機動戦士ガンダムArbiter   作:ルーワン

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前回のあらすじ
 謎の敵集団、コロニー連合軍による襲撃を脱したアークエンジェルは避難民を下すために破壊されたフロンティアⅣを離れ、月にある中立都市、フォン・ブラウンへ急行する。
 だが、裏にコロニー連合軍が密かに糸を引いていた。ヴォルガを月へ送らせ、ユニコーンの捕獲及び地球軍の全滅を図り、強襲に襲われた。


散る命、懸ける命

 最後に出撃したユニコーンはカレヴィのウイングガンダム、レーアのガンダムエクシアと合流し、アークエンジェルの排除に向かう敵モビルスーツの所へ向かう。

 カレヴィのウイングを筆頭にレーアのエクシアとリュートのユニコーンがアークエンジェルが入ってきた宇宙港の出口を通ると、そこには空は宇宙、地面は月のリュートにとっては初めてのエリアに立つ。

 

「これが月……。すごい、初めて見た……」

 

 まだ選ばれた者しか月に行くことが許されなかった時代で育ったリュートにとっては、ごく身近にあるのに未知の世界に来たような感覚だった。

 

《ボヤッとするな、リュート! 敵が来るぞ!》

 

 初めて見た光景にポカーンと浮きながら感傷に浸っている時に発令された接近警報とカレヴィの声でリュートは我に返る。

 接近するモビルスーツは、ビームガンを持ったジムとバズーカ装備のジム・コマンド、両肩に固定されているキャノン砲を持ったガンキャノン、そしてバックパックにミサイル装備のフライトユニットを装着したダガーLが同時に一斉射撃をし、真横から降っているゲリラ豪雨のようになっていた。

 寄港の門の開口部のサイドに機体が丸ごと隠れる岩肌があり、リュートは右側、レーアとカレヴィは左側に寄ってそれぞれ盾代わりに使って射撃武器で応戦する。

 ユニコーンはひたすらライフルとビームガトリングガンを交互に撃ち続けた。

 2つのガトリングガンの銃口部分が回転し、数秒に2、3発の緑色の光の弾丸が何体か敵機体の各箇所に貫き、破壊とはいかないものの戦闘不能にまで陥らせた。

 銃撃戦では勝てないと判断したのか、1体のジム・コマンドがシールドを前に突き出しながら接近した。狙ったのは、リュートが乗るユニコーン。

 

「こっちに向かってくるなら……!」

 

 背中に付いているビームサーベルを手に取って迫ってくるジム・コマンドにリュートはビームライフルを使うが、既に動いているため狙いが定まらない。遂には、ビームサーベルの刀身が接触する範囲にまで接近を許してしまう。

 ユニコーンの後ろから先回りして襲撃を仕掛けようとしたジム・コマンドの胴体が切断され、爆破することなく倒れる。無論、コックピットは外していて上半身と下半身のつなぎ目に横一文字に切られていた。

 その背後に刃が展開している【GNソード】の刀剣を上から振りかざしたガンダムエクシアがいた。

 レーアが助けてくれたのだと感づいたリュートは、オープン回線を使って感謝を伝える。

 

《あ、ありがとう、レーア……》

《礼はあとでいい。まだ敵は残ってるんだから》

《う、うん……!》

 

 数で押し寄せたフォン・ブラウン市の機動警備隊よりも質で迎撃するリュートたちが優勢で順調に1機ずつ、確実に戦闘不能にしていくリュートたちにフォン・ブラウンの機動警備隊は苦戦を強いられる。

 

「フォン・ブラウン市のモビルスーツ側に陣形が乱れています」

「ノエル曹長、エリア周辺に増援はありませんか?」

「今のところは……あっ、じゅ、11時の方向にこちらに向かってくる複数の機影を確認……!」

 

 周囲をレーダーで監視していたノエルは左上から突如浮上したアイコンに気付き、命令を待たずしてすぐに接近するアイコンの識別番号を確認する。

 アイコンの識別番号を見たノエルは驚きながらも艦長代行と副艦長代行に通達する。

 

「この識別は……コロニー連合軍です!」

「えぇッ!?」

《コロニー連合軍だと!? いくらなんでも早すぎるぞ……!》

《もしかして、フォン・ブラウン市とコロニー連合軍は裏で繋がっていたってこと?》

《かもしれんな。ノエル曹長、敵の数はわかるか?》

 

 慌てているノエルは冷静さを保っているマドックに返事してすぐさまレーダーを真剣に見つめて数えだすが、10や15と言った短時間で数えれる数ではなく、目で追いながら近づいてくるアイコンを目測でその数を口にする。

 

《え、えーっと、数は……10、20…ウソ、30以上!?》

 

 排除しにかかってきたフォン・ブラウン市所属の機動警備隊の10機も多かった。

 ノエルの通達を聞いていたリュートやレーア、ルルは驚き、カレヴィとマドックは予想していなかった展開に苦渋の表情を浮かぶ。

 現状アークエンジェルにはまだ避難民たちが残っている。仮にここを立ち退けたとしても、いつどこで避難民たちを降ろせるのかも食糧問題も先延ばしということになる。

 

《……どうやらここはコロニー連合軍の縄張りらしいな。合流されたらまずい。直ちにフォン・ブラウン市のモビルスーツを無力化しろ!》

 

 フォン・ブラウン市の機動警備隊とコロニー連合軍が合流すれば、たちまち形勢が逆転されてしまう。

 逃げ場がない以上、合流される前に機動警備隊のモビルスーツを戦闘不能にさせるしかなかった退路を切り開く方法がなかった。

 リュートらは踏ん張って接近してきたフォン・ブラウン直属のモビルスーツは全機戦闘不能にさせた。

 右腕だけ失われた機体、胴体だけ残されている機体、から次々とパイロットが機体を捨ててコックピットから降りる。

 ユニコーンは【ビームガトリング・ガン】で乱射し、後方にウイングとエクシアは自慢の旋回能力と機動力で弾丸の雨を掻い潜る。

 接近に成功したユニコーンは、左マニピュレーターに【ビーム・トンファー】を装備し、1機のジムⅡに攻撃を仕掛ける。

 ジム・コマンドも【ビームサーベル】を使い、それぞれのアームが震えている程の鍔迫り合いをする。

 リュートはペダルを踏んですべてのスラスターの出力を上げてそのまま縦一文字に切り裂き、胴体と右腕の接続ジョイントの切り離しに成功し、右腕の失ったジム・コマンドは頭部バルカンを連射しながら後退する。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

《リュート、敵が近づいている! 2時方向と8時方向!》

 

 方向を正確に言ったカレヴィを頼りに左右に近接武器で近づいてくるジム2機。

 リュートはペダルを踏んで機体を空中に飛ばせ、そのまま胴体と両腕の接続部位を縦真っ二つに溶断する。

 エクシアやウイングもユニコーンに合流し、近接武器で20秒につき1体というスピードで次々と中破していき、ある程度戦力を削がれた部隊は後退していった。死者も出ていないので、誰から恨まれることもない。だが、ひと時の安堵に浸っている余裕は無かった。

 

《こちらカレヴィ! フォン・ブラウンの機体はすべて無力化した!》

《なんとかなった……》

《コロニー連合軍、来ます…!》

 

 ノエルからの通信でリュートたちは疲労が積もって集中が薄くなりながらも警戒し始める。

 ノエルの言う通り、ナイトバロン隊を筆頭にコロニー連合軍のモビルスーツがこのエリアに足を踏み入れる。

 だが、リュートたちの立ち位置から姿が見えるほどの位置にいるコロニー連合軍のモビルスーツは攻撃してくる素振りは見せない。

 

《攻撃してこない……?》

《様子見?》

《何仕掛けて来るか分からん。油断するなよ》

 

 疑問に思ったリュートとレーアは、カレヴィの指示でコロニー連合軍のモビルスーツに壁から目を光らせながらも警戒を怠ることはなかった。

 

「フォン・ブラウンの機動警備隊は全滅か…。ふん、使えない奴らめ」

 

 ガジー自身が立てたナイトバロン隊に所属する一親衛隊隊員がブリーフィングで見たユニコーンの姿を発見する。

 旗艦とリンクしている隊員のコックピットスクリーンから岩陰の後ろでこちらの様子を窺っているユニコーンの姿が見えていた。

 

「あれがユニコーンか…。なるほど、マリアージュから送られた資料の通りだな。さて、まずは紳士的に話し合いをしようではないか」

 

 ガジーは無線通信を使って部下に待機命令を下し、オープン回線を開く。

 

《地球軍よ、まずは武器を収めてもらおうか。我々コロニー連合軍は、諸君らと話がしたい》

「話だって……?」

《おっと、申し遅れた。私の名は、アルフレッド・ルー・ガジーである。話は他でもない。諸君なら、分かっていよう。そう、ユニコーンのことである!》

 

