機動戦士ガンダムArbiter   作:ルーワン

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グラナダでレーア、ルル、ノエルと共に買い物をしていたリュートは、ソアルと名乗る赤い髪の少年と血の繋がりのない兄弟と出会う。だが、リュートにとっては、初めての友達でありながら、偽りの自分を曝け出したことで、ソアルから彼らには血の繋がりがないと言わせたことにショックを受けていた。


覚悟

「ただいまです……」

「……おかえりなさい、艦長代行」

 

 夕方、アークエンジェルの補給及び整備がほとんど終えていた。

 その中の待合室にいるマドックがある一点を見て困った表情をしていた。そんな中、ドアが開き、廊下から馴染みの声が活気を感じられない程小さく響き渡る。

 グラナダから帰還したリュート一行。彼女の後ろで虚ろな表情で歩くリュートに気付いたマドックは、ルルに問い尋ねる。

 

「彼、どうかなさったのですか?」

「ちょっと色々あって……。今はそっとしておいた方がいいかと思います」

 

 友達と呼べる存在ができたのだが、嘘で自分を偽っていたリュートはソアルたちへの罪悪感がまだ拭いきれず、落ち込んでいた。

 ルルの目線がマドックからマドックの前のソファーに座っている女性に変わる。

 

「……それで、マドックさん。この方は?」

「あぁ、この方は――」

 

 彼女の目に映ったのは、屋内であるにもかかわらずサングラスをかけ、ブランド物を着飾った深紅色をしている腰まで届く長髪の女性。

 かつかつとハイヒールでモデルのごとく優雅に歩きながら、ルルの前に立ち、貴族育ちを彷彿させるような言葉遣いや口調で口述する。

 

「初めまして。私は、こういうものです」

 

 その女性がバックから取り出した財布を開き、1つの紙を渡される。

 渡された1つの名刺をルルが読み上げると、驚きを隠せずにいた。

 

「……エイリー・ビスタル!? レオ・ビスタルのご遺族なんですか!?」

「ええ。レオ・ビスタルは私の祖父です。そして、私もそこで働いておりましたわ」

「……立ち話もなんですから、どうぞ」

 

 この世界で誰でも知っているレオ・ビスタルに孫がいたことに驚いたのだが、エイリー・ビスタルと名乗ったその女性に対して、ルルは警戒を怠らず慎重に事を進める。

 レオ・ビスタルの名が出るとなれば、恐らくユニコーンのことだろうとルルは彼女の魂胆を読み、あえて伏せた状態で話をする。

 この場にいある一同がソファーに座った直後、ルルが早速本題に取り掛かる。

 

「さて、あなたがレオ・ビスタルの孫である証拠を見せてください!」

 

 と、多少強気で言い放ってみたルル。

 だがエイリーは動じることなく、余裕の微笑みを浮かびながら無言でコートの内ポケットの中からユニコーンの写真が残っている携帯端末を再び取り出す。

 その端末の中に入っているアルバムを開くと、その中の1枚にエイリー・ビスタルとレオ・ビスタルが同時に写っているここ最近に撮った写真があった。

 だが、その写真1枚では、確固たる証拠としては成立し得ない。ルルは、再びエイリーに問いかける。

 

「……これでいかがかしら、艦長代行さん?」

「動画は……? もしあなたがレオ・ビスタルの孫なら、一緒に映っている動画の1つや2つはありますよね?」

「……随分と疑い深い艦長代行さんだこと。一緒に映っている動画はありませんが、これでいかがかしら?」

 

 写真では加工された可能性があると踏んだルルがレオ・ビスタルとエイリー・ビスタルが一緒に映っている動画の提示を求めると、エイリーはため息を吐いて再び携帯端末を操作して音声付きの動画を流した。

 撮影主は恐らくエイリーだろう。目の前で椅子に座っているレオ・ビスタルとその老人の手前にあるロウソクが円形状におよそ10本を刺さった誕生日ケーキの動画。

 その動画の背景は真っ暗だったが、画面中央にある誕生日ケーキのロウソクがわずかに周囲を照らし、撮影された場所はレオ・ビスタルかエイリー・ビスタルのどちらの住居か、あるいは同居している自宅の中だということが分かった。

 

〔ハッピーバースデイ、おじいちゃん〕

 

 動画を流してからの第一声は祖父であるレオ・ビスタルに祝福を与えているエイリーだ。

 だが、レオ・ビスタルはあまりいい気分にはなれず、思わずため息を吐いて忠告する。

 

〔またそれか……。気持ちはありがたいが、いい加減よしてくれ〕

〔ダメだよ。1つ年が増えたことをちゃんとお祝いしなきゃ〕

〔大きなお世話だ、エイリー〕

〔はいはい。それじゃ、ろうそくの火を消して一緒に食べましょ〕

 

 レオ・ビスタルがロウソクの火に向けて息を吹きかけ、消えたところで動画はここで終わっていた。

 エイリーに関しては声だけだったが、リュートたちが今聞いている声に間違いはなく、動画でレオ・ビスタルもエイリーと呼んでいたので99%本人だろう。

 それでも納得いかず、どこか腑に落ちなかったのか、ルルは沈黙を貫いていた。

 

「艦長代行……?」

 

 マドックから声をかけられてもルルは動じることなく、眉間にしわを寄せながら黙り続ける。

 しばらくしていると、それ以降何もしていないのに勝手にため息を吐いてがっくりした表情を見せる。

 

「……あなたがレオ・ビスタルのご子孫であることは認めましょう。それで、私たちにご用件とは?」

「……この艦に識別番号RX-0ユニコーンが保管されていると、お伺った次第です」

 

 ルル達はその言葉を聞き、やはりとエイリーをにらみ付け更に警戒を強める。

 

「知らない、とは言わせませんよ? 先ほど、フォン・ブラウンで戦闘がありましたよね? 私もその辺にいまして、この目で見たのです。交戦している機体の中にユニコーンが確認されたのも、あなたたちの艦に入っていくのも。それもあなたたちのパイロットがそれを所有している」

「……あなたの目的は何ですか? ユニコーンを工場に持ち帰ることですか!?」

「……中らずと雖も遠からず、ですわね」

 

 口述したその答えにルルとマドックは、すぐには理解できなかった。

 彼らが理解するまで待たず、エイリーの口述はさらに続く。

 

(わたくし)、いえ、我々、ビスタル・メカラニカは、あの機体を取引先に引き渡さねばならないのです」

「……引き渡す? 軍の方にですか?」

「それは、企業秘密ですので」

「……分かりました。少々お待ちになってください。ある人を連れてきます」

 

 ルルはそう言って腰を立ち上げると、隣に座っていたマドックが不安そうに小言で語りかける。

 

「……艦長代行、いいのですか?」

「大丈夫です。私――いえ、あの子を信じてください」

 

 振り返ったルルの表情には余裕の微笑みがはびこっていたが、一方でどこかに不安の念が拭いきれずにいた。

 マドックもルルが言いたいことは分かっていた。すべては彼女が言っていたあの子次第だと――。

 

 〇 〇 〇

 

 ルルの足が止まった目の先には、一つの扉。軽く呼吸を整え、そのドアの付近にある開閉ボタンを手にかける。

 ドアが開くと、彼女の瞳には部屋の脇に配置している2つの二段ベッドのうち、左側の一段目のベッドで横たわっているリュートの姿があった。

 だが、彼はまだ寝ておらず、グラナダで初めてできた友達に自分を偽っていたショックを引きずっていた。

 その音に気付いたリュートは、しばらくそっとして欲しかったので誰が来たのか知らず、その態勢のまま用件を問う。

 

「……何の用ですか?」

「……リュートさんに会って頂きたい方がいます。ビスタル・メカラニカで働いている、エイリー・ビスタルと名乗る女性です」

 

 彼女の名前、正確には性を聞いたリュートの目は落ち込みで活気を感じられなかったが、徐々に見開く。

 そして、体を立ち起こしてルルに顔を向け、聞き間違いではと懸念を入れて念のため、もう一度問い尋ねる。

 

「今、ビスタルって……?」

「……はい」

「その人は今どこに!?」

「待合室に――」

 

 場所を聞いて確信を得たリュートはすぐさまベッドから降り、エイリー・ビスタルが待っている待合室へ走って向かう。

 

「あ、リュートさん!」

 

 息を切らしててもリュートは走り続け、そして、応接室と繋がるドアの目の前にたどり着き、呼吸を整えて一歩前に出る。

 ドアを開くと、そこには携帯をいじっているエイリー・ビスタルと引いまだに困惑しているマドックの姿があった。

 マドックが先に気付き、少々小声で彼の名前を呼ぶ。

 

「あ、リュート――」

 

 ドアが開く音に気付いたエイリーは視線を呼吸を整えてこちらを見ているリュートに向けると、自分が想像していたパイロットの人物像とはかけ離れていた。

 現状や服装からして潜入して間違えて入ってきた子供だろうとエイリーは考え、リュートに声をかけて軽く注意喚起する。

 

「ちょっと、ここは君が来るような所じゃ――」

「あなたがエイリー・ビスタルですか?」

 

 だが、リュートはエイリーしか見えていなかった。

 真剣な眼差しと圧迫感を感じさせる声で問いかけるリュートに子供と思って軽く見ていたエイリーは、少々おののいてその問いに答える。

 

