかと思ったぜ」
三人は信じられないと言った様子だ。やっぱり普通の訓練でこんなハードなことはしないんだろうな、でも…
「慣れてくると結構気持ちよかったりするんだぜ?」
「「「えっ」」」
三人がヒソヒソと話をし始める。
「もしかしてワタルは痛いことが気持ちいいとかそういうやつなのだろうか?」
「とんだ変態的な嗜好の持ち主ですよ」
「私達もなにか責めるようなことをした方が嬉しいんですかね?」
「ちげーから!成長していくのが分かって気分的に気持ちいいって言ってんだよ!」
俺は的はずれな考えを抱く三人を止める。ったく、人を勝手にM認定するんじゃねーよ。
「んで?レアはどうなんだよ」
俺は話を変えたくてレアに聞いてみる。
「私の方は教会の修道士の人に教えてもらっていて。優しく丁寧に教えてくれていますよ」
マジかよ。正直羨ましい。
「懐かしいな、私も見習いの頃はどうして良いか分からなかったものだ」
「私もそうでしたよ。ですが、修行に慣れてきて師匠とも仲良くなっていくと毎日新しいことを身につけていくのが楽しくなったものですよ」
「二人も大変だったんだな」
俺は二人の昔の話を聞いて共感したが、今のこいつらのステータスの偏りっぷりを見ると教育の仕方を間違えたんじゃないかと心のなかでツッコまずにはいられなかった。
――廃墟――
弓矢を使った修行にも慣れ、俺はもうほとんど矢に当たらなくなっていた。なんというか矢が遅くなったように感じる。これが集中できているという奴なのだろうか。
「よし、じゃあ次は避けるんじゃなく短剣で矢を弾きな」
「弾きなって簡単に言うけどさぁ、俺にできっかなぁ」
「大丈夫だ、あんたはいい目をしてる。だからあえて難易度を上げる。矢が見えたらただ弾くんじゃなく、矢尻の部分を横から短剣で払って軌道を変えな」
無茶苦茶言ってやがる。ただガードするんじゃなく軌道を変えるって難しくないか?。でもアンセットがそう言うなら…
俺は既に体に染み付いた構えを取る。集中しろ…。そしてアンセットが矢を放つ。集中…集中…。
…
……
何も聞こえない。あれ?矢を撃ったのか?まるで時間が止まったかのように…いや、ゆっくりと矢がこっちに近づいてくる。なんでこんなにゆっくり…。コレを弾けって?そんな面倒なことしなくてもこんなもの…俺は右手に持っている短剣ではなく左手を矢の棒の部分に伸ばし…
掴んだ。当然矢は止まる。アンセットが手加減したのか?本気でやってくれなきゃ修行にならないのに。なんてことを俺が考えていると
「あれ…」
俺はその場に崩れ落ちた。視界がぼやけ、視点が定まらない。地面に点々と垂れる赤い雫は…俺の鼻血…?
俺が状況を理解できずに座り込んでいるとアンセットが駆け寄って来た。
「おい!大丈夫か!」
「師匠…」
俺はかすれた声でアンセットを呼ぶ。が、そこで俺の意識は途絶えた。
「あれ?どこだここ…何してたんだっけ…」
俺が体を起こすと隣にアンセットが座っていた。
「馬鹿者」
寝起き一発目に罵倒された。何なんだ一体。俺は状況が理解できなかったが、気絶する前のことを思い出す。
「矢が止まって見えたか?」
「そう、そうなんだよ。音が聞こえなくなったと思ったら急に周りの景色が止まって…」
「やはりそうか…」
アンセットは良いとも悪いとも言えない顔をしていた。
「あんたが経験したようなことを私もなったことがある。集中が限界を超えた時に起こるものだ。要因は色々ある。緊張、不安、興奮…人それぞれだが、限界を超えられる人間は限られている」
「マジで?じゃあ俺って結構すごい…」
「馬鹿者!元々限界なんてのは超えちゃいけないためのストッパーなんだよ。だから限界を超えれば代償を払うことになる」
アンセットの話を聞いて納得だ。ようするに俺は体に負担をかけすぎてぶっ倒れたってわけだ。
「まぁ意識してコントロールできるもんでもないが、絶対に無理はするなよ」
アンセットは俺を叱りながらも心配してくれていたようだ。
「よっしゃ、じゃあ続きをしようぜ、師匠!」
「おいおい、大丈夫か?」
俺は立ち上がり再び広場へと移動する。アンセットもやれやれと言った様子だが立ち上がり付いてくる。そして俺達は日が暮れるまで修行に打ち込んだ。
――アルスター城――
「ただいまー」
俺はまるで自分の家かのように屋敷に入る。さて、メイドに部屋に案内され…あれ?いつもならすぐに誰か来るのにな。俺は不思議に思い、
「おーい、ナタリアー」
俺は使用人用の部屋を開け、声をかける。なにやら書き物をしているみたいだ
「どうかしましたか?」
「なぁ、いつもみたいにメイドが監視に付かないんだけど」
「それでしたら、だん…レオムント国王様の指示によりもう監視は必要はなくなりました」
俺は、「へぇ」、と相槌を打つ。だが、
「けどなんか逆に寂しいな」
俺はなんとなしに口に出した言葉だったが
「では私がご一緒しましょう」
「えっ?別にいいよ仕事中みたいだし…」
「旦那様が寂しがっているなら側に居るのもメイドの仕事です!」
「そ、そうか?」
俺は若干気圧されながらもナタリアと一緒に俺の部屋へ向かう。
「今日はあまり怪我をしてませんね」
ナタリアが俺の方をチラッと見ながら話しかける。
「あぁ、だいぶ慣れてきたからな!しかもスキル二つも覚えたんだぜ」
「流石、旦那様です」
「ほんとにそう思ってるぅ?気を使わなくていいんだぞ?」
ナタリアが淡々と賞賛の言葉を述べるので俺はナタリアの顔を覗き込んで聞いてみた。するとナタリアは困ったように目をそらす。
「目をそらすってことはお世辞だったのか、残念だわー」
俺はわざとらしくションボリしてみる。
「ちっ、違います!私は旦那様に嘘をついたりはしません!ただ、その…顔が近かったもので…」
ナタリアは困ったようにあたふたしている。
「ははっ!冗談だよ冗談!」
初めて見た時は無愛想だと思ってたが、こうして話してみないとわからないものだ。俺がそう思いながら歩いていると部屋に到着する。
「では失礼します」
ナタリアは頭を下げ、引き上げようとする。だが俺は気になることがあり声をかける。
「なぁ、もう監視がないってことは割と自由に屋敷の中歩いてもいいんだよな?」
「はい、入ってはいけない部屋は鍵がかかっているので開いている部屋ならご自由にどうぞ」
「じゃあ夜にナタリアの部屋に行ってもいいのか?ナタリアに頼みたいことがあってさ」
「えっ…」
それにたまにはナタリアとゆっくり話をしたいからな。と俺は考え、聞いてみる。
「こ、今夜ですか?あのっ、私にも色々と準備が…ですが旦那様がどうしても今日と言うなら…」
ナタリアは顔を赤らめしどろもどろになりながら話す。そうか、女の子の部屋にいきなりってのもマズいか、片付けとかもあるだろうしな。でも面倒だろうし…
「そのままで良いから大丈夫だよ」
「こ、この服のままですか!?ま、まぁ…旦那様がそちらの方が好きだと言うなら…分かりました」
ん?なんだか若干話が咬み合っていないような気もするけどオッケーしてくれたし良かった。俺はナタリアと約束を交わし、別れを告げたあと部屋に入る。さて、レアの相手でもするかな。