機動戦士ガンダムArbiter   作:ルーワン

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前回のあらすじ
 フロンティアⅣを脱出するために、民間人を乗せれる大きな艦を求めていた。カレヴィは敵から艦を奪うという蛮族的な提案で港に向かう。
 そこには、カレヴィが顔なじみであるエイナルと対峙することになり、彼の卓越した操作技量でリュートはピンチに追い詰められてしまう。その刹那、NT-Dが発動し、ユニコーンがガンダム形態のデストロイモードに変形、敵の撃退及びアークエンジェルの奪取に成功する。
 新艦長代行のルルと新副艦長代行のマドックがフロンティアⅣにある宇宙港の扉を開けて欲しいと要求し、向かっていた途中だった。だが、そこにはさらなる敵、デンドロビウムが行方を阻むが、彼らの奮闘で撃退に成功し、アークエンジェルに帰還していった。


フォン・ブラウンへ

 デンドロビウムの攻撃によって破壊されたフロンティアⅣから100キロメートルもしない宙域にたゆたゆと浮かんでいる小規模の微惑星群があった。

 大小それぞれで、小さいものでは10メートルから大きいものでは1キロメートルといった隕石が存在する。

 その中にあるおよそ300メートル程の隕石の影で隠れている【レウルーラ】と呼ばれる全長250メートル程ある赤い戦艦にいくつかのモビルスーツが近づいてくる。

 

《こちらエイナル機。レウルーラ、着艦許可を求む》

《こちらレウルーラ。着艦を許可します》

 

 1機のジンクスⅢが戦闘で破壊されたフロンティアⅣの破片を持って影に紛れながら安全を確保している隙に戦闘で右腕を失ったトールギスと肩を組んだ大破しているジンクスⅢ、その背後に残党部隊が後を追っていた。

 艦首とブリッジの間にあるモビルスーツ用の射出口のハッチが開くと、スラスターの逆噴射でスピードを減速したトールギスがまず最初に着艦し、部下たちのモビルスーツを誘導する。

 次々と機体を戦艦に着艦させて格納庫に入る。

 エイナルの後に、生き残った彼の部下たちの損傷を受けたジンクスたちが帰還していく。

 先に機体を整備ドックに格納し終えて降りたエイナルは、格納庫で隊員の誘導をしている副隊長に指示を出す。

 

「……ロイド、後は頼む」

「……わかりました。手を空いている者は、怪我人を医務室へ!」

 

 格納庫を後にして廊下の壁に配置している移動式のハンドルを掴み、状況報告をするためブリッジへと移動する。

 

「エイナル・ブローマン少尉、入ります……」

 

 廊下の両端に備えられている移動式の手すりを使ってブリッジに向かう道中、エイナルはユニコーンとの戦闘の光景を思い出す。

 変形する前のユニコーンの桁違いの強さにエイナルは浮かない顔をする。

 ブリッジ前の扉に到着すると、多少活気のない声でエイナルはブリッジの中に入る。

 その中央にある艦長席の前に立って宇宙を見ていたのは、左胸に3個の勲章を装飾した黒い軍服に目と口以外を覆う仮面を身に纏った男。

 声に気付いたその男は首だけゆっくり動かしてエイナルを見る。

 

「エイナルか。どうした、そんな浮かない顔をして」

「……いいえ、大丈夫です」

「それよりもお前の艦はどうした?」

「地球軍の奇襲により奪われてしまいました……」

「そうか。ふっ、地球軍もかなりの物資不足とみる。それで君がこの前言っていたあのことだが……」

《首尾はどうだ、ジェイ・アレギオス》

 

 エイナルが見たという所属不明の機体についての会話に入ろうとした途端、突如2人の頭上にある巨大なモニターにスイッチが入る。

 その渋い声の主と思われる、精気を感じさせない目に茶色と黒が混じった髭と顎髭を生やし、黒に近いグレーの軍服を着ている壮年の男がモニター越しから伝わってくる貫禄を添えて座っていた。この男の名は、ヴァルター・ハイゼンベルグ。コロニー連合軍を統括する、大佐の階級を持つ男だ。

 その男の後ろから秘書らしき者もいる。眼鏡をかけている青い短髪の青年が不気味にも爽やかな笑顔をしながら立っている。

 仮面の男とエイナル、そしてブリッジにいる全クルーはモニターに向けて敬礼した。

 

《ハイゼンベルグ総帥、ご報告します。任務は失敗、目標を取り逃がしました》

《……相当なへまをしたようだな、お前らしくもない》

《エイナル、君にも何か言うことがあるんじゃないですか?》

 

 報告の最中にヴァルターの隣に立っている眼鏡をかけている青年がエイナルの僅かな動揺に目を付け、声をかけてまるでこの目で見てきたかのような口ぶりで問いかけた。

 

《どういうことだ、トルドアス?》

《それは私が申し上げます……! 敵の奇襲により我が艦――アークエンジェルが奪取されてしまいました……》

 

 苦く渋った表情で追加報告をしたエイナルの失態にヴァルターは、右手を額に付けて呆れている表情を浮かばせる。

 

《その敵に惨敗し、のこのことジェイの艦に帰ってきた、ということか》

《申し訳……ありません……》

 

 エイナルはそれ以外に何も言うことは無く、ただそれだけしか言えなかった。

 だがそれ以上に、学生時代からの友であるカレヴィとリュートが乗ったユニコーン(本人は正体不明の変形型ガンダムタイプと認知している)にこれまでない屈辱感と自分に対するの無力さを味わったが、どちらかというと後者の方が心残りがあった。

 

《ったく、それでもお前は忠誠の騎士か、エイナル? みっともないったらありゃしないね》

 

 そこにもう1つモニターから深緑の長い髪をした女性がテレビ通信を使い、げらげら笑いながらエイナルに対して毒舌を吐き散らす。

 これを聞いたエイナルは拳を握りひたすら怒りを抑えて文句の1つでも言いたいと思っていたが、その女性が発言した偽りのない真実に言い返す言葉が無かった。

 

《……分を弁えるんだな、べロニカ・アイゼンシュタット少佐》

 

 冷静にもジェイはベロニカ・アイゼンシュタット――通称ベロニカという女性に注意を促したが、ベロニカはジェイに苛立ちしながら言い返した。

 

《ふん、極秘任務に失敗したあんたに言われる筋合いはないね。んで、あんな簡単な任務だったのにどうして失敗したのさ、えぇ? ジェイ特務大佐殿?》

 

 気に食わないジェイに煽りをかけて本性を露にさせることが目的だったのだが、精神的に我慢強い体質でベロニカの挑発にも乗らなかった。

 だが隣にいたエイナルが彼自身尊敬の対象であるに対する冒涜に我慢できず、声を荒げる。

 

《アイゼンシュタット少佐!! 大佐に対する侮辱を撤回頂きたい!!》

《止せ、エイナル》

《おおっと、おっかないね~。ちゃんと忠実で獰猛な飼い犬に頑丈な首輪を付けておくれよ、ジェイ特務大佐殿》

 

 楽し気にエイナルに対する皮肉を言っておいて笑い出すベロニカにジェイは何も言わず、鋭い眼光でにらみつける。

 

《そこまでにしろ、アイゼンシュタット少佐。今我々の知るべき情報は、なぜ目標を取り逃がしたの理由だ。ジェイ、報告を続けよ》

《はっ。目標であるレオ・ビスタルが密かに開発した機体識別コード――RX-0、通称ユニコーンは、彼が予め用意されていたパイロットによって捕獲に失敗しました》

 

 ジェイが口にした「ユニコーン」という言葉にエイナルは、先ほど戦った頭部に角が付いた純白の機体を思い出す。

 形や色合いからしてユニコーンと呼ぶに納得はしていたが、彼の愛機――トールギスに搭載されている他の機体の名前や識別コードを認識できるモニターには、名前どころか識別コードさえ表示されず、代わりに【NO DATA《データなし》】と表示されていたので本物かどうかわからず、自信が無かった。

 

《……その極秘任務とどう関わりが……?》

《それは僕が話すよ、エイナル。その前に、先ほどジェイから送られた彼の研究室に保存されていたデータと画像を今から皆さんに配ります》

 

 タイミングを見計らった様子でトルドアスが入り込み、それぞれのモニターにドックに保管されている完成直後のユニコーンの画像データを配信する。

 それは、横に伏せることができるモビルスーツ1体分が収納する超大型トラックにユニコーンを搬送されている最中の画像だった。

 

「この機体は……!!」

 

 これを見たエイナルは交戦経験のあるユニコーンの画像に小走りして近づき、間違いないと言わんばかりに今見ているその画像と忘れもしない直に戦うも敗れ、苦渋を飲まされたその機体の特徴が合致し、確信を得る。

 

「この機体です!特徴も一致しています!」

「……ブローマン少尉は既にユニコーンとの戦闘経験があったか」

 

 その話に割りきったかのようにトルドアスは続けてジェイから送られたとされるユニコーンの資料を見ながら説明する。

 

《なら、話は早いね。ユニコーンは、【NT-D】と呼ばれる特殊管制システムを持ち、デストロイモードというガンダムタイプ形態に変形することができます。これを発動する鍵となるものはまだ解明されていませんが、機体の大半に内蔵されているフルサイコフレームと呼ばれる特殊な構造部材が露出し、発光することで性能が格段に上がると言われています》