「……ええ、そうだけど?」

「あなたに伝えなくちゃいけないことがあります。フロンティアⅣで襲撃されたあなたの御親族の、レオ・ビスタルとユニコーンについて」

 

 その名と機体名を口にしたリュートにエイリーはすでに彼をただの一般人とは、見ていなかった。

 表情をかえて再びリュートに問いかける。

 

「……あなた、何者なの?」

「……僕は、レオ・ビスタルから託されたユニコーンのパイロット、漆原リュートです」

 

 リュートが名乗った直後、後を追いかけて息を切らしているルルもようやく応接室にたどり着く。

 とりあえず揃った面々でリュートはレオ・ビスタルが敵に追われて亡くなったこと、ユニコーンを託されたことなど、これまでの経緯をエイリーに話した。

 この少年の言っていることは真実であることを前提にして話を進めた。

 

「……祖父は、もうこの世にはいないのね」

「……お爺さんは最後まで平和を願っていました。でも、自分ではいつか限界が来てしまう……。だから、誰でもいいからこの戦争を終わらせてほしいと言っていました」

「そう……」

「エイリーさん、僕はユニコーンを託された責任として、お爺さんの最期を見送った者として、お爺さんの夢を引き継いで叶えるために戦っているんです。自分の意志で戦争を終わらせるために戦うことにしたんです!」

 

 発した言葉から説得力が高く、意志の固いことだけでなく、実の祖父であるレオ・ビスタルと面識があったことも読み取れた。

 本当に会っていなければ、このような子供が――いや、大人でもしっかりした口述を述べることは難しいだろう。

 それ以上に、エイリーはリュートのような人が息子も同然のユニコーンのパイロットに選んだことに心の中でとても安堵していた。

 

「……根っこからの平和主義者がこの子の運命を変えたのね。わかったわ、取引の件は断ることにする」

「でも、それだと、工場は……」

 

 それはここにいる誰もが懸念したいたことだった。だが、エイリーはけろっとした表情で拭い去る。

 

「ああ、別にいいですよ。それにあなたがユニコーンを本当に動かせるかどうかも見てみたいのもあるし、ユニコーンを修理にできる整備士を配備しなくちゃ誰が直すの?」

「エイリーさん……ありがとうございます。そういえば、レオ・ビスタルさんから渡されたものがありました」

「渡されたもの……?」

「これです」

 

 ポケットからボタン付きの黒い物体を取り出してテーブルの中心に置くと、真っ先にエイリーが思わず驚いた表情をしながら言いだす。

 

「これ、祖父が愛用していたメモリースティックじゃない!? 道理で見つからなかった訳だわ……。少し借りるわね」

 

 エイリーは自分のカバンの中からノートパソコンを取り出して起動すると、メモリースティックを手に取ってボタンを押す。

 メモリースティックの先端からUSBメモリーに似た金属部位が突出され、そのままパソコンの専用コネクタに接続すると、液晶画面からフォルダの選択画面が表示される。

 様々なファイルアイコンの中からエイリーが指定した1つのファイルアイコンを選択すると、中に入っていたのはメモと動画のアイコン。

 それぞれのアイコンの下にメモのアイコンには『無題』、動画のアイコンには『愛する孫エイリーへ』と表示されていた。

 メモよりも動画が気になっていたエイリーは真っ先に動画アイコンを選択すると、最初はモニター全体に黒い画面を覆った。

 開いて間もなく、レオ・ビスタルと背景にどこかしらの研究施設が映し出された。意を決したエイリーは再生アイコンを押す。

 

〔……この動画を見ているということは、そこには私の愛する孫――エイリーが見ていることだろう。まずはこのようなことになってしまってすまない。だが、私にはこうするしかなかったのだ。カルディアス・レフェリーの暗殺から戦争をし続けて10年が過ぎようとしているこの世界に、再び怨嗟が降りかかろうとしている。私はそれを予知してしまったのだ。だからユニコーンを作り、お前や従業員たちに被害が行き届かなくなるようユニコーンを動かして逃げたのだ。もしこれが仇となって迷惑をかけてしまったのなら、気の済むまで私はいくらでも謝罪しよう〕

 

「爺さん……」

 

〔最後になったが、エイリー。お前は信頼に値するたった一人の孫娘だ。お前からすれば、私は愛想の悪い、不器用なジジイだったかもしれん。だが私は、お前と一緒に時を過ごせてとても嬉しかったぞ。もう私に時間は残されていない。これが最後の言葉だ。お前が信頼する仲間と共にこの世界を救ってくれることを常に願っている。……後は頼んだぞ。そして、今の今まで多くの迷惑かけてすまなかったな〕

 

 と、およそ1分のレオ・ビスタルの思いが詰まった動画がここで終わっていた。

 しばらく沈黙を保ったまま、リュートはエイリーの顔を見ると、彼女の目に涙があふれ出ていた。

 遺言同然の動画をレオ・ビスタルの遺族に見せれば、誰も泣かない者なんているはずもないだろう。ましてや、彼のような人ならばなおさら。

 

「エイリーさん……」

 

 と、リュートが必死に声をかけると、我に返ってすぐに溢れた涙を拭うために眼鏡を外してハンカチで拭き取った。

 

「分かってるわ……。メモを見ましょう」

 

 気持ちを切り替えて動画を一時しまって次はメモのアイコンにカーソルを合わせてクリックで開くと、最初に浮かび出た物は、3行から4行の文章で書かれたものがいくつかに区切っていてその長文の上には必ず日付が書いてある。これらをパッと見した限り、エイリーは1つだけ確信を得て言えるものがあった。

 

「これ……メモというより、日記みたいね。読んでみるわ。C.Y.17年、12月24日。いつも通りに地球軍事統合連盟、コロニー連合軍からの新型モビルスーツの発注が後を絶たない。戦争の発端は、中立国コロニー・イフィッシュの党首であるカルディアス・ノア・ストランドの暗殺――狂乱のクリスマス・イブと言われる、ちょうど2年前に起きた事件だ。それによって、地球軍とコロニー連合軍は対立し、好き放題に戦争をやっている。ビジネス的に言えば感謝を、人間的に言えば、罪悪感を感じていた。これが私が戦争に対して初めて皮肉を言うようになった瞬間だ。私は、これからもこれに書き記し、戦争に対して皮肉を言い続けることだろう……」

 

 と、一番上のに書いている文章を読み上げたエイリーは、このメモをレオ・ビスタルがこれまで書いた日記と断定した。

 マウスでスクロールしてさらに読み上げていくと、それ以降戦争に対して皮肉を言い続けていた。

 エイリーはある文字を見た瞬間、手を止めて1つの日記を目で読み解く。

 

「これは……?」

「どうしたんですか、エイリーさん?」

「リュート君、このページの日記を見て」

 

 エイリーが指定した日記にリュートが続いて見る。

 

 --------

 

 C.Y.21年 5月2日

 先日、電話で手伝って欲しいとのことで私の古い友が彼の家に私を招いた。元から金持ちだったため、その公邸の輝きは相変わらずだった。

 彼の要望は何かしらの実験装置の開発だと言うのだが、何やら胸騒ぎがしてならなかった。しばらくして、私の助手や彼の研究員の手を借りてその装置は完成した。

 完成した後私は、しばらくコーヒーを飲んで休んでいたのだが、突如外が慌ただしくなっていた。何事かと思って廊下に出てみると、1人の少女が意識不明のまま担架に運

 

ばれて去っていた。私は無意識にも少女ではなく、装置のところへ戻った。誰かが導かれているような、私はその装置から目を離さなかった。

 私はその装置の一部をビスタル・メカラニカに持ち帰り、残業として研究することにした。

 

 C.Y.21年 5月18日

 これまで起きた戦争が功を奏して様々なモビルスーツ専門の企業が立ち上がった。これを機にビスタル・メカラニカの存亡が危うくなり、遂には倒産にまで至った。

 これ以上戦争の道具を作りたくなかった私にとってはこれで良かったかもしれないが、エイリーを除く社員はどうだろうか。きっと、不満が募っているに違いない。

 私は、彼らをモビルスーツ製造を生業とするいくつものの他の企業に頼んで入れてくれないかと承認するまで頭を下げ続けたが、定員だからとの理由でほとんどが雇えてもらえなかった。だが、私と同じモビルスーツ製造をしている大学の友人に頼んだ結果、8割がた雇ってもらえることにした。

 残されたエイリーと元人員の中には、私に一生付いていくと言う者もいた。

 1人でも出来ないことはなかったのだが、1人でも多く人員が私を助けてくれることに感謝しかなかった。私は、彼らの力を借りて人生最後のモビルスーツを作る。

 

 C.Y.25年 5月21日

 私は多額の資金を使ってフロンティアⅣで使われなくなったモビルスーツ製造工場を借りて製造したモビルスーツが完成した。識別番号RX-0、名はユニコーンだ。

 名前の由来は見たままだが、我ながら悪くない。この機体は、一見バイザータイプの機体だが、NT-Dシステムが発動するとガンダムタイプに変形する面白い特性を持つ。

 早速実用段階に入ったが、インテンション・オートマチックシステムと同じ特殊管制システムである、NT-Dシステムが機能しないのだ。理論上、機能するはずなのに。

 何度も実践してもモニターは機動するのにOSがかみ合わないのか全く動こうとしない。また一からやり直しか。

 