 ユニコーンを目的として事を進めていくガジーの発言でリュートは苦々しい表情をしながら驚き、カレヴィは自分自身が恐れていた事態に警戒を強めていった。

 

《やはり、ユニコーンが目的か…!》

《交渉を望むのなら、こちらからの攻撃は一切しないと約束しよう。だが交渉を破棄した際、ユニコーン以外の機体及び艦を破壊し、ユニコーンを捕獲する》

《か、カレヴィさんたちは、そのまま待機してください! 艦長代行である私が応じます!》

《艦長代行……!》

 

 鵜吞みできないまま話し相手をルルが引き受ける。

 勇気を振り絞って言うも、内から出てくる動揺を隠しきれてはいなかった。その証拠に唇や体全体が震えている。

 今後彼女の判断で行末が決まるリュートも隣にいるマドックも息を吞みながら、その眼差しを艦長代行に向けて見守りながら祈っている。

 

《わ、私は、アークエンジェル艦長代行……、ル、ルル・ルティエンスです…!》

《君が? 随分と若いではないか》

《け、結論を言う前に、あなた方に聞きたいことがあります…! どうしてあなた方はユニコーンを狙っているのです……!?》

《ふん、敵にこちらの情報を提示するバカがどこにいる? それにユニコーンに明け渡してもらえば、この場は引こうと言うのだ。諸君らの艦には、避難民がいると聞く。軍人よりも民間人を守ることを先決する貴様たちにとっては、安い話ではないか》

 

 アークエンジェルに避難民が乗っている情報を知ったことよりもその情報を活用して狡猾なガジーが唱える小の虫を殺して大の虫を助ける思考回路を聞いたアークエンジェルの全クルー気に食わず、ガジーに対して。

 それはルルも同じだった。

 

《簡潔にいいます……。私は、その思考を持つ陰険なあなたの応答に答えるつもりはありません! あなた方コロニー連合軍にユニコーンとそのパイロットを渡すわけにはいきません!》

 

 感情交えの返答をしたルルにガジーは、聞く耳を持たなかったのか全く動揺する素振りを見せなかった。

 

《……まあ、結果論ではそうだろうとは分かっていたさ。なら、聞く相手を変えよう。アークエンジェルに乗っているフロンティアⅣの避難民たちよ、我が声が聞こえているのであれば我々コロニー連合軍にユニコーンを提供してほしい。さすれば、君たちに無条件でフォン・ブラウンでの市民権と名誉を与えよう》

《なっ……!?》

 

 ガジーの声を聞いていた避難民1人1人が動揺し始め、アークエンジェル艦内が騒がしくなる。

 甘く誘う恩恵で避難民に決定権を委ねたガジーの狡猾なやり方にカレヴィ、レーア、マドックは険しくし、ルルとリュートは猛反発した。

 

《ひ、避難民たちは関係ないじゃないですか……!》

《どうしてあの人たちなんだ! あの人たちは戦争の被害者なんだぞ……!》

《君たちには聞いていない。私は避難民たちに聞いてるのだ。さあ、避難民の代表者よ。私の問いに答えよ》

 

 と、冷静さを保ちながら2人を振り払う。

 買収とも呼べるガジーの行いにリュートやルルら地球軍は手も足も出来なかった。

 ほんのひと時の接待とはいえ、第三者である避難民たちの決断に委ねるしかなかった。

 

《やだ!》

 

 ガジーの誘いを強く断ったのはアークエンジェルブリッジにいる女性の声だったが、聞いたことのある声なのだがあまりにも幼過ぎている。

 その声の主は、ブリッジの中央でぬいぐるみを強く抱いて堂々と立っているアイリだった。

 

《アイリちゃん……!》

《な、何だ、このガキは!?》

《おじちゃん、みんなにおかしあげよーとしたでしょ!》

《お、お菓子……!?》

《しらない人からおかしあげる人はわるい人だってせんせーからきいたもん! だから、おじちゃんはわるい人だからダメ!》

 

 と、ガジーに注意する。

 子供らしい発想で思わずリュートやレーア、カレヴィ、そしてアークエンジェルにいるクルーたちや避難民、ガジーの率いた部下の一部の人間が失笑する。

 

「アイリー!」

 

 アナウンスでアイリの声を聴いた母親が慌ててブリッジに駆け込み、すぐにアイリを抱きかかえる。

 

「あ、ママー!」

「もう。すみません、すぐに出ますから!」

「待ってください、奥さん」

「はい、何でしょう?」

「……良いお子さんに育ちましたな」

 

 と、笑みを浮かばせながらアイリの母親にその言葉を放った。

 アイリの勇気に感心したマドックが放ったその一言にアイリの母親は一瞬驚いたが、一転してにこやかな表情に変わり、軽くおじきしてブリッジを出た。

 そして、それを良く思わない者もいた。世の中を知らない純粋な子供から辱めを受けてひどい意味で予測を裏切られたガジーの怒りは頂点に達していた。

 

《お、おのれぇ……、ガキがこの私をコケにしおって……! もう容赦はしない! ユニコーンを鹵獲し、それ以外の機体とアークエンジェルを完膚なきまでに叩き潰せぇッ!!》

 

 額から血管が浮き出ているガジーの怒涛の声がオープン回線を通して響き渡り、部下に命令した。

 ガジーの部下たちが乗るそれぞれのモビルスーツが左アームに装備している2連ビームクローを軍配代わりに前に出して宇宙港に向けているゲイツを通り越し、波のごとく宇宙港に押し寄せる。

 

《来るぞ!》

 

 ユニコーンとエクシアはウイングに合流し、コロニー連合軍のモビルスーツとの射撃合戦が熾烈なまでに発展する。

 質はカレヴィたち程までに達していないものの、回り込まれば、数的に不利だ。

 機体を1つ攻撃できなくしてもまた別の機体が前線に立ち、少しずつ集中力と気力が削がれ、各々の機体が持つ武器のエネルギーや弾薬が消費されていく。

 

《カレヴィ、これ以上は……!》

《わかってる! 援軍は呼べんのですか!?》

 

 再びアークエンジェルに繋いで地球軍の救援要請を要求する少尉に対応するマドックは渋い顔をする。

 

《艦長代行には内緒で打診しているが、難しいな……》

《じゃあ、来れないということですか!?》

《その可能性は大いにあるだろう》

 

 大量の敵に僅か3機でなんとか互角に戦えてるのがやっとな状態だった。圧倒的な数量にいずれ弾薬が底を尽いてしまう。

 と、リュートは小言で呟いたが、[NT-D]を発動したとしてもあの数を相手にするのは、リスクの高い諸刃の剣を使うようなものだ。

 別の方法で多勢に無勢なこの状況を打開できないか必死になって考えている最中にカレヴィはマドックに1つの提案を出す。

 

《娘に甘いパパさんに直接言えば、なんとかなるんじゃ?》

 

 まさしくリュートがそれだ、言いたげな表情で思ったのだが、マドックは表情を渋くしてその提案を撤回した。

 

《彼女にもプライドというものがあるだろう》

「この状況でそう言ってる場合じゃないのに……」

《副長代行の気苦労が絶えんようですな》

《軍人とはそういうものだ》

「あっ、フォン・ブラウン市の方向からモビルスーツ群の接近を確認! 数25!」

 

 ノエルの発した言葉にリュートたちが描いたビジョンにユニコーン奪還とそのほかの機体及びアークエンジェルの沈艦という最悪のシチュエーションが見え始める。

 

《に、25……!?》

《くそっ、こんなとこでお釈迦になるのはごめんだぞ!》

《ほう、フォン・ブラウンから援軍とは。少しは奴らも使えるということか》

 

 フォン・ブラウンのモビルスーツの増援を確認したガジーも怒りが少し落ち着く。

 そしてフォン・ブラウンのモビルスーツが見える範囲にまで迫ってきた。

 接近する機体は、ジム・コマンドを先頭にダガーLやジムⅡ、旧式のジンやザクと編隊がバラバラだった。

 フォン・ブラウンからのモビルスーツが射撃武器の射程圏内に入った瞬間、攻撃した機体はリュートらのではなく、押し寄せるコロニー連合軍の機体であるザクやリック・ドムだった。

 味方と思って安心しきっていたパイロットが乗るそれらの機体のコックピットにビーム弾が直撃し、次々と爆炎が生じた。

 

「えっ……?」

「なっ……!?」

 

 誰もが予想だにしていなかった現状にリュートらが状況を把握しきれずに唖然としている間にフォン・ブラウンのモビルスーツのその内の1機から通信が入る。

 

《地球軍のみなさん、私はレジスタンスのリーダーをしているライノ・ブルスです》

《れ、レジスタンス……!?》

《詳しいことはこれが終わった後で説明します。まずは避難民たちを安全な場所に移しますのでこちらの誘導に従ってください!》

《は、はい、分かりました!》

 

