――街から少し離れた草原――
今回は素材を集めるクエストを受けた。クエストの内容が良かったというより、サリアがこのクエストに乗り気だったからだ。なぜなら…
「はあああああ!」
サリアが声を上げながら見るからに硬そうな岩のような敵を一刀両断する。このモンスターの素材集めが今回のクエスト内容だ。
「ハァハァ…やはり新しい剣は最高だな…この威力…ハァハァ…」
息が荒いのは体を動かしてるからだよな?まさか超火力で敵を屠ることに興奮してるんじゃないよな?サリアがそんな変態的嗜好の持ち主でないことを祈る。
だが、この敵は俺の手におえるような相手ではない。俺が短剣を突き立ててみたがまるで刃が立たなかった。見た目通り、防御力が非常に高いのだろう。メイルの火の魔法も相性が良くないようだ。
「ははははは!」
サリアが自信有り気にこのクエストを勧めてくるだけのことはある。あれだけ固い敵を一発で倒せるのは素直に凄い。攻撃を外した回数は途中から数えるのをやめたが。命中無視の超火力は反撃が遅い敵には最適だな。
「こうして見ると役割分担って大切だな」
俺は敵の討伐をサリアに任せ、メイルに話しかける。
「そうですよ、魔法が効きにくい敵がいれば物理が効きにくい敵もいる。もし、物理が効きにくい敵が現れた時は任せて下さいよ」
「物理が効かない敵って…?幽霊とかか?」
――ビクッ
ん?メイルの体が一瞬震えたような気がするのは気のせいだろうか?
「え、ええ…?あっ、そろそろサリアが敵を倒し尽くしそうですよ!」
なんだか強引に話を切られた気がするが、無理に続ける話でもないのでそこまでにしておいた。
――ギルド――
「おつかれさん」
俺は飯を食べていた手を止め、サリアに労いの言葉をかける。今回はほとんど頼りきってしまった。
「気にすることはない。誘ったのは私なのだからな」
サリアは得意気ではあるが嫌な雰囲気ではない。単純に、役に立てて嬉しい、といった様子だ。
「それにしても凄かったな、あの固い敵を一振りで倒しちゃってさ」
俺は正直な感想をサリアに伝える。
「あの感じだと何でも行けそうだな!幽霊とかでも切れちゃうんじゃねーの?」
俺は冗談混じりに言った。
「ははは、流石に実体がないと切れないだろう」
笑いながら話をする俺達だったが、様子がおかしいのが一人。メイルだ。俯いている、少し体が震えてないか…?だが気付いているのは俺だけみたいだ。
「そういえば幽霊と言えば、この街でも見たという噂が流れていたな。そう、たしかそこの通りの…」
「あーあー!聞こえない!聞こえないですよ!」
メイルが耳に手を当て、急に大声をあげだした。ははーん、さてはコイツ…
「お前、お化けが怖いのか」
「っ!!」
顔を真っ赤にしてこっちを見るメイル。おいおい、ちょっとからかっただけだって。
「そ、そんなことはないですよ!ただそんな現実的にありえない話はバカバカしいと思っただけですよ!」
メイルは必死に否定しているが、目が泳いでいる。だが俺はツッコまないでおく。
「お、おう。そうかそうか」
そして俺はチラッと時計を見る。時計の針は既に夜と言える時間を指し示している。
「じゃあ今日はそろそろ帰るか」
「そうですね」
レアにそう告げ、俺達は席を立つ。
「じゃあ二人も、また明日な」
「あぁ」
「また明日ですよ」
そして俺達はギルドの入り口で二人ずつに別れ…おや?サリアとメイルは一緒に帰らないのか。いつもなら途中まで二人で帰っていたと思うんだが、用事でもあるんだろうか?そんなことを考えていると、メイルがこちらに戻ってきた。困ったような顔をしている。
「ん?どうかしたのか?サリアと一緒には帰らないのか?」
「あの、その…」
何か言い忘れたことでもあったのだろうか?