 C.Y.25年 6月15日

 先日、旧友の家から持って帰った装置の一部の解析した結果が完了した。驚くべきものが発見された。

 この装置の周波数は、サイコミュ系統の装置に非常によく似ている。だが、偶然に出来上がったものだ。専門の力を借りて見分けても準サイコミュが一番妥当だろう。

 今思えば、あの装置は動かす際のOSや実行プログラムでしかなかったはずなのに、なぜサイコミュシステムが生まれたのだろうか。私は、そこが不思議でならなかった。

 

 C.Y.25年 7月21日

 NT-Dが機動しないまま1か月以上が過ぎた。医者の宣告であと数か月しか生きれない私は、とても焦っていた。

 気が気でなかった私は、最後の賭けに出た。ユニコーンに搭載されている2つのシステムと一緒にサイコミュシステムを組み込んだ結果、NT-Dが動いたのだ。

 開かれることのない開かずの扉が最後の賭けという鍵を使って開けたことに私は久しぶりに歓喜を覚え、エイリーや社員たちと共にこの喜びを分かち合った。

 私は、ユニコーンに組み込んだ準サイコミュシステムをバイオセンサーに近かったことから『A.R.B.I.T.E.R.system』と呼称した。他の社員にはまだ伝えていないがな。

 私は『A.R.B.I.T.E.R.system』が、ユニコーンが戦争で穢れてしまった世界を救ってくれると確信もなく信じ切っている。

 自分が作ったシステムだからではない。自分を依怙贔屓しているわけでもない。それでも、なぜか信じ切ってしまっているのだ。

 もし、私が何かあった時はエイリー、後のことはよろしく頼む。『A.R.B.I.T.E.R.system』を、ユニコーンのパイロットを助けてやってくれ。

 

 ーーーーーーーー

 

 日記はこのページで終わっていた。

 最後の日記に記された『A.R.B.I.T.E.R.system』という大文字と小文字のアルファベットとコンマで構成された1つの文章が大きく目立っていた。

 この文字を普通に読むと、『アービターシステム』だが、その言葉すら聞いたことがなかったリュートは眉を細めながらその言葉を小声で連呼して、様々なガンダム作品に登場するシステムに限定して振り絞ってもこのシステムに該当するもの、近しいものは見つからなかった。

 その可能性を取り除いて、考えられる可能性は1つしかない。この世界で初めてできたオリジナルの可能性だ。

 

「アービターシステム……。初めて聞いた名前だけど、あなたのお爺さんらしい、洒落た名前ですね」

「ええ。リュート君、どういう縁か分からないけど、おじいちゃんのユニコーンを動かせるのはあなたしかいない。だから、よろしく頼むね」

「……はい!」

「ルル艦長代行、最後になりましたが、これからよろしくお願い致します」

「他のクルーたちにもあなたが来ることは伝えました。私の方からもよろしくお願いします!」

 

 お互い完全に和解し、エイリー・ビスタルを一クルーとして快く迎え入れたリュート一同は握手した。

 

「ああ、それとリュート君を借りますね。ユニコーンの件で少し詳しく聞きたいので」

「はい、分かりました」

 

 ルルが返事すると、エイリーはリュートの肩を叩き、小言で伝える。

 

「しばらくしたら、私の部屋に来てちょうだい。ちょっと大事な話があるの」

 

 彼女の言う話しとは、おおよそユニコーンに関することか何かかと予想はしていたリュートだったが、それと同時に疑問も抱いていた。

 それは、レオ・ビスタルがなぜリュートがこの世界に来ることを予言していたか、どうして追われていたのか、だ。

 その孫娘であり、共に働いていた彼女になら、直接有力な情報は得られずともそれに関する情報は手に入れられるはずだと踏み、約束する。

 

「……わかりました」

 

 承諾を得たエイリーは「また後で」のジェスチャーとして右手のひらを立てて、リュートと別れた。

 アークエンジェルに着いたその5分後、グラナダのモールで買った私服や生活用品の簡単な仕分け作業を終えて、エイリーがいるとされる部屋に向かう。

 エイリーの部屋にたどり着いたリュートは、自動ドアをノックする。

 

「ビスタルさん、リュートです」

「入っていいわよ~」

 

 ドア越しから響く、普段と違って妙に色気を醸し出すエイリー・ビスタルの声。

 ドアが開き、リュートは一歩前に出て部屋に入ると、目の前には簡易デスクと回転と移動の両方をこなすタイプの椅子、そして周囲に彼女と思われる女性1人でも持ち運べる量の荷物が置いてあるが、肝心のエイリー本人がいない。

 「あれ?」と不思議と思ったリュートはおよそ5,6畳程の部屋の周囲を見渡すと、右側でこちらを背にして着替えている最中の下着姿のエイリー。

 

「なな、何してるんですか!?」

 

 この場合は不可抗力だが、紫色のランジェリーを身につけた女性の裸体という刺激の強いものを見てしまったリュートは反射的にエイリーを背にして動揺しながら叫んだ。

 

「見ればわかるでしょ? 着替えてるのよ」

 

 彼女の手元には地球軍の軍服。余り物であったので実際着ていたところだ。

 裸の後ろ姿をまだ焼き付いているリュートは硬直していくのに対し、エイリーは落ち着いていて軍服を着用した後、最後に長い髪を編み始める。

 

「だ、だからって、こんなタイミングで着替えなくても……!」

「あら、私は君のような年相応の男の子が入ってきても全然気にしないわよ?」

「こっちが気にしますよ!」

 

 と言うと、小悪魔にいじりだすエイリーはクスクスと笑い出す。

 

「もういいわよ。こっち向いても」

 

 エイリーの一声で安堵と疲労が入り混じった、疲れによるため息を吐いたリュートは、ぐるっと180度回転して、態勢をエイリーの方角に向けたようやく本題に入る。

 

「……そ、それで、話っていうのは?」

「話は他でもないわ。レーアちゃんから具体的な内容を聞いたのだけれど、あなた、どうしてその倉庫に入ったの?」

 

 戦場と化したフロンティアⅣで出会ったレーアと同じ質問をするエイリー。

 またか、と心の中で嫌々に思ったリュートはまだそれの言い訳をまとまっていなかった。

 

「あー、えーっとですねぇ……自分は、こう見えて臆病なので近くの建物に立てこもっててですね……」

 

 苦々しい表情をしながら、ちぐはぐな口ぶりでごまかそうとするが、エイリーはなぜかため息を吐いた。

 

「……もっとましな言い訳したら? 別世界の訪問者くん(・・・・・・・・・)?」

 

 すでに見透かしていたエイリーの発したその言葉と鋭い眼光にリュートは恐怖を感じながらも威嚇の表情でにらみ返して、警戒したまま後ずさりする。

 

「そんな怖い表情をしないでよ。でもまあ、無理もないか。今の君にとっては、私を警戒するべき人物と捉えてるんでしょうね」

 

 発言しながら回転仕様の椅子に向かってスローテンポで歩き、遂には座るエイリー。

 今ここでユニコーンを持ち出してアークエンジェルから逃げてもいいのだが、エイリーがどのような行動をしでかすか分からないし、たった1つしかない自分の居場所を自ら手放すことにもなる。

 ここで今浮かばせている余裕の微笑みの裏を慎重に探ることが最善の方法と考えていたリュートだったが、その隙が一向に見当たらない。

 

「でも、そんなのは無用よ。だって私は、君を助けるつもりで呼んだのだから」

「僕を、助ける……?」

 

 意外にもリュートは困惑したが、それでもエイリーは口述し続ける。

 

「ええ。君は、この世界に存在するはずのない存在……。君のいた世界に戻れる手段が見つかるまでは、頑張って生き延びるしかないのが現状なのよね」

 

 自分と共有できる仲間を得られたことで天涯孤独だったリュートにとってはこの上ない天の助けなのだが、心の底から素直に喜ぶことができなかった。

 元の世界に戻れる……。仮にその世界に戻れたとしてもその先は生き地獄でしかない。だが、同時にそこには祖父母もいる。

 ここは希望の光が見えて喜ぶべきなのか、行き逝く果てが絶望に打ちひしがれてどんよりな表情をするべきなのか、どのような表情をすればいいのか悩んでいたのだ。

 喜ぶどころか、意外にも突然黙り込んだ少年に疑問に思ったエイリーは、声をかける。

 

「どうしたの、リュート君?」

「あ、いえ……。1つ聞きたいことがあります。どうして僕がこの世界に来るって分かってたんですか?」

「……それは、おじいちゃんが予知していたのよ。正確には、おじいちゃんの予知と私の推論だけどね。信用してなかった訳じゃなかったけど、おじいちゃんの話を聞いた時はさすがにそんな事、起こるはずないと思ってた。でも、君の話を聞いた瞬間、正直鳥肌が立ったよ」

 

 ――生きている間に最後の役割を終えてよかった……。別世界から来た救世主の旅立ちを迎えることが……!