 コロニー連合軍のモビルスーツに対抗するライノ・ブルリス率いるアンチ・ガジーに属するパイロットのモビルスーツの肩アーマーには【Anti-G】という文字が赤いペンキで記されていた。その内の5体の機体が宇宙港に入って避難民の移動を援護し、他の機体はコロニー連合軍のモビルスーツに集中攻撃をした。

 これを見たガジーは再び怒りで沸騰し始める。

 

《くぅっ、またしてもこの私を…。お前らクソ虫の飼い主である私を怒らせるとどうなるか思い知らせてやる!! 全機、一度艦に戻れ!!》

 

 今まで高みの見物で戦場を見渡していたはずのガジーが無線通信を使って感情を乗せながら生存しているナイトバロン隊や残党部隊に指示を出すと、一斉に後退した。

 避難民の子供に馬鹿にされた屈辱が拭いきれていなかったガジーは、般若も面相のような表情をしていた。

 彼の周りにいたグワダンに配属されたクルー及びニック艦長は、おびえながらしどろもどろしている。

 ブリッジ内を漂う気まずい空気を打ち壊したのは、突如第1ゲートに強制入港したマリアージュの艦であるヴェサリウスだ。

 

「あの艦はナスカ級……!? マリアージュのヴェサリウスか!?」

 

 通信クルーはガジーの命令に従って機器をいじってオープン回線を開くと、ブリッジにある大型モニターにパイロットスーツを着たマリアージュが映し出された。

 

《何のつもりだ、マリアージュ!?》

《簡潔に言おう、アルフレッド・ルー・ガジー。勝手ながら、我々もこの戦闘に介入させてもらう》

《なんだと?》

《先ほど話をしたが、我々コロニー連合軍は機体識別番号RX-0 ユニコーンの奪還及び破壊が第一目的だ。利害は一致していよう》

 

 マリアージュは言葉巧みに使って共戦協定を申し込むが、プライドが高いガジーはその協定の申し込みを断る意思を示す。

 

《ここは私の管轄だ! 私のやり方でユニコーンを捕らえ、手を組んだ反勢力と地球軍を完膚なきまで叩き潰すことが筋というものだ!》

《だが、その筋というものも敵がお前の持つ軍より強ければ、意味がない》

《グッ……!》

 

 中核を付いてくるマリアージュにガジーは何も言えず、言葉がのどに詰まる。

 そこに隣の艦長席で聞いていたニックがガジーに囁く。

 

(ガジー少佐、恐れながら。ここはミコット少佐の提案に乗った方が得策かと。現状、レジスタンスは地球軍と手を組んでいます。ここでミコット少佐と手を取り合わない限り、打破することはほぼ不可能と思います)

 

 と、耳打ちした怯えながらもガジーに説得するニックにガジーは怒りを放置して冷静になり、思いとどまって考え始める。

 先ほどでのレジスタンスの奇襲に戦力は3分の2にまで減少した。全体の戦力的に同盟を組んだ地球軍とレジスタンスが上だ。

 今のような戦力で再戦を挑むことは、自滅行為と似たようなものだ。

 ここはどんな手段を使ってでも勝つことと名誉に拘っていたガジーはやぶさかではあったが、マリアージュと手を組むしか道が残されていなかった。

 

(……わかった)

《マリアージュ、今日は特別に貴様と手を組もう。今、我々が置かれている状況を伝えよう。現在、我々は地球軍とレジスタンスの奇襲に戦力が大幅に削られ打破することが難しくなっていると言ったところだ》

《大まかな状況は把握した。それでその後は何をすればいいのだ?》

《……私の考えは、フォン・ブラウン市を支えてる(ピラー)を攻撃を仕掛けるつもりだ》

《自分の管轄を捨てるつもりか? 随分と傲慢だな》

《反乱を起こした時点であれに価値はない。だが、奴らなら必死になってフォン・ブラウンを守るだろうな。貴様ならこのチャンスを逃すはずはあるまい?》

 

 と、冷酷にユニコーン捕獲を前提に次の手段を考慮しながらマリアージュに問いかける。

 

《これに関してはある意味才能を持っているようだな。まあいい。その時は好きにさせてもらう。水先案内人として貴様の部隊を借りるぞ》

 

 と、言い残してマリアージュは通信を切った。

 その直後にヴェサリウスから著しく突起したバックパックと全体がピンク一色の機体――ガーベラ・テトラ、黄土色をした重量型機体のジ・O、そして後方にシグー4機とグフイグナイテッドが2機を含め合計10機の機体が発進した。

 彼らが行った後、表情が一変したガジーはニックに声をかける。

 

「ニック、あれを使ってもいいか?」

「あれ……? ま、まさか……!?」

 

 〇 〇 〇

 

《コロニー連合軍、戦線を離脱していきます!》

《なんとかなったか……》

《ですが、これで終わる奴らじゃない。また何か仕掛けてくるはずはずです》

《考えられるとしたらフォン・ブラウンしかないだろうな。奴さん、相当お怒りだった》

《彼らが撤退した方角は第1ゲートの宇宙港があります。あそこにはコロニー連合軍の軍艦が根城にしているらしく、一度補給してそこからフォン・ブラウンに向かうのであれば、早くても30分はかかると思います。そして、ここからフォン・ブラウン市の最短ルートでモビルスーツでも15分はかかると思います》

 

 まだ時間があるとしても先ほどの戦闘で弾薬や機体のブースター残量があまり残されていない。このまま戦闘継続すれば、じり貧だ。

 そう思ったカレヴィは、迷わず補給を選択する。

 

《補給をはさんでも間に合うかどうかの瀬戸際だな……。ブルリスさんとやら、水先案内人を頼めるか? 俺たちのクルーにここの土地勘を持ってる奴がいなくてな》

《わかりました。私たちが生まれ育った街を守るために、改めて地球軍のみなさん、力を貸してください!》

《断る理由はありません! 私たちからもぜひお願いします!》

《みんなは、先にフォン・ブラウンに向かってくれ。あとで落ち合おう》

 

 と、レジスタンスのクルーは同意し、一足先にフォン・ブラウンへ向かった。

 利害が一致したルル率いる地球軍とアンチ・ガジーのレジスタンスは一時的な共同同盟を組んだことでリュート一行とライノは一度アークエンジェルに戻って補給した。

 ユニコーンを機体ドックに収納した後、戦闘に少しは慣れ始めたと思っていたリュートだったが、整備ドックで機体を固定された瞬間疲れが体全体に一斉に来た。

 リュートは宇宙用ヘルメットを取って体にこびりつき、充満していた汗を頭を激しく横に振って振り落とした。

 

「やっぱりまだ慣れないな……。体の所々に疲れと筋肉痛がする……」

 

 ハッチからノック音が聞こえた。

 カレヴィかレーアかなと思ったリュートはハッチを開くと、そこに立っていたのはカレヴィではなく、気品のある色白の肌と銀髪の男だった。

 その男は上からリュートと同じ目線になるようしゃがんで腕を前に出し、手に持っている物を差し出す。

 

「はい、これ。差し入れだよ」

 

 リュートが手に取ったものは、キャップが付いているお手頃サイズの銀色パック。その中身は手に取った感触ですぐにゼリーだと分かった。

 

「あ、ありがとうございます……。これは、ゼリー?」

「宇宙用の栄養ゼリーだ。結構おいしいよ」

 

 ライノはポケットに入れていたもう1つの宇宙用栄養ゼリーを取り出し、そのパックに付いているキャップをねじって口に付けて。

 リュートもライノの真似して口に運んだ。

 その舌触りからゼリーで間違いなく、キャップに口を付けてフルーティーな味がその舌で感じ取った。その味と満腹感で疲れが嘘のように吹き飛んだ。

 

「あ、おいしい……」

「口にあってよかったよ。それより、まさか君みたいな子がモビルスーツに乗ってるとはね。驚いたし、君ってすごいな」

「あ、いえ…。僕はまだ乗ったばっかりなので……」

「でも、それでもすごいと思うなぁ、僕は」

「そ、そうでしょうか…?」

「うん、本当にすごいよ。モビルスーツ乗りの先輩としてそんな君に聞きたいことがあるんだ」

 

 その言葉にリュートは食いついた。

 多少興味を持った顔つきで「……何でしょう?」と言う。

 

「君は、もうすぐ散りに行くその命に何を懸けたい?」

 

 意味深かつ意外な質問にリュートは思わず「え?」と言ってきょとんとした表情で戸惑いを隠せていなかった。

 その反応を見たライノは申し訳ないことを言ってしまったと苦笑いしながら謝罪した。

 

「あぁ、ごめん。少し意地悪な質問だったね。……もうすぐ補給が終わる。ガジーとそいつの手先からフォン・ブラウンを守ろう!」

「……は、はい!」

 