「いつもなら途中まで一緒に帰っていたんですが…今日は買い出しをしてから帰ると言って…その…私が一人で帰ることになるんですよ…」
「おう、それは仕方ないな。まぁそういう日もあるだろ。じゃあ気をつけて…」
俺がメイルに別れを告げようとするとメイルに遮られた
「あの通りはその…危険というか…なんというか…もしお化けとか出たら困るというかですよ…」
なるほどな、「お化け」という単語でメイルの様子に納得がいった。夜道を一人でってのは物理的な意味ではもちろん、心理的な意味でも怖いもんな。俺はため息をつき、レアの方を見る。
「悪いレア、先帰っててくれ。俺はメイルを家まで送ってから帰るわ」
「またですか」と言いたげな顔をするレア。だが今回は俺は悪くない。
「では先に帰りますね。あまり遅くなるとエレナが心配しますよ」
そう言ってレアは城に向かって歩き始めた。その背中をしばらく見送り、
「じゃあ俺達も行くか、俺は道とかわからないから案内してくれ」
「はい、こっちですよ」
メイルは誰かと帰れて安心したようだ。正直俺が一緒に居ても物理的な危険からは守れる自信がないんだが。
「夜道が一人だと怖いって、今までどうしてたんだ?」
ふと湧いた疑問をメイルとぶつけてみる。
「今まではパーティを組むことがほとんどなかったので問題ありませんでしたよ。一緒にクエストに行ったり、パーティメンバーと話をしたりしなければ夜遅くまでギルドに居ることはないのですよ」
「何その悲しすぎる理由…」
帰宅部だし友達もいないから帰る時間が遅くなることはない。みたいな話に思わず俺が泣きそうになる。
「でもこれからは遅くなっちまうな、困るか?」
メイルは首を横に振る。
「たしかに夜道は怖いですよ。でもそれ以上に今はギルドへ行くのが…楽しいのですよ。一緒にクエストに出かけたり、ギルドで話をしたり…それは全て…」
「ワタルのおかげですよ」
こちらを向き、微笑むメイルを見て、その言葉が嘘ではないと思った。
「俺だってメイルに感謝してるんだぞ、まぁ魔法のブレブレっぷりには驚いたけどな!」
俺は冗談っぽくメイルに言う。
「なんですかもう!そこは素直に感謝しておけばいいのですよ!」
メイルも笑って応えてくれる。この様子だとお化けを怖がってたのはすっかり忘れてるみたいだな。
「あっ、着きましたよ。ここが私が住んでいる宿です。」
話しながら歩いていたらいつの間にか到着していたみたいだ。多少ボロが来ているようにも見えるが、住むだけなら十分だろうな、という感想を抱く。そして俺は
「そうか、何も出てこなくてよかったな。じゃあ俺は帰るわ」
そう言って俺は歩き出そうとする、が、何かに引っかかったかのように体が止められた。服を掴まれたようだ。
「ん?まだ何かあったか?」
「その…私…怖いのですよ…」
俯きながら小さな声で話すメイル。
「え?でももう着いたじゃないか」
「それはその…これから部屋で一人になるのが怖いのですよ…」
「えっ、いやでもそれは」
予想外の引き止めに困惑する俺だったが、メイルは手を放す様子はない。
「元はといえばワタルが幽霊の話なんてしたからなのですよ!だから責任を取って今日は一緒に居て下さいよ!」
たしかに幽霊の話をしたのは俺だが、なんで逆ギレされてんだ。でもこれは何を言っても納得しそうにないな…
「分かったよ、メイルが寝るまでは一緒にいるよ」
メイルの顔が明るくなる。そこまで怖いなんて、背が低いとは思ってたが中身も結構子供なのか?