《ガンダムタイプ形態に変形だってぇ? へぇ、面白いものを作るじゃん、あのジジイ》

 

 ガンダムタイプ形態に変形する、性能の向上という言葉に興味を持ったベロニカ。

 彼女の場合、その機体に対して戦争の新しいおもちゃと考えている。

 

《そして、もう1つの特殊管制システムもユニコーンに内蔵されていますが、残念ながらこれに関するデータは残されていませんでした。アレギオス特務大佐やブローマン少尉の証言を鑑みてあくまで僕の推論ですが、恐らくパイロットの脳波で機体を操作できるシステムかと思われます》

《脳波で機体を動かせるだと……? 道理で子供に託した訳だ》

 

 納得したヴァルターの後にエイナルは、苦渋を浮かばせながらユニコーンとの戦闘を思い出して整理する。

 

(普通の形態の場合、性能はともかくパイロットは戦闘経験がないただの子供ならまだ分かるが、ガンダム形態になってからはまるで別人のように私を圧倒した。そのもう1つの特殊管制システムに何か秘密があるのが自然か……)

《話は聞かせてもらったぜ、大将の腰巾着》

 

 ベロニカに続き、またもやモニターの割り込みが生じた。次に出たのは、強靭な体つきをした男。

 その男は、日焼けしたように肌が褐色で全身に岩のように硬そうな筋肉を持ち、軍服が今にもはち切れそう。

 彼の名はヴォルガ・ライゴン。階級は中佐で命知らずに特攻を仕掛け、残酷なまでに敵を縦横無尽になぎ倒した戦歴を持つ男だ。

 敵対しない限り、同じ軍としてはあり得ない行為に律儀主義のトルドアスがその男を見過ごせず、鋭い眼球を添えながら注意を促した。

 

《盗み聞きとは感心しませんね、ライゴン中佐》

《へっ! あえて言うなら、地獄耳って言って欲しかったぜ。自慢じゃねぇがよく聞こえるんだわ、これが》

 

 ヴォルガがポジティブに調子に乗って自分の右耳を指さし、改心するところか開き直る。

 

《下らん話をしている暇は無いぞ、ヴォルガ》

 

 ヴォルガが出ているモニターに水色の長い髪と蛇のように鋭い深青の瞳、すらりとしたモデル並みの体格をした女性が多少呆けながらもヴォルガに厳しく言いつける。

 彼女の名はマリアージュ・ミコット。ヴォルガと同じく中佐の階級を持つ女性であり、敵の戦術を既に正確に読み、反撃を読むことができる。

 マリアージュの発言に眉をそばめたヴォルガは嫌々ながらも進言に従う。

 

《わぁってるよ、マリア。それに、ルスランが今話題沸騰中のユニコーンってヤツにこてんぱんにされちまったらしいしな》

 

 ヴォルガが発したその一言に衝撃が走り、しばらく沈黙の空気が漂った。

 ルスランの乗る機体――デンドロビウムの性能を一同は熟知している。中核であるガンダムΙ試作3号機《ステイメン》が【オーキス】と呼ばれる巨大アームドベースとドッキングすることで対モビルスールから対戦艦、巨大モビルアーマーにまで幅広い攻略が可能になる。

 コロニー連合軍で武装の数、火力、機動力が最強クラスにも入るデンドロビウムの破壊に一同は、ただ驚愕するしかなかった。

 

「あれほどの巨躯相手に勝つとなると……。ジェイ特務大佐、やはり……」

「ユニコーンに間違いないだろう。大きさだけでなく、スピードもパワーも勝てない相手ではなかったはずだ」

《マリアージュ、貴様は今どこにいるのだ?》

《ジェイ特務大佐から連絡を得て、現在地球軍に奪取されたアークエンジェルを追跡中です。それと、先ほどアークエンジェルにユニコーンと思われる機体が2機のガンダムタイプによって収容されていく様子を確認しました》

 

 その証拠にマリアージュと呼ばれた、スカイブルーの長髪をした女性の口述通り、アークエンジェルの右カタパルトデッキに入ろうとしている、エクシアとウイングに抱えられているユニコーンガンダムを捉えた映像のデータが送られてきた。

 もちろんアークエンジェルが感知できるレーダー圏外ギリギリでの遠距離撮影なので多少画像は荒いが、モザイク越しでも全身純白が特徴のユニコーンに相違はない。

 ヴォルガとマリアージュが乗る艦の名は、ヴェサリウス。正式名はナスカ級と呼ばれる人型が両腕とくっついた両脚が前に出したような青緑色をした艦だ。

 

《随分と手の早いことですね、特務大佐》

 

 笑顔で称賛したトルドアスにジェイは悪い気はしなかったが、その笑顔の裏にある底が見えない相手にたとえ味方でも心を許すつもりはなく、それらしいリアクションをせず冷酷な表情をしたまま返事を返す。

 

《褒めたって何も出ないぞ?》

《貴様らの艦なら追尾はできよう。何としてても捕獲しろ、マリアージュ、ヴォルガ》

 

 ヴェサリウスの最高速度はアークエンジェルとほぼ同じ。アークエンジェルの速度を見誤る事がなければ、レーダーに引っかかることなく、追跡が可能だ。

 総司令であるヴァルターの命令を受諾したマリアージュとヴォルガは、同時に《了解》と言いながら敬礼して通信を切った。 

 

《総帥、我々はフォン・ブラウンへ向かいます》

《フォン・ブラウンへ? 何のためだ?》

《あぁ、なるほど。もしかして期待のルーキーたちのことですか?》

《さぁな。では、総帥。これにて》

《今後の貴君らの健闘に期待する》

 

 総司令官らしからぬ気まぐれなヴァルターの寛大にジェイは深々と頭を下げた後、ヴァルター自らモニターを切った。

 ジェイらに対する今しがたタイミングを見計らっていたトルドアスがヴァルターに声をかける。

 

「よろしいのですか、司令?」

「ここ数年で、奴ほどの優秀な人材はいない。……できれば、裏切らないで欲しいものだ。今思えば、トルドアスよ」

「何でしょう」

「何故そこまでしてユニコーンに()()()()?」

 

 ヴァルターはトルドアスがユニコーンのことになると、妙に欲望が丸出しに見えていたらしい。

 そのことを見据えていたかのようにトルドアスは顔色が変わることなく、その質問に答える。

 

「僕はコロニー連合軍にとってプラスになることをしているまでですよ。少なくとも、レオ・ビスタルが残したユニコーンは奪取に成功すれば、地球軍に対する脅威となり得ます。もちろん、一時ではなく永遠であることを保証します」

 

 ここまで言わせると、ヴァルターはこれ以上疑問を問い投げることができなかった。

 

「……まあ、いいだろう。お前の仕事に戻れ、トルドアス。私は、クアッカに呼び出されているのでな」

 

 ヴァルターは表情豊かなトルドアスを置き、一言だけ言い残してブリッジを後にした。

 クアッカとは、コロニー連合行政統制機関を英語表記にした略称であり、行政統制機関には、まとめ役の統制機関局や人民権保障局、未成年教育局、農業水産局、厚生労働局、そしてコロニー連合軍が所属する総合軍事局が存在しており、各コロニーの代表と各省庁の代表が集まって今後を話し合う場所のことだ。そしてヴァルターは、総合軍事局のトップである。

 彼の後ろ姿を見たトルドアスは一度メガネの節を指で押し上げ、笑みを浮かばせながらヴァルターの後ろ姿に向けて気づかない程度でこう呟いた。

 

「ええ、もちろん。ノルマ以上の働きに答えますよ」

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルがフロンティアⅣを出港してから1時間が経過しようとしていた。

 戦闘後に突然意識不明の状態に陥っていたリュートがぼやを少しずつ取り除きながらゆっくりと目を覚ますと、天井に着いている蛍光灯が真上からまばゆく照らしていた。

 意識が多少ぼやけていたが、晴れるまでに時間はかからず、自分が今置かれている態勢においておそらくどこかの部屋のベッドの上で寝ていたことはすぐわかった。

 

「……あれ、ここは……?」

「あっ、起きた」

 

 2人の声がした方に首を向くと、レーアが並列に椅子に座ってリュートを看ていたのだ。

 ここに彼女がいて自分が寝ているということは、ここは医務室とすぐ判断した。

 

「レーア……」

 

 と、言ったカレヴィは席を立ってベッドを囲っているカーテンをめくり、その場から立ち退いた。

 すでに脳内にモヤが晴れていたリュートは上半身を起こして、今いるレーアにこれまでの状況の提示を求める。

 

「レーア、僕はどうなって……?」

「あの大型モビルスーツを撃退した後、あなた気絶してたのよ」

「そういえば、突然意識がぶっ飛んで……。それから、何も覚えてないんだ」

 

 自分でも記憶の確認をしたが、デンドロビウムのコアであるガンダム試作3号機が意図的に切り離された後、ユニコーンで突進して破壊した。

 そして、ユニコーンに内蔵されている特殊管制システム――【NT-D】の発動キーが明確な意志だという記憶も微かだが、残っていてそれ以降の記憶は全くなかった。

 記憶の確認の最中にカーテンが開く音が聞こえた。入ってきたのは、カレヴィだ。

 

「一通り検査させてもらったが、特に異常は見られなかったみたいだぞ。過呼吸や意識不明の症状は、おそらく戦闘における緊張の延長線上に起きたんだと思う。だが、しばらく安静すれば問題ないから安心しろ」

 

 明るく言うカレヴィにリュートは心の底から喜ぶことができなかった。

 あのマシンには、ユニコーンには人の命を危ぶまれるものだということを知っていたのだ。

 

(違う、違う……。そんな生易しいものじゃない……! あれは代償を求めるシステムだ……!)