 真っ直ぐな瞳で訴えるリュートと約束を交わしたカレヴィは、愛機ウイングガンダムのコックピットに戻り、発進準備に入った。

 残された時間はあと10分。すでに補給を終えた機体からカタパルトデッキに移し、ライノ・ブルギスの案内で宇宙港からフォン・ブラウン市へ急行する。

 第1ゲートから宇宙に出て、約5キロメートルの道のりで移動する。ジム・コマンドが足を止めた場所はガラス張りの巨大なドームベース。

 

《ここがフォン・ブラウンの居住区エリアです》

 

 一同は頷き、ライノは皆の同意を得る。

 ジム・コマンドが居住区へ通じるゲートを開き、長いうす暗い巨大なトンネルの中を突き抜けると、フォン・ブラウンの居住区内の侵入に成功した。

 フロンティアⅣと同じく中心部に高層ビル、その周囲に居住区敷地の外側にはある程度の高さの丘があった。真上には、ガラスと格子だけの青空が広がった天井だ。

 

「ここが……。今のところ、敵の姿はなさそうだけど……」

《みなさん、聞こえますか? まもなく敵モビルスーツが居住区エリアに侵入します! 各機、攻撃態勢を取ってください!》

《来たか……!》

《仲間からの連絡ですでに民間人の避難は始めていますが、まだ少し時間がかかるそうです。あと(ピラー)の周囲には防衛線を張っています。少しは時間を稼げるかと思います》

 

 アークエンジェルからの通信が入ったノエルの指示にカレヴィは承諾をすると、別の出入り口からザクやリック・ドム、グフが現れる。

 先回りして陣取っていたユニコーン、エクシア、ウイングが遠距離武器で攻撃を仕掛けた途端、カレヴィがリュートとレーアに注意事項を通達する。

 

《いいか、防衛目標になっている(ピラー)はこの居住区の天井を支えてるんだ。これらを破壊されるわけにはいかないぞ!》

《もし破壊されたら?》

 

 問いだしたレーアの仮定の話での質問にカレヴィが即答で答える。

 

《フォン・ブラウンの人口は、およそ5000万人だそうだ》

《ご、5000万人……!?》

《聞くんじゃなかったわ……》

 

 カレヴィが叩きだしたその数字にリュートは驚愕し、質問したレーアは手を額に当ててひどく後悔していた。

 どんな頑丈な柱でも攻撃を受け続けてしまえば、脆くなってしまう。事態は一刻を争う。

 

《来るぞ、構えろ!》

 

 奥のゲートが開き、多くの敵が出現した。先ほど戦ったザクやリック・ドムの中に新たな機体が彼らの目視で確認できた。

 他に主に右アームには鋼の剣、左アームには巨大なマシンガンを付けたシールドを持っている青い機体のグフと白に近い灰色の機体グフ・カスタム。

 そしてナイトバロン隊のギャンも確認されている。敵の狙いはカレヴィの言う通り、それぞれの巨大な柱に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 

《手分けして、殲滅するぞ! 俺は右の(ピラー)で防衛線を張る! お前らは左側を頼む!》

《僕たちは固まらなくていいの?》

《相手はこっちの戦力を大方把握してるはずよ! 私たちが固まれば、確実にレジスタンスが攻撃の的になるわ!》

《……なるほど。なら、急ごう!》

 

 カレヴィの指示通りにリュートとレーアは西の柱、カレヴィは東の柱に向かい、残されたレジスタンス機も二手に分けて(ピラー)の護衛に回る。

 ユニコーンは(ピラー)に向かう最中のザクやジンをビームガトリングガンで弾幕を張りながら突進し、複数の敵の機体も一度後退し、射撃を開始した。

 シールドでガードしながら、ユニコーンと同じ高さの建物の陰に移動した後も、そのまま撃ち続けた。

 カレヴィはウイングの【バスターライフル】で巨大な柱に直撃しないよう撃って遠くにいるコロニー連合軍のモビルスーツを掃討する。

 エクシアはユニコーンの援護をしながら、【GNソード】と【ビームサーベル】の二刀流と滑らかな動きで次々とコロニー連合軍の機体を斬り裂いた。

 ガジー直属の部下であるギャンを駆る精鋭部隊――ナイトバロン隊だ。

 命令に赴くまま与えられた任務を遂行するナイトバロン隊の精鋭パイロットたちは3方向に分断し、それぞれのΙ柱《ピラー》に攻撃を仕掛ける。

 一番早く接近警報に気付いたリュートやレジスタンスたちは射撃武器で攻撃する。

 各機のギャンも手持ち武器の【ミサイルシールド】で応戦する。

 ユニコーンの傍にいたレジスタンス2機のダガーLと1機のジムⅡがミサイルの直撃を食らい、炎をまき散らしながら爆破した。

 

「レジスタンスが……!? あの機体か……!」

 

 閃光と爆音で気付いたリュートは、左手に持つミサイルシールドからミサイルを連射しながらユニコーンに接近するギャンと相対する。

 反撃にユニコーンは後退しながらビーム・ガトリングガンで弾幕を張り、ビーム弾に着弾したミサイルは爆発し、近くにある別のミサイルを誘爆する。

 爆炎にギャンのパイロットは誘爆の恐れを感じ、機体を止めさせて様子を見た。

 だが、その爆炎の中からユニコーンが飛び出し、ガトリングガンからビームライフルに持ち替えてスコープで一点射撃をすると、ギャンの右アーム間接部に命中した。

 事実上、高出力のビームサーベルを失ったことで戦闘力がダウンしたギャンのパイロットは死なば諸共と道連れ覚悟でユニコーンに突貫していく。

 徐々に近づいてくるギャンに向けてリュートはビームライフルを使うが、頑丈なシールドで防御される。

 再びビームガトリングガンに切り替えて自爆する前にひたすら弾幕を張り続けると、距離が縮む度、右腕に右足に胴体にと着弾する確率が上がり、遂にはギャンの撃墜に成功する。落下地点がユニコーンが目の前でシールドを前に出して耐衝撃及び耐閃光防御をする。

 撃墜に成功したが、リュートは心のどこかでやるせない思いに浸っていた。その悔しさから握りしめた拳を自分の膝に叩く。

 

「コロニー連合軍は命を粗末にして……!」

 

 これはゲームではなく、本物の戦争だ。命の取り合いだ。

 それらを区別しているリュートは人殺しを望みたくなくてそれでもやらなきゃいけない使命感を持ちながら出撃した結果がこれだ。

 リュートは敵の撃破方法を変えて次の戦闘に臨む。

 味方機の撃墜に気付いたギャンは、各機が持つ射撃武器でユニコーンに集中攻撃するもリュートの卓越した処理能力と反射神経、そしてユニコーンの反応速度でこれらすべての弾丸をかわした。

 ユニコーンはまず向かって右側のギャンにビームライフルで狙撃する。

 ギャンがシールドで防御するもビームガトリング特有の集弾率の悪さで各部位にビーム弾が命中し、その部分が徐々に広がって溶解し始める。

 ユニコーンの背後からザクとグフが近づき、はさみうちを仕掛けるもレーアが駆るエクシアがライフルモードにしたGNソードで妨害する。

 

《何ボーっとしてるの、リュート! まだ戦いは終わってないわよ!》

《……わかってるよ! でも、どうしてあの人たちは…!》

 

 と、歯を食いしばってコロニー連合軍の兵士が捨て身を投じてまで戦うことを止めないのかが理解できなかった。

 この戦闘でリュートの感情を感じ取ったレーアは少し驚いたが、話を置いて戦闘に集中するよう呼びかける。

 

《……とにかく、今はこの戦闘を終わらせることだけを考えましょう》

 

 同じ通信である程度余裕を持てたカレヴィがアークエンジェルと繋ぎ、民間人の避難進行状況を聞き出す。

 

《住民の避難はまだ終わっていないのか?》

《もう少し時間が要ります》

《そりゃそうか……。俺たちが暴れて敵を引き付ける。時間を稼ぐんだ!》

《わかったわ》

《うん……!》

 

 レーアの助言で苦悶の最中だったリュートは、首を大きく横に振って敵モビルスーツを戦闘不能にさせることだけに戦闘に集中した。

 その頃、北エリアと第1ゲートを繋ぐ回路でヴェサリウスから発進されたガーベラ・テトラとジ・O、そして後方にシグーとグフイグナイテッドが待機していた。

 ガーベラ・テトラに乗るマリアージュは、ジ・Oが愛機のヴォルガとクローズ回線で密談をしている。

 

《首尾はどうだ、ヴォルガ》

《あぁ、いつでも行けるぜ》

《よし、始めろ》

 

 マリアージュが合図を出すと、後方で待機していたシグーが一斉にしてフォン・ブラウンに侵入し、1小隊に1機のリアアーマーに装着されているシグーがバズーカ砲に白一色の弾倉を装填し、空中に向けて発射すると、砲弾が空中で破裂し、中から煙幕がフォン・ブラウン全体を覆った。

 

