幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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【挿絵表示】


30万字を記念して表紙を描かせて頂きました。

※本編とは全く関連はありません。


妖光の宝石を護る意思【表紙】【挿絵】

 薄暗い荒れた道を数人の影が通り過ぎて行く。息を切らしながら足早に走り、何かを抱えるように走るその手には小さな物が妖しく光る。口元を僅かに歪めながら走っているのはそれに幾許かの価値があると確信しているからだろう。男達の頭には自分の利益の事しかなく、遠くから聞こえる小さな音を気に留める事は無かった。

 

 

 俺はいつも通り、ギルドでのクエストを終えて仲間と別れた後、分配した報酬を懐に携えて街道を歩いていた。今回は偶然、近場に二つのクエストがあったので両方遂行したためいつもより多目の報酬を貰う事が出来た。

 

 「金も結構あるし、何か食い物でも買って帰るかな」

 

 独り言を呟き、街道の露店を適当に眺めながら歩いていた俺の目に一つの店が目に留まった。目に留めて自分でも意外だった。それは普段なら絶対に興味を持たないであろう物だったからだ。

 

 自然と店の前まで足を運び、無造作に置かれたそれを手に取る。指先で摘める程の大きさのそれを俺は太陽に掲げ、覗き込む。妖しく光を放つのは…

 

 「どうした、兄ちゃん。それが気になるのか?」

 

 声を掛けられてハッとした。店主の事などまるで気にせず見入ってしまっていた。

 

 「あ、ああ。ちょっと気になってさ」

 

 「中々見る目があるな。それはつい昨日に買い取ったばかりの珍しい宝石だぜ」

 

 「宝石…」

 

 再び視線を戻す。魔法石でもない物を男の俺が買ってもどうしようもないと思ったが、未だに手に取ったままの宝石を放す気になれなかった。

 

 「これ、いくらだ?」

 

 「おっ、彼女にでもプレゼントするのか?値段ならそこに書いてあるだろ」

 

 指差された先には値札が立て掛けられていた。正直、高い。今回の報酬の全てでギリギリ買える値段だ。けど買えることには買える。偶然見つけた物が偶然持っていた金で買える。これも縁か?

 

 「…買うよ」

 

 懐に提げていた報酬の袋を店主の前に置く。笑顔で金を受け取り、硬貨を数える店主を見ていると「もしかしてボッタクられたか?」と邪推してしまう俺だった。

 

 

 「…と…ちょっと」

 

 「へ?」

 

 屋敷の自分の部屋に戻った俺はぼんやりと宝石を眺めていて、レアに話し掛けられていた事に気が付かず、間の抜けた返事をしてしまった。

 

 「さっきから呼んでいるんですが」

 

 「悪い悪い、どうかしたか?」

 

 「その手に持っている物をずっと眺めていますが何ですかそれは?」

 

 「あぁこれか?今日、露店で買って来たんだよ」

 

 「あなたがですか?何のために?」

 

 つい正直に答えてしまったがよく考えたら男が大枚はたいて自分のために宝石を買って来たっていうのはおかしな話だ。思考の末、口を開く。

 

 「えっと…そ、そう、プレゼント用に買って来たんだよ」

 

 「へえ…誰にですか?」

 

 俺の受け答えが不自然だったからだろうか。レアが目を細めて尋ねる。

 

 「誰にって…」

 

 そこまで考えて無かった…誰が良い?目の前で晒しておいてレアにってのは不自然過ぎる。宝石を身に付けるのが似合う人…?

 

 「エ、エレナにだよ」

 

 脳裏に浮かんだ相手の名前をそのまま口に出した。

 

 「…そうですか。それなら早く渡してくればいいじゃないですか」

 

 レアは俺に向けていた顔を逸し、不満そうに言った。

 

 「…?何か怒ってる?」

 

 「別に怒っていません」

 

 訳が分からない…今の会話でどこか気に触る部分があっただろうか?