 

 そう解釈するしかなかった医者の結論に少しばかり腑に落ちなかったリュートはあのシステムの恐ろしさを知るあまりに顔は渋って掛け布団を強く握った。

 その隣で見ていたレーアがリュートの表情を見て不思議そうに思え始めた途端、ドアからノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 と、フーゴが言うと、ドアがスライドした後、カーテンをめくったのは黒い軍服を着た、先ほど通信で顔出ししていた幼女姿の女軍人がみんなに笑顔を送った。

 

「みなさん、お疲れ様でした!」

 

 と、爽やかな笑顔ではきはきと言ったルルだったが、その行いが仇となり、これを見ていたリュートらも何を言えばいいか分からず、口を開いたまま唖然する。

 案の定、この室内に沈黙の空気が漂い、満たされていくもルルはただ笑うしかなかった。

 

「あ、はは、はは……」

 

 立案者であるルル曰く『爽やかな笑顔で癒そう!大作戦』は見事に崩れ落ちたが、咳払いし、開き直って話を変えてカレヴィに問う。

 

「と、ところで、カレヴィさん。このお2人ですか? カレヴィさんと共に戦ってくれたお仲間の」

 

 発言するルルを一同は見ると、その中でリュートはその襟元に北極と南極付近に国旗を載せた地球のマークと【E.M.U】と書かれた文字があった。

 

「ああ、レーアとリュートだ。おかげで随分助かった」

「改めて。私がアークエンジェル艦長代行の……というか、なりました! 地球軍事統合連盟北米支部所属のルル・ルティエンス中佐です! そして、こちらが副艦長代行となったマドック・ハニガン少佐です」

「マドック・ハニガンだ。よろしく」

 

 レーアとリュートの目の前に立って握手を求めてきた礼儀正しいその女性の目は大きくくりっくりしていて、身長は彼女の頭頂がリュートの胸部と腹部の真ん中あたりだ。

 リュートとレーアが実物を改めて見ると、このような幼女が代行であるが、艦長という位に立っていることに何とも不思議でたまらなかった。

 

「は、初めまして、レーア・ハルンクと言います……」

「う、漆原リュートです……」

「ちなみに艦長代行は、君たちよりも年上だ。姿形はあのようになっているがな」

 

 横からマドックが口をはさんでルルのことを語ると、両頬が膨らんでまるでフグのようになったルルがマドックに叱咤する。

 

「もうマドックさん、デリカシーがなさ過ぎです!」

 

 リュートもレーアもさすがにそうだろうとは分かっていたが、軍人でもあり、中佐というかなりの上の立場に就いていながらこの幼女姿の彼女のギャップに対して驚きを通り越して人類に対する未知の領域に踏み込んだみたいだった。

 隣に居合わせているマドックもデパートに行って欲しいものに駄々をこねている子供を見る母のように困り果てた表情をして見てられなかった。

 

「でもまあ、よく捕虜から脱出できたもんだ」

「偶然にもわざわざ目標の戦艦に乗せてくれた敵がいたのでやりやすくなった。不幸中の幸い、という奴だな。あと今この艦に乗っているクルーは、同行してくれた者たちやフロンティアⅣの残存兵を呼びかけで集めてきた者ばかりだ」

「そんで、これに乗っていた敵の兵隊さんたちは?」

「全員気絶させた。今は牢屋の中にいる」

 

 相手にされなかったことでルルはショックを受け、涙目でデスクの裏でしゃがんでいじけてしまう光景を見ていたリュートとレーアは、呆れて苦笑いをする。

 

「あと、コロニー連合軍の動きは?」

「今のところは無い。だが、この艦は元々あっちのものだ。取り戻すためにまた仕掛けてくる可能性はあるだろう」

 

 艦一隻奪ったところでさほど戦力差が塗り替えられる程でもないのは明白だが、精神論を述べれば、可能性の話でもやりかねない口実を述べるマドックにカレヴィは否定はしなかった。

 それとは別のものを目標にしているコロニー連合軍の現状を先ほどフロンティアⅣでの戦闘の中で確証はないが、1つの説としては有力だと思っている。

 

「それも否定はしませんが、奴らは恐らくリュートが乗っていた機体――ユニコーンを再び狙ってくると思います」

 

 カレヴィの意外な発言をしたことでリュートは驚き、艦長室内の空気が突如変わり出す。

 

「その名の通り角の生えた白い機体のことか? だがカレヴィ少尉、その根拠や確証はあるのか?」

「確証はありませんが、根拠はあります。港に着く前、こいつらと一緒に敵モビルスーツと交戦してましてね。俺やレーアには反撃する隙を与えない攻撃を仕掛けたのに対し、ユニコーンにはわざとコックピット以外を狙い、動きにくくしているかのようにも見えました」

「それに関しては私が彼の証言の保証人になります。確かに相手によって敵の動きが違っていました」

 

 コロニー連合軍がユニコーンを狙う理由を聞きたかったマドックに自分の直感的思考での説明だが、あの時に一緒にいた、赤の他人であるレーアもカレヴィの理由に嘘偽りがないことを証明している。これらによりマドックはカレヴィの証言が事実であることを前提に話を進めることにするが、1つだけ少尉に対する疑問が生じた。

 

「なるほど……。だがカレヴィ少尉、なぜ君はコロニー連合軍がユニコーンを狙っていることに()()()()?」

「それは……」

 

 左目から放たれる鋭い眼光と威厳、そして核心を突く質問にカレヴィの体は緊張で強張りだす。

 徐々にマドックの目を逸らし始めたカレヴィがリュートに目線を向けた時、一瞬だけカレヴィにほんの少しだけ悲哀の表情が出ていた。

 その一瞬をリュートは逃さなかったが、カレヴィは今この部屋にいる者たちに向けてこう発言した。

 

「……俺、いや私――カレヴィ・ユハ・キウル少尉は、アルビス・アトラー中将より、来訪したフロンティアⅣに滞在しているレオ・ビスタルと呼ばれる科学者の確保、および彼の元で開発された新型モビルスーツの回収または破壊が私に任命された極秘任務を仰せつかっておりました」

「なんと……!? アルビス・アトラー中将だと!?」

 

 その名を聞いたマドックの顔色は驚きに満ちていた。

 同時にカレヴィのカミングアウト発言に挙げた、軍人のアルビス・アトラーの名を初めて聞いたレーアは、あまり大声に出さずにルルに質問する。

 

(艦長代行、そのアルビス・アトラー中将という人は?)

(地球軍に所属している軍人で現総司令官エイリーク・アナハイム大将の補佐をしている方で地球軍のナンバー2とも呼ばれています)

 

 と、静かにレーアの質問を返した。

 

「じゃあ、その新型モビルスーツがユニコーンなら、あのお爺さんは……」

「リュートの言うそのお爺さんとやらは、恐らくレオ・ビスタルに間違いないだろうな」

「年齢に関しては多少の差異はあるだろうが、失踪した時期からすれば、まず間違ってはいないだろう」

 

 カレヴィとレーアのその発言にリュートの足が崩れ落ちて落胆し、「お爺さん……」と悔しそうに歯を食いしばりながら呟いた。

 リュートの前に近づく足音。その音の主はマドックだ。

 マドックは腰を低くしてリュートの肩に自分の手を置いて励ましの言葉を送る。

 

「顔を上げるんだ、リュート君。亡き者に対して嘆いても仕方がない。カレヴィ少尉、よく話してくれたな」

「リュートがレオ・ビスタルやユニコーンとの関わりを持った以上、遅かれ早かれ話さないわけにはいきませんからな」

「それで話を戻すが、なぜ民間人である君はあのモビルスーツに乗っていたのだ?」

「それは、その……」

 

 まず何を言い訳にしようか考えていたが、これといったものはいくら言葉を組み替えてもいずればれてしまうし、何より嘘をつくことに罪悪感を感じるからだ。

 ここは正直に話すしかなかった。いや、()()()()()()()、ということだけを伏せれば、自分は地球から来たと自然な話になると考えた。

 しかし逆を言えば、それは半ば事実ではないし、ここにいる皆を騙すことになってしまう。下手に本当のことを話せば、会話がこじれて敵対されるのもままならない。不本意だが、敵対せず相手を納得させるにはこの方法しかなかった。

 

「……僕はその時地球からフロンティアⅣに着いたばかりでした。しばらくしてから、戦争が勃発したので近くにある巨大な倉庫のような施設に隠れていました。

そしたら謎の組織に追いかけられていたお爺さんが僕にユニコーンを託し、そしてあることを言ったんです。

『誰かが終止符を打たない限り、"終焉なき戦争"になってしまうだろう』って……」

 

 マドックは顎を左手の人差し指と親指で前後に摩り、リュートが発したレオ・ビスタルの言葉を聞いてボソッとその言葉を復唱した。

 

