「ちょっと待てよ!」
二人は歩いていたため、俺はすぐに追いつくことが出来た。呼び止めた声に対して不思議そうにこちらを振り向く。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「謝罪なら先程、したはずですが」
俺は息を整え、口を開く。
「路地にいた男をやったのはお前らか?」
二人は顔を見合わせる。
「うん、そうだよ」
片方の少女が、悪びれもせずに平然と答えた。
「なんで…」
「いやさ?大人しく僕に付いて来ればよかったのに暴れるわ、あげくに僕を悪く言うわでつい、ね」
「は…?ついって…」
気持ちもわかるがやりすぎだ。それにまるでその言い方だと…
「まさかお前が街人を攫ってた犯人なのか…?」
「えっ、犯人って?僕は実験用のサンプルに人間を貰って行っただけなんだけど」
「実験用…?」
「別にいいじゃない。ここには人間がたくさんいるんだしさ、三人くらい減っても変わらないよ」
余りに意味不明な主張に言葉を失った。
「何言ってんだ、お前が攫っていった人達の生活はどうなるんだよ!それに家族や友人だっている。それを奪う権利がどこにあるっていうんだ」
「さあ?それは僕達には関係のないことだから、ねえ?」
「はい。クー様の仰る通りです」
「ふざけんなよ…自分勝手すぎる」
「それ以上の冒涜はクー様への敵対と見なします」
静かに言い放ち、白い髪の少女が前に出る。
「この子はとても僕想いなんだ。だから滅多な事は言わないほうがいいよ」
「嫌だね。お前はどうしようもない…」
俺の言葉に、何も言わずに少女が飛び出し、体を目掛けて弧を描くように蹴りを放つ。
速い。けど見える。
動きを目で追っていた俺は、体を屈め、受け止める体勢を取っていた。
激しい衝撃と同時に、体は重力を無視したかのように地面を離れ、俺の体は街道脇の壁に叩きつけられた。パラパラと音を立てて壁面が少し崩れる。
「ぐっ…!」
体が折れそうだ。人間の力かこれ…?
「警告は致しました。これより貴方を殲滅します」
「ちっ…人間じゃないってそういう意味かよ…」
人間離れした力に、路地で倒れていた男が言っていたのは比喩ではなくそのままの意味だと理解する。
「ふふっ、人間をベースしてはいるけど人間だと言われるのは心外だよ。この僕、クークレイ・バルランドレイが持てる技術の粋を集めた言わば進化した人間…それがこの子"ラルカ"だよ」
なるほどな。蹴られた時の違和感はそのせいか。見た目通りの肉体の奥に金属のような異質な触感を感じた。
「可哀想にな…」
「ラルカが可哀想?まさか。人間を遥かに越えた存在になれたんだ。きっと感謝しているよ」
「…違う。自分の都合でしか物事を考えられないお前の頭が可哀想だって言ったんだよ」
ラルカと呼ばれた少女、ではなく人の形をした何かが真っ直ぐに俺へと駆け、拳を前に突き出す。
俺は身を翻したが、先程の怪我で体がついて来ず、僅かに拳先に体が触れ、その衝撃だけで体勢を崩した。壁に開いた大穴を見る限り、避けられただけでも幸いだが。
「クー様に対して一度ならず二度までも…」
こいつに感情ってものがあるなら間違いなく怒ってるな…。実際問題、この相手に肉弾戦ってのは無理があるかもな。そもそも痛覚はあるのか?仕方ない…
「ぶっ壊れても恨むなよ」
俺は手を前に出し、唱える。
「『精霊獣の牙』」
真っ直ぐに飛んで行った精霊魔法はラルカの体に触れた瞬間、明後日の方向に弾かれた。意図的に弾いたわけじゃない。光が鏡に反射するように、自然に軌道が変わったようだった。
「うんうん、分かるよ。ラルカの身体性能に敵わないと見れば魔法を使うしか無いって思うよね。けど残念ながら対策済みだよ。魔法を反射するように装甲を施してあるからね」
おいおい…この世界の技術ってそこまで進んでたのかよ。それともこいつが特別なのか?そうだと信じたい。
「さあ、逆立ちしたって敵わないのは分かってもらえたかな?もう、今回の被験体は君でいいよ。一緒に来てくれる?」