 

 エイリーの発言からレオ・ビスタルが死ぬ間際に残したあの言葉が蘇った。

 レオ・ビスタルがエイリーだけ話をしたのは、誰にも悟られたくなかったからで、エイリーがあの時に自分のことで話さなかったことは自分への配慮だと今確信した。

 

「リュート君、私はこれから君という存在が確定される書類を作る。もちろん、これは違法だけど、君をこの世界で生きるにはこれしかない」

「できるんですか、エイリーさん!?」

「私には、凄い友達がいるからね。あとは私に任せて、君はゆっくりしているといい」

「……分かりました、お願いします」

「あ、それと大事なものを忘れるところだった」

 

 と、何かを思い出したエイリーは席を立ち、駆け足でまとまっている荷物の所へ向かい、その中で一番大きな荷物を細長い腕で抱え込んでよっこらしょと取り出す。

 その中身だけを取り出し、リュートに渡されたものは、パイロットスーツだ。

 

「これは、パイロットスーツ……?」

「そのパイロットスーツは、【DDS】とよばれる対G用薬剤投与システムが搭載されているの。これなら、NT-D発動時にGの負荷が軽減されるわ。そして、これを使ってNT-Dに慣れる特訓をする。今のあなたじゃ、NT-Dに振り回されてるだけ。強くなりたいなら、相応の覚悟はしておくことね」

「特訓……」

 

 その言葉を繰り返して口述すると、リュートはつばを飲み込み、パイロットスーツを形相の顔で見つめた。

 エイリーの部屋を退室し、頂いたパイロットスーツをロッカーに戻すためにロッカールームへ向かう。

 だが道中、リュートは今でも気持ちは晴れやかにはなれなかった。それは、自分は生涯この世界で生きていくしかないのかという懸念だ。

 仮に戻ったとしても一体どのような人生を送るのか、それ以前に送ることができるのかやるせない気持ちが彼を苦しませている。

 ため息を吐き、疲れた表情をしていたら、角前でカレヴィとばったり会い、考え事で目の前にある物を見えていなかったリュートは思わず驚いて声を荒げてしまう。

 

「か、カレヴィ……!?」

「おう、リュート。なんだ、そのパイロットスーツは?」

「エイリーさんから貰ったんだ。ユニコーン専用のパイロットスーツだって」

「そうか。あと2時間でアークエンジェルが出港する。まだフォン・ブラウンか避難民の人たちに心残りがあるなら、今のうちに済ました方がいい」

 

 カレヴィの進言にリュートは前向きに検討した結果、フォン・ブラウンで共に戦ったライノ・ブルスの見舞いを思い付いた。

 残り2時間でフォン・ブラウン市にある病院ならば、今行けば出港まで十分間に合う。

 憂鬱な表情から少しばかり明るい表情になったリュートは、気の利いた発言をしたカレヴィに感謝した。

 

「うん、そうしておくよ。ありがとう、カレヴィ」

 

 顔を上げて快く立ち去っていったリュートの背中を見ていたカレヴィは、表情を変えて角前で出合い頭になるまでのリュートが歩いていた廊下を歩き始める。

 歩き続けて彼の足を止めた先は、エイリーの部屋。

 カレヴィはドアをノックすると、リュートの作成していたエイリーは感づき、そのデータを一時保存した後、パソコンの電源を落とし、「どうぞ」と答えた。

 カレヴィを見たエイリーの表情は、想定していなかった人物が来たと言わんばかりに焦りが少し見え始めている。

 

「あら、あなたがこの艦に乗っていたなんて。久しぶりね、カレヴィ。ビスタル・メカラニカ以来かしら?」

「今はそんな気分じゃねぇんだ、エイリー。……リュートに何か吹き込んでねぇだろうな?」

 

 自然な会話で持ち掛けて気を紛らわそうとするエイリーにカレヴィは、その作戦を見通すかのような般若のような形相と鋭い眼差しでにらみ付ける。

 恐らくリュート視点で自ら自分は異世界人とカミングアウトするはずはない。偶然会ったリュートの表情を読み取って憶測でここまで辿り着いたと、エイリーは推測した。

 今ここで幼なじみであるカレヴィにリュートの真実を語っても信用に値するかどうか正直見当が付かない。

 かといって、互いが互いを知っている腹で嘘で誤魔化せるほどカレヴィは容易い相手ではないし、出会って間もないリュートの秘密を守る義務がある。

 カレヴィの指摘にリュートとの約束を破り、真実をここで打ち明けて納得させるか、それとも守り続けるかの板挟みの状況の中、エイリーの答えはすでに決まっていた。

 

「……何のことかしら? 私はただ、ユニコーンのことを話しただけよ?」

「もう一度言う。リュートに何を吹き込んだ?」

「……あなたが同じ質問をし続ける限り、こちらも同じ答えで答えるわ。昔から感が鋭かったあなたにとっては納得がいかないでしょうけど、これは事実だから」

 

 リュートとの守秘義務を選んだエイリーは、罪悪感を抱えながらもカレヴィを押し通し続けて部屋を後にしてユニコーンが保管されている格納庫へ向かう。

 

「あ、そうだ! リュート君と一緒にユニコーンの調整をするんだった! すっかり忘れてわ!」

 

 と、ワザとらしく、あざとい言い方をしてこの場から逃げ出した。

 

「……まあいいさ。今回は引き上げるが、あいつに何かしたら、例えお前でもただじゃすまさねぇからな……!」

 

 と、エイリーの苦手対象に入っているカレヴィはその形相を変えることなく、彼女をにらみ続けながら背筋を凍えさせるような捨て台詞を吐いて部屋を後にした。

 その扉が閉まり、カレヴィの足音は徐々に小さくなり、遂には聞こえなくなった。最初から既に神経を敏感にしていたエイリーは疲労し、脱力する。

 

「ふぅ、見ないうちに更に鋭くなったわねぇ、あのやろぉ……。リュートには何もしないっつーの……」

 

 と、多少口が悪くなった挙句愚痴を盛りつけた独り言を呟いた。

 隠し事がなかったのなら、これを喜ぶべきだろうが、この場合は本当に喜ぶべきなのか迷っていた。それは彼をよく知っている自分自身でも分からないまま向かう。

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルが出港する1時間50分前、リュートはパイロットスーツをロッカールームに収納した後、アークエンジェル周囲を徘徊していた。

 カレヴィの進言で一言言わないといけない相手であるライノ・ブルスが所属するレジスタンスを探していたのだ。

 ライノ・ブルスの見舞いの発想は良かったものの、彼が所属するレジスタンスの同胞についての情報の当てもなく探し続けていたので正直困っていた。

 そこにルル・ルティエンスと眼鏡をかけた老人が何かを話しながらリュートの前を横切って歩いていた。

 

「あれは艦長代行……。それと、あの話している人は誰だろう……?」

「あ、リュートさん。どうしたんですか?」

「あ、いえ。それよりもこの人は……?」

「この方はフォン・ブラウン前市長のビル・ウーバン氏です」

 

 ルルと対話していた彼がフォン・ブラウンの前市長――ビル・ウーバンだ。

 ビル・ウーバン氏はルルの前に出て被っていた茶色のハットを取り、リュートに向けて自己紹介した。

 

「初めまして。私はビル・ウーバンと言います」

「あっ、こちらこそ初めまして……! 僕は漆原リュートと言います……!」

 

 少年の名前を聞いたビルは一度その名前を復唱し、以前ライノ・ブルスが言い聞かされていた名前と一致した。

 

「おぉ、君か! ブルス君から話は聞いているよ。その若さながら、フォン・ブラウンを守るために戦ってくれたんだね!? 本当にありがとう!」

 

 興奮から声を高らかにしてリュートの手を握るなどオーバーリアクションな接待にリュートは戸惑いを隠せなかったが、ビル・ウーバンが言い放った口述の中に

 

『ブルス君』という言葉があったことを聞き逃さなかった。

 リュートは早速、自然な流れから話題を変えてライノ・ブルスの行方を尋ねる。

 

「あ、い、いえ……! そ、それよりも、ウーバンさんはライノ・ブルスさんを知っているんですか!?」

「ブルス君は、今近くにあるフォン・ブラウン市病院で入院しているが、元気だよ。なんだね、彼に会いたいのかね?」

「……はい。出港する前にブルスさんに会わないといけないと思いまして」

「なるほど。わかった。私の車で送ってあげよう」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 次から次までビル氏の厚意にリュートは、深々と頭を下げて感謝した。

 

「ルティエンス殿、私はこの子を病院まで送りますのであとはよろしくお願いしますぞ」

「はい! リュートさん、いってらっしゃい!」

 

 ルルに見送られながらリュートはビル氏の車でライノ・ブルスが入院しているフォン・ブラウン市病院に向かい、10分足らずでその市病院に着いた。

 受付にいるナースにライノ・ブルスが入院している部屋を聞くと、ライノ・ブルスが入院している部屋は4階にある417号室と区分されている個室だ。

 ビルより先にたどり着いたリュートが扉をスライドしてその部屋に入ると、足元に何かが当たる。

 

「いたッ……!」

 

 声からしてどうやら小さな女の子が出合い頭に当たってしまったようだ。

 しゃがんだリュートは反動で尻もちをついている女の子に故意ではない衝突に対して謝罪するが、見たことのある顔の女の子だった。

 

「あぁ、ごめん! 大丈夫!? あれ、君は……」

「あ、リュートおにーちゃん!」

 