「……"終焉なき戦争"か」

「それと、レオ・ビスタルからこれを貰いました」

「これはUSBメモリーだな。分かった、預かろう」

「……あの、1ついいですか? 戦争に巻き込まれた僕たちは、これからどうなるんです?」

 

 機体を動かせる上、地球軍と行動と共にしたことは事実上、リュートやレーアが地球軍の戦力にならざるを得ないのは明白だ。

 そしてこれからの生活をどう過ごせばいいのか、まだ民間人である彼らに尋ねてこれからの方針を決めるしかない。

 

「本来なら君たち次第、と言いたいところだが、リュート君の場合、カレヴィ少尉の話が本当ならば、ユニコーンは重要機密扱いだ。地球軍本部あるいは重要基地に着くまでは我々と共に行動する他ならない。その点については、リュート君も理解してくれるね?」

「……はい」

 

 マドックの判断は妥当かつ的確だったが、死んでしまったレオ・ビスタルとの願いを叶えたいリュートにとっては都合が良かった。

 ユニコーンに乗って敵でありながら人を殺めた感覚が恐怖で身震える程残っていた手をリュートはギュッと握りしめた。

 

「それでレーア君。君の意見も聞きたいのだが……」

「……私もリュートと同じく地球軍に入ります」

 

 コロニー連合軍の軍人だったレーアの意外な回答にリュートは驚く。

 地球軍側に付くことはコロニー連合軍と対立することと直結することを知らないほどレーアは馬鹿ではないのはリュートやカレヴィも十分理解している。

 考えられる可能性は、自分と同じ、コロニー連合軍とのけじめをつけることか、あるいは――。

 どんな理由があるにせよ仲間に加わることに異論はなかったが、レーア自身は本当にそれでいいのだろうかとリュートは無意識に感情移入してしまう。

 

「レーア、いいの?」

「ええ。一応あなたやカレヴィに恩義もあるわ。けど本音を言えば、こんな馬鹿げた戦争を一刻も早く終わらせたいだけよ」

「一応は余計だっての……」

 

 と、レーアの毒舌発言にカレヴィは不満を募らせながら呟いた。

 戦争に対して批判するレーアの強く握る拳を見たリュートは、その険しい表情からして戦いを終わらせる戦いに参加する意志や気持ちの他にそれ以上の何か別の感情的な――私的な意味があるのではと感じていた。

 

「……ありがとうございます、リュートさん、レーアさん。上層部の正式な処置が下りるまではあなたたちを民間人として扱い、私たちと共に行動してもらいますが、我々地球軍の助力するあなたたちを快く歓迎します。今後ともその力をお貸し下さい!」

「しし、失礼しまぁ――」

 

 廊下から女性の慌ててる素振りを見せながらも少々のんびり口調な声が聞こえた。

 扉が開き、近づいていくと共に赤い髪を靡かせている女性が部屋に入ってリュートとレーアを見た一瞬驚いて引き気味の態勢になり、そして口から震え声を出し始める。

 

「な、な……」

 

 その女性は頬を赤くしながらしどろもどろになり、遂には糸がちぎれたのか2人に襲い掛かる。

 リュートとレーアは対応できず、目の前まで接近されてしまう。

 2人はダメかと悟って目をつぶったが、体中から感じ取れる感覚から抱擁を受けているように思えるようになり、目を開けるとその通り抱擁を受けていた。

 

「何ぃこの子たちぃ~!!」

「え、え……!?」

「この女の子、お人形みたいで可愛いし、そしてこの男の子! 女の子みたいにお肌ツルツルぅ~!!」

 

 その女性の目は、小動物にでも触れたかのようにとろけた表情をしていた。

 レーアには真正面で見つめ、リュートにはほっぺに肌を擦り付けるといった彼女の暴走っぷりにリュートとレーア以外の3人は、物が言えずに唖然としていた――というより気が引いた、というのが正しい。

 レーアはちらりと見た表情と発言、悪意を感じない抱きつかれ方であからさまだが至福を受けていることを分かっていたが、リュートは未だに困惑している。

 

「か、艦長代行……! 何なんですか、この人は!?」

「艦長代行! どうしたんですか、この2人はぁ~!!」

「え、えーっとぉ……」

 

 リュートとレーア、そしてその女性に同じタイミングで質問されたルルはどちらかの質問から答えようか困りながら迷っていた。

 その女性がある程度落ち着いた所で改めて自己紹介をするが、最初にしたのはその女性だ。

 

「先ほどはお見苦しいところを晒して申し訳ありません……。私は急遽アークエンジェルのオペレーターに配属されました、ノエル・クリンプトン曹長です」

 

 と、明るい声で挨拶するもリュートは未知の生物と遭遇したかのようにカレヴィの影に隠れて怯えていた。

 

「あ、そうだ、思い出した! 避難した際に怪我をした人なんですが、幸いにもけが人はそれ程多くなく、避難民の中にいたお医者様や看護師さんたちと協力してアークエンジェルにある医療物資で賄うことができましたぁ。ただ、1つちょっとした問題が起きてしまいまして……」

「ちょっとした問題?」

「はい。実は、避難民の方からクレームが発生してしまいまして。とてもではないんですけど、中々抑えるのが難しくて……」

「早速クレーマーか……」

 

 と、ルルは楽しい表情から一転して悲しそうな表情になり、そう呟いた。

 アークエンジェルが宇宙港を出港してからまだ1時間も経ってはいないこのタイミングでのクレームを発したということは、おそらくフロンティアⅣを守れなかった際に対する地球軍への当てつけなのだろう。

 地球軍兵士にとってはどうにかして鎮めたい気持ちがあり、そしてこの艦を仕切るルルが誰よりもその気持ちを多く持っていたが、フロンティアⅣの防衛失敗という地球軍

 

の失態にここにいる兵士では誰もその事実に抗うことはできない――いや、できるはずがなかった。

 かといって、このまま放置するわけにはいかず、フロンティアⅣを守れなかった責任として避難民たちを安全な場所に下させることが軍人としての義務であり、誠意だ。

 

「では、私たちはブリッジに行きます。ノエル曹長は、2人を案内してください」

「了解です。フーゴさん、リュートくんのことはもう大丈夫ですよね?」

「ああ。だが、彼は病み上がりだからあまり無理はさせないことだ」

「分かりました!」

 

 ルルとマドックはとブリッジに戻って本来の仕事に戻り、カレヴィも今後の敵の動きが気になるとのことで共にブリッジへ行くことにした。

 状況が状況で仮ではあるが、リュートとレーアへの地球軍入団の歓迎会は早く終わった。

 残ったリュート、レーア、ノエルが医務室から出ると、ノエルが艦内を案内することになった。

 その道中、レーアが何やらもぞもぞと腕やら肩やら体のあらゆるところを擦っている。そして、ノエルに相談した。

 

「あのー、ノエルさん。着替えありませんか? さすがにこのままだと、体中がかゆくなりそうで……」

 

 宇宙空間での耐性を持つスパッツタイツで作られたパイロットスーツを着ているレーアを見たノエルは、「あっ!」と声を上げてしまう。

 

「ちょっと待って、私の個室に案内するから! あ、そうそう。リュート君も来てもいいけど、乙女の部屋は見ちゃだめだよ?」

「は、はぁ……」

 

 ノエルのマイペースに2人は多少唖然した。もちろん本人は、中を見るつもりは毛頭無いだろう。

 ルートを変更して、ノエルとレーアは女性専用の集団部屋に入り、リュートは廊下で待った。

 度々年の近い女の子同士の会話が背に付けている壁から聞こえてくる。

 

「これなんかいいんじゃない?」

「……ちょっと派手すぎませんか?」

 

 服の選りすぐりしている2人。これは、いつ終わるのかと気が遠くなりそうな程の時間が経過した。

 しばらくして、リュートの耳に終わりを告げる言葉が聞こえた。

 

「きゃー、レーアちゃん! よく似合ってるよ!」

「じゃ、じゃあこれにします……」

「終わったよ!」

「や、やっとですか……」

 

 かれこれ30分は経ったであろうか。相変わらずの天真爛漫な態度で声を出すノエルに対してリュートは声を聞いて待ってただけでも、疲弊の顔が伺える。

 

「じゃーん!」

 

 ノエルが部屋を出た後にレーアも出てきた。

 彼女の着ている服は白の半袖ワンピースに女性用ジーンズの組み合わせだ。

 ワンピースの長い裾がミニスカートの役割を果たし、これを見たリュートは少しばかり心のときめきを感じ、満更でもなくレーアを見続ける。

 

「似合う……かな?」

 

 男の子に見せる恥ずかしさと自分に自信がない故に頬が少し赤くなっているレーアは、交互に体を捻って自分でも確認しながら尋ねてきた。

 リュートは我に返り、なるべく短時間でどのようなことを言えばいいのか必死で考えた。

 

「い、良いんじゃないかな?」

 

 さすがにこれしか言えなかった。

 顔が赤くなっているレーアに釣られ、右手の人差し指と親指を使って帽子のつばをつまんで深く被りながらも顔が赤くなる。

 

「ほら、ボーっとしてないで。案内するよ」

 

