機動戦士ガンダムArbiter   作:ルーワン

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最後の希望

――この世界には、戦いが満ちている。積み上げる瓦礫の山……繰り返す、争いの歴史……

 

 母なる惑星――地球。その惑星を中心とした宙域全体に満たすようにその女性の声が響き渡っていた。

 だが、突如として語りだしたその女性の声には、どこか悲しみや憐み、嘆きと言った負の感情を隠せずにいた。

 戦争が勃発し秩序が乱されたことで命の奪い合いを始めたことへの悲しみ、馬鹿じみた戦争が1日でも早く終わることや戦争の終止符を打つ者への祈りなど。

 だが彼女の言葉に秘める数多の思いを振り払うかのように、地球を切り裂くかのように放射された黄色く輝くビームが勢いよくよぎる。

 それは一度だけではなく、幾度もそのビームを発射したのは深緑一色に染めている戦艦――【ムサイ】だ。

 その戦艦の下部前方にあるカタパルトから隊長機と思われる頭部にアンテナが装飾されている【高機動型ザク】が隊員の機体の【ザク】を何機か連れて出撃する。

 

《すぐ戦闘だぞ!!》

 

 高機動ザクに乗る中年とおぼしき男性隊長にその隊員である1人の青年が《了解です》と言って隊長の命令に従うと、敵に向けてビームを連射している1隻のムサイの真下からピンク色に光るビームが船体を貫かれ爆炎による火の粉をまき散らしながら撃沈されてしまう。

 

「チッ! 下手くそがッ……!」

 

 その様子の一部始終を見ていた高機動ザクの隊長パイロットがヒリヒリした状態で舌打ちをして苛立っている間にレーダーから警告音が発する。

 レーダーを頼りに周囲を見渡していると、レーダーに2つの熱源反応があった。戦闘態勢に入った隊長は《来たぞ!》と言って部下たちに注意を促す。

 彼らに向かって来る2つの光――【ジム】だ。

 その内の1機が隊長機と知ったからか自分の腕に覚えがあるのか勇敢に高機動ザクに【ビームスプレーガン】で攻撃して立ち向かうと、隊長も負けじとプライドを持ってマシンガンで応戦しつつ、ブースターを使って軌道変動して距離を取りながら反撃する。

 

「当たれぇッ!!」

「クソッたれがァッ!!」

 

 自分が所属する軍のためにやけくそに応戦するが、ジムのシールドにマシンガンの弾丸が数発当たる。

 遠距離戦では体力が消耗すると考えたジムのパイロットはスプレーガンを捨て、【ビームサーベル】に持ち替えて接近戦を仕掛ける。

 その判断が功を奏し、高機動ザクをコックピットごと串刺ししたことで機体が爆発し、ジムのパイロットは勝利を得て生き残った。

 

「バカなァァァァッ!!?」

「やった……やったぞ!! 後ろ……⁉」

 

 だが、喜ぶのも束の間だった。リンクされているレーダーの熱源反応による接近警報がコックピット中を反響した。

 ジムに近づく2機の機影の正体は、【ギラ・ドーガ】だ。

 【ギラ・ドーガ】は、ジムに狙いを定め、シールドの甲板裏に付いている2発の【グレネード・ランチャー】を一斉射する。

 

「のろまがァッ!!」

 

 【ジム】のパイロットはバルカンを使って回避行動をとるが、ホーミング式の【グレネード・ランチャー】にかわし切れず、ついには撃墜されてしまう。そして同時に死の恐怖による断末魔が響き渡る。

 2人のパイロットが歓喜に浸っている間に1機の【ギラ・ドーガ】の下からピンク色に発光するビームが機体を貫き、もう1機の【ギラ・ドーガ】も一瞬で撃墜された。

 撃ったのは、グレーとネイビーブルーで染まった機体――【ジェスタ】だ。ジェスタは撃墜したギラ・ドーガが引き起こした爆炎を突き破り、次の戦域へと向かった。

 弱肉強食みたいにまた1つと尊い命が高らかに叫ぶ悲鳴と共に儚く消え去っていくと、再び同一人物の女性の声が響き始める。

 