 当たって尻もちを付いた少女は、フロンティアⅣの避難民としてアークエンジェルに乗り込んでいたアイリだ。

 こんな所で会うなんて正直思っていなかったリュートは、驚きを隠せずにいた。

 

「アイリ! ここは病院だから走っちゃダメって……あら、あなたはアークエンジェルにいた……」

「やっぱり、アイリちゃんとそのお母さん! でも、どうしてここに……?」

「きょーはパパにあいにきたのー!」

「ぱ、パパって……じゃぁ、アイリちゃんのお母さんとライノさんはご夫婦……!?」

「まぁ、そういうことになるわね……」

 

 と、苦笑いするアイリの母親。

 

「うるさいなぁ。もう少し静かにしてくれないか?」

 

 騒がしい声に釣られたのか白で染まったこの部屋の奥にあるカーテンの隙間から不機嫌で寝ぼけた顔がひょっこりと出る。病衣姿のライノ・ブルスだ。

 頭部には包帯が巻かれ、左腕には透明の液体がパックされている点滴用の針が埋め込まれているが、元気な声や機敏な動きからして命に問題はないようだ。

 

「おお、誰かと思えばリュート君じゃないか! ビル前市長殿が連れてきたんですか?」

「この子が君に会いたがっていたものでね、すぐ連れてきたんだ」

「ライノさん、まだ休んでいた方が……」

「僕はこう見えてタフなんだ。怪我なんて1日あれば十分……いてて!」

 

 と、元気アピールで動かしたことが裏目に出てしまい、体中に痛感する激痛によりゆっくりとベッドに横たわる。まだ戦闘の傷が完全に癒えていないのだ。

 慌てたライノの妻が駆け寄ってゆっくりとライノの体を寝かして最後に掛け布団を掛ける。

 

「もう……。先生がしばらく安静にしてって言ってたじゃないの」

「ははっ、すまないな、リィズ。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

 

 と、茶目っ気なライノは苦笑いし、リィズと呼ばれたライノさんの妻もその笑顔に釣られて微笑んだ。

 そのタイミングを見計らったウーバン氏は、咳払いしてリィズとアイリの前に立つ。

 

「ああ、申し訳ないが、奥さんと娘さんは少し間退室してください。すぐ終わりますから」

「……分かりました。ジュースでも買おうか、アイリ」

 

 市長の言葉の中身にある恐怖を少し感じながらも、自分の娘の心配してくれたことに納得したリィズは、アイリを抱きかかえて部屋を後にする。

 ドアが完全に閉まり切ると、早速リュートは薄々感じながら自分を残してもらったウーバン氏の意図を尋ねる。

 

「市長、僕を残したってことは、コロニー連合軍のことですか?」

「……察しが早くて助かるよ。これから話すことだが、これを聞いてしまったら、もう後戻りできないかもしれない」

「どういうことです?」

「まずはこれを見てもらった方が早いだろう」

 

 ウーバン氏のかばんから表紙に金箔に塗られた十字架とパーツで部分装飾された白い本を出し、リュートに手渡す。

 

「これは聖書?」

「……中身の最初のページを見てくれ」

 

 ウーバン氏の言う通りそのページを開いてみると、タイトルなのかページの真ん中に奇妙な言葉が大きく書かれていた。

 

「破壊の神と創造の神、それすなわち表裏一体の神なり……? 何だこれ?」

「この聖書は、ガジーの執務室だけじゃなく、ガジーに関係がある人物の自宅と同じものがいくつか発見された」

「……カルト教団か。こりゃまた面倒なことに首を突っ込んだな」

 

 リュートもその言葉に耳にしたぐらいだが、聞いたことはあった。

 彼がいた地球にもそのような宗教は存在していた過去があり、それらもまたあがめられた指導者の命によって人々を虐殺したりしていた。だが、現時点では既に全てのカルト教団は解散されていて、予兆も確認されていない。

 そして、ライノが発言した、『面倒なことに首を突っ込んだ』ということは、まだこの世界にはカルト教団が潜んでいるということになる。

 夕日に照らされていながら窓からフォン・ブラウン市の景色を遠くに眺めているウーバン氏にリュートは再び尋ねる。

 

「じゃぁ、このカルト教団もどこかで本拠地を構えているってことですか?」

「いや、今はどこでもメールや電話が使える時代だから通常は一個人が点在しているだろう。そして、こっそり集会するのだから、発見するのは容易ではない。さて、話はここまでにしよう。アイリちゃんと奥さんが待ってるからね」

 

 自分から話し始めたウーバン氏は途中、手を叩いて表情を変え、自分から辛気臭い話は幕を閉じた。

 

「分かりました。リュート君も今日は来てくれてありがとうな」

「いえ、出港する前にライノさんに会っておこうと思ったものですから。レジスタンスの人たちはこれからどうするんです?」

「アルフレッド・ルー・ガジーの非道な独裁政権は崩れたし、奴のおひざ元で暮らしていた連中も全員逮捕したしな。あとは、市民の信用に足る人物が新市長になって、このフォン・ブラウンを守る機動警備隊を再結成してくれることを祈るだけかな。君たちがここに戻ってくれることとは限らないしけど、また会えると信じてるよ」

 

 ライノの笑顔とその言葉にリュートは照れ臭くて真っ赤な顔をしていたが、心の中では感じたことがないほど歓喜していた。

 それだけで自分たちがしてきたことは間違っていなかった、困っている人たちを助けることができたと心の底から誇れるように思ったのだ。

 

「……僕もです」

「では、この辺で。お大事にな、ライノ君」

「はい。今日はありがとうございました」

 

 別れの挨拶を済ましたリュートとウーバンは病室を出ると、目の前にライノの妻と缶ジュースを飲んでいる娘が座って待っていた。

 気づいたウーバン氏は、その2人に駆け足で近寄って感謝を伝える。

 

「奥さん、今日は突然お邪魔してすみませんでした」

「いいえ、来てくれただけでも感謝しています。ありがとうございました、新市長」

 

 明るく感謝を述べたリィズの視線は、ウーバンからリュートに向けて話を続ける。

 

「それで、この子はどうするんですか?」

「リュート君はあの艦に乗せます。彼には行くべきところがあるんです」

「リュートおにーちゃん、もうあえなくなるの?」

 

 と、眉間を寄せて悲し気な表情で訴えてくるアイリに何を言えばいいのか悩んでいたリュートは、レーアの行動を思い出して幼児にも分かる簡単な言葉でしゃがんで優しく答えた。

 

「……しばらくお別れするだけだから。またどこかで会えるよ、きっと。アイリちゃん、元気でいてね」

「……うん! あ、これおにーちゃんにあげる!」

 

 小さなバックパックのポケットから皮と綿で作った男女の小さな人形が取り出された。その2つの姿は、髪の色や形からしてリュートとレーアだろう。

 今までこのようなことがあったのだろうかとリュートは、人形を抱きしめながら祖父母以外の他人から優しく受け入れている温もりに思わず泣きじゃくる。

 

「おにーちゃん、だいじょーぶ?」

「……うん、大丈夫だよ。アイリちゃん、これ、僕とレーアお姉ちゃんだよね?」

「うん! そうだよ!」

 

 そのことを聞いたリュートは満足げな顔をして、涙を拭ってもう一度人形を見た。

 

「……ありがとう」

 

 入院しているライノ・ブルスの様子を見に行くという目的を達成しただけでなく、自分を支えてくれる人たちを心の底から守りたいと思い始め、彼らのために戦うことの決意を固めたリュートは、ウーバンの車で再び宇宙港に戻った。

 その1時間半後のアークエンジェル出港時間、ブリッジにいたルルは、マドックやクルーたちと共に最終確認をした。

 

「メインスラスター及びサブスラスター出力、規定値超え確認。ラミネート装甲、各武装チェック、異常は見られません」

「内部重力バランサー、安定。各換気排出器官、正常。システム、オールグリーン。艦長代行、いつでも行けます!」

「はい。では、アークエンジェル、発進してください!」

 

 ルルの合図でアークエンジェルは多くのフォン・ブラウン市民の歓声に見守られながら宇宙港から旅立ち、目的地点であるニューヤーク基地に向かうため、地球へ出港。

 その様子を黒と灰色のツートーンカラーをした機体がライフルの形をしたカメラで映し、その映像を月の裏側周辺で漂っている微惑星に隠れているグワダンに送られた。

 中継役を買って出た機体は、【ザクⅢ強行偵察型】。その名の通り、偵察のために作られたザク系統の機体である。

 ザクⅢ強行偵察型から映像信号をキャッチしたグワダンのブリッジクルーは、すぐに知らせた。

 

「偵察機より入電! 光学映像、出します!」

 

 そのブリッジクルーの操作でグワダンの大型モニターにアークエンジェルが宇宙港から出ていく様子が映し出された。

 

「アークエンジェルが動いたか。これより我らも作戦行動に入る!」

「グワダン、発進! 追尾目標アークエンジェル! レーダーにギリギリ引っかからない距離で追えよ!」

 

 艦長の指示で微惑星に突き刺して艦体を固定していたアンカーを収納し、アークエンジェルに向けて発進した。

 同時にジェイは体を180度方向を変更してドアの方へ向かっていく中、艦長にこう伝える。

 