 ノエルは、女の子同士であるレーアと雑談をしながらアークエンジェル内に設けられている施設を案内する。まず一番近かったのは、食堂だ。

 奪取したてだったのでまだ手を付けてはいないが、コロニー連合軍に使われていた頃はとてもではないが、美味しくはなかったらしい。

 次に案内されたのは、先ほど機体を収納した格納庫だ。この空間は、両艦首にあるどちらのモビルスーツハッチも繋がっていて状況に応じて同時発進することもできる。

 その後ノエルは割り当てられたリュートとレーアの部屋も案内し、宇宙にいる間で寝るときの注意点もいくつか教えた。

 

「じゃぁ、次は……」

「正気か!? あそこに行けば、敵に攻める口実を与えるだけだぞ!!」

 

 ルルやマドック、カレヴィがいるブリッジに入ったその時、怒声がブリッジの中で反響した。その声の主はカレヴィだ。

 避難民よりも艦の安全を第一優先と考えていた故にルルの提案に猛反対していたカレヴィは我に返って周囲を見渡し、ブリッジクルーやたまたま居合わせていたリュート、レーア、ノエルの3人組を見ると、思わず黙り込む。

 中立都市は、どちらの軍も属さない。仮にどちらかの軍がフォン・ブラウンに侵攻したとして、もう1つの軍がその排除に向かわなければならない動機になり得るからだ。

 つまりアークエンジェルがフォン・ブラウンに立ち入った時、コロニー連合軍に宣戦布告することなく殲滅されるということになる。

 

「で、ですが、これしか2つの問題を同時に解決する最善策がありません……! それになんと言われようと、代行ですけど、艦長は私ですから!」

 

 互いに意見をぶつかり合い、いがみ合っていたのは、艦長代行と中年の兵士パイロットだ。

 両者はどちらも引けを取らなかったが、これ以上何を言っても無駄だと判断したカレヴィは「ふん、勝手にしろ!」と怒りをあらわにしながら、ブリッジから退室した。

 対立で緊張が解けたルルはふぅーっとため息混じりの呼吸をしてから脱力した。その間にノエルたちが艦長代行の元へ駆け寄り、レーアが声をかける。

 

「あの、艦長代行……。カレヴィと何かあったんですか?」

「あ、レーアさん。ええ、今回の行き先に関して少々…。意見を言うのは良いですけど、まさかあそこまで強情とは……」

 

 これはさすがに想定外、と頭を抱えるルル。

 

「その行き先というのは?」

「月面都市フォン・ブラウンです」

「フォン・ブラウン……?」

「月に建造された中立都市ですね」

「そうだ。まずあのモニターに映っている地図を見てくれ」

 

 ルルが座っている艦長席の前にある巨大なモニターには月とコロニーを模した図形がある地図らしきものが映っていた。

 大型モニターに表示されているマップによると、アークエンジェルの現在地は月と破壊されたフロンティアⅣの中間に位置している。

 月と小さな一部のコロニー群がやっと見えるぐらいの縮尺地図でここからフォン・ブラウンまでの直線状での走行距離はかなりのものだ。

 

「現在、我々がいる場所はここだ。ここからフォン・ブラウンまで3000キロメートルの距離がある」

「そんなに距離が……。それで着くのにどれぐらい時間がかかるんです?」

「このままのスピードなら丸1日かかると思っていいだろう」

 

 現在アークエンジェルの速さは100ノット。時速に正すと、1時間に約190キロメートル進むことを示す。

 マドックの言う通り、艦に問題がない場合で単純計算での速さならどんなに早くとも15時間はかかることになる。

 

「それに宙域及び先ほどフロンティアⅣのようなコロニー内で戦闘が起きた時、半径約30キロメートル圏内のコロニーに侵略できないよう入港を禁止されていて、それ自体は法定でも掟でもないですが、もし進路上にコロニーがあるなら迂回しなければなりません」

「なるほど……。それで艦長代行はそのフォン・ブラウンに向かうんですか?」

「艦に民間人が乗っている以上、もう後戻りはできませんからね……。今のところ中立を保っている場所はここしかありませんから」

「あとは向こう側の判断次第、といったところだな。フォン・ブラウンに着くまで君たちは休息でも取っていなさい。いつ敵に襲われるか分からないからね」

「分かりました」

 

 マドックの進言にリュートとレーアはノエルと共にブリッジを後にし、艦の案内を再開した。

 そしてルルは次の目的地に向けるために自身を持ってアークエンジェルの操舵手である分厚い唇が特徴の天然パーマ黒人のヒュー・ジョイマン軍曹に指示を出す。

 

「……進路をフォン・ブラウンへ!」

「了解。進路をフォン・ブラウンに変更します」

 

 操舵士がアークエンジェルを動かし、月面都市フォウ・ブラウンに向けて進行した。

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルが方向転換して進行した様子をヴェサリウスのレーダーを表示される台で確認していたヴォルガがマリアージュに知らせる。

 

「おい、マリア! アークエンジェルが方向を変えたぞ!」

「大声で出さなくとも聞こえる。進路は?」

 

 ヴォルガは台の表面に映し出されているレーダー図をヴェサリウスの現在位置を中心とした宇宙地図に併せて展開する。

 アークエンジェルを示すアイコンの座標をインプットして地図を拡大すると、その方角先に月があった。

 

「方角先の延長線上に月? ……中立都市フォン・ブラウンか!」

 

 ひらめいたヴォルガが言い当てた場所を聞いたマリアージュは、彼らの意図を読み取った。

 マリアージュやヴォルガはアークエンジェルの元所有者であるエイナルのこだわりは耳にしていた。

 本来なら、フロンティアⅣで起きた戦闘において避難民と敵である地球軍を捕虜として受け入れ、コロニー連合軍に属しているコロニーに降ろすつもりだっただろう。

 

「……なるほどな。たしかそこにはアルフレッド・ルー・ガジー少佐とのつながりがあると聞いたが……」

「あの貴族気取りのキザな野郎のことか?」

「ああ。正直あまり顔を合わせたくはないが、地球軍がそこに向かっている以上、致し方ない。……ガジー少佐につなげ」

 

 苦々しい表情をしたマリアージュは仕方なくブリッジクルーに指示を出す。

 ついた大型モニターには、片手でワイングラスを揺らしてワインの匂いを楽しんでいた、先端がカール状になっているちょび髭の男が映し出される。

 アルフレッド・ガジーと呼ばれているその男は楽しみを邪魔されたことに対して不機嫌になり、一旦ワイングラスを近くにある高級テーブルに置いてマリアージュに対して物申した。

 

《なんだね、ミコット少佐。私は今、最高級ワインの匂いを嗜んでいる最中だぞ!》

 

 ガジーの高飛車な発言と傲慢な態度にマリアージュとヴォルガは一瞬癪に障ったが、事を早く進むために怒りを抑えたマリアージュはすぐに本題に移す。

 

《……嗜好を邪魔されたのなら、謝罪しよう。だが、事は一刻を争う。地球軍は今、お前の管轄であるフォン・ブラウンへと侵攻しようとしている》

《報告感謝する。その地球軍がこちらに来るのなら、我々ナイトバロン隊が木っ端微塵に吹き飛ばせてあげようぞ》

《それと、その中に我々にしか知らされていない機密事項の機体がある。それを奪取できれば、貴様の名誉も上がることだろう》

 

 言葉巧みに誘導するマリアージュにガジーは耳を傾ける。

 

《ほう、それは面白い。なら、奪ってみせようではないか。その機体に関する情報をこちらに転送しろ》

《……わかった。今送る》

《確かに情報は受け取った。なるほど、ユニコーンか…。ご苦労だった、ミコット少佐。後のことは私に任せよ》

 

 近くにあった端末を見て不敵な笑みを浮かばせたガジーの顔を最後に通信が切れ、モニターが真っ黒になった。

 そんな彼を心から思っていないヴォルガは怒りを自分の手のひらにぶつけて、ガジーに対する文句の1つや2つを言い放った。

 

「ふん! 最後まで癪に障る野郎だぜ!」 

「同感だ。私もあいつの顔はもう見たくない」

「んで、これからどうするんだ、マリア?」

「無論、我々もフォン・ブラウンに向かう。万が一のため、ヴォルガは戦闘員を呼び出して戦闘準備をしろ」

「了解だ。このストレスは戦闘で発散してやる!」

 

 マリアージュの指示でヴェサリウスはフォン・ブラウンへと進路を取り、アークエンジェルの追跡を続行した。

 

 〇 〇 〇

 

 その頃、アークエンジェル艦内での案内を終えたリュート、レーア、ノエルの3人は自動手すりを使って廊下を移動していた。

 今後使われるであろう必要最低限の場所のいくつかを巡りに巡って、リュートの表情にどっと疲れが出ている様子。

 

「ふぅ……。意外と広いんだな、アークエンジェルって」

「そうね。かれこれ30分は経ったと思うけど」

「だいたいこんな感じかな。実を言うと、私もこの艦全体のそれぞれの名称の全部をまだ覚えきれてなかったから不安しかなかったけど、まあ結果オーライね」

 

 十字路の廊下の角前で眼鏡をかけた茶色のボブカット髪の女性クルーがリュートの前で姿を現す。

 死角からの出合い頭で2人はのけぞったが、女性クルーはノエルに声をかける。

 