――でも、それでもわたしは信じてる……。人はいつか、戦いの無い世界を作り上げると……

 

 その言葉を最後に戦闘の真っただ中である宙域からとあるコロニーが映し出され、その中にある倉庫の中に眠る機体と思しきものを見た瞬間、白一色に染まりだす。同時に『7:00』の経過でデジタルの目覚まし時計のアラームが容赦なく鳴り響かせ、布団に被って寝ていた少年の目をパチリと開かせる。

 ゆっくりと体を起こして頭をふるふると横に振り、アラームを止めて手を額に当てて前髪をどかして意識を確かにさせる。

 

「今のは、夢……? 夢にしてはとてもリアルに思えたけど……」

 

 この少年の名は、漆原リュート。部屋に散らばっている、ガンダム作品が登場するゲームソフトや棚の上に置いているガンダム作品に登場するモビルスーツのプラモデルが50体以上、そして極め付けは携帯のストラップやポスターにガンダムの登場キャラと大が付くほどガンダム好きの少年である。

 夜更かしして自分の好きなガンダム作品が登場するゲームのし過ぎなのだろうと考え、夢の話は置いといた。

 少年はやや古びた木材の床を歩き、幅の狭い階段を手すりと壁に手を付けてゆっくりと降りる。

 階段を降りて右側に進んでいくと、暖簾のかけてある突き当たりの部屋から肉を焼いている音と香辛料の香りが少年の食欲を刺激させる。

 その暖簾を搔い潜っていくと、椅子に腰掛けて新聞を読んでいる老人とキッチンに赴いてフライパンでウインナーと卵の中身を調理しているやや中腰の老婆の姿があった。

 

「……おはよう、ばあちゃん」

「あら、もう起きてたのね。もう朝ごはんはできちゃってるわよ、リュートちゃん」

 

 ウインナーとたまごを盛りつけた皿をテーブルに持っていくために体の向きを180度回転した祖母がリュートと呼ばれている少年に気付き、挨拶をする。

 テーブルの上にはウインナーと卵焼きの盛り付けのほかにホカホカのごはんと豆腐入りの味噌汁が並んでいる。

 

「……その前に母さんのところに行ってくる」

 

 朝食を食べる前にダイニングと隣接している4畳半の畳で仕切られた居間室に向かうと、低いテーブルに身を寄せている薄着姿の老人が座布団に座りながら新聞を広げて鼻に付いている大きないぼを指で掻きながら見ていた。

 

「おはよう、じいちゃん」

「ん? おお、自分から起きるとは珍しいじゃねぇか。母さんにも挨拶をするか?」

「……うん」

 

 祖父の後ろを通った後、祖父も一緒に室内の隅角にある仏壇を前まで行く。

 その仏壇の扉を開くと、ろうそくや位牌、線香受け皿の他に彼の両親の遺影があり、母親の遺影の前にアクセサリーが置いてあった。

 仏壇の手前に敷かれている座布団の上で正座して線香に火を付け、手を合わせて黙想する。

 母親はリュートが幼い時に体が弱いことから病死に至り他界し、父親は謎の失踪で死者扱いとして同じ仏壇に入れられたのだ。

 ダイニングから来た3人分の朝食をプレートの上にのせて運んでいる祖母の手伝いをし、居間室で食事を摂る。

 リュートは箸置きの上にある箸をとって口ごもるような小声で「いただきます」と言って先に味噌汁を手に取って乾いている自分の喉を潤し、祖父は新聞を折りたたんで朝食に手を出す。

 リュートは奥にあるカレンダーを見ると、8月のカレンダーに1日目から×が並んでいた。その後を追っていくと、今日は7月17日土曜日であることがわかった。

 そしてその日――すなわち今日はリュートの両親のお墓参りだ。

 そのタイミングを見計らったかのように祖母がやさしくリュートに声をかける。

 

「……リュートちゃん。今日こそはちゃんとお墓参りしよう」

 

