幸福と不幸は女神様次第!?   作:ほるほるん

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偶像を迷信する子羊【挿絵】

 「なぁ、女神様」

 

 「どうかしましたか?というか何ですかその呼び方」

 

 俺が頭に浮かんだことをレアに話しかけるのは珍しくはないがあえて名前で呼ばなかったことに気が付いたようだ。

 

 「レアは、一応、女神やってるみたいだけどなんとか教みたいなのってあるのか?」

 

 「一応とは何ですか…。ありませんよ。そもそも人間が崇めている神なんて実際には存在しませんから」

 

 「冷てえなぁ…女神の言うことかよそれ…」

 

 「事実なので仕方がないです。それになんでもかんでも神に求める人間はあまり好きではありません」

 

 俺も今まで生きてきて神様に祈ったことは何度もある。元の世界では報われ無さ過ぎて途中から神に頼ることすら諦めたけどな。

 

 「あなたに言われて思い出しましたが」

 

 いつもならここで会話が終わっていただろうが、レアの方から続けてくる。

 

 「名前は忘れましたが、街で何かの宗教団体らしき人達が募集をしていましたね」

 

 「へえ、気が付かなかったな。今度、外行った時に見てみるかな」

 

 「とても胡散臭かったですよ。あなたが見たいというなら自由ですが」

 

 そう言われると逆に気になる。

 

 「まぁそう言ってやるなよ。みんなレアみたいに強いわけじゃないんだ。何かを信じないと生きていけない人だっているだろうよ」

 

 「…あなたはどうなんですか?」

 

 「俺は…否定するわけじゃないけど信じてないな。ていうかお前を見てたら崇める気にはならないな」

 

 「失礼なことを言うと天罰が下りますよ」

 

 たまには女神っぽいところ見せてくれないとな、的なことを言ってからかおうかと思ったが天罰(物理)が飛んできそうだったのでやめておいた。

 

 

 

 しばらくして外を出歩いていた俺はレアとの話のことなどすっかりと忘れていたが街で黒い衣装に身を包んた人達を見て、すぐに思い出した。この人達のことか、と。

 

 掲げられた看板には”命神教”と書かれている。怪しいと言っては失礼だが端から見ても胡散臭いと思ってしまった。

 

 それでも立ち止まって話を聞く人達も見受けられた。この世界では教えを説くというのは珍しいことのようで興味を示しているようだ。

 

 信者が声高に言うには、全ての人間は平等だの幸せになる権利があるだの聞き飽きたような言葉ばかりだったが、「教団本部で詳しい話をした後、実際に幸せというものを体感することができる」というのは気になった。

 

 俺以外にもそう思った者もいたらしい、何人か信者に付いてどこかへ案内されていた。そこまでするほど暇ではなかったので俺はその場を後にした。

 

 

 「その話は私も聞いたことがある」

 

 「私も小耳に挟んだ程度ですがありますよ」

 

 ギルドで世間話の延長として宗教団体の話を持ち出してみると、サリアとメイルも知っていた。街の往来で堂々としているのだから当然といえば当然だが。

 

 「二人は興味あったりするのか?」

 

 「私はあまり興味がないな。信じるのは自分の剣のみだ」

 

 「私もああいうものには興味がないですよ」

 

 すぐに答えが返ってくるあたり、本当に興味がないのだろう。

 

 「けど、『幸せを体感する』というのは気になりますよ」

 

 「そうそう、俺もそれは気になるんだよなぁ。何か美味しいものでもくれるのかもな」

 

 「もしそうだったらちょっと貰ってきて下さいよ」

 

 冗談で言ったらレアが食い付いた。自分で行けよ。

 

 「まぁ行ってみるのはタダだし、覗いて来てもいいかもな」

 

 「大丈夫だとは思うが気を付けてくれよ」

 

 「そうですよ。変な事に目覚めたら困りますよ」

 

 「その時は私が無理やりにでも正気に戻すので安心して下さい」

 

 今まで支配とか解いてくれてるレアのことは信頼しているがやめて欲しい、頭を杖で殴られるとマジで痛いからな。

 

 

 ギルドを後にした俺は自然と街道に足を運んでいた。仲間と話題にしたということもあり、気になっていたからだ。

 

 信者達は相も変わらず路上で募集をしていたが、その姿を見て違和感を覚えた。それはすぐには言葉にすることができない程の小さな違和感だったが、しばらく眺めていて氷解した。

 

 全員が一言一句違いなく同じ言葉を発していること?寸分違わず同じ場所で同じ姿勢でいること?観察するほどにおかしいところに気が付いたが一番は目だ。

 

 フードを深く被っているので分かりにくいがその目は視点が合っておらずどこか虚ろで、瞬きをしていない。それでいて愚直に勧誘を繰り返す姿に、俺の頭に浮かんだ言葉は”洗脳”だ。

 

 怪しいとは思っていたがあいつらは間違いなく何かをしている。それがもし悪ならば止めるべきだ。けどどうする…?あんな正気か分からない人間に話を聞いても無駄だろうし、どの段階で何をされるかもわからないのに勧誘に付いて行くのは危険過ぎる。