「悪いけど俺はこいつみたいになるのは御免だね。どうしてもって言うなら無理矢理にでも連れて行けよ」
「うん、じゃあそうしようかな。ラルカ、やっちゃって」
「はい」
こちらへ向かってくるラルカ。ここまでの戦闘で分かったことがある。
真っ直ぐに振り切った拳を俺は集中して既のところで躱す、髪を掠めるほど近くだ。続け様の蹴りを避ける。これも服に触れるほど近くだ。偶然じゃない。確かにこいつの攻撃は速いし重い。けど直線的過ぎる。ただ力任せに暴れていると言ってもいい。これが一つ目だ。そして…
俺は回避に専念すると、次第に余裕を持って回避することが出来るようになった。
「当たらない…何故…?」
息を切らしているわけではないが明らかに動きが鈍っていっているのが確認出来た。
「そりゃそうだろ。人間がベースって言ってるんだ。激しく動き回ればいくら機械化したって言っても限界があるだろうよ。それに…」
躱しざま、俺はラルカの腕を掴む。
「ぐっ…!放し……っ!?」
俺に生気を奪われ、ラルカの体ががくりと崩れた。
「完全に機械じゃないならこうすれば動けなくなるだろ?」
「なるほどね。いいデータが取れた。今までの相手は一発で伸しちゃってたから分からなかったよ」
「随分余裕だな。ここから逆転の策でもあるのか?」
「そんなのないよ。ラルカ、ここは一旦逃げよう」
クークレイがその場から飛び退き、近くにあった家の屋根へと移動した。それに続くようにラルカも足に力を込め…
「っ…?」
がくりと体が揺らいだ。跳び上がるどころか片膝を地面につく。
「ラルカ…?」
「無理だよ。お前は自分の体のことすら分からないのかもしれないけど、端から見たらどう見たって限界だ」
恐らく彼女には痛みも疲労も感じないのだろう。俺との戦闘でとっくに活動限界を迎えている体で逃げるというのは無茶な話だ。
「とりあえずラルカ、お前だけでもギルドへ連れて行く。クークレイ、お前はまた今度捕まえ…」
俺はクークレイを捕まえることは一旦諦め、ラルカを連れて行こうと考えた。
「駄目だよ、そんなの!」
屋根から飛び降りた彼女は、ラルカの前に立ち、手を広げた。
「クー…様…」
絞り出すように言った後、力尽き、糸の切れた人形のように地面へ倒れる。
「ラルカを置いて行くなんて有り得ない。逃げるなら二人一緒だよ!」
俺へ敵意を示しているが虚勢だ。手も足も僅かに震えている。
「…」
そんな二人の元へ、俺は黙って近付く。
「…お願いだよ。僕はどうなってもいいからラルカだけは見逃して欲しい…」
身勝手な願いだ。自分達のしてきたことを考えれば聞き入れてもらえないことは分かっているはずだ。そんな願いを口にした彼女を見て俺は…
「…駄目だ」
冷たく言い放つ。
「そんなに二人がいいなら二人ともギルドに突き出してやるよ。お前は牢獄に入れられて罪を償わなくちゃいけない。ラルカは処分されるか、運が良くて実験体にされるだろうな」
「そんなことって…」
「自分達のしたことを考えればそのくらい当然だろ」
「ごめんなさい…ごめんなさい…街の人にしたことは反省するから。許して…何でもするから…だから…」
涙を流しながら地面に跪く。
俺はゆっくりと彼女の肩に手を掛ける。
「その言葉、忘れるなよ」
「えっ…」
「安心したよ。お前にもそういう、人の心があったってことに。もし、適当な事を言って切り抜けようとしてきたら本当に突き出そうと思ってたんだけどな」
「許してくれるって言うの…?」
「あぁ、今回だけな。俺は人の心が読めるわけじゃないけどお前が嘘を付いてないことくらいは分かるよ」
俺は微笑み、彼女の頭を優しく撫でる。
「ありがとう…本当に…」
「代わりにってわけじゃないけど聞かせてくれないか?どうして人間を攫ったのか。二人を見てて思ったんだ。何か理由があるんだろ?」
「…うん」
俺達はとりあえずラルカを壁際まで運んだ。背負ってみて分かったが人の重さじゃない。見た目の三倍以上の重量を感じた。