 祖母が発した言葉に黙々と口にご飯粒を運んでいた箸を持つリュートの手は時が止まったかのようにピタリと止まり、遂にはそのご飯粒は下に落としてしまう。

 彼をそうさせた大きな要因は、彼の父親にあった。

 8年前、彼の父親は科学者でガンダムのプラモデル、ガンプラを機械で読み取り、プログラム内で実際に動かすことができる技術の開発に最も携わり、彼自身が発案したのが【ガンプラバトルシミュレーター】だ。もちろん、自分の作ったオリジナルガンプラも読み込むことができる。

 インタビューにも受けたことがあり、その内容も科学者の鑑とも呼べるような存在で当時7歳だったリュートも自分の父親を誇りに思っていた。

 だが、それは悲劇へと転落に突き落とされることとなった。

 リュートの父、ジュンイチが働いているルスタ・コーポレーションがガンプラバトルシミュレーター――正確にはガンプラバトルシミュレーターVer.2.0の製作公表をして以降、ジュンイチは一度も家に帰らずに研究に付きっ切りが多かったと言うが、それは仕事だから仕方ないと思って自分自身を殺してまで納得させていた。

 幼かったリュートは父親の両親が経営している居酒屋の休店日に難病に患っている彼の母親――ミエコのお見舞いに毎度の如く来ていたのだが、父親は1回も姿を現さず、ましてや母親が病死して、葬儀の時でも彼の姿はどこにもなかった。

 そして遂には最悪の出来事が起きてしまった。――それはリュートの父親であるジュンイチの謎の失踪だ。

 彼の友人でルスタ・コーポレーションの同僚でもある池田という男から聞いた話では当時の二日前、ガンプラバトルシミュレーターの完成が目前とというところまで来て最終チェック段階に入り、コーポレーションの研究室に籠っていたのだが、その翌日にどこか行ってしまったというのだ。

 警察に捜索願を出して徹底的に捜索したのだが、どこにもなく、結局死因は不明のまま、遺体のない葬儀を出すことになった。

 彼の謎の失踪により世界と約束されていたはずのGBS02計画が一時凍結し、テレビや新聞には『鑑と呼べる学者謎の失踪』などと放映され、更には世界における技術の変革の前に逃げたと世界中の科学者たちからは『全科学者の恥さらし』と嗤いながら言われ続けていた。

 だがその影響は科学者だけにとどまらず全世界にも知れ渡り、メディアからはネタを必死に取ろうとしている記者やカメラが家の前に駆け付けては質問攻めをし、世間からでは帰り道にリュートと同学年を中心とした子供からほぼ毎日いじめを受けたり、周りから冷たい目で見られ、遂には同級生、同じ学校に通う学生たちからは『疫病神』というレッテルを貼られたことで学校はおろか、外に出ることさえも拒否し、体を震撼させながら引きこもりが今まで続いていた。

 

「……ごめん。箸、洗ってくるね」

 

 と、すたすたと一目散に落とした箸をキッチンに持っていくと、先ほどの孫の反応を見た祖母はまだトラウマが解消されていないとため息を吐いて少々落ち込んでいる。

 

「……あんまり急かさない方がいいんじゃねぇか?」

「ですが……」

 

 このまま閉じこもった様子では、リュートの将来が全く見えない。

 いつ死ぬのかも分からないこの身におけば、不安を隠そうとも隠しきれずにいた。

 だが、その考えを持っているのは祖母だけではない。

 

「お前の気持ちもよく分かるけどよ、もう少しはリュートの気持ちも考えてやれよ」

「これでも結構配慮したつもりですがねぇ……。私的にはリュートちゃんが幸せになって欲しいだけです」

「それは俺とて同じよぉ……。せめて俺らが死ぬまでには立派に自立してもらわねぇとな」

 

 祖母はリュートの将来を第一に、祖父はリュート自身を考えていた。今年で16になったリュートなのだが、体は成長しても心はあの日以来変わっていない。

 リュートは、天秤が止まることなくゆらゆらと揺れ続けるかのように精神的に不安定でいつ崩壊するかも分からず、また下手に刺激すると、自分自身の感情をコントロールできなくなるという非常に危険な状態にまで陥っている可能性もある。

 そうなれば最後、リュートは一生涯孤独で引きごもりになりかねない。彼の御祖父母は、それが一番怖かった。

 

 〇 〇 〇

 