 

 結局、俺が出した結論は「誰かが勧誘された後を尾行する」だった。囮に使うみたいで気が引けたが許して欲しい。

 

 俺は街道の露天を見ているフリをしながら信者達を目の端で追っていた。しばらくして演説を聞いていた一人の男が信者の一人に声を掛け、少し話してからどこかに付いて行く。その後を俺は距離を置いて歩き出した。

 

 信者と男はどんどん人気の無い方へ進んで行く。尾行の仕方は習っていないが、気配の消し方は師匠から教えてもらったのでそれだけは意識して行う。幸い、木々が点在している籔の中のため、遮蔽物には困らず気付かれる心配はほぼないはずだ。

 

 しばらくして見えて来たのは教会。相当の年季が入った建物で、恐らく今は使われていないものだろう。それでも宗教団体が使うにはもってこい…ってわけか。

 

 男はその教会の中へ案内される。扉が開かれたが中は暗く、窺い知ることは出来なかった。

 

 「どうするか…中が覗ければいいんだけど…」

 

 「見た感じだと窓はありませんね」

 

 「あぁ……あぁ!?」

 

 独り言のつもりで呟いた俺と普通に会話している相手がいて驚いた。

 

 「しーっ。大きな声を出さないでください」

 

 当然のようにそこに居たのはレアだ。

 

 「…いつから居たんだよ」

 

 「あなたが下手な尾行を始めたところからです。あなたも気が付いたようですね、信者の人達の様子がおかしいことに」

 

 「そうなんだよ。もしかしたら信者の人を騙して悪いことをしてるかもしれない」

 

 「それは許されませんね」

 

 「へえ、ああいう信者は嫌いじゃなかったのか?」

 

 「嫌いですよ。けれど…神の名を悪用する輩はもっと嫌いなだけです」

 

 「…言えてるな」

 

 珍しく真剣なレアに、俺も力になりたい。

 

 「何にせよ敵の懐に入らなきゃどうしようもないよな。行くか」

 

 「そうですね。少なくとも私は洗脳されたりしませんからね」

 

 「…俺は?」

 

 「さあ、行きますよ」

 

 無視すんなよ。俺はお前と違って全耐性とかないんだから。

 

 扉を叩くと中から信者らしき者が顔を覗かせる。

 

 「申し訳ありませんが、入教していない方はお入り頂くことが出来ません」

 

 「もちろんそうだよな。だから俺達、入教しに来たんだ。詳しい話を聞かせてもらってもいいか?」

 

 「…」

 

 信者は俺とレアの顔を交互に見て少し考える。

 

 「はい、分かりました。では中へどうぞ。丁度、教祖様の教話の時間ですのでお静かにお願いします」

 

 「はいよ」

 

 教会の中は薄暗いせいか外見よりも広く感じる。礼拝用の祭壇に誰か立って話をしている。あれが教祖というやつか。いかにも、と言った空間だったが目に付く物があった。

 

 「…花?」

 

 祭壇の一面に飾られた小さな淡く赤い花。この辺では見たことがないが外来種だろうか。

 

 「貴方達は幸せになる権利…いえ、義務があります。ですがそれを知らないことには求めることも出来ません。そこで…」

 

 静かな空間では教祖の話が嫌でも耳に入ってくる。赤い花の一つを手に取っているが何の話をしてるんだろう。

 

 「貴方達に幸せというものを知って頂きます」

 

 教祖が言うと、信者達が赤い花を全員に配り始める。もちろん俺達にもだ。手に取った花は綺麗な赤い花弁をしており、自然と目を惹き付けられた。

 

 「見た目が美しいのはさることながら、真に重要なのはその香りです。どうぞ、もっとお近くでお確かめ下さい」

 

 そう言われてそっと顔を近付け…

 

 「…あ…れ…」

 

 俺は体の芯が定まらず、ふらふらとそばにあった壁に寄り掛かった。思考がぼやける…。

 

 「ようこそ命神教へ。これからは教祖である私の言葉は絶対です。その場に跪きなさい」

 

 体が言うことを聞かない…。俺は黙って膝を折り、地面に跪く。

 

 本来ならば屈辱的なはずだが、今はこれが当たり前だと感じる。むしろ心地よさを覚える程だ。

 

 「あなたも単純ですね。こんな手に引っかかるなんて」

 

 靄の掛かった頭の中に、鮮明に響く声。横に顔を向けると、額を指で触られる。

 

 「…レア…あれ、俺は何して…」

 

 「しっ…静かに。そのまま洗脳が解けていないフリを続けたまま聞いて下さい」

 

 手から零れ落ち、床に無造作に転がった赤い花を見て、俺は自分がされていたことを理解する。それをレアが解いてくれたんだ。

 

 「これで分かりましたね。この命神教がやっていることは紛れもなく悪です。彼等を止めます」

 

 「ああ、他の人達は任せていいか?」

 

 「分かりました」

 

 俺達は同時に立ち上がると

 

 「そこまでだ」

 

 俺は教祖を指差す。

 