「煙幕!?」

「なんだこれ? レーダーが乱れてる…?」

《……そういうことか! 2人とも俺の所に来い! 背中合わせだ! ブルリスの旦那、レジスタンスの仲間に2~3機で背中合わせをしろと伝えてくれ!》

《……りょ、了解した!》

《それとレーア、GNドライブの出力を最低限にしろ!》

《わ、わかったわ…!》

 

 気付いたカレヴィの指示でリュートとレーアはカレヴィのウイングと合流し、ユニコーン、エクシア、ウイングは互いに背中を合わせた。

 合流した直後、レーアはカレヴィに言われた通りGNドライブの出力を最低限にすると、エクシアの胸部のクリスタルコアの光が徐々に失いつつある。

 気付いた頃にはすでにスクリーンに映し出されている光景はすべて煙でレーダーや通信にはノイズが入って使えなくなっていた。

 各機のスクリーンから見えるのは、周囲に立て続けに反響する爆音と所々ちらほらと明るくなる、機体の損傷による爆炎だ。

 

《お前ら聞こえるか!?》

《カレヴィ……!? どうやって通信を!?》

 

 通信が使えない状態なのにカレヴィの声が聞こえたことに煙で見えない周囲を警戒しているリュートは驚いた。

 ウイングから出す音声に多少ノイズが入り混じってはいるが、接触回線自体に問題はない。

 

《接触回線は、うまく起動しているみたいね》

《なあ、カレヴィ。これはいったいどうなって……?》

《ミノフスキー粒子だ》

《ミノフスキー粒子……? そうか、ジャミング機能か……!》

 

 ガンダム作品においていくつか知識を持っていたリュートが【ミノフスキー粒子】というワードを聞いたことでどういう効果があるのかさえも思い出した。

 その証拠にレーダーや通信がノイズで使えない状況に陥っている。

 

《そうだ。煙に紛れ込んでミノフスキー粒子を入れた特注品みたいなもんだ。ったく、随分と手の込んだことをしやがる!》

《うん……。でも、どうして……?》

 

 こうなった原因についてリュートは納得したが、どこか違和感を感じていた。

 (ピラー)を破壊するだけなら、なぜこのようなことをする必要があるのかという疑問が生じていてそれだけが残って気持ち悪く思えている。

 

《けど、これだけ見えないんじゃ、迂闊に攻撃のしようがないわね…!》

《それは相手も同じだ! こういう時、シールドを前に出して煙が落ち着くまでジッと待つのが一番だ!》

 

 カレヴィが指示した煙幕の対処法は適確だ。

 周りに聞こえてくるのは様子見しているのかそれとも迷っているのか分からないモビルスーツの足音。

 相手が見えない以上、味方同士の自滅のパターンも考えられる。それだけは何としてても避けたかった。

 しばらくしていると、煙がたちまち消滅して周囲が見渡せるようになる。ミノフスキー粒子の濃度も薄くなり、フォン・ブラウン内での通信が回復して使用可能になる。

 

「よし、煙が晴れてきた…!」

《……ちら、ラ……ノ……ルス……。だれ……応……てく……》

 

 ノイズ混じりだが、レジスタンスのリーダー――ライノ・ブルスの声を無線通信が拾った。

 ミノフスキー粒子の影響も多少あったが、聞こえてくる声の大きさからしてそう遠くはなかった。

 

《これはライノさんの声……! リュートです! ライノさん聞こえますか!?》

《リュー……んか……。私……まも無事だ。今、じ……ちの座標を送……。……こで合流し……》

《もしもし、ライノさん? もしもし!》

 

 だが、リュートがいくら呼びかけてもライノからの応答はなかった。

 

「ライノさん、まさか……!」

 

 多少煙が残っているが、レーダーや視界に支障はない。

 最悪の結果になるまでにたどり着きたかったリュートはユニコーンのバックスラスターを起動し、2人を置いてライノ・ブルスの元へ急ぐ。

 

《待て、リュート! どこへ行く!?》

 

 ウイングやエクシアもユニコーンの後を追う。

 道中には戦闘で敗れた機体の残骸があちらこちらと散らばっている。それらを掻い潜りながらライノ・ブルスが待っているエリアへ向かう。

 

「発信源はこの辺りだけど……」

 

 たどり着いたのは、北エリアの最南端――このエリアで第1ゲートから最も離れている場所だ。ここでもまだ煙やミノフスキー粒子が宙を舞っている。

 情報源だったライノ・ブルスの応援要請の発信源はここ辺りで途切れてしまった。

 目の前にある大きなビルで背もたれしながら座っているライノ・ブルス機のジム・コマンドがいた。

 だが、右アームの腕先にはビームサーベルで斬ったような溶断跡が、左レッグにはビーム系統の射撃武器で打ちぬかれた跡があり、戦闘不能に近いほど損傷が激しかった。

 リュートはユニコーンを前に出して先ほどカレヴィがやってみせた接触回線を試みる。

 

《ライノさん、聞こえますか!? ライノさん!!》

《……君は、リュート君か?》

《良かった…。繋がった……》

 

 気絶して意識を取り戻したライノの頭部から血が流れていてヘルメット越しでも確認できた。

 とてもではないが、負傷した人間が損傷した機体を操縦することは厳しいだろう。

 そう思ったリュートは早く助けないとの思いでライノに、《今、ハッチを開けます…!》と、伝えてユニコーンがビームライフルを収納してジム・コマンドの凸凹になっているコックピットハッチに手をかけた瞬間、意識がまだ遠のいでいるライノが力を振り絞って叫んだ。

 

《来るなァッ!! これは罠だ!》

《え?》

 

 ユニコーンの左右に微かに立ち上る煙の中から赤く光る太い鞭が勢いよくユニコーンの両腕を巻き付き、互いに引き合った。

 巻きつけられた位置はビーム・トンファーが展開できないように手と前腕を主に巻き付いている。

 

「な、なんだこれ……! ウィップ……!?」

 

 敵の接近に気付けなかったリュートは慌ててレバーを前後に動かしてユニコーンももがいているが、思うように動かない。

 左右から巻き付いているものの正体は、2機のグフイグナイテッドの右前腕から出ている【スレイヤーウィップ】と呼ばれる武装の1つ。

 ユニコーンがもがいてそのウィップを外そうとしている間にユニコーンを捕らえた機体から接触回線が発動し、その機体のパイロットの声が聞こえる。

 その声の主であるパイロットはヴォルガ。そして彼の乗る大型モビルスーツのジ・Oだ。

 接触回線でリュートの声を聞いたヴォルガは、にんまりと笑い出す。

 

《あの仮面野郎の情報通りだな。ガキが乗ってやがる》

《お前たちもコロニー連合軍か……!? あのガジーという男の仲間なのか!?》

《少し違うな》

 

 ノイズ混じりの声と共にユニコーンの目の前の煙の中からマリアージュのガーベラ・テトラも姿を現し、ユニコーンに少しずつ近づいていく。

 

《女の人……!?》

《たしかに我々やガジーは同じ軍に所属する同胞ではあるが、仲間ではない》

《あの貴族野郎のことを仲間とかは正直心外だけどな》

 

 彼女の発言を聞いたリュートは、いくつか疑問が晴れた。

 自身にとって色々疑問だったこの煙について問いただす。

 

《仲間じゃない……? じゃあ、この煙とミノフスキー粒子はお前たちがやったのか!? (ピラー)を壊すだけなら敵同士との連絡を絶つ必要はないからおかしいと思ったんだ……!》

《ミノフスキー粒子の特性まで知っているか。そうだ、ユニコーンをおびき出すためにこの方法を使わせてもらったが、どうやら妨害された賢しいお仲間が来たようだな》

 

 マリアージュはユニコーンを追っていた、到着したばかりのカレヴィやレーアを示唆した。

 ユニコーンがジ・Oに捕らえられている光景を見たカレヴィやレーアは思わず《リュート!》と第一声を発してしまう。

 マリアージュはオープン回線に切り替え、レーアやカレヴィに警告した。

 

《動くな、地球軍。さもなくば、このパイロットの命はない》

《何だと……!? だがそれだと、ユニコーンを操縦できる者がいなくなるぞ!》

《我々が必要なのはユニコーン本体だ。間違えてはいな――》

「今だ……!」

 

 チャンスを窺っていたライノはコロニー連合軍が勝ちを確信して多少浮かれているこのタイミングを逃すはずもなく、ジム・コマンドのスラスターの出力を最大にしてユニコーンに向けて突進した。

 機体同士の接触をした後、左手に持っていたビームサーベルでユニコーンを捕らえていた右側のスレイヤーウィップを溶断したことで引っ張っていた片方のグフイグナイテッドは態勢を崩して転んだ。

 

「何……!?」

《ライノさん……!》

《リュートくん、今のうちに……!》

《はい……!》

 