 

 

 何となく部屋に居辛かった俺は「エレナに宝石を渡しに行く」という大義名分の元、部屋を出た。正直、この宝石を手放したくは無いが言ってしまった手前、俺が持っていたら疑問に思われるだろう。

 

 エレナの部屋は少し離れているので、夜も更けているという事もあり、足早に廊下を進んで行く。が、その必要も無かったようだ。廊下の途中で見慣れた金髪の少女を見つけた。

 

 「エレナ、どうしたんだ?こんなところで」

 

 「あら、ワタル。いえ、何となく外を眺めていただけです。ワタルはどうしてこのような時間に?」

 

 「えっと…、急に何で?って思うかもしれないんだけどさ…」

 

 「…?」

 

 不思議そうに俺を見つめるエレナに宝石を差し出す。

 

 「この宝石さ、偶然見つけて買って来たんだ。良かったら貰ってくれないか?」

 

 「私にですか?」

 

 そっと俺の手から宝石を受け取り、小さな手の上で宝石を眺める。

 

 「良いのですか?こんな高価そうな物を頂いてしまって」

 

 「ああ、勿論だよ。要らないなら別に返してくれても…」

 

 「そんな事はありません!大切にします」

 

 エレナは両手で宝石を包み、胸に当てる。静かに微笑む彼女を見て、宝石が惜しい、ではなく、喜んでもらえて良かったという気持ちになれた。

 

 「…?」

 

 俺は何か小さな物音を感じて窓の外を見た。しかし、当然、外には月明かりのみの暗い闇が広がるのみで、気のせいか、としか判断することは出来なかった。

 

 

 部屋に戻るとレアは変わらず機嫌が悪かったが、俺が「今度はレアにも何か美味しい物でも買って来るよ」と言うと少し良くなったように感じた。俺が金を宝石なんかに使ったから怒っていたのだろうか?

 

 

 翌日、朝に偶然エレナに会うと、彼女は昨日渡した宝石をブローチのようにして胸元に付けていた。早速、身に付けてくれている事は嬉しかったが、気を使わせてしまったか?とも思った。

 

 

 その日も今日の予定を決めるためにギルドに集まる。いつも通りならクエストに行く事になるだろう。そう、いつも通りなら。

 

 ギルドでテーブルに集まり、話をしていた俺達四人は受付嬢の人に声を掛けられ、ギルドマスターが呼んでいると伝えられた。断る理由も無いので直ぐに二階へと上がり、ギルドマスターの部屋の扉を開ける。

 

 「いらっしゃい。急な呼び出しでごめんね、時間とか大丈夫だった?」

 

 机越しに椅子に腰掛けながら話すフルストラ。

 

 「全然大丈夫だよ。何かクエスト行こうかって話してたところ」

 

 「それなら丁度良かった。折り入って頼みたい事があってね」

 

 フルストラは一枚の紙を取り出す。

 

 「実は昨日からギルドメンバーの数人がクエストに行って大怪我を負っているんだ」

 

 「クエストで?何かあったのか?」

 

 「詳細は分からなくてね。彼等は『突然何かが降って来た』と言うんだ。有り得るかな?それが何かも確認出来ず、避ける事も出来ないなんていう事が」

 

 「それじゃ何か?誰かに意図的に襲われたって言うのか?」

 

 「そう、それが知り合いんだ。だから君達に現場を見て来て欲しい。何も無ければそれでいいし、もし人為的な行為ならその排除までお願いしたい」

 

 フルストラは淡々と話しているがギルドメンバーを怪我として、ましてそれが誰かがわざとやった事だとすれば心中穏やかではないだろう。けれど俺の一存では決められない。

 

 「どうだ?」

 

 「ワタルが良いと言うなら私は構わない」

 

 「私もお任せしますよ」

 

 俺の意見はもう決まっていたが俺に任せてくれるようだ。なら

 

 「分かった。様子を見て来るよ。但し、危険があれば退くって事でもいいか?」

 

 「ありがとう。勿論、その辺りの判断は君達に任せるよ」

 

 

 俺達は準備を整え、その事故のあった場所に来ていた。そこは切り立った残丘の麓、開けた砂地のような場所に大小の石や岩などが点在している。確かに、もし巨大な壁のように切り立っている丘から岩でも落ちて来たら大事故になりそうだが、フルストラの言った通り、そんな事に気が付かないはずがない。

 

 「そっち何かあったか?」

 

 俺は適当に辺りを見て回っていたが変わった物も見つからず、散り散りになって調べている二人に声を掛けた。

 

 「特に変わりはないが…」

 

 「こっちもですよ」

 

 「だよなぁ…」

 