「へぇ、結構綺麗にしてるんだな。魔法使いってもっと実験室みたいにごちゃごちゃしてるイメージだったわ」
「とてつもない偏見ですよ。こう見えても私は綺麗好きですよ」
メイルの部屋を見て第一印象を述べたが、怒られてしまった。
「どうする?もう寝るか?」
時計を見ると就寝していてもおかしくない時間だ。
「そうですね、でもその前に…そ、その…レ…」
小声でよく聞き取れなかった、俺はもう一度聞き返した。
「だからその…トイレへ行きたいのですよ…」
「行けばいいじゃないか」
なんで俺に宣言してから行くんだろう、魔法使いの間ではそうなのか?と疑問に思っていると
「トイレは共用なので廊下にあります。でも廊下は暗いのですよ、だからその…私一人では…」
「付いて来いってのか!?」
コクッと頷くメイル、そしてモジモジし始める。仕方ない、ここで漏らされても困る。
小さなランプが灯されただけの廊下を歩いていく。一歩進む度にギシギシッと音がなる。メイルがあんまり怖がるから俺までちょっと怖くなってきたじゃないか。そしてトイレに着き、メイルが中に入る。布のこすれるような音が聞こえる、恐らくスカートを下ろした音だろう…ってちょっと待てよボロい宿だとは思ったがドアが薄すぎねーか!?このままではヤバイ、俺は軽くドアをノックし、
「ちょ、ちょっと離れててもいいか?」
「えっ!?何かあった問題があったのですか?ダメですよ、そばにいてくださいよ!」
「問題っていうかその…聞こえるだろ」
「……?……っ!」
メイルは少し考えたあと、俺の言いたいことが分かったようだ。
「ワタルはとんだ変態ですよ!」
「ちょっ、なんでそうなるんだよ!?」
意味の分かったメイルが俺を罵倒する。理不尽だ。
「ではこうしますよ。近くに居て下さい、でも耳を塞いで下さいよ。私が声をかけるまで離しちゃダメですよ!絶対ですよ!」
「あ、あぁわかった」
名案だ、俺は扉に背を向け、言われた通り耳を塞いだ。
ドクンドクン…、耳を塞ぐと鼓動の音がよく聞こえる。いつもより明らかに鼓動が大きい。おい待てよ、これじゃ俺がまるで女の子がトイレをする音で興奮するド変態みたいじゃねーか。落ち着け…心を落ち着かせるんだ…。しかし、扉一枚向こうではメイルが下着を下ろして座っていると思うと頭が勝手にその様子をイメージしてしまう。ドクドクドクッ、そして鼓動はどんどん早く大きくなる。
それにしても遅くないか?俺は心配になり耳から手を離し、扉の方を向き…
「おい、メイル大丈夫…」
――ガチャッ
メイルが扉を開け、トイレから出てきた。よかった何事もなかったようだ。…が、これではまるで俺が扉に張り付いていたみたいじゃないか。
「私は耳を塞ぐよう言ったはずですよ?」
笑顔で俺に問いかけるメイルだが、目が笑っていない。
「いや、さっきまでは塞いでて、その…」
「問答無用ですよ!」
そう言ってメイルは手を俺に向け、その手には黄緑色の光が集まる。「へぇ、魔法って杖がなくても出せるんだな」、なんて冷静に分析していると、こちらに向かって何かが飛んできた…。そこから俺の意識は途切れた。
「ぅーん…」
どうやら俺は眠ってしまっていたようだ…と思ったがどうやら違う、額が痛い。間違いない、俺は気絶させられたんだ。
「あっ、起きましたか。心配しましたよ」
俺を見下ろしながら心配してくれるメイル。というかここはメイルの太ももの上か。
「メイルか…あれ?なんで俺こんなところで横になってるんだっけ…」
冴えない頭では状況整理が追いつかなかったが、徐々に意識がハッキリしてくると…
「ってお前!?俺のこと魔法でぶっ飛ばしたよな!?」
「いや~、まぁつい弾みで…」
おや?てっきり誤解されたまま怒られると思ったがメイルは申し訳無さそうな様子だ。俺は疑問に思い、
「あれ?怒ってないのか?」
「実は…」
メイルの話では、たまたま見回りをしていた宿屋の店主が俺の動向を見ていて、メイルに説明してくれたらしい。偶然に救われてよかった、俺だけでは誤解を解くのは難しかっただろう。
「最初は憲兵に突き出そうかと思いましたが、私の早とちりでしたよ」
危ねえ、下手したら次目覚めるのは牢屋の中だったのかよ。店主さんマジ感謝。