 ユニコーンはバックパックに収納したビームライフルを武装し、シールドの上に乗せてもう片方のグフイグナイテッドを狙撃した。

 放たれたビームの弾丸はグフイグナイテッドのコックピットを貫通し、爆発した。

 きつく縛っていたスレイヤーウィップは緩くなり、遂には自然に解けた。

 ユニコーンはジム・コマンドのハッチを壊し、傷だらけのライノだけを取り出してウイング、エクシアの元へ合流する。

 

「逃がさねぇぞ、ユニコーン!」

 

 ジ・Oが飛び出し、ユニコーンを追いかける。

 ヴォルガは、気迫を背負いながら徐々に距離が詰まっていくジ・Oをユニコーンの方面前方から放射系統のビーム弾が急襲する。

 

「何ッ!?」

 

 一足先に気付いたヴォルガはこれを回避し、その延長線上にいたグフイグナイテッドが巻き添えで撃沈した。

 

《お前らの相手は俺たちだ!》

《リュート、早くライノさんをアークエンジェルへ!》

《うん、わかってる!》

 

 コロニー連合軍を足止めをするウイングとエクシアを残し、ユニコーンはそのままアークエンジェルに向かった。

 途中、宇宙に抜けることとヘルメットにひびが、スーツに穴がある可能性もあるのでライノをコックピット内に入れて補助席に座らせた。

 リュートがモニターで確認しながら戻ってきた航路を辿っている中、ライノが力のある限り口を動かして語り掛ける。

 

「リュートくん、すまないな……。こんなことになって……」

 

 戦闘で激痛を伴いながら小言ながらも自分が持つ全力を限り、ライノはリュートに言わなくていけないことを言う。

 

「……今はしゃべらないでください。傷口が開きます」

「ははっ、これは手厳しいなぁ……」

「ライノさん、あの質問のことなんですけど……」

「……まだ、気になっていたのか。忘れてって言ったのに……」

「僕はあの言葉が他人事に思えなくてずっと悩んでいたんです。僕はまだモビルスーツに乗ってまだ1日目しか経っていないし、今日から軍人だって言われてもまだピンと来なくて…。だから、ライノさんは過去で何かを懸けたように僕も何かを懸ければ分かる気がして……」

 

 リュートの今の感情を読み取ったライノはそこに昔の自分がいると錯覚を起こし、リュートを迷っていた過去の自分と合わせ鏡のように照らし合した。

 その錯覚に口を出さずに一瞬驚いたが、ライノは今のリュートの心情に触れるように優しく語りかけた。

 

「……リュートくん、これだけは忘れないでくれ。人は少しずつ成長していくこそ、見えない真実も見えるようになる……。君はまだ若いんだ……。その質問の答えを求めるのは、この戦いが終わった後でも――ううっ……!」

「ライノさん……! クソッ、間に合ってくれ!」

 

 ライノの様態が急変したことでリュートの中に焦りが生じ始め、ペダルを踏んでスラスターの出力を上げて1秒でもアークエンジェルに着くことだけを専念した。

 その頃、コロニー連合軍を足止めをしているカレヴィやレーアはエース級の強さを誇る2人のパイロットとその機体、そしてシグー4機に苦戦していた。

 4機のシグーはガーベラ・テトラとジ・Oにそれぞれ2機ずつ臨時編成し、アタッカーとサポーターの役割を果たして連携している。

 

「くっ、あのサブアーム付きの巨躯モビルスーツは攻撃を仕掛ける隙がねぇし、あの出っ張りモビルスーツは二手三手読んで攻撃を仕掛けて来やがる……!」

《あの護衛機もそうよ。かなり訓練を積んでいるみたいね……!》

《中々しぶとい奴らだな…。マリア、一気に方を付けるか?》

《私も同じようなことを考えていた。ユニコーンの行き先は大方ついてるし、おまけに奴らはエネルギー切れ寸前だ。ここでこいつらを攻撃してもさして問題はない》

 

 コロニー連合軍側の機体がウイングとエクシアに弾倉を装填したばかりの射撃武器の銃口を一斉に向ける。

 レーアとカレヴィは機体を一度下がらせて逃げる隙を伺っている。

 マリアージュは各機に《やれ!》と命令すると、2機のガンダムタイプの後ろから高出力のビーム砲がコロニー連合軍の機体を襲う。

 いち早く気付いたマリアージュとヴォルガは左右に分散して回避したが、シグー4機のパイロットはこれに気付くも対応に遅れ、内側の2機は溶解、外側の2機は掠れて紫電が発生して四散した。

 ビームが放たれた方角を辿ると、ビーム・マグナムを両手で構えたユニコーンがいた。

 ユニコーンがウイングとエクシアに合流すると同時に2機のコックピットのサブモニターからリュートの顔が映し出される。

 

《カレヴィ、レーア、大丈夫!?》

《リュート…! ライノさんは…!?》

《大丈夫、アークエンジェルを守っていたレジスタンスが引き取ってくれたんだ。それよりも……!》

《あいつらをここから追っ払う、だな……!》

 

 レーアやカレヴィに向けていたリュートの眼差しはガーベラ・テトラとジ・Oに向けると、一気に眼光が鋭くなった。

 そして、後方にはアークエンジェルを守っていたレジスタンス部隊が到着し、リュートたちと合流する。見た通り形勢逆転だ。

 

《なんださっきのビームの出力は…! 半分は溶解し、もう半分は掠めた程度で爆発だと……!?》

《どうする、マリア。あの位置からまた同じビームを食らったら……!》

《分かっている…! だが、ここで戦ってもやられるのがオチだ……!》

 

 マリアージュの発言が最もだ。

 生き残るためにはここは引き下がる手段しか残されていない。その代わり、生き恥を晒すはめになるが。

 それでもマリアージュもヴォルガも今後でまだやるべきことが残っている。尚更、生きることを固執していた。

 マリアージュが苦悶している中、突如ドーム内を響き渡る爆音と共に揺れが起こる。

 ここは月。地震などもってのほか。だとすれば、残された可能性は1つしかなかった。

 

《爆発……!? こんなところで……!?》

《こんなことする奴はどこの馬鹿だ!?》

《ヴォルガ、今だ!》

《おう!》

 

 リュートたちが一瞬ひるんだところを見てマリアージュは、ガーベラ・テトラのビームマシンガンで地面に向かって射撃し、煙幕を作った。

 

「しまった……! 待て!」

 

 ユニコーンを前に出すも、ガーベラ・テトラとジ・Oはすでに一目散に第1ゲートに向かって逃げた。

 

「くそっ……! 逃げられた……!」

《レジスタンス部隊は、ここに残ってくれ。俺たちだけで行く!》

 

 ガーベラ・テトラとジ・Oを追撃を開始してから、10分が経とうとしていた。

 だが残りの敵機体の姿は現れず、奇襲のつもりで周囲を警戒したが、彼らが巨大なドーム型の施設に着いても、不自然にも現れることは無かった。

 

《妙に静かだな……》

《敵はもうこの辺りにはいないんじゃ……》

 

 カレヴィに問いかけた瞬間、宇宙なのに突如有りもしない地響きが起きたのだ。おかげでリュートは危うく舌を噛みそうになる。

 

《何……!?》

《マジかよ……》

 

 3機のガンダムタイプを覆う巨大な黒い影に向けて振り返ると、姿を現した真ん中に砲台を取り込ませた緑色の巨大な二本足の大型モビルアーマー――ビグ・ザムがいた。

 そのビグ・ザムからパイロットと思われる声らしきものがオープン回線から流れ出ている。

 

《グフフ……グフフフ……。壊してやる……。壊してやる壊してやる壊してやる、何もかも壊してやるゥゥゥゥッ!!!!》

 

 あのビグ・ザムのパイロットは、狂人と化したガジーだ。

 整っていた髪はぐしゃぐしゃになり、目は赤く迸っていて、口からよだれが溢れている。もはや別人だった。

 ビグ・ザムは、巨大な3本の爪を持った足で踏みつけをするも、リュートたちは回避に成功したが、彼らの機体が先ほどまで上に乗っていた巨大で頑丈なゲートが機体の重量と馬力でいとも簡単に破壊されてしまう。

 

「ビグ・ザム…。なんてパワーなんだ……!」

《アークエンジェル! 出航は待て!》

 

 緊迫している彼らの現状を把握していない艦長代行は首をかしげて、落ち着いた様子と口ぶりで連絡して来たカレヴィに理由を尋ねる。

 

《どうしたんです?》

《巨大な敵機動兵器と交戦中だ!》

 

 その言葉が出た瞬間、一気にルルの落ち着きがなくなった。

 

「たた、大変! マドックさん、手伝わないと……!」

「危険です、艦長代行! 彼らに任せましょう」

 