 溜息を付いて立ち上がる。

 

 「どう見たって何もないじゃないですか」

 

 中位の大きさの岩に腰掛けながら気の抜けた声で言うレア。何しに来てんだこいつは。けど、レアの言う通りだ。落ちている岩で遮られる場所はあるものの真っさらなこの場所をいくら調べても何も見つかりそうにない。

 

 「…ん?」

 

 と、言っているそばから何かを見つけた。丘の壁面を隠すように置かれた岩の間に、小さな石像のような物が置かれている。

 

 「何かありましたか?」

 

 俺が体を屈め、石像を覗いているとレアも見に来る。片方の目の無い石像。

 

 「何で片方だけ目が無いんだ…?」

 

 「自然に欠けたという風ではありませんね。罰辺りな事をする人もいたものです」

 

 「ほんとにな。けどまぁこれは関係ないか」

 

 俺は立ち上がると、未だに辺りを調べてくれている二人に声を掛ける。

 

 「おーい、そろそろ休憩にしよう!」

 

 屈んで作業をしていたサリアが立ち上がる。向こうから返事が返って来たのを聞いて、まだ石像を見ているレアに視線を戻し…

 

 視界の端に異物が映った。壁面と同じ色をしたそれは一目しただけで落石だと理解出来た。にも関わらず自分の目を疑ったのはあれ程の塊が二人の頭上に迫るまでその存在に気が付けなかったからだ。

 

 俺は手を前に出したが絶対に間に合わないと察した。レアの魔法も同じだろう。数瞬の後、轟音と共に辺りは砂埃に覆われた。

 

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 未だに砂埃を巻き上げる落下場所に駆け寄り、安否を問う。悪寒が走る。返事が返って来ないからだ。視界を遮る砂埃が邪魔だ…

 

 「邪魔だよ!」

 

 俺が風を纏うと視界が晴れる。目の前には大きな岩の塊が…二つ?

 

 「やれやれ…念の為に剣を持っていて正解だったようだな」

 

 「サリア…」

 

 どうやらこの岩は落下の衝撃で二つに割れたわけでは無く、サリアが両断した結果こうなったようだ。

 

 「無事で良かった…」

 

 「だが危なかった。ワタルに呼ばれて立ち上がっていなかったら間に合わなかったかもしれない」

 

 思ったより冷静なサリアとは対象的にメイルはあわあわと腰を抜かして座り込んでいる。

 

 「一体何が起きたんだ…?」

 

 俺は日光を手で遮るようにして頭上を見上げたが壁面におかしな所は見当たらない。そもそも二人が作業していたこの場所は壁面から少し離れている。岩が飛び出してきたとでも言うのか?

 

 「何にせよこれでハッキリしたな。この事故は偶然ではない」

 

 そう言ってサリアは周囲を見回したが当然、人影は無い。結局、俺達はその危険な場所を離れることにして、探索を終えた。

 

 

 街に戻った俺達はギルドへ行き、フルストラに顛末を報告した。と言っても今の段階ではあの場所が危険だということしか分かっていない。何故ギルドメンバーや俺達を襲うのか?誰がしていることなのか?具体的な事は何も分からず終いだった。それでもフルストラは感謝し、以後、あの場所のクエストは禁止すると言っていた。

 

 今日はこの調査だけでクエストを終え、俺は屋敷に戻り、いつも通り過ごした。ベッドに横になって考えるのは今日の事。サリアが咄嗟に動いてくれなければ二人とも大怪我を負ったはずだ。そう考えると沸々と怒りが湧いてきたが、瞳を閉じていると自然と意識は薄れていった。

 

 

 深夜。俺は薄っすらと目が覚めた。真っ暗な視界に、まだ起きるには早い時間だと判断し、仰向けの状態から寝返りをうつ。…?首を横に傾けたが体が付いてこない。何だ?体が動かない…?