「あ、クリンプトン曹長……! ちょうど良かった……!」

「どうしたの?」

「実は、一部の避難民が徐々に暴徒化していって手に負えなくなってる状態なんです……!」

「ええッ!? 案内して!」

「はい……!」

 

 その女性クルーとノエルは暴徒化している避難民の所へ大急ぎで向かった。

 

「私たちも行ってみましょう、リュート」

「う、うん……!」

 

 レーアの後にリュートも向かうとするが、突如リュートのズボンの裾を握られ、止められてしまう。

 

「え?」

 

 声のリュートが振り向くと、そこには誰もいない。

 

「ね、ねぇ、お兄ちゃん……」

 

 幼げのある声は自分の足元から聞こえた。

 リュートは顔を下に向けると、メルヘンチックな小熊の人形を腕に抱いている、茶髪ツインテールの小さな幼女がいた。

 

「ア、アイリのママ知らない……?」

 

 その女の子は怯えながらもリュートに尋ねる。

 

「え、えーっと……」

 

 初めて会う小さな女の子から尋ねられたリュートはその質問に戸惑いを隠せず、何を言えばいいのかすらも分からず、ただ途方に暮れていた。

 そこにリュートが付いて来ていないことに気付いたレーアが引き返してきた。 

 

「リュート、何してるの? あれ、この子……」

「あ、レーア。この子、お母さんとはぐれたみたいなんだ……」

 

 すぐに助け舟を出したリュートに答えたレーアはその幼女に近づき、かがんで目線を合わせ、笑顔で問いかける。

 

「君、名前は?」

「アイリ……」

「そう、私はレーア。そして、この人はリュート。一緒にお母さんを探そう、アイリちゃん」

「……うん!」

 

 自らアイリと名乗ったその幼女は喜びで目を大きく見開き、そして大きく頭を上下に振って健気に肯定した。

 道中、廊下の壁からいくつものの罵声が反射して響きだした。その声を頼りに迷うことなく罵声を出した張本人の元へたどり着く。

 彼らが目にしたものは何とかして鎮めようとするクルーたちに押しかけて来る避難民たちだ。その数はそこにいるクルーたちの4倍ほどだ。

 

「あんたら地球軍がしっかりしていれば、故郷を失うことはなかったんだ! どう責任取ってくれんだよ!!」

「なあ、本当に大丈夫なのか!? この艦沈まないよな!?」

「お願いです……! 宇宙港前で離れ離れになった子供を探すためにフロンティアⅣに戻ってください!」

 

 大切な物を失って怒りを露わにして罵声を発する壮年の男、戦争に怯えて不安を隠し切れない若い男性、溢れてくる涙を堪えて尋ねる若い女性など1つの強い感情を持った人間が様々いた。

 クルーたちは必死になって抑えようとするが、それでも治まる気配はなかった。

 そこに女性クルーが呼び出したノエルも合流する。

 この状況を見たノエルはなんとかして、早く治まらないという気持ちでスピーカーを持ってここにいる避難民に声をかける。

 

「み、皆さん、落ち着いて下さい! 焦る気持ちは分かりますが、まずは冷静に……!」

「冷静になったとしてこの後どうするんだよ!? ずっと待たないといけないのか!?」

 

 押し寄せる避難民の波にノエルは混乱し、魂が抜けたかのように硬直した。

 たどり着いたリュートやレーアも合流すると、避難民側に押されていた。

 彼らの言い分にしかめっ面のレーアは怒りで我慢ならず、リュートにアイリを預け、ノエルの持っていたスピーカーを取って避難民に向けて叫んだ。

 

「いいから黙って話を聞きなさいッ!!」

「なっ……!」

「先ほどブリッジに行って確認してきました。私たちは今、月にある中立都市フォン・ブラウンへと向かっています。着くには丸一日程かかりますが、それまでは非常食で我慢していただければと思います。私たち地球軍は、あなた方を見捨てることは決してありません。だから、私たちを信じてください!」

 

 自分が言いたいことを言いまくるだけでなく、思いを沿って発言し、レーアの内にあるストレスは発散され、レーアの言葉を聞いた避難民たちは落ち着きを取り戻した。

 リュートが手を繋いでいるアイリを引き連れてレーアの元まで近づくと、辺りを見回していたアイリが紫色のカーディガンを着た1人の女性を見つめる。

 

「あ、ママだ!」

 

 聞き覚えのある声を耳にしたその女性は辺りを見回し、手を振っている幼女を見つけた。

 

「あれは、アイリ……! アイリ……!!」

「ママー!」

 

 アイリはリュートの手を離し、そのまま母親と思われるその女性にダッシュする。

 女性は涙を流しながら、健気に笑う幼女の頬を自分の頬でゆっくりこすりながら二度と離さないと言わんばかりに強く抱擁した。

 

「良かった、この艦に乗ってたのね……!」

 

 離れ離れになった家族が無事再会した光景にリュートは、無意識にも微笑んでいた。

 そしてリュートの脳内で彼を呼ぶ母親と思われるボブカット女性が幾度も浮かび上がる。

 外で一緒に遊んで楽しんでいる時、家で一緒にテレビを見て笑っている時、夕飯を食べて不注意でしかっている時、そして患者ベッドで横たわってリュートの頬に手を当て

 

て涙流している時など。

 だが同時に現実みたくシンクロしていて直接声をかけてるかのようにも思えた。

 

「……-ト。……リュート、リュートッ!!」

 

 だがこの声は現実の方だった。耳元で語りかけて来るレーアの呼びかけにリュートはハッと驚いて我に返る。

 

「あ、あれ……? レーア……?」

「やっと返事してくれた。何突っ立っているのよ、リュート。帰るわよ」

「え? う、うん……」

 

 リュートの近くにアイリとその母親が手を繋ぎながら自分たちとは逆の方向に向けて帰って行った。

 いつの間にどれほどの時間が経ったのだろうと頭を抱えながら既に出ているレーアの元へと向かう。

 先ほど、レーアの言葉を聞いていた1人であるリュートはかなり高いカリスマ性を持つレーアに声をかける。

 

「……よく避難民たちを説得できたね」

「自分でも驚くぐらいにね。今でも驚いてる」

 

 レーア自身、うまく行くとは思ってもみなかった、と夢でも見ているかのような表情がそう物語っている。

 それでもリュートは勇敢なレーアに対して尊敬を持つようになった。

 

「でも、レーアはすごいよ。自分ができないことをサラッとやってのけてさ」

「そんな大したことはしてないわよ。それに、リュートだっていつしかできるようになるから」

 

 と、満更でもなくレーアは照れ隠ししながらもにこやかな顔になった。

 リュートも彼女の笑顔に釣られて無邪気に笑い出す。

 

「お、なんだなんだぁ? 随分と楽しそうじゃないか、お前ら」

 

 背後から2人の様子を見てニヤニヤしているカレヴィに悪寒を感じた。

 

「カ、カレヴィ!?」

「いつからそこに!?」

 

 振り向いて驚いた2人――特にリュートから出された質問に指を髭顎に当ててアドリブ付きで返す。

 

「んー、レーアが『そんな大したことはしてないわよ。それに、リュートだっていつしかできるようになるから』ってとこぐらいか? それにしてもなんだお前ら、仲のいい恋人かオシドリ夫婦みたいな雰囲気出しやがって」

「こぉッ……!?」

「オシドリ夫婦……?」

 

 カレヴィが発した、冗談半分の発言に真摯に受け止めたレーアは言葉をつめて顔を真っ赤になり、リュートは呆れたような表情をする。

 未だに照れているレーアは2人を後にする。

 

「って、レーアどこに行くの?」

「じ、自分の部屋……! もう寝る! おやすみ!!」

 

 と、一度リュートたちに向けて体を振り返って声を高らかに上げて自分の部屋へと戻って行った。

 リュートは何事かと呆然と立ち尽くし、元凶であるカレヴィは右人差し指で右頬を上下にこすって少し反省の態度をみせる。

 

「やれやれ、ちょっとからかい過ぎたか」

「からかい過ぎって、カレヴィ……」

「それとリュート、お前に言いたいことがある」

 

 発言と同時にカレヴィのおどけている顔から一転して突如シリアスな表情へと変える。

 

「ユニコーンをあのガンダム形態に変形させることはなるべく避けてくれ。お前だって薄々気づいてただろ」

「……でも、その力がないとここにいるみんなもお爺さんとの約束も守れない。だから……」

「だから、その力は切り札にしたい、だろ?」

「やっぱり、カレヴィにはお見通しか」

「まあな。だが、俺はエスパーじゃねぇ。他人の行動を読むのが得意な軍人さ」

 

 と、決まり口調での捨て台詞を吐いてこの場から去って行った。

 そしてリュートもノエルから教えてもらった自分の部屋に戻ってフォン・ブラウンに着くまでの間、ぐっすりと眠りに入った。

 そしてフロンティアⅣを出港してからかれこれ丸一日が経過した。

 狭い空間のベッドの上で寝ていたリュートが両腕を天井に向けて欠伸をしながら仮眠から目を覚ます。

 体を起こし、窓の外の向こう側は絶えることなく輝き続けている多くの小さな星々が少しずつ左から右にスライドして移動しているが、見える限りの周囲を見渡しても自分が見た夢の中の最後の光景と全く同じだった。

 それだけではない。手のひらにうっすらと残っている握ったレバーの感触、今でも起きている自然に体が浮くことができる宇宙特有の無重力空間もだ。

 