「しばらくは任せる、ヒューイ。私は、機動遊撃部隊との最終ブリーフィングに行ってくる」

「その機動遊撃部隊とは、オルドレア隊のことですかな?」

「今回の作戦においては、彼らしか頼めないからな。それに、私はあらゆるもの全てを教えたつもりだ」

「……了解しました、大佐」

 

 承諾を得た直後、ジェイはブリッジを後にする。

 2ブロック先にあるブリーフィングルームでソアル率いるオルドレア隊がジェイの到着を今か今かと心待ちにして座っていた。

 ジェイがこの部屋に来室すると、4人のパイロットたちは一斉にして立ち、一糸乱れぬ機敏な動きでジェイに向けて敬礼した。

 彼も敬礼して手を下すと、パイロットたちも続いて手を下して着席する。

 

「これより最終ブリーフィングを行う。まず最初に伝えるべきことがある。先ほど、フォン・ブラウンからアークエンジェルが発進したことが確認された。現在レウルーラはアークエンジェルを追跡中だ。アークエンジェルは、現在2つの管轄エリアの抜け道を通る。我々はその抜け道を利用し、強襲を仕掛ける」

 

 ジェイの背後にある長方形のモニターを起動し、戦闘中のユニコーンと移動中のアークエンジェルの映像が映し出され、教卓の内棚に置いていたレーザーポイントを取り出して順序に説明を追っていく。

 

「前回のブリーフィングでも言ったが、ミコット少佐の情報でアークエンジェルにユニコーンが搭載されていることが確定された。ユニコーンの他に搭載されているガンダムタイプの機体も2体と確認されているが、どちらも高い戦力を保持している。だがあくまでユニコーンの奪還、又は破壊が我々の最優先目標だ。レウルーラもアークエンジェルの追撃に参加し、可能な限り支援をする。またユニコーンは、ガンダム形態になる。そうなった場合は、むやみに戦闘を繰り広げるな。しばらく経過すれば、自然と元の形態に戻り、戦力も大幅に下がる。勝敗を決するのはスピードだ。これが戦局を左右されるだろう」

 

 ジェイの作戦の説明を終えたところで一番前に座っていたソアルがスッと挙手し、この作戦とは無関係の質問をする。

 

「大佐、1つ質問があります。……この作戦とは無関係ですが、ユニコーンのパイロットは少年、という噂を聞いたんですが、本当ですか?」

「ああ、本当だ。身振りからして民間人のようだったが。それがどうかしたのか?」

「……いえ、何でもありません。質問は以上です」

「各員は戦闘に備えろ、解散」

 

 最終ブリーフィングが終わり、ジェイのあとにオルドレア隊がブリーフィングルームを退室すると、居ても立っても居られず先ほどの質問を訪ねてきたのはラーナだ。

 

「……ソアル、なんであんな質問したの?」

「ラーナ、あれは……」

 

 黙秘をし続けるソアルの代弁をしようとするアイーシャにラーナは、チームの仲を壊さないよう振り払う。

 

「今はソアルに聞いてるの、アイーシャ。ソアル、あたしの質問に答えてよ」

 

 部隊を預かる一隊長としての使命や威厳を損なわせないために内側でため込んでいた不安がラーナの往生際の悪さに負けて遂に吐き出した。

 

「……あの時、ユニコーンのパイロットが少年という事実からか、なぜかあいつのことを思い出してしまってな。せめて、あいつじゃなければなって思ってな」

「リュートのことね……。それは、あたしたちだって同じ気持ちよ! それに、リュートがユニコーンのパイロットっていう可能性はかなり低いから、心配する必要なんてないのよ、ソアル。仮にそうだとしても、隊長が不安がってちゃ、あたしたちまで不安になっちゃうわよ……」

「ラーナの言う通りだ。ソアル、お前がやりたいことをやればいい。俺たちは底まで付き合うよ」

 

 見透かしていたラーナを筆頭として一同にから鼓舞されたソアルの表情は、だんだんと良くなっていった。

 

「……ああ、そうだな。すまない、ラーナ、みんな」

 

 〇 〇 〇

 

「レーア!」

 

 後ろからアークエンジェルの廊下に響くリュートの活気ある声にレーアは、振り返る。

 

「どうしたの?」

「渡したいものがあるんだ、これを」

 

 たどり着いたリュートはポケットからアイリからもらったレーア似の人形を渡す。

 

「これ、私?」

「アイリちゃんが作ってくれたんだ。僕のもあるよ」

 

 もう1つのポケットからリュートの人形も取り出し、レーアに見せびらかす。

 

「そう、あの子が……」

 

 反応は泣きじゃくるまではいかなかったが、リュートとほぼ同じで自分似の人形を見て微笑んでいた。

 このタイミングで何か声をかけなければと考えたリュートは、人の温もりを感じた自分の意志をレーアに伝える。

 

「……レーア、僕はあの人たちと会って思ったんだ。こんな時、自分のことで精一杯なのに僕を気遣って慰めたりしてくれたんだ。今の僕は戦うことしかできないけど、あの人たちを守りたい、守る戦いを僕はしたい!」

 

 表情や偽りのない言葉、曇り1つもないリュートの瞳にレーアは、まるで別人に会ったかのように驚きを隠せずにいた。

 だが、その驚きは同時に嬉しさでもあった。

 レーア目線、最初に見たリュートはおどおどしていた。戦争に巻き込まれた一般人なのにモビルスーツに乗って戦闘を繰り広げていたから無理もなかったが、今のリュートは見違えたかのようにその面影が全くない。

 

「……リュート、変わったね」

 

 言葉と一緒に優しく微笑むレーアにリュートは、まんざらでもなく照れ臭く感じて思わず赤面する。

 

「そ、そうかな? じゃぁ、僕は行くから」

「行くってどこへ?」

「特訓だよ!」

 

 姿が見えなくなるまで彼の背中を見続けたレーアは、嬉しい表情をしながら自分が成すべきことを成すために移動した。

 エイリー・ビスタルは、自分の部屋でパソコンを使ってリュートに関する書類を作成していた。この世界でも生きられるように住所や電話番号といった偽の個人情報を作成していたのだ。

 ある程度区切りがついたところで腕を伸ばして休憩を取っている最中、突然ドアが開く。

 そこには、パイロットスーツを持ちながら決意を固めて真剣な表情をしているリュートがそこにいた。

 リュートの表情を読んだエイリーは、彼の意志を感じた。

 

「腹は括ったって顔だねぇ~。良い表情だ」

 

 早速、モビルスーツ格納庫に向かい、前方のエクシアと後方の修復中のウイングに挟まれているユニコーンのコックピットを開いて専用パイロットスーツを着たリュートが強くなるために自分の意志を背負ってこれに乗る。

 

「それで、ユニコーンをどうするつもりですか?」

「まずはシステムを起動させて。そこからOSとか色々見てみるから」

 

 リュートがシステムを起動すると、エイリーは、ビスタル・メカラニカに勤めていたことだけあって慣れた手つきでタッチ画面の表示を多種多様存在するOSまでたどり着き、アルファベットと記号で構成されたシステムを間近でしかめっつらして睨み付ける。

 

「んー、やっぱりデフォルト設定にしているけど、あんまり適したものじゃぁないね。かと言って、少し変えただけでも崩れるから微調整がしづらいし……。しょーがない、調整用のOSとNT-Dの解除条件の変更をするしかないかー。その間リュート君は、NT-Dに耐える時間の増加でもやっておきなさい」

「どのくらいかかるんですか?」

「まあ2、3時間あれば、十分ってとこかな。ほらほら、しっかり訓練したまえ。こちらはOSのプログラムコードを新しく書いておくから」

 

 と、ペースに呑まれているリュートに言わせる言葉も余裕も成すすべもなく、仕方なくユニコーンのNT-Dを発動して特訓に移る。

 リュートは一回深呼吸をして集中力を貯めて発声する。

 

「NT-D起動……!」

 

 彼の呼びかけにユニコーンも呼応し、ガンダム形態であるデストロイモードに変形した。

 

「今のところ、大丈夫そうだな……」

 

 リュートが考えている時点で意識も呼吸も安定しており、実践でも戦闘継続に支障がない。

 このまま5分持ちこたえる訓練を何回もしていれば、ガンダム形態のユニコーンを意識と伴いながら使用することができる。

 リュートはそう考えながら、意識を保つことに専念していると、突然明かりが消えたかのように自分の周囲のコックピットも何もかもが消え、闇の中に放り込まれた。

 

「え、なにこれ……!? エイリーさん!」

 

 困惑したリュートは慌てて周囲を見渡すも、地平線さえ見させない程その闇は広がっている。

 何か別の方法はないものかと途方に暮れていると、目の前に1つの光の玉がゆらゆらと漂っていた。

 今にも消えてしまいそうなその光の玉に手をかざすと、その光は広範囲にわたって光に包まれる。

 あまりの眩しさにリュートは腕で目を守り、その明るさが元に戻ると、どこからか足音が聞こえた。ゆっくりと、こちらに近づいていく足音にリュートは耳にしていた。

 そして、周囲の暗さに順応したおかげでリュートの目の前にわずかな光が差し込んでもはっきり見えるようになった。

 彼の眼にはすぐ目の前にガラスのようなものが張っており、その手前に気泡も見えている。どうやら液体で満ちた何かのマシーンの中にいることは確かだ。

 そこに2人の男性と思しき影がこちらに迫ってくる。

 