 

 重たい瞼を開き、人のような姿を視界に捉えた瞬間、俺は起き上がろうとしたがやはり体を動かすことは出来なかった。

 

 

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 「なん…だ…?お前…」

 

 一人の少女が俺の体に馬乗りになり、顔を見下ろす。一見すると敵意は感じられないが保証はどこにもない。

 

 「…して」

 

 「え…?」

 

 小さく呟いた声を聞き取ることは出来なかった。

 

 「…返して」

 

 返して…?一体何をだ…?そもそもこの子は誰なんだ。

 

 黙っていると彼女は俺の首に手を伸ばし、掴む手に力を込めた。

 

 「ぐっ…」

 

 「返して、私の大切な…」

 

 俺は、突然辺りを覆った光に目を細めた。俺達の声にレアが気が付き、明かりを灯したようだ。

 

 「何ですかあなたは?今すぐ離れて下さい」

 

 「…邪魔しないで」

 

 「話が通じないようですね」

 

 レアが杖を構えると少女は目を細める。そして、俺の体にそっと手を触れ…

 

 「えっ」

 

 俺は宙に居た。天井に吊るされた明かりに触れそうになる高さだ。あの子に投げられたのか?全然気が付かなかった。このままじゃレアとぶつかる…

 

 「ぐふっ!」

 

 俺は床へ思い切り体を強打した。レアが身を翻して俺を避けたからだ。体中が痛い。

 

 「ちょっ、お前、避け…」

 

 「逃げられてしまいましたか…」

 

 俺は痛みに悶えながらも部屋の中を見回すと少女の姿は無かった。

 

 「大丈夫ですか、立てますか?」

 

 「ちょっとしばらく無理かも…」

 

 「じゃあそこで寝たらどうですか?」

 

 この野郎…自分だけ助かりやがって…。と、悪態をつくことも今は出来なかった。

 

 

 「それで?あの子は何なんですか?」

 

 「分からない。俺も初めて会ったんだ」

 

 「本当ですか?ずいぶんと執着されていたようですが」

 

 「あの子…『返して』って言ってた。何の事だ…?大切な…」

 

 ”大切”という言葉を口に出してハッとした。つい最近、同じ言葉を聞いた。そう、あれはエレナが俺から宝石を受け取った時だ。…宝石?

 

 「…レア」

 

 「はい?」

 

 「あの石像の片目ってどれくらいの大きさだった?」

 

 「石像というと今日見た残丘のですか?そうですね…これくらいでしょうか」

 

 レアが開いた指の間隔を見て納得がいった。俺があの宝石を持った時とほぼ同じ大きさだったからだ。

 

 「まだ確信はないけどあの子は宝石を取り返しに来たのかもしれない」

 

 「…なるほど、有り得ますね」

 

 「あいつが宝石に関わった人を襲ってるならエレナが危ない。今日だけでいい。結界を張ってもらえないか?」

 

 「結界は結構疲れるんですが…仕方ありませんね」

 

 レアは渋々頼みを聞いてくれた。あいつが本当に宝石を取り返しに来ているなら取り返すまでいつまでも俺達の元へ来るはずだそれを止めるには…

 

 

 「この前、買った宝石?」

 

 翌日、俺は宝石を買った露店を訪ねていた。

 

 「ああ、あれって買い取ったって言ってたよな。誰から買ったんだ?どこで手に入れたって言ってた?」

 

 「どうだったか…名前は聞いちゃいねえが男三人組だったな。武器を提げてたみたいだからギルドの奴等じゃねえか?どこで手に入れたかまでは分からねえが…」

 

 間違いない。怪我を負ったギルドメンバー達だ。状況から察するに一回目で宝石を盗んだ後、もう一回、他に何かないか探しに行った時にあの子に襲われたのか。

 

 これで後はあの子に宝石を返せば良いはずだ。だがその前に問題がある。それは…

 

 

 屋敷に戻った俺は迷い無く廊下を歩いて行く。一つの扉の前で立ち止まり、ノックをし、返事を受けて部屋の中へ入る。そして、金色の髪を揺らす少女の前に俺は立つ。

 

 「…ワタル?」

 

 「エレナ…」

 

 俺は体を屈め、手と足と額を地面に付ける。

 

 「悪い!この前あげた宝石を返してくれないか!」

 

 当たり前だがエレナは困った顔だ。俺の言ってることが分からないんじゃなく俺の行動が唐突過ぎるからだろう。

 

 「これを…ですか?」

 

 胸に付けた宝石を触りながら尋ねる。

 

 「…ああ、それは他の人の大切な物だったんだ」

 

 「そういうことでしたら、勿論お返し…します」

 

 エレナは微笑むと宝石を外す。だが何も感じていないはずがない。あんなに喜んでくれていたのだから。

 