「夢……じゃない……」

 

 これだけ揃えれば、リュートはもう腹を括るしかなかった。自分が今見ている世界は、自分がいた世界ではないということを。

 だが受けきれていない部分もあったので軽い錯乱状態に陥ってしまうが、ベッドに座り、深呼吸をして少しずつ落ち着かせた。

 

「そういえば、艦が移動している……?」 

 

 わずだが、乗り物が動いている実感と横に少しずつスライドしながら移動している星々に気付く。

 寝る前に一度宇宙を見たが、1ミリも動いていなかった。となれば、行く場所が決まったということになる。

 リュートはすぐにルルたちに目的地を聞き出すためブリッジに向かおうとした途端、突如アナウンスが鳴り出す。

 

《こちらアークエンジェル艦長代行のルル・ルティエンスです。避難民のみなさん、間もなくフォン・ブラウンに到着します。準備が終えた方は、クルーたちが指示しますので、従ってください。繰り返します。間もなくフォン・ブラウンに到着します。準備が終えた方々は、クルーが指示しますので、従ってください……》

 

 アナウンスの声の主はルルだ。フォン・ブラウンという聞いたことのない言葉にリュートは、内心とても気になったのですぐに向かう。

 扉が開いてブリッジに辿り着くと、最初に彼の瞳に映ったのは、宇宙に浮かぶ、明らかに地球の色ではない白い土壌に丸い輪の中にある巨大な人工物だった。

 

「何だ、あれ……」

「あっ、リュートさん」

 

 声に気づき、自由に方角を向ける艦長席を少年に向けて声をかけたルルにリュートは、目の前のガラス越しや大型モニターに映る巨大な人工物について尋ねる。

 

「ルル艦長代行、あれって……?」

「月面都市フォン・ブラウンです」

「月面都市……。あれが……」

 

 ルルの指を差した先に、所々に点滅する色の赤い光が点在している巨大な人工物があった。リュートは目をこしらえると、巨大人工施設の中に密集している高層ビルや住宅だけでなく、森林のような緑色と深緑色に彩る箇所や池のような湖のような水だまりも見える。

 フロンティアⅣだけでもすごいというのに、それの何倍の広さにリュートはただただ驚くしかなかった。

 リュートが圧巻している間に突如警報が鳴りだす。

 目の前まで来ているフォン・ブラウンから現れたのは、ジム・コマンドと呼ばれる宇宙仕様を示す白と赤のツートンカラーとバイザーが特徴の機体が2機、アークエンジェルに近づき、アークエンジェルもブースターの出力を徐々に下げて停止する。

 本来、このような場合は、戦艦の艦長や宇宙航行用シャトルの旅団長が代表として面を合わせるのだが、艦長代行であるも幼児体系のルルが相手では、さすがにまずいので副長代行であるマドックが代わって交渉を試みる。

 だが自分が代表として交渉することに期待していたルルは眉を逆八の字にし、両頬を膨らませて少し怒りが込めている不満げな顔をした。

 

《こちら月面都市フォン・ブラウンの機動警備隊だ。貴殿らの艦は武装戦艦のようだが、貴殿らの所属と目的の提示を要求する》

 

 1機のジム・コマンドがブリッジに近づいて相手の事情を伺っていると同時に、もう1機が旋回して艦に怪しいものが取り付いていないか周囲を確認しつつ1か所1か所を厳重に注視している。

 

《……我々は地球軍に所属している者だ。先ほど、戦闘で壊滅したフロンティアⅣの避難民およそ500人を収容している。彼らを比較的安全であるフォン・ブラウン市に降ろ

 

すことと艦の燃料及び補給を目的としている。フォン・ブラウン市の責任者を呼んでくれ》

《……了解した。回線をそちらに繋げると同時に事情を話すので少し時間を頂けないだろうか?》

 

 マドックは「了解した」と言って受諾し、ジム・コマンドの1人のパイロットがマドックの応答に答えて別の無線を繋ぐ。

 5分が経過したとき、市長と思われる少し裕福さが醸し出す室内の内装と服装、そしてふくよかな体系をしているちょび髭を生やした30代後半から40代前半の男が高価な机の上に両手の指を重ねた腕を乗せ、アークエンジェルの大型モニターに突然映し出し、気品にそぐう丁寧な口調で対応する。

 

《……フォン・ブラウン市長を務めています、アルべルト・シンバリスと申します。事情は機動警備員から聞きました。……誠に心苦しいのですが、他を当たって頂きたい》

《なぜです?》

《我々は、フォン・ブラウン市とそこに住む人民の安全を最優先としています。戦争に乗じてテロリストなど他の勢力からの侵略行為を防ぐため、ターミナルへの入港を禁止しているのです。避難民にとっては辛いでしょうが、これも決められた事項なのだと熟知してほしいのです》

 

 アルベルトの発言にこの状況下で最も妥当で適切な対処をしている。大して問題ないようにも見えるが、マドックやカレヴィは違和感を感じていた。

 

《ならば、食飲料だけでも貰い受けたい! 数少ない食料にこのような大人数で行けば、地球――いや、別のコロニーまで持たないことはあなたにだって分かっていることだろう!》

《そのような余裕もこちらにはないのです。聞き入れないのでしたら、敵対勢力とみなして排除させてもらいますのでお引き取りを。では、これにて》

 

 と、捨て台詞を残して通信をあちら側から切られ、2機のジム・コマンドはフォン・ブラウンに帰還していった。

 リュートやブリッジのクルーたちは、冷淡な対応に唖然としていた。アルべルドが発した言葉を言い換えれば、自分たちに死ね、と言っているようなものだった。

 これにリュートもあのアルベルトという男がどういう者なのか、やっと理解できた。それは、ルルやマドックと同じ思いなのだろう。

 上からの物言いと余りにも身勝手で居場所を失った部外者に慈愛を与えず、見た目とは裏腹に腹黒い口だけの男にルルは怒りを覚え、金髪アフロと分厚い唇が特徴の黒人男性操舵士のコーウェン・ジョイマンに次の指示を出す。

 

「……ジョイマン操舵士、アークエンジェルを動かしてください。強行突入を行います」

「えッ……!? しかし……!」

 

 フォン・ブラウンに限らず、中立都市の中やその周囲で騒動が起これば、地球軍に面目が立たず、信用ができなくなった民間人がコロニー連合軍に応援してしまうリスクがある。コーウェンは、それを恐れていた。彼だけではない。地球軍全員も彼と同じ気持ちだ。

 だが、ルルは後を引かなかった。避難民の受け入れについての会話を公にすれば、むしろ追い込まれるのは、アルベルトだと確信を持っていたからだ。

 

「あのアルベルトという人の言うことに耳を傾ける必要はありません! 確実に戦闘は起きますけれど、あんな態度で言われたらこっちが黙っていません!」

「……私も同じ気持ちです、艦長代行。リュート、カレヴィ少尉と共に先に機体に乗って出撃準備をしろ。今回の戦闘は、避難民とフォン・ブラウン市の市民たちを守ることが先決だ。それと、フォン・ブラウン市所属の機体のコックピットへの攻撃は、なるべく避けるように!」

「……はい!」

 

 願ってもない指示に返事したリュートはすぐにブリッジを後にし、ユニコーンを収納している格納庫へ移動したと同時にマドックがクルーたちに鼓舞した指示を出す。

 

「これより、月面都市フォン・ブラウンへの強行突入する! ノエル曹長、各員に衝撃に備えるよう伝達!」

「は、はい!!」

〔こちらアークエンジェル・ブリッジ! 各員及び避難民の皆様は、衝撃に備えてください!! 繰り返します! 避難民の皆様は、衝撃に備えてください!!〕

 

 ノエルがアナウンスを発した後、艦尾の数基ある大型スラスターを点火させたアークエンジェルがフォン・ブラウン市に向けて動き出す。

 気づいたパイロットの1人が機体をアークエンジェルに振り向くと、凄まじいスピードで追い越していった。慌ててもう1機のパイロットにも連絡をする。

 

《おい、あれ! どうする、追いかけるか!?》

《……行かせてやれ》

 

 と、老兵と思われる男が渋い声で答えた。意外な応答に思わず驚いてしまう。

 そのパイロットは、先程の会話でフォン・ブラウン市の治安や政治をも任されているアルベルトが皆を率いる器じゃないと判断したのだ。

 

《あの軍隊なら、この市を良い方向に変えられるかもしれん》

 

 と言って、フォン・ブラウン市に向かって強行突入するアークエンジェルを追うことなく、敬礼して見送った。

 フォン・ブラウン市現市長――アルベルト・シンバリスの警告を無視したルルは、アークエンジェルをフォン・ブラウン市の近くにある宇宙港に向けて突貫させる。

 宇宙港付近に設置されている、複数の迎撃用対空ビーム砲が正常に作動してアークエンジェルを迎撃するが、艦全体を覆う【ラミネート装甲】がビームを吸収して変換し、被ダメージを抑えている。

 ビームの嵐を乗り越えたアークエンジェルはフォン・ブラウン市に近い宇宙港に到達し、多少強引だが、着陸に成功する。

 緊急着陸で艦内部はその反動で揺れ、ノエルのアナウンスによってそれぞれ何かに捕まっていた避難民から悲鳴が生じた。

 