「これは……どういうことだ……? なぜ彼女が……!」

「彼女……? これは、誰かの記憶なのか……?」

 

 暗闇で顔は見えなかったが、驚きと怒りで声を荒げている男性が理由を問う1人の人間は臆せず、悠長に答える。

 

「あの実験体は、戦争を終わらせる鍵なのです。そして、これから行う実験の内容を伝えましてね、彼女も同意してくれました」

「だ、だが! だからといって、こんな非人道的なものを私は同意するものか! 今すぐ中止するんだ!」

 

 だが、その流暢な男はその心意気は買うが、周りをよく見えていないと言わんばかりに一度ため息を吐く。

 

「……あなたは、平和を願っていた彼女自身の思いと願いを踏みにじるおつもりですか?」

「そうではない! それとは別の、戦争を終わらせる方法は他にもあるということだ! 誰も犠牲を必要としない方法を!」

「……随分とイデアリストですね。だが、理想を語ってもその理想に追いついていない現実じゃどうしようもない」

 

 だが理想を語っていた男は、諦めきれなかった。どのような現実を言われようとも、必ず救う道があると信じて。

 その証拠に男の握った拳は己の信念を宿して固く、震えていた。

 

「それに、あなたはもっと現実を目に向けるべきだ。漆原ジュンイチ研究員」

「なっ……!?」

 

 この実験を推していた男が口にした思いがけない名前にリュートは肝を抜いていると、リュートに目に映った光景は再び暗闇に戻ろうとする。

 焦ったリュートは、光景に向けて手を伸ばす。

 

「……ッ! 待って! もう少しだけ見せ……」

 

 だが、その光景はリュートの答えにそぐわず、再び暗闇の中に消えてしまい、そしてリュート自身も闇に呑まれてしまう。

 

「――ト君……。リュート君!」

 

 誰かが呼ぶ声にリュートは、少しずつ目を開く。

 視点を調整しつつ起き上がって最初に目にしたものは、こちらを心配して接近しているエイリー・ビスタルの姿だった。

 

「う、うわぁぁッ……!」

 

 完全に意識が回復した時、リュートは思わず驚嘆の声をあげ、エイリーもそれにつられて驚き、屈んでいた体を仰け反る。

 

「驚かさないでよ……。ユニコーンのフルサイコフレームの光が消えたから何かあったのかと少し焦ったわ……。あなた、特訓中に意識を失ってたのよ」

(意識を失ってた……?)

 

 エイリーが発したその言葉に驚きを隠せなかった。

 誰かの記憶を見た時でも確かに意識もあったし、起きている自覚もあったが、あれがもし夢だったのなら、まだ自分が生まれた地球でいつか見てた夢のように現実味を帯びている。未曾有の出来事に直面したリュートは、整理ができないどころか状況が把握できなかった。

 

「ねぇ、リュート君! 聞いてる!?」

「あ、はい……。その、心配かけてすみませんでした……」

 

 反省している様子でこれ以上何も言えなかったエイリーは、一度ため息を吐く。

 

「まあ、いいわ……。とりあえず医務室で休憩してなさい。次は、6分を目安として行きましょう」

「……分かりました」

 

 エイリーの指示に従ってリュートはユニコーンから降り、先ほど見たものは何だったのかを考えながら医務室へ向かう。

 

(あの時見たものは、本当に夢だったのか……? でも、あの時は、確かに眠る要素なんてなかったのに……)

 

 エイリーの発言に嘘はなく、考えるに考えるを重ねる毎に頭がパンクしそうになるのでこれ以上の考慮は考えないようにした。 

 

 〇 〇 〇

 

 横から「大佐!」と多少焦りが混じっている声が聞こえた。

 声と共に駆け寄ってきた者は、ナイトフォース隊という部隊名の隊長であり、トールギスのパイロットでもあるエイナルだ。

 

「なぜ我々をこの作戦に参加させてくれないのですか!?」

 

 その不満からエイナルは、ジェイに真っ向から抗議をする。

 

「ブローマン少尉……。この作戦は、スピードを重視した追跡戦なのだ。君のトールギスや君の部下のジンクスⅢでは、到底ではないが、時間がかかってしまう」

 

 ジェイの判断は、的確で効率的だ。

 エイナルの愛機であるトールギスとジンクスⅢは、比較的バランスの取れた機体。

 並外れた技術力と機動性を重要視される、この作戦においては、足手まといになる可能性もあるからだ。

 ジェイは、各隊の隊員が持つモビルスーツのスペックをある程度把握した後、算出された答えがソアル率いるオルドレア隊の単独行動。

 理にかなった結果でも腑に落ちないエイナルは、抗議を続ける。

 

「しかし……!」

「これは、命令だ。ブローマン少尉」

 

 悪あがきと思われたジェイから叱咤されたエイナルは、興奮から覚めて一度冷静になり、しばらく無言になった。

 

「……すみません、熱くなりすぎました。失礼します」

「待て、ブローマン少尉。己の復讐心だけで戦える程、戦争は甘くない。それだけは、ゆめゆめ忘れるな」

「……肝に銘じておきます」

 

 幾度も戦争と対立したことがあるジェイだからこその説得力がある発言にエイナルは、その言葉を胸に閉まって去っていった。

 彼の背中を見つめているジェイは、ただ密かにエイナルが強くなってくれることを祈りながら見届けた。

 

 〇 〇 〇

 

 リュートが特訓を開始してから2時間が経過した。

 かれこれ5回目の特訓でエイリーが片手にタイムウォッチをもって計測していると、NT-Dを発動してから間もなく10分が経過しようとしていた。

 最初の一回目の時に見たあの夢はもう見なくなっていた。結局、あれは何だったのかとリュートは、

 残り10秒になったところでカウントダウンをし始める。

 

「5、4、3、2、1……よし、終わり!」

 

 合図と共に高い集中力を維持してきたリュートはふっと途切れ、脱力する。

 そして、ユニコーンもデストロイモードからユニコーンモードへと変形する。

 

「お疲れさん、かなり稼働限界時間を延ばせるようになってたね。これなら、次のステップへ進める」

 

 これまで専用パイロットスーツを着ているからかどうかは分からないが、これまでと比べて意識ははっきりしている。

 だが、集中力を保持し続けたからか、息が荒いでいるリュートは多少フラフラしている。

 

「ビスタルさん、そろそろ休憩したいんですけど……」

「はいはい。次の特訓は、無法宙域で行うから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、リュートはエイリーが言う『次のステップ』の意図を読み取った。

 

「……実際に飛ばすんですか?」

「お、察しが早いねぇ! でも、無法宙域まではまだ時間があるからその間、医療室とかでしっかり休憩してもらいなさい」

「……わかりました」

 

 エイリーの助言でリュートは、その通りにすることにした。

 体を浮かしながら移動して医療室へ向かうと、この廊下の途中に飲み物の自動販売機がある少し広まったエリアにルルがジュースを受け取ってため息をついていた。

 そしてまた、徐々に近づいていくリュートにルルも気付いていた。

 

「あ、リュートさーん」

「艦長代行……」

 

 ルルは手を伸ばしてこのエリアに止めるポールの役目を作る。

 

「エイリーさんから聞きましたよ、ガンダムタイプ形態になったユニコーンを使って特訓をしているって」

 

 この時リュートは、彼女に謝ればならないと感じていた。

 グラナダでソアルたちに偽りの自分を(さら)け出してしまったショックで黙り込んでしまった自分にルルは必死に説得したが、無言を貫いていた。いや、聞いてはいたが、言葉を返せなかったのだ。

 リュートは軽く深呼吸をしてルルに向けて口を開く。

 

「ええ、まあ……。あの、艦長代行、この間はご心配をかけてすみませんでした」

 

 深々と頭を下げるリュートにルルはあたふたしながらも自分の意見を述べる。

 

「い、いいんですよ、もう……! それにリュートさん、初めての友達に偽りの自分を曝け出す辛さは、痛いほどよく分かりますから……」

「僕が落ち込んでた時、艦長代行が言っていた言葉、僕は今でも覚えています。それほど大切にしてくれているんだなって思いました」

 

 リュートが何気なくその言葉を言うと、今度は頬を膨らませて怒った表情でリュートに叱咤する。

 

「当たり前です! 仲間なら尚更ですよ!」

 

 ルルが放った心に思ってる言葉にリュートの過去が否定され、鎖から解放されたかのように体が軽く感じた。

 そして、その過去にあやかって自分自身までも嫌いになりかけていた自分に思わず笑いがこみ上げる。

 久しぶりの笑いだろうかとリュートは考えたが、もう忘れたと割り切り、この瞬間を体全体で感じ取っていた。

 突然笑い出したことにルルは、何か変なこと言ってしまったのかと理由を問いながら怒り出す。

 

「な、なにが可笑しいんですかー!」

「あ、ごめんなさい。今まで自分自身を皮肉ってた自分が可笑しくって、つい……。でも、ありがとうございます。それだけでも、僕は嬉しいです」

 

 リュートの表情を見たルルは、すごく楽しそうに感じていた。

 

「……リュートさん、なんかすごく生き生きしています! 今まで最高に生き生きしています!」

 