 朝食を摂り終え、長い髪をヘアバンドで押し上げているリュートは、キッチンで祖母の手伝いをしていた。

 祖母が石鹸の泡を付いたスポンジで1つずつ食器を丁寧に洗ってシャワーで落とし、リュートが水浸しの食器を食器拭きで水を拭きとる作業をしていた。

 

「リュートちゃん……」

 

 祖母から声掛けられてもリュートは答えることはおろか首を傾くことなく黙々と作業をこなしていると、突如玄関の外に付いている呼び鈴が鳴った。

 

「あ、俺が出るよ」

 

 祖父が駆け足で玄関まで行ってガラガラと木材とガラスで作られた扉を開けると、玄関前で待っていたのは片手にケースを持ったスーツ姿の男だった。

 

「あんたは……」

「ご無沙汰しています、タケノブさん」

 

 日本人特有の礼儀作法として一度会釈をするその男を目の前で見た祖父は、般若のような鋭い目つきでにらみつけて警戒する。

 

「……何用で来たんだ、池田」

 

 池田と呼ばれる男は、相手の狙いを探り出すタケノブに近づいて小言でこう伝える。

 

「ここで立ち話もあれですからお宅の中でお話がしたいのですが……」

「……わかった。居間室で話し合おう」

 

 左側にある掛けデジタル時計を見ると、現在午前九時十分。ちょうど家の前にある裏通りに朝から昼間にかけて通る人が多くなる時間帯だ。

 ここに何十年と住んでいるからこそだいたい人が通る時間帯を把握している祖父はやむを得ず池田とを家に入れさせ、奥の部屋から話を聞いていた祖母は早急に戸棚から取り出した茶葉を鉄製の網入りきゅうすに入れる。

 祖父の誘導で居間室に入った池田は奥にある仏壇に気づき、目を付けた。

 ケースを敷いている座布団の近くにおいて、仏壇の前まで足を運び、ライターの火によって付けられた線香を線香受け皿に刺した後、静かに合掌ながら黙とうした。

 その最中に祖母が居間のふすまを開け、テーブルに木製のトレーに置かれたお湯で溶かした茶を置いた。

 

「粗茶ですが……」

「どうも」

 

 2人は祖母が出したお茶を飲んで一息付いたところで祖父が直談判を持ち出し、今日来た目的を聞き出す。

 

「んで、あんたの狙いはなんなんだ?」

「話す前に資料を持ってきましたので、まずはこれを」

 

 スーツケースを開けて取り出したのは、一枚のポスターと3枚の入場招待券だった。

 祖父は取り出した物を手に取って老眼鏡をかけて1文字ずつ丁寧に読み上げる。

 

「ガンダムワールドフェスタ2024……」

「はい、再来週に開催されるガンダムワールドフェスタにあなた方の招待を持ってきました」

 

 生まれてこの方漢字とひらがなしかほとんど使ったことのない祖父は、不得意の1つであるカタカナをなんとか読み切った。

 ポスターを見た限り内容がどのようなものか把握し、この催しの告知をしたことと入場券を配りに来た意味を祖父はやっと理解できた。

 息子であるジュンイチが発案したというあの画期的な大型機械―ガンプラバトルシミュレーターの完成したことを。

 

「もう完成したのか、えーっと、あれ。てんぷらはーどるしゅみれーたー、だっけ?」

「ガンプラバトルシミュレーターです。正確にはガンプラバトルシミュレーター2.0ですが」

 

 所々間違っている。

 英語とカタカナが苦手である彼にイケダは優しくゆったりしたスピードで訂正し、少々恥ずかしい思いをして顔が真っ赤になっているリュートの祖父は一度咳払いをする。

 

「そ、そう、そのガンプラバトルシミュレーターが完成したのか」

「はい。彼が居なくなった後、私が引き継ぎ、先月それの最終テストを無事に終えたばかりなので……」

「……なるほどな。ジュンイチが残した功績を俺たちに見せようという魂胆か」

 

 だんだんと話が見えてきたタケノブに池田は、話を続ける。

 