「皆さん、ケガはありませんか!?」

「艦長代行、そんな余裕はありませんぞ!」

「あ、そうでした……。戦闘員は直ちに出撃準備を!」

 

 艦長代行の指示でリュートたちはパイロットスーツに着替えて格納庫へと向かった。

 フォン・ブラウン市の中心部に位置する市長とその関係者が務めるフォン・ブラウン市庁。

 そこでアークエンジェルが自分が発した警告を無視してそのままフォン・ブラウンの宇宙港に向かっていることを偵察兵を通して知ったアルベルトやその周囲にいるスーツ姿をしたガードマンたち、彼を支える秘書、そしてアルベルトに信頼を置ける人たちが居る市長室では、大騒ぎになっていた。

 

「一体何を考えているんだ、あの地球軍は! と、とにかく! あいつらを街に近づけさせるな!」

 

 怒りと焦りの余りにその広い額には血管が浮き出ている彼を見ていた彼の部下たちは、鬼でも見たかのように顔が真っ青になっていて体全体も震えながらも指示に従う。

 

「こ、このことをあの方に知られたら――」

 

 対処に関する指示を部下たちに的確に出しながらも精神の方もかなり参っていた。

 その証拠に表情は焦りで険しくなり、額からも異常なほど汗が出ているが、その口ぶりから何かを恐れているようにも見える。

 予想外の出来事で混乱している最中、屋敷にありそうな金の獅子をした西洋型のドアノブを施した豪華なドアからノック音が聞こえた。

 それに驚いたアルベルトは1人のスーツ姿のガードマンにそのドアを開けるよう指示する。

 

「誰だ、こんな時に……! おい、お前。お前が出ろ」

「へ、へい……!」

「アルベルト、地球軍が宇宙港に侵略したのか?」

 

 青と白の軍服に腰に中世のサーベルを掛けた身だしなみ、カールを効かせた髭をした壮年の顔、貴族気取りな口調をした声、訪問したのはコロニー連合軍に所属しているアルフレッド・ルー・ガジー少佐だ。

 その彼の背後にガジーと同じく中世の軍服と帽子を身に纏っている銃を持った4人の護衛たちが付いている。

 ガジーを見たアルベルトは震えながら後ずさりする。

 

「ガガガ、ガジー少佐!! これは、その……」

「どうなんだ?」

 

 ガジーから発する冷たくも鋭利な眼光で睨みつけられ、アルベルトは畏怖する。

 何か言い訳をしようとアルベルトが事情を説明したいのだが、頭の中がパニック状態で何を言えばいいかわからなくなっていた。

 

「ちち、地球軍は、迎撃用の対空ビーム砲をすり抜け、すでに宇宙港に到達してしまいました……」

「それは本当か?」

「は、はい……! 間違うございません……!」

 

 恐怖に囚われているアルベルトの発言を聞いたガジーは、拍子抜けして強張っていた体全体は脱力する。

 

「でかしたぞ、アルベルト」

「へ?」

 

 自分の思うように動いてくれて機嫌がいいガジーは、アルベルトとアルベルトを仕えていたガードマンたちや他の関係者に次の指示を出す。

 

「アルベルト、お前たちはフォン・ブラウン市にある機動警備隊全員を呼び起こせ!」

「は、はいぃぃぃぃ……ッ!!」

 

 と、アルベルトとその場にいた者たちはすぐに取り掛かった。

 その間ガジーは部屋を後にし、フォン・ブラウンの裏宇宙港に停泊させてもらっている彼の艦である赤一色に染まった大型戦艦――グワジンに戻る。

 行き着いた先はブリッジ。マリアージュからどの艦が地球軍と詳細を知らされてなかったので艦長席に座っている、艦長ニック・マンゼスにフォン・ブラウンの宇宙港に侵入したとされる地球軍について尋ねる。

 

「どれだ、フォン・ブラウン市に侵攻した、地球軍の艦は?」

「索敵兵から送られた情報によると、アークエンジェルとのことです。なんでもあの艦に避難民がいるとか」

「避難民だと? ほう、それはいいことを聞いた。マンゼス、戦闘員の準備は?」

「とっくに済ませてあります」

「結構。ナイトバロン隊も出せ。カーバンにもそう伝えろ!」

「はっ!」

 

 ブリッジを後にして格納庫に向かったガジーの指示で2隻のグワジン級大型戦艦のそれぞれ前後方向にカタパルトハッチが開く。

 左右に独立して設置されているモビルスーツデッキからザクやリック・ドムがそれぞれから一斉発進した後、左肩アーマーに騎士のマークが貼り付けられている10機のギャンで構成されたナイトバロン隊を筆頭に合計30を超えるコロニー連合軍の機体がアークエンジェルが強制停泊しているフォン・ブラウンの宇宙港へ向かった。

 アークエンジェル艦長代行のルルが独断した強引な着陸方法で避難民が集まっている食堂やクルーの部屋では、大荒れ状態になっていた。

 避難民たちがタオルや中身があふれ出したスーツケースなど宙に浮いているそれぞれ自分の荷物や持ち物を回収していると、ルルの声が鳴り響く。

 

〔避難民の皆様、大変ご迷惑をおかけしました! ですが、もう安心してください。フォン・ブラウンに到着しました! 荷物がまとめた方はクルーが誘導を行いますので、指

 

示に従ってください!〕

「た、大変です! 1時の方向――フォン・ブラウンからモビルスーツが接近しています…! 数は25!」

 

 レーダーで確認したノエルが慌てた様子でブリッジ周囲状況を伝える。

 ガジーの命令で動かされた機動警備兵たちが乗る機体はジム、量産型ガンキャノン、ジム・コマンドとダガーLだ。

 どの機体もフォン・ブラウン市から出撃し、アークエンジェルを排除しに進行している。

 当然の因果に愛機であるウイングから通信が入る。カレヴィからだ。

 

《だから言ったじゃねぇか。俺たちが行けば、敵に口実を与えるだけだってな》

《……司令部からの命令です。任務に支障が出るからと……》

《たかが1隻の移送任務だろうに。ガキの使いかよ》

《むぐぅぅぅ……》

 

 不満げに言うカレヴィの命令を下した上位者に対するいちゃもんに地球軍の命令を誠実に受け止めているルルの眉はひそめ、両頬はフグのように膨れ上がっていた。

 

《口を慎め、少尉。敵は既に近づいているのだぞ》

《失礼しましたー、副長代行殿》

 

 棒読みでマドックの返事に答えたカレヴィはアークエンジェルとの通信を切り、戦闘に集中するも下らない命令にやる気が中々起きない。

 

「これだからガキのお守りなんてなぁ……」

《言っても仕方ないでしょ》

《やれやれ…。大人が責任を取らねぇとなぁ…! カレヴィだ。ウイングで出る!》

 

 射出口の扉が持ち上げるように開き、機体の足元に接続されているカタパルトから金属同士の摩擦による火花を散りながら先頭にウイングが射出される。

 

「レーア機、出ます!」

 

 次にレーアのエクシアが射出された。

 彼女の機体の後に続こうとしてカタパルトに乗ろうとしたとき、1人の整備士の壮年男が通信で話しかけてきた。

 

《おい、小僧!》

 

 未だに慣れない通信に突然鳴り響いた声に驚いてしまい、赤と茶色と白のトリコロールが特徴のコロニー連合軍のパイロットスーツを着ていたリュートの全身が一瞬身震い

 

した。

 

《な、なんですか……?》

《ビームマグナムはまだ整備中で使えねぇ! 代わりにここに置いてあったライフルとビーム・ガトリングガンを使ってくれ!》

 

 ユニコーンの両サイドから一部のハッチが開き、右側はビームライフル、左側は2丁のビーム・ガトリングガンと連結させたシールドを持った整備アームが出現する。

 ユニコーンの両腕に装備させる武器の形状をフルスクリーンで見ていたリュートはむしろ都合がよかった。

 あとは自分の腕とこいつの性能次第だが、ピンポイントで箇所を攻撃することができるのか、まだ戦闘を経験したばかりのリュートは正直不安だった。

 【ビーム・マグナム】の瞬間高火力で辛うじて出来ることは敵機体を数機撃破することぐらいだが、フォン・ブラウン市の機動警備隊の機体相手ではマドックの命令に反す

 

ることになるし、長期戦にも不向きだ。

 両アームに武器を取り付けた後、ユニコーンのリアアーマーにビームライフルの弾薬を整備士の手作業によって装備される。

 

《は、はい……! あ、ありがとうございます……!》

 

 後ろの扉が閉じ、ユニコーンを前に進ませて片足ずつカタパルトの上に乗せると、カタパルトがユニコーンの両足を固定し、射出シークエンスに入る。

 そのタイミングを見計らったかのように通信用サブモニターにノエルが映し出される。

 

《リュート君。今からわたしが3人のオペレーターを務めます。敵の状況はこちらから伝えますので、各個撃破でお願いします。ではリュート機、出撃してください》

《わかりました、ノエルさん。漆原リュート! ユニコーンガンダム、行きます! ぐぅ……!》

 

 カタパルトの射出の勢いでリュートはGに押されながらも耐えた。

 正体を知ったレオ・ビスタルの願いを実現するために、リュートは地球軍として奮迅するのであった。

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