 笑うリュートに連れてルルも笑い出す。

 咄嗟にリュートはあることを思い出した。それは、次の特訓の内容である無法宙域での出撃許可の件だ。

 

「あ、そうそう。艦長代行、次の特訓は無法宙域で実際に機体を飛ばすんですが、その許可をください」

「無法宙域でですか……」

 

 と、口を開いたルルがその答えを渋る様子がおかしいと思ったリュートは疑いたくはなかったが、念のために少し揺さぶりをかけて問い尋ねる。

 

「何か、不都合なことでも?」

「そうじゃないんですけど、ただそのエリアは、通った艦が行方不明になるっていう噂が後を絶たなくって……。何もなければ、いいんですけど……」

「そのエリアを通った艦が行方不明になる……?」

 

 ミステリアスを漂うその言葉にリュートは興味を持つ。

 

「んーこの件はマドックさん、ノエルさんと要相談ですね。周囲に敵がいなければ、おそらく問題はないかと思いますが、念のため、武装も忘れないでください」

「……分かりました。では、僕は医療室に行って休憩を貰ってきます」

「わかりました……」

 

 医療室へ向かうリュートに対してルルはただ心配でしかなかった。

 それは、リュートがやられるという不安からではなく、いつの日かリュートが別の何かになるのではという恐怖からだ。

 代行であるが、一戦艦の艦長という立場とモビルスーツ乗りという立場を間近で交えてルルはそう感じるようになった。

 

 〇 〇 〇

 

 同時刻、アークエンジェルのレーダーに引っかからないギリギリの距離を保っているジェイが持つ艦――グワダン。

 そのブリッジで不動立ちで佇むジェイは遠くに見据えているアークエンジェルを睨みついていた。

 そして、頭上にあるマップが表示されているモニターを一回見ると、ジェイはあることを思い出す。

 

「……そう言えば、アークエンジェルが向かうエリアにはある噂が蔓延っていたな」

 

 そのある噂と言うのは、ある無法宙域で通る艦及び宇宙船が行方不明になるという噂だ。

 コロニー連合軍でもその噂は聞きつけていたが、コロニー間で正式な航行ルートではないためその真偽はまだ謎のままだ。

 

「なんでもあのエリアを艦が通れば、必ず行方不明になるという噂でしたかな。まさか、それを利用してアークエンジェルもろとも始末する気では……」

「奴らを甘く見るな。仮に私がそうだと言っても、その作戦は失敗に終わる。負ける戦で勝負する程、私は愚者ではない」

 

 仮面越しから睨み付けられる鋭い眼光とその声に似合った重圧にヒューイは悪寒を感じ、自身が口述した失言を撤回しつつジェイの作戦を聞き出す。

 

「これは、失礼しました……。では、いかがのように?」

「無論、我らも突破する。そのために私やオルドレア隊がいる」

「さすがは、特務大佐。言うことに説得力が感じられますな」

 

 花を持たせようとする艦長の意図に効率を重視する仮面の男には効かず、次の命令を出す。

 

「おだてる余裕があるなら、警戒態勢の命令を出したらどうなんだ?」

 

 これんはヒューイもお手上げだった。仕方なくジェイの命令に従い、通信士に声をかける。

 

「これは手厳しいですな……。通信士、艦内スピーカーをこっちにつなげ」

「了解」

 

 艦長の命令を聞いた通信士はモニターを確認しながらタイピングを打ち、艦長席の手元にある連絡回線に繋ぐ。

 

「連絡回線、繋ぎました!」

 

 通信士の合図によって艦長席の手元から受話器を取り出し、艦内に響くほどの音量でクルーに告げる。

 

《艦内クルーに告ぐ。本艦はこれより無法宙域に進入する。各クルーは、速やかに警戒態勢に移行せよ。繰り返す、本艦はこれより無法宙域に侵入する。各クルーは速やかに警戒態勢に移行せよ。まだ時間はある。慌てずに整えておけよぉ。以上だ》

 

 受話器を戻して一息入れたヒューイは、1つの可能性としてあり得ることについて再びジェイに問い尋ねる。

 

「……それで奴らがあれを突破したら、どうなさるおつもりですか?」

「その時は、そこに付け入る隙があるなら、突き込む……!」

 

 謎の仮面の男――ジェイは、ユニコーンに対して心の奥で静かに闘志を燃やし、大いなる野望を抱いていた。

 

 〇 〇 〇

 

 フォン・ブラウンを出港してからおよそ5時間が経過した現在、アークエンジェルはコロニーを中心とした半径3000キロメートルにも及ぶコロニー連合軍の管轄エリアの間をすり抜け、コロニーエリアと地球圏の間に広がる無法宙域に間もなく差し掛かろうとしていた。

 アークエンジェルの2時方向にポツンと小さく佇んでいるように廃墟コロニーが漂っている。そのコロニーはかつての党首が暗殺されたコロニーでもある。その名はアイランド・イフィッシュという。

 ユニコーンにはすでにエイリーが手掛けていた、リュートに合わせている調整OSも組み込んでいてリュートに合わせた戦い方ができる。

 ルルはすでに全クルーにユニコーンの訓練飛行ということで報告しており、ブリッジクルーは索敵をしていた。艦長代行の隣には、エイリーが見守っている。

 

「アークエンジェル、停止! クリンプトン曹長、周囲に機影は?」

「今のところ、ありません。一分毎に索敵データを更新し、ユニコーンに転送します」

「CICも迎撃準備完了です」

 

 アークエンジェルが停止すると、ブリッジの準備が終わったところでルルは受話器を取り出し、リュートがすでに乗っているユニコーンに繋ぐ。

 

《リュートさん、今から私たちがバックアップしますから訓練頑張ってください!》

《ユニコーンにリアルタイムで図れるよう計測器を仕込んでおいたから思う存分頑張ってきな》

《ありがとうございます、艦長代行、みなさん》

 

 アークエンジェルの左カタパルトデッキが開き、射出カタパルトに乗せたユニコーンを接続アームで武装させる。

 右アームには、ビームライフル、左アームには、2丁のビーム・ガトリングガン付きのシールド、そしてバックパックはハイパーバズーカが装備される。

 

《進路クリア。ウルシバラ機、どうぞ!》

「漆原リュート! ユニコーンガンダム、行きます!」

 

 リュートの掛け声で射出カタパルトが起動し、ユニコーンを無法宙域に投入する。

 特訓に集中するためにリュートが深呼吸をすると、突然脳内で頭が割れるような痛みが襲いかかる。

 

「うぅっ……!」

『……けて』

 

 そして一瞬だったが、脳内に響くような音をリュートは声だと捉えていたのだ。

 突如謎の頭痛に苛まれている少年はこの痛みに気にしていられず、辺りを見渡す。それと連動してユニコーンも周囲を見渡し始める。

 通信モニターでモニタリングしていたルルたちもリュートの異変に気づき、ルルが声をかける。

 

《リュートさん、どうかしたんですか?》

《今、声が聞こえて……》

《声?》

 

 ブリッジで一緒に聞いていたノエルは索敵モニターで索敵するが、モニターにはそれらしきアイコンが出てきていない。

 

《でも、この宙域に電波発生源は感知できていません。何かの聞き間違いじゃ……》

 

 頭を捻って渋い顔をするノエルの言うことにリュートは、それを否定する。

 

(確かに聞こえたあの声は、脳内に響くような感じだった……。アークエンジェルの後ろのも少し気になるけど、今は目で凝らして神経を集中して見つけるしかない……!)

 

 ある程度、頭痛が引いてきたリュートはもう一度呼吸を整えて冷静になり、全神経を研ぎ澄まして遠くに見据えるように見渡す。

 

『……ね……い、だ……て……』

 

 再び脳内に響きわたる音。これもまた、リュートが先ほど聞いた声らしき音と同じものだった。

 今の音を聞いたリュートは、聞こえた方角をある程度絞り出すことができた。その方角は、ユニコーンから見て1時の方向にある。

 

「まただ……。聞こえたのは、たしかあの辺り……」

 

 その方角を中心に目を凝らしていると、遠くにポツンとある破壊されたコロニーの影から一瞬だけ光が見えた。

 

「光った……? あれか!」

 

 何かの声と関連性が掴んだと踏んだリュートは独断でペダルを強く踏み、ブースターを点火してユニコーンをそこへ向かわせる。

 

《リュートさん、どこに行くんですか!? 今すぐ戻ってください!!》

 

 想定外の行動に出たことで慌てたルルはすぐに帰還命令を出すが、リュートはこれを無視して進み続け、遂には広範囲に渡る通信範囲さえもわずか数秒で越えてしまう。

 

「ユニコーン、シグナル範囲外……!」

「艦長代行……!」

「右回頭10! アークエンジェル、緊急発進! ユニコーンを追いかけます!」

 

 ルルの口頭でアークエンジェルはブースターを使用して、ユニコーンを追跡するために再び進行する。

 




この小説を見ている方たちに大切なお知らせがあります。
今日から自分が書いた二次小説を見直し、途中から修正して新しく投稿することになりました。前回書いた小説を読んでくださった皆さんには本当に申し訳ありません。
これからも自分が書いたものをどんどん修正して、最終話まで面白い小説に仕上げていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします!
                                ールーワンー

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