 俺は宝石を受け取り。あることを決めた。

 

 「…こんなことでお詫びになるとは思わないけど、代わりに俺に出来ることがあれば何でもする。いつでも言ってくれ」

 

 「そんな…私は別に…」

 

 「俺の気持ちの問題なんだ。今じゃなくてもいい。考えておいてくれ」

 

 俺が真っ直ぐに目を見て言うと、エレナは静かに頷いた。

 

 

 その日の晩、俺はわざと目につくように宝石を枕元に置き、横になる。念のためにエレナの部屋にのみ結界をする。そうすればあいつは俺の所に来るしかないはずだ。

 

 深夜。床に就き、息を潜めて待つ。このまま瞳を閉じていたら眠ってしまいそうだと思い始めた頃、気配を感じる。眠っていたら気が付かない程の微かな気配だ。それはゆっくりと俺の元へ近付き、枕元の宝石へと手を伸ばす。

 

 「…何?」

 

 その手を掴んだ俺を彼女は睨め付ける。

 

 「その宝石を持って行くなとは言わない。けどこれ以上その宝石に関わった人を襲わないと約束してくれ」

 

 「うるさい…放して…これは私の物…わたしのわたしのわたしの…」

 

 「!?」

 

 視界から天井が消えた。代わりに目に映るのは淡い光を放つ……月?ここは…外!?

 

 月が僅かに遠ざかった後、俺は地面に背中から打ち付けられる。手に触れる芝生の感触。やはりここは屋敷の庭だ。いつの間に…。

 

 体を起こすと、少女も外へ移動していた。宝石を手に取り、目を細めながら舐め回すように宝石を眺める。

 

 「宝石は返した。それで満足か?」

 

 少女は視線を宝石から俺に向ける。目が合った瞬間、俺はその場から飛び退く。

 

 俺の居た場所は頭上から現れた岩の塊によって埋没した。あの時と同じだ。この岩は降って来たわけじゃない。突然、頭上に現れたんだ。

 

 「どうして攻撃する!?宝石なら返しただろ!」

 

 「貴方が生きているとまた奪いに来るかもしれない」

 

 「そんなことはしない、約束する!」

 

 「私の大切な物は奪わせない…絶対に…誰にも…だから…死んでよ!」

 

 取り付く島もない。仕方ない、しばらく攻撃をやり過ごし…

 

 周囲が闇に覆われる。…?空を見上げる。月明かりが遮られたからだ。それはもはや岩と呼ぶには大き過ぎた。巨大な隕石と言って差し支えないそれは重力に従って真っ直ぐにこちらに向かって来る。

 

 「はぁ…はぁ…。これで終わり…」

 

 少女は息を切らしながらその場に座り込む。全ての力を使い、この岩を落としたようだ。

 

 …避ける?全力で走ればギリギリ間に合うか?そんな考えが一瞬、頭を過ぎったが直ぐに気が付く。俺が避けたところでこの巨大な岩は落ちてくる。そして何の慈悲もなくこの屋敷を押し潰すだろう。レアが…皆が居るこの屋敷を…?駄目に決まってる。誰かが止めないと。誰か…?違うだろ、俺が止めるんだ。

 

 不思議だ。こんな状況なのに皆を守れると確信出来る。

 

 ゆっくりと息を吸い、手を重ね、空へと掲げる。そして脳裏に浮かぶ言葉を紡ぐ。

 

 「『風精霊魔法ウェントゥス・ディレイス』」

 

 「『精霊騎士の盾フェイドルディア』」

 

 薄緑の光と共に岩よりも巨大な盾が頭上を覆った。当然、両者は打つかり、辺りに轟音と衝撃を撒き散らした。

 

 辺りに岩の破片が降り注いでも盾はそこに在り続ける。岩に砕かれる程の生半可な強度ではないらしい。自分の精霊魔法ながら頼もしい。

 

 「嘘…あれを防ぐなんて…」

 

 少女は砕け散った岩の破片を見つめる。

 

 俺は崩れるように両膝を地面につく。大きさも強度も加減せず、持てる魔力を全て盾に注ぎ込んだ。今すぐにでも意識が途切れそうだ。

 