「それだけではありません。そのガンダムワールドフェスタには目玉イベントがあるんです」

「目玉イベント……?」

「ええ。そのイベントというのは、入場者の1人が完成したガンプラバトルシミュレーターに入って操縦するんです」

「……その配役をリュートにやってもらいたい、ということか?」

「察しが早くて助かりますが、これは我々ルスタ・コーポレーションのためではなく、リュート君のためなのです。リュート君があのような状態になってしまったのも我々の責任でもありますし、何よりリュート君のお父さんが残した功績を見せたかったのもあります」

 

 池田から発した嘘や偽りによる疑問や不信感を感じさせない発言や曇りのない本気のまなざしを見た祖父は何か言い返してやろうと思っていたのだが、これらから自分からでは四の五の言える立場ではないと判断し、ため息をついた後祖母に声をかける。

 

「おい、エミコや。リュートをここに連れて来てくれないか?」

 

 リュートを呼び出すためにエミコがその襖を開けると、腰を低くして足元で聞いていたリュートがいた。

 

「あ……」

「リュートちゃん……?」

「聞いてたのか……?」

 

 祖母の反応を見て一緒に驚いたタケノブが問うと、リュートはだんまりした。

 その途中、池田はタケノブの手を振り払ってリュートの所へ行き、チケットとパスポートを前に差し出し、リュートの決意にゆだねる。

 

「リュート君、これは君のお父さんが築き上げた功績を誰よりも早く知る権利がある。受け取るか受け取らないかは君次第だ」

 

 池田の覚悟とそのチケットを見たリュートは、思わず唖然になってしまうも父に対する尊厳と世間に対する恐怖心が板挟みになって差し出した手が震えていた。

 その様子を見ていた池田は、まだ迷っているのかと悟った。壁掛けに飾られている、RX-78ガンダムの頭を模したトロフィーを持ったリュートとその父親の写真を見て、あの時を懐かしむように微笑みを浮かばせながら、ジュンイチについて語った。

 

「……君のお父さんは、本当にガンダムが好きでね。休み時間になると、ガンダムの話でかなり盛り上がったんだ。ザビ家かどうのか、赤い彗星がどうのか……。もう数え切れないぐらいその話に付き合ってさ。正直、もう参っちゃってね。そして、僕は君のお父さんから貰ったこの言葉を胸に今も頑張っている」

 

 池田の話を聞いたリュートは、幼少期にほんの少しだけ過ごした時間の中、ジュンイチから言い聞かされてきた言葉を少年は口にする。

 

「己を貫き、可能性を示せ……」

 

 池田と祖父母が彼を見守る中、リュートはその言葉を胸に意を決して自分が思いの強い父に対する尊厳を選び、池田の手からチケットとパスポートが入っているホルダーを手にする。その瞬間、池田自身の体にこわばっていた緊張が一気にほぐれ、脱力した。

 

「よく決意したな、リュート」

 

 タケノブがリュートに声をかけ、肩に手を置いた。

 

「お父さんが残したものがいいものだと信じてるから。正直まだ外に出ることは怖いけど」

「その時は、じいちゃんやばあちゃんが傍に付いてやるから安心しろ」

「ありがとう、じいちゃん。その時はよろしく頼むね」

 

 と、多少外や民衆に対する不安はあるものの安心しきってこう答えた。

 最後にガンダムワールドフェスタ開催当日に迎車が来るという話で終り、安堵で浸っている池田はルスタ・コーポレーションに戻っていった。

 昇り切った日は降り、カナカナゼミが鳴き出した頃には夕方になっていた。

 その時リュートは、チケットを握りながら縁側に座ってその夕日を眺めていた。

 

「リュートちゃん、こんなとこにいたのかい。ご飯できたよ」

 

 その後ろにある襖から祖母の声が聞こえると、リュートは体を捻りながら後ろにいるエミコに視線を合わせる。

 

「ばあちゃん……。うん、今行くよ」

 

 リュートを見た祖母は、自分が知らない間にあの時以来引きこもっていた彼が成長していたことをまだ驚いている。

 だからこそ、あの時思っていた自分の本心を相手に伝える義務があると思い、再びリュートに声をかける。

 

「リュートちゃん。ばあちゃん本当はね、リュートちゃんのこと心配してたのよ。リュートちゃんがあのままだったら、未練を残したまま天国に行けなくなる所だったよ」

 