そして、ラルカを壁にもたれ掛からせ、その横に俺とクークレイが腰掛ける。
「街の人を連れて行った理由、だったね」
「ああ、聞かせてくれるか?」
クークレイはしばらく黙って考え込んだ後、口を開く。
「先にラルカの話をした方がいいかな…。見ての通り彼女は元々、人間なんだ。僕は人里から離れた森の中に住んでた。人と接するのは面倒だったし何より研究することに専念したかったから。そして、ある日、森の中へ実験用の植物を採りに出かけた時に見つけたのが、捨てられていた名前も知らない女の子だった」
「それがラルカ、か」
「うん、その頃は名前も無かったけどね。たぶん生まれた時からまともに教育も受けていなかった彼女はまともに話すことも出来なかった。その時に僕が思ったのは『ちょうどいい実験体になる』だった。今思えば最低だけどね」
「その日から僕は彼女に言葉を教え、食事を与えた。人間の発育過程はとても興味深かった。彼女は僕を本当の親のように思ってくれていたけど僕は飼い主に懐く動物くらいにか思っていなかった」
「何年か経った時のことなんだけど、彼女が突然倒れたんだ。ひと目見ただけで命に関わると察する程の酷い状態だった。たぶん医者が見たら命を救うことを諦める程のね。その時でさえ僕は、貴重な実験体がいなくなるのは勿体無い、くらいにしか思ってなかった。そんな僕を苦痛を耐えながら笑顔で見つめながら彼女は言ったよ『ありがとう』って一言だけね」
「それからは大変だったよ、僕の持っている知識、技術を全て使って寝る間も惜しんで彼女を死なせないようにあらゆる手段を用いて尽力した。再び彼女が目を覚ました時、既に人間と呼べる存在ではなくなっていたけどね」
クークレイは苦笑いをしながら話した。ラルカが人間でなくなってしまったのは彼女を救うために仕方なくだったのだろう。
「その時に初めて僕は彼女を人として扱うようになった。人でなくなってから人として見るなんて皮肉な話だけどね。その時に僕が付けた名前が”ラルカ”なんだ。僕に出来たたったひとりの家族だ」
「それからはまた前みたいに、僕が教えられることは教えていたんだけど、一つ問題があった」
「問題?」
「ずっと森の中で人と接さずに過ごして来た僕には彼女に人の心というものが教えられなかったんだ。そのことがずっと気がかりだった。そこで…」
「街の人間を使ったってわけか」
実験用のサンプルと言っていたのでてっきり実験台にでもするつもりかと思っていたが違ったようだ。
「僕もラルカもどう人と接していいかわからなかったし、初対面の人に『あなたの気持ちを教えて下さい』なんて言っても変な目で見られるだけだよね。それで、人を何人か集めて話をしているところを観察しようとしてたけど、今、考えると君の言うとおりだよ。無理矢理連れて行かれる彼等の気持ちを何も考えてなかった。反省するよ」
バツが悪そうに顔を俯かせる。
「…なるほどな。二人のやったことは悪いことだけど二人は悪い奴ではないよ。ただ、どうすればいいかわからなかっただけなんだよな」
「っ…」
ラルカが目を覚ました。直ぐ様、俺に敵意を示すがよろけて、立ち上がることすらできていない。
「ラルカ、もういいんだ。家へ帰ろう」
「クー様…?」
「監禁してる街人は開放するし、二度とこの街にも来ないと約束するよ」
クークレイが俺に頭を下げる。
「…それはちょっと違うな」
「えっ?」
「人の気持ちが知りたいんだろ?ならまた街に来いよ。今度は研究なんて堅苦しい理由じゃなくて気軽に遊びにさ」
「…うん、そうだね。ぜひそうさせてもらうよ」
そう、笑顔で言い残して二人は去って行った。人の気持ちなんて目に見えるものではないし俺だって誰かに教えるのは難しい。だからこそ人は相手のことを知ろうと努力するのだろう。彼女達はその努力の仕方が分からなかっただけだ。けどこれから街で人と接していく中で自然と知っていくことが出来るだろう。そうすればきっと外見だけじゃなく本当の意味で人と呼べる存在になるはずだ。