 今艦を動かすと、別動隊の敵モビルスーツが奇襲を仕掛けられる可能性がある。

 また無事にたどり着いたとしても、返り討ちにビグ・ザムが持つ強力な兵器――【大型メガ粒子砲】に沈められる恐れもあるからだ。

 あたふたしたルルは手助けしようとするが、マドックの助言で「……わかりました」と意気消沈した口調で言ってやむを得ず手を出さないことにするも、心中では何もできない自分に悔しく、腹立たしく感じていた。

 ビグ・ザムの中心部の砲台から光が一点に集結し始め、【大型メガ粒子砲】を放射する。本体が角度を上げるにつれ、巨大な人工物と月の一部が焼き尽くされる。

 射線軸の左右に分断して後ろから攻撃を仕掛けるも、胴体の周囲からいくつものビーム砲が飛び交かい、迂闊に近づけられない。

 カレヴィはウイングを砲撃の死角である頭上付近に移動して【バスターライフル】を放射させるが、機体の手前でビームが分散されてしまう。

 

「Iフィールド…! ビームが効かないんだったら、これで…!」

 

 死角の1つである機体の股間付近で取ったリュートはインサイトを使ってトリガーを引き、フロアを滑空しているユニコーンによって【ハイパー・バズーカ】の一発の砲弾が飛行機雲のように煙を巻きながら胴体へ直進する。弾速はビーム兵器と比べてやや遅いが、約30mとこれだけの巨体に高確率で着弾する距離だ。

 ガジー以外の誰もが確実と判断した途端、着弾する寸前にビグ・ザムが両肘を一度曲げて跳躍して回避に成功する。

 

「なっ……!?」

「この距離でも回避できるだと……!?」

 

 ここが宇宙とはいえ、その巨体に似合わない反応速度と機動性がガンダムタイプの機体に乗る彼らを驚愕させた。

 

「貴様も壊してやろうか!?」

 

 両足の先端にあるクロー型ホーミング式ミサイルを発射し、3機のガンダムタイプに反撃する。大きさはモビルスーツのおよそ4分の3程度。直撃すれば、容易く貫通してしまうだろう。各機が距離を取りつつ射撃武器で迎撃すると、着弾と同時に爆発して黒煙が巨体の周囲を舞う。

 煙が晴れると、3機のガンダムタイプは姿を消した。ヴォルガは、レーダーにも目に付くが、ノイズが走って場所を特定することができない。

 

「さぁ、出ておいで~。私がきれいさっぱりに壊してあげるからさ~」

 

 額に血管が浮き出て苛立ちの表情をしているガジーは、笑い飛ばしながら目視で確認する。

 こちらの動きが見えない状況を利用してそれぞれは速やかに近くの陰に潜み、連絡を取り合いながら対策を練り始める。

 

「くそっ、あんなのがいるって聞いてないぞ!?」

 

 予想外の機動性を見せた巨大な敵が数々の戦闘を生き抜いてきた隊長の頭を悩ませ、焦らせた。

 ビグ・ザムは、【Iフィールド・ジェネレーター】を搭載している機体の1つ。装甲の一部として露出しているデンドロビウムとは違い、それ自体を本体に内蔵している。唯一効力があるのは、補給の際に受け取ったユニコーンの【ハイパー・バズーカ】やエクシアの右腕部に装備されている【GNソード】といった実弾、実剣の類と至近距離からのビームを撃ち抜くことだが、最大の問題は、スラスターの燃料が切れる前に機動性と反応速度を封じ、どれだけ短時間で撃破できるかだ。

 

《それでも……。それでも、やるしかないんだ。ライノさんが大好きなフォン・ブラウンを僕たちが守らなきゃ誰が守るんだ!》

 

 このような事態に陥る事を想像していなかったリュートだったが、ここにいる他の2人よりも心を折れかけてはいなかった。

 リュートの必死さにカレヴィやレーアにも熱が入り、ビグ・ザムの破壊を決意する。

 

《そうね…!》

《リュートの言う通りだ! ここで引いちゃ何もかもが無駄になっちまう!》

《カレヴィ、後ろ!!》

 

 いち早く気付き、問いかけたレーアがその予想だにしなかった回答に少し声を荒げて混乱しながら驚愕する。

 カレヴィの言う通りだと言わんばかりに無意識にもリュートの口角が少し上がっていて、これを見たカレヴィは思わず鼻で笑ってしまう。

 カレヴィが機体を動かそうとした瞬間、その後ろからカレヴィの近くにあった建造物が突然破壊され、その煙からビグ・ザムの上半身が突き出る。

 

「み~っつけた~!」

「しまった……!」

 

 カレヴィはすぐに機体をユニコーン側に移動させるが、ビグ・ザムは上半身中央の【大型メガ粒子砲】をチャージが3秒もかからないうちに発射する。

 コックピットは避けたが、ウイングの左足から脹脛部位まで溶解されてしまい、爆発したことで本体が転倒する。

 

《カレヴィ……! このぉ……!!》

 

 ユニコーンのハイパー・バズーカで攻撃するも俊敏な機動力で避けられてしまうが、牽制にはなった。

 隙を狙って比較的安全な場所まで移動してウイングの状態を調べる。

 

《カレヴィ、大丈夫!?》

《左脚がやられただけみたいだ……! だが、さっきの衝撃でシステムが死んじまったみたいだな……!》

《もしかして、動けないのか!?》

《そうみたいだな……!》

 

 通信用モニターは、何とか生きているが、その他のシステム機構は何度もレバーを引いたり、いくつもあるボタンや収納されているキーボードを手あたり次第に押したが、反応しなかった。

 

《くそッ!! こんな時に限って!》

 

 カレヴィがレバーの上を思いっきり叩き、激怒する。

 それもそのはず、相手が巨大モビルアーマーに対抗できるのは、現状では戦闘経験が浅い機動警備兵のレーアと民間人のリュートしかいない。下手をすれば、全滅に陥ることになる可能性もあるからだ。

 もう一度冷静になり、透明なバイザーが覆いつくす険しい顔の額から汗が垂れ流れていた。何よりも自分より二回り若い2人を生かすことを第一に頭の隅から隅まで使ってフル回転して考えた。

 

《だったら、カレヴィ! 僕たちに指示をくれ! 僕たちがアイツを倒す!》

《だけどよ……!》

《どっちみち、私もリュートもどちらかが全滅するまでやらないといけないのはわかってる。今は、戦争なんでしょ?》

 

 2人の意志の強さの現れにカレヴィは、驚く。動けるのは、この2人しかいない。腹をくくり、ここで賭けに出る。

 

《お前ら、やれるか……!?》

 

 カレヴィの問いにリュートとレーアは、シンクロしたかのように同時に頷くと、2人の覚悟を見たカレヴィは安堵の表情が浮かび、リュートとレーアに次の指示を出す。

 

《言い顔つきじゃねぇか、お前ら…! まずは、あの細長い脚部にフレームが露出している部分がある。そこを狙え! そうすれば、動けなくなる!》

《足の露出部分を狙えばいいんだな! 了解だ!》

《なら、間接部ね。後は私たちに任せて。行きましょう、リュート!》

 

 承諾した2人は、機体を動かし、ビグ・ザムの所へ向かわせる。

 ユニコーンとエクシア――リュートとレーアの後ろ姿を見ながら「頼んだぜ、お前ら…!」と言って無事の帰還を祈った。

 モニターで探しているビグ・ザムを視認できたリュートは、スコープを使い、ユニコーンの【ハイパー・バズーカ】で先手を打つ。

 ユニコーンの接近を感づいたヴォルガは、機体を一度回避させる。

 ビグ・ザムが高くジャンプし、足から片足3つ、合計6本のクローを噴出しつつ後退した後、主砲の発射態勢に入る。そのかぎ爪型ミサイルは、ユニコーンを追尾する。敵の目がユニコーンに向けている間にレーアの駆使するエクシアが懐に入る。

 

「はあああッ!!」

 

 【GNソード】の薄い刃が右側の脚と足の関節が露出している脆い部分に斬撃を入れる。案の定、ビグ・ザムの態勢は崩れ、片足の膝が着き、動かなくなる。

 ユニコーンが旋回して後ろに回り、リュートはスコープで狙ってレバーのボタンを長押しして弾薬を出し惜しみすることなくバズーカで集中砲火を開始した。

 

「うおおおおっ!」

 

 弾が無くなるまで撃ち続けた。連射するたび、爆炎と黒い煙が立ち上る。バズーカの弾が底をついた頃には、巨大な黒い煙が立ち上っていた。

 

「やった、のか……」

 

 リュートが気が緩み始めたその時だった。

 

「なっ……!?」

 

 煙の中からビグ・ザムがブースターだけでユニコーンに突進してきたのだ。

 ずば抜けたスピードでかわせるなど到底できず、遂にはすごい勢いで宇宙の彼方まで行くかのようにユニコーンは回転しながら突き飛ばされてしまった。

 

「うわあぁぁぁッ!!」

「リュート!」

 