そして時計を見る。俺は30分ほど気絶していたようだ。だいぶ遅い時間になってしまった、メイルは眠たそうだ。俺も眠くなってきた。
「眠いだろ?ほら、ベッドに横になれよ」
俺はうつらうつらするメイルに声をかけ、ベッドまで誘導する。そして横になったメイルは俺の方を見て、虚ろにつぶやく
「そばに居てくださいよ…?」
「わかってるって、メイルが寝るまではここにいるよ」
そう言って俺はベッドに腰掛ける。するとメイルは俺の手を握る。
「おいおい、そんなことしなくても逃げないって」
俺はそう言ったが放す気配はない、だが俺も嫌な気分ではないのでそのままにしておく。
「俺の居たところではな、寝れない時は羊の数を数えるんだぞ。羊が一匹、羊が二匹ってな」
今まで自分でも試したことのないようなことをメイルに伝えてみる。
「羊が一匹…」
メイルがぼそぼそと数え始める。これって効果あるんだろうか?疑問に思ったが、淡々と羊を数えるメイルの小さな声に耳を澄ましていると俺まで瞼が重くなり…
――チュンチュン
「んっ…朝か…」
俺はカーテンから差し込む光に目を細めながら体を起こす。
「どこだここ…」
見覚えのない部屋に疑問を覚える。屋敷でもサリアの部屋でもない、ここは…。そんなことを考えていると
――コンコン
ドアをノックする音が聞こえる。朝食でも持ってきてくれたのだろうか。俺が「どうぞ」と声をかけるとドアが開き…
「おはようメイル、昨日は一緒に帰れなくてすまない。これから一緒にギルドにでも…」
話しながら部屋に入ってきたサリアは言葉を失っていた。当然だ、俺がメイルのベッドに居たのだから。しかもメイルと手をつなぎながら。
「ワタル…ずっとそばに居て下さい…」
おいおい、このタイミングでなんて寝言を言うんだ。サリアに誤解されるだろうが。
「す、すまない。邪魔をしてしまったようだな…」
そう言ってドアを閉めるサリア。おい待てよ、帰るんじゃない。
「誤解だあああああああ!!」
「うん、やっぱりサリアのご飯はうまいな!」
メイルの朝食を作りに来たと言うサリアに頼んで、俺の分も作ってもらった。メイルを起こしに来て、ご飯を作るのはいつものことらしい。だがサリアはどこか申し訳無さそうだ。
「その…いいのか?二人のお邪魔じゃないだろうか…?」
「だからそれは誤解なんだよー、ほらメイルからも説明しろよ」
そう言って俺はぼさぼさ頭のメイルに声をかけるが、完全に寝ぼけ眼だ。無意識で朝食を食べているみたいだ。
「だがそんなことがあったとはな、お化けが怖いなんてかわいいところもあるじゃないか」
俺はサリアに昨晩のことを説明した(トイレでのことは省いて)。あとはメイルにも確認を取れば問題ないだろう。そして俺達は朝食を食べ終わる。
するとメイルがいそいそと服を着替え始めた。俺の居る前でだ。
「お、おい!魔法使いってのは人目を気にせず着替えをするもんなのか!?」
俺は慌ててメイルを止める。少しメイルが俺の方を向いたまま固まり、そして…
「な、な…何をしているんです!?着替え中ですよ!」
おいおい、俺が着替え中に侵入してきたみたいな言い方をするんじゃない。
「とにかく出て行って下さいよ!」
昨日、「そばに居てくださいよ」と言ってた奴のセリフとは思えねーな。そう思いながら俺は部屋の外に出る。女の子の着替えって時間かかるからなぁなんてことを考えながらボーッと待っていると、二人が部屋から出てきた。メイルは顔を伏せている、そして顔が赤い。キレたり俯いたり忙しい奴だな、と俺が思っていると
「昨日のことはその…内緒にして下さいよ」
「昨日のことって言うとトイレか?それとも添い寝…」
俺は口をふさがれた
「全部ですよ!」
顔を真っ赤にしながら俺に忠告するメイル。そんなに恥ずかしいなら頼まなければいいのに。
サリアは首を傾げていたが、メイルに何もなかったことを説明してもらって、安心したようだ。こうして普段通りにサリアと話すメイルを見ていると昨日のことが夢みたいだ…。だが宿から出る途中、見覚えのあるトイレの前を通り過ぎた時に、思わず俺とメイルは目を合わせ、顔を赤くしてから目をそらしてしまった。