 だが、意思とは関係なく体が動いた。呆然と座り込む彼女に大きな岩の欠片が降り注いだからだ。少女の間に合いそうだが庇ってどうする?二人まとめて潰されるだけだ。…盾だ。出ろ…もう一度…精霊騎士の盾…

 

 尽きた魔力で精霊魔法が使えるわけが無かった。虚空に伸ばした手はまるで、神に救いを求める姿のようだった。

 

 目の前で何かが砕ける音がした。俺の視界を覆う半透明の壁。これは…

 

 「何を…やってるんですか…」

 

 息を切らしながらこちらに杖を向けるレア。

 

 「宝石を渡せば済むんじゃなかったんですか?」

 

 「あ、いや、それが…」

 

 俺が庇った少女に目をやると彼女は気を失っていた。精神的ショックのせいだろうか。それとも魔力が切れ…た…。

 

 「あれ…」

 

 そうだった…俺もとっくに…限界……

 

 

 目を覚ましたのは既に日の昇った頃だった。気怠い体を起こすと既にレアが起きていた。

 

 「ようやく起きましたか。もう昼近くですよ」

 

 「そんなに気を失ってたのか…」

 

 未だに目の冴えない俺は額に手を当てる。

 

 「…そうだ、あの子は!?」

 

 「彼女ならそこに居ますよ」

 

 指差した先には、椅子をくっ付けただけの簡易的なベッドの上に少女が横になっていた。

 

 「二人とも夜中に暴れ過ぎですよ。屋敷の人に説明するのが大変だったんですからね」

 

 「そりゃそうだよな…皆、怒ってたか?」

 

 「彼女の話を聞いてから改めて説明すると言って一旦、話は終わりになりました。不審には思っているでしょうね」

 

 「んっ…」

 

 目を覚ました少女がゆっくりと体を起こし、部屋を見回す。ゆっくりと一周した辺りで俺と目が合い、慌てて自分の持っている宝石を確認する。

 

 「どうして…」

 

 「…?何がだ?」

 

 「分からないことだらけ…どうして私を助けたの?どうして私を捕まえないの?どうして宝石を奪わないの?」

 

 「おいおい、そんなに一気に聞かれても困る。落ち着けって」

 

 身を乗り出し、昂ぶっている少女を制する。

 

 「お前を助けたのは…何でかな、勝手に体が動いてた。宝石は奪うわけないだろ、何のために返したんだよ?そしてお前を捕まえないのは…」

 

 俺は立ち上がって少女に近付く、手を伸ばすと小さく震え、瞳を閉じた。

 

 「悪いのがお前じゃなくて勝手に人の大切な物を盗んだ奴等だからだ。納得いったか?」

 

 頭を撫でた俺を少女は見上げる。

 

 「怒ってない…の?」

 

 「俺はな。でも…」

 

 ふと窓の外に目をやると庭には無数の岩が飛び散っていた。

 

 「これを片付けなきゃいけない使用人達には謝った方がいいかもな…」

 

 苦笑いしながら言うと少女は申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

 

 それから、間接的に迷惑を掛けた屋敷の人達に彼女は頭を下げ、俺が擁護をしたことで一応、その場は落ち着いた。

 

 「そういや名前は?」

 

 飛び散った欠片を一緒に片付けながら少女に尋ねる。

 

 「私の?…シェロ」

 

 「シェロか。聞きたいことがあったんだけどさ」

 

 「…?」

 

 「見た感じシェロは人間じゃないよな?亜人種か?」

 

 「私を何と呼ぶかは分からない。けど”ノッカー”と呼ぶ人間はいた」

 

 「ノッカー?」

 

 「元々は鉱山だったあの残丘に棲んでいた私を人間はそう呼んだ。鉱山を守る者だと…私はこの宝石を守っていただけだけど」

 

 シェロは宝石を取り出し、俺へと見せる。

 

 「そう思うのも無理ないだろうな。特別な力があるわけだし…」

 

 口に出しながら新たな疑問が浮かぶ。

 

 「そういや俺と戦った時に岩を降らしてただろ?あれってシェロの力なのか?」

 

 「そうだよ。でも別に岩を降らせる力じゃない。見てて」

 

 シェロが近くにあった岩の欠片に触れる。

 

 「向こうを見てて」

 

 指差した方を見ていると、何もない空中に岩が現れた。視線をシェロの方に戻すと彼女が触れていた岩が無くなっている。

 