 「お前が街の人達を操って何をしようとしてるのかは知らないけど、勝手なことはさせない」

 

 「…?おかしいですね。何故、あの花を嗅いで正気でいられるのですか」

 

 「そういうのは効かない体質でな」

 

 俺がじゃなくてレアが、だが。

 

 「それは面白いですね。どうです?敵対などせずに私と一緒に神の教えを彼等に説くというのは」

 

 「命神教がどんな神様を崇めてるのか知らないが、生憎と俺が信じる神は一人だけなんでな」

 

 「そうですか。残念です…」

 

 教祖が広げた手を前に突き出す。

 

 「彼を捕えなさい」

 

 教祖の言葉に操られた信者達がゆっくりと立ち上がり、俺の元へ歩み寄る。操られているだけの彼等を傷付けずに抑えることは難しい。たぶん手が出せなくて困っただろう…レアが居なかったら、な。

 

 辺りを光が覆った。その光はレアを中心に広がっていく。

 

 俺も何度も経験したから分かる。これは洗脳を解くためのものだ。

 

 「な…ん…」

 

 正気を取り戻し、こんなところで何をしていたのか理解出来ずに立ち尽くす彼等を見て、教祖が唖然とする。

 

 「あなたの粗雑な洗脳など私には無いも同然です。罪を認めて大人しく降伏しなさい」

 

 「ふ…ふざけるな!」

 

 教祖は懐に隠していた短刀を取り出すと、レアに向かって投げ付ける。真っ直ぐに目標へ飛んで行くのを見る限り、短刀の扱いに経験があるようだ。元は盗賊か何かか?

 

 そんなことを考えながら俺は短刀の柄を掴み、止めた。

 

 「仮にも教祖なら…女神に刃を向けるんじゃねえよ」

 

 言ってもどうせ伝わらないだろうが、言わせてもらった。俺は短刀を放り捨て、教祖に近付く。すると教祖は泡を食ったように後ずさり、背を向けて逃げ出した。裏口でもあるのだろうか。まぁ…

 

 教祖の周りを三本の光の牙が貫いた。逃がすわけがない。

 

 「『精霊獣の牙』」

 

 悲鳴を上げて尻もちをついた教祖を俺は後ろから打ち、気絶させた。

 

 「とりあえずこれで終わりか?」

 

 「ええ、そうですね」

 

 壇上での一部始終を見ていた街人達と信者達は未だに状況が飲み込めないようだ。無理もない、あの花によって操られていたことを知らないのだから。

 

 ざわめき出す教会内。信者の中には本当に命神教を信じていた人もいるだろう。どうやって説明するかな…。俺が考えていると

 

 「あなた達は間違っています」

 

 隣にいるレアが口を開いた。

 

 「この命神教の教祖はあなた達を騙し、体のいい操り人形として使うつもりでした。勿論、その事が悪であることは確かです」

 

 それほど大きな声ではないにも関わらずその言葉は教会内に透る。

 

 「しかし、彼女の甘言に惑わされ何の努力も対価も無しに幸せを求めるあなた達もまた傲慢です。本当の幸福とは誰かに与えられるものではなく自分の尽くした人事の末に訪れるものなのですから」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 初めてだ。ステンドグラスから差し込む光に照らされる彼女はまさに…女神だと思った。それはレアが女神だと知っているからではない。その証拠に彼女を知らない人ですら魅入られたように耳を傾け、跪いて手を組む人までいる。

 

 「…なんて、前世のあなたに散々迷惑をかけた私が言っても説得力がないでしょうかね」

 

 こちらに顔を向け、はにかみながら言うレアがどこか明媚で、思わず見蕩れてしまった。数瞬遅れて、俺は黙って首を横に振った。

 

 

 その後、俺達は教祖を衛兵に突き出した。元々、命神教の活動は怪しまれていて、すんなりと事は片付き、今回の一件は幕を閉じた。

 

 信者達も洗脳は解かれたし、これからまともな生活に戻るだろう。心の拠り所は無くなってしまったかもしれないが、レアの言葉を胸にこれから生きていってくれると信じたい。

 

 「…なんか今までごめんな」

 

 「…?何がですか?」

 

 教会を後にしながら、俺はレアに謝った。

 

 「今まで、『女神っぽくない』とか『もっと女神らしくしろ』とか言ってさ」

 

 「今更、何を言っているんですか。もう遅いですよ」

 

 「そう…だよな。でもこれからは…」

 

 そう言いかけて、俺は額を指で弾かれる。

 

 「そんな必要はありません。あなただけには同じ目線でいてもらいたいんです」

 

 「それってどういう…?」

 

 「気を使われると面倒だってことですよ。ほらもう行きましょう。私は慣れないことをさせられてお腹が空きました」

 

 「…遠回しに奢れって言ってるのか?それ」

 

 なぜかレアは俺の方を向かずに足早に歩き出す。けど、怒っているようではないので良かった。よく考えたら今さら女神様に接するようにしろ、と言われても無理だったかもな。なにせ、こんなにも近くに彼女はいるのだから。


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