 体当たりされた衝撃の後に飛ばされたときのスピードのGが異常レベルでベルトで固定はされてるものの、コックピットから宇宙に放り出されそうな勢いだ。

 ユニコーンに狙いをつけたビグ・ザムの巨大ビーム砲に光が徐々に集まりだす。

 レーアはエクシアを近づけて阻止を試みるが、ビグ・ザムの胴体の周囲に設置されているビーム砲に阻まれ、なかなか手が出せない。

 

「くっ、近づけない!」

「約束したんだ…! この街を守るって……! だから、僕の命に代えても約束を守る!」

 

 半ば朦朧としている意識を意地でも呼び覚ましたリュートは、レバーとペダルで何とか態勢の立て直して【NT-D】を発動し、ガンダム形態で迎え撃つ。

 気狂ったガジーはユニコーンをロックオンし、【大型メガ粒子砲】を発射すると、ユニコーンは【Iフィールド】を搭載したシールドを使ってそのまま直進する。

 【Iフィールド】はしっかり機能しているが、あまりの質量と威力にユニコーン本体を宇宙の彼方にまで押し出しているようにも見える。

 ユニコーンのコックピットのメインモニターに再び【WARNING】と表示され、警告音が鳴っていた。

 

「グゥっ……うおおおおぉぉぉ!!!」

 

 ペダルを踏んでブースターで加速し、この状態で突破かつ、再度ビグ・ザムに突撃してきたのだ。

 攻撃の放射が終わると、ユニコーンはシールドを捨て、一気に間合いを詰めた。

 ビグ・ザムはビーム砲で対空防御をしたが、リュートの操縦により回避されて傷1つ付けることはなかった。

 最終的にユニコーンがビグ・ザムの主砲である巨大ビーム砲に取り付く。

 

「この、くたばり損ないが……!」

 

 ガジーはレバーを上下に動かしながらユニコーンを振り落そうとするが、しつこくもしがみつき、ついにはユニコーンは耐えた。

 ユニコーンはシールドに連結していた2つのビームガトリング・ガンで巨大ビーム砲の内部を乱射した。

 撃ち続けるたび、砲台の中枢機器に爆炎が次々と発生し、最終的には巨大ビーム砲から火炎が上に向けて吐いた。

 ビグ・ザムは仰向けになるように後ろに倒れると同時にユニコーンは離れ、ガジーは笑い続けながらコックピットを纏った炎の中に消えてビグ・ザムは大爆発した。

 ユニコーンもユニコーンモードに戻り、リュートは再び破裂寸前の心臓を強く抑えて耐えていた。

 

「ぐうっ…!」

《リュート、大丈夫?》

《う、うん、なんとか……》

 

 連絡用モニターで様子を伺ってきたレーアに言う気力もほとんど無く、頑張ってこの一言だけが限界だった。

 

《こちらアークエンジェルです。敵部隊の撤退を確認しました。帰還してください》

 

 ノエルが帰還の指示を出すと、部隊長であるカレヴィが「了解だ」と答えたその後にリュートたちは損傷しているウイングを回収し、アークエンジェルへ帰還した。

 カレヴィたちの報告を受けたルルはすぐにフォン・ブラウンのレジスタンスに戦争は終わったと報告すると、フォン・ブラウン前市長があなた方に話がしたいとの返事が来た。数十分後にフォン・ブラウンから前市長を乗せた移動用のカーゴがアークエンジェルに入った。

 立ち合い場所は艦長室でその場にいたのは、ルルとマドック、前市長のビル・ウーバンという名の杖を使って歩く嘆願眼鏡の老人と護衛用として頼んだレジスタンス兵2人

でビル前市長は帽子を取り、両手で杖の上の部分で態勢を安定にしながらルルとマドックと対面した。

 

「私は、フォン・ブラウンの代表として派遣されましたビル・ウーバンと申します。この度はフォン・ブラウンの秩序を取り戻してくださり、本当にありがとうございます」

「い、いえ…。私たちはフロンティアⅣの避難民を降ろしたかっただけなのですが……」

「あなた方が来なければフォン・ブラウンの明るい未来はなかったでしょう。我々フォン・ブラウン市民は、あなた方を英雄だと思っています」

「え、英雄だなんて……。そんな、なんか恥ずかしいですぅ……」

 

 英雄という言葉にルルは照れ隠ししてしまい、少々見るに絶えなかったマドックが一回咳払いして艦長代行であるルルの代わりにビルに要求する。

 

「ゴホン。ビル前市長殿、少々、いえ、かなり差し出がましいことを申しますが、避難民の受付と食料や飲料、そして艦の燃料を少し分けてはくれませんでしょうか? 我々は、すぐに地球軍本部に向かわなければなりませんので」

 

 丁寧かつ謙遜しきったマドックの要求にビルは優しく笑い出し、マドックにこう答えた。

 

「そんなに謙遜しないでくだされ。我々フォン・ブラウン市民はお礼を兼ねて前向きにあなた方のサポートをいたします。必要なこととあらば、躊躇わずに申してくだされ」

「……心より、痛み入ります」

 

 ビルの、フォン・ブラウン市民全員の純粋な厚意にマドックは思わず涙ながらに感謝の意を述べた。

 同時刻にリュートはアークエンジェルに戻った後、すぐにまた医務室のベッドの上で休憩していた。

 だが、前回よりも体も各部位が動かせるほど比較的短い時間で回復しているのですぐさま起き上がることができた。

 

「む? もう大丈夫なのか?」

「はい。今日もありがとうございました」

「礼には及ばんよ。また気分が悪くなったらいつでも来なさい」

「肝に銘じときます」

 

 と言って、リュートは医務室を後にしてリハビリがてらに廊下を歩いていると、近くで腰掛けて窓ガラス越しにボーっとしているレーアがいた。

 気になったリュートはレーアに声をかける。

 

「おーい、レーア」

 

 リュートの声に気付いたレーアは我に返って一回瞬きして声がした方角へ向くと、こちらに向かって歩いているリュートを見た。

 

「あぁ、リュート。もう体は大丈夫なの?」

「まぁね。前よりか幾分か大丈夫だよ。それよりも、こんなところでどうしたんだ?」

「……リュート、あなたが言ってた言葉を覚えてる? コロニー連合軍がなぜ命を粗末にするんだ、とか」

「え? う、うん……」

(そうか、レーアは元コロニー連合軍の兵士だったっけ……)

 

 レーアの経歴を思い出したリュートは、レーアが自分が発したその言葉を深堀りする意味に今納得した。

 地球軍にとって敵であるコロニー連合軍に所属していた彼女ならではの戦う理由を聞いて地球軍と比べても自分がイメージしたものでもそこまで大差はないが、それでも聞く価値はある。

 

「あの人たちにとっても自分の命よりも大切な物があるの。人それぞれだけど、それがあるから命を懸けることだってできるのよ」

「自分の命よりも大切な物……」

 

 彼女の言葉にリュートも心当たりがあった。

 ビグ・ザムに吹き飛ばされて心が挫けそうになった時、自分の命よりもライノ・ブルスとの約束を守ることを重んじていた、あの瞬間だ。

 その時、コロニー連合軍兵士の気持ちを今知ったリュートは、拳を握る。

 

「そうか……。あの人たちもこんな気持ちで戦ってたのか……」

「……情が移ったのなら戦わない方が賢明よ」

 

 リュートの今の気持ちを汲み取ったレーアは捨て台詞を残してリュートが来た道に向けて立ち去ろうとしたその時、「それでも僕は戦う」と意志の強い言葉を言い放った瞬間、レーアの足が止まった。

 算段があるのか、それとも根も葉もない出まかせで言ったのかレーアはリュートを再び見ると、明らかに表情が違うリュートの瞳は曇りのない透き通っていた。

 

「その気持ちは地球軍の人たちだって同じだと思う。戦闘っていうのは上からの命令もあるけれど、気持ちとか信念とか……そういう物同士のぶつかり合いがほとんどだと思うんだ。僕もお爺さんの願いを叶えたい思いがあるから、互いに譲れない思いがあるから……。だから、僕は戦う。戦い続ける」

 

 リュートの確固たる意志を感じたレーアは一瞬きょとんとしたが、途中安堵した表情に変わっていた。

 

「……そう」

 

 と、言い残してリュートの前から去っていった。

 

 〇 〇 〇

 

 いくつか上がっている煙や倒壊しているビルがまだ残っているフォン・ブラウン市内でただ1人佇んでいる女性がいた。

 その女性の髪は背を軽く届くまで長く、ブランド物を着飾っていている。そして手元にはフォン・ブラウンで戦闘をしているユニコーンの写真。

 探している愛おしい恋人をようやく見つけたかのようにその写真だけを見つめて微笑んでいた。

 

「……あなたもここにいるのね、おじいちゃん」

 

 女性はユニコーンの写真をブランドもののベージュのコートのポケットに入れて再び足を前に出して歩きだした。

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