 「過去に触れた物を一度だけ位置を変えられる。大きい物だと魔力が沢山必要」

 

 「へぇ、なるほどな。凄い便利だ……ん?」

 

 「どうかしたの?」

 

 「じゃあシェロがここにある岩を触って全部関係ないところに移動させちゃえばいいんじゃないか?」

 

 「…!確かに」

 

 いや、気付けよ。何でわざわざ重い岩を手作業で片付けてるんだ。と言いそうになった。

 

 気が付いてからは後始末はすんなりと片付いた。だが、それで後はさようなら。というわけにはいかなかった。

 

 「アイヴィス様に危害を加えようとしたそいつを野放しには出来ない」

 

 クライスが納得しなかったからだ。アイヴィスが居る屋敷ごと潰そうとしたのだから当然の主張だが。

 

 「大丈夫だって。ちゃんと片付けもしてただろ?反省してるんだって」

 

 「甘過ぎる。その力を持っている限り脅威であることに変わりはない」

 

 俺が言葉を尽くしてもクライスが折れるわけがない。再び危害を加えない保証がないからだ。俺が頭を悩ませていると

 

 「…私がこの力を使えなければ良い?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 「うん。ワタル、この宝石を触って」

 

 「え?あ、ああ…」

 

 言われるがままシェロの手に置かれた宝石に手を触れる。

 

 シェロが何かを唱えると宝石が微かに光り手を覆う。危険を感じるわけではないので俺はそのまま様子を見守り、しばらくして光が収まる。

 

 「さっき言った力。あなたに渡した」

 

 「え!?そんなこと出来るのかよ」

 

 「やって見れば分かるよ」

 

 「急に言われてもな…」

 

 「大丈夫、最初は距離感に戸惑うかもしれないけどすぐ慣れる。私の体でやってみて」

 

 シェロが俺の手を取り、自分の体に触れさせる。正直、半信半疑だが試してみることにする。どこに移動させるかな…目標物がないと距離感が分かりにくいな…

 

 どこに移動させようか考えながら周囲を見回してみるが周りには何もない。自然とクライスと目が合った。

 

 「あっ」

 

 まずい、と思う前にシェロの体は俺の手を放れた。見事に力が使えたのは良いが突然目の前に現れたシェロをクライスは避けることが出来ず派手に打つかった。

 

 「ぐっ…何をしている貴様!」

 

 「悪い、わざとじゃないんだよ。自然と目に留まっちゃって」

 

 「お前も早く私の上から退け」

 

 シェロがクライスの上でゆっくりと体を起こす。

 

 「これで信じてくれた?」

 

 「ふん…そういうことにしておいてやる」

 

 シェロは微笑むとクライスの上から体を退ける。

 

 「全く…貴様がその力を持っていると余計に危なそうだな。使うなら少しは練習してからにしろ」

 

 まったくもってその通りだ。便利な力であることに間違いないが下手をすると誰かを押し潰しかねない。

 

 「ワタルなら大丈夫だよ」

 

 「どこから来るんだその自信は…」

 

 

 

 「ふぃー疲れたー」

 

 俺はシェロを街の外まで見送った後、自分の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。

 

 「さっき廊下でどたばたやっていたようですが何かしてたんですか?」

 

 「あぁ、ちょっとシェロに貰った力を試してたんだけど上手くいかなくてな」

 

 「へえ、どんな力ですか?」

 

 「触れた物の位置を移動させる力だって言ってた。今はまだ不安定で、ここじゃ試せないな」

 

 「中々便利そうですね。あなたに使いこなせるといいですが」

 

 どこか言い方に含みを感じる。

 

 「それにしても意外だったよ」

 

 「何がですか?」

 

 「レアがシェロを突き出さずに皆を説得したことがだよ」

 

 「あなたが必死に守ろうとしたからですよ。そうじゃなかったら私が庇うはずがありません」

 

 レアは素っ気なく答える。

 

 「そんなこと言うようになってる時点でちょっとは丸くなったんじゃないか?」

 

 「あなたと居るとどうもお人好しが伝染るようです。困ったものですね」

 

 やれやれと肩を竦めながらレアは言ったが、言葉に棘は感じない。むしろそうなることを望んでいるようにも見え、それが俺には嬉しかった。


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