 祖母の本心を聞いたリュートは自分から言ったことに一瞬呆然としていた後、頭は垂れ、眉を八の字にして反省の色を出す。

 

「ごめん、心配かけて。でも、僕は大丈夫だよ。それにまだばあちゃんには長生きして欲しいよ」

「……ありがとう、リュートちゃん。頑張ってね」

「うん、頑張るよ。と言っても、ただ最新ゲームのプレイするだけだよ」

 

 と、他愛のない会話で笑い合い、頑なだったリュートの表情が一気に和らいでいた。

 

 〇 〇 〇

 

 2週間後、現在七月三十一日午前九時十一分。リュートと彼の祖父母は迎えが来るという会社の迎車に乗るため家の玄関前にいた。

 リュートは一目を気にしているので帽子を被り、ラインの入った黒の長袖パーカーと地味な色のボトムであまり目立たないような格好だ。

 タケノブもリュートと同じくベレー帽をかぶっていて、つばを持って影の面積を増やしながらしばらく待っていると、『ルスタ・コーポレーション』とデカールが貼られている1台のバンが自宅の前で止まる。

 午前十時ジャスト。リュート一行はその車に乗り、オダイバーシティ東京に向かった。

 オダイバーシティ東京に着くと、等身大ガンダムを中心に会場は人で溢れかえっていた。

 行列は駐車場を超えて【ガンダムワールドフェスタ2024】という背景の色と対照的な黄色の文字で書かれていた。

 ゲートを抜け、周りを見渡すと溢れんばかりの老若男女の人々がゲートを進み、点在するスタジアムや施設に入っていく。

 リュートたちは車を降りて中に入ってみると、何千……、いや、何万もあるガンプラの模型や箱がスタジアムの中のそれぞれのエリアにあった。

 またガンダム各作品における名場面を再現した数々の展示物や登場する軍の軍服の配備など盛んなにぎやかさだった。

 この膨大にして盛大な会場にリュートと祖父母は言い返せる言葉もなく、圧倒された。

 

「ここが、ガンダムワールドフェスタって奴か。なんて人の多さだ……」

「これだけ広いと迷子になりますね……」

「たしか池田がこの会場に来いと言ってたな」

 

 タケノブはゲートでもらったマップを開き、以前池田と会う場所として指定された会場の中心部に位置するオダイバーシティ・ドームスタジオを指さす。

 その場所に関する詳細に約1万人も入るイベント会場で池田が前日言っていた、目玉イベントのガンプラバトルシミュレーター2.0のお披露目会もある。

 イベントが開始されるのは、午前十一時。若干時間的余裕はある。近くのバーガーショップで腹ごしらえに、と移動するが、リュートは怯えた表情で辺りを見渡していた。

 察したエミコはリュートの手を握り、温もりでリュートを落ち着かせる。

 

「あ、ばあちゃん……」

「大丈夫、リュート?」

「う、うん……」

 

 喘息寸前で落ち着いたリュートは、祖母エミコの手を握りながらバーガーショップへと向かった。

 バーガーショップで注文したのは、連邦軍のモビルスーツが良く使うビームサーベルの形をしたサーベルポテト、初代ガンダムに登場するジオン公国の象徴とも呼べる量産機――ザクの頭部を形にして作ったザクバーガー、あとボールと呼ばれる球体型のモビルアーマーを作ったボールナゲット。

 さすがガンダムフェスタのことであって食べ物まで至れり尽くせりの一言に尽きる。

 

「そういえば……」

 

 リュートがザクバーガーを見ると、先日夢で見たあの光景を思い出す、今まで見たことのない過激かつ鮮明な夢を。

 趣味の1つとして様々なガンダム作品を見ていたのだが、様々な作品に出てくるモビルスーツが混同して戦争した夢は、果たしてそれは夢だったのか疑問を持っていた。

 各作品に登場する機体の特徴が隅から隅まで1つ1つ間違うことなく出ていて、それらが出て戦っている戦争もリアルと思える程苛烈だったのもまた事実。

 そして一番気になるのは、反響した透き通った女性の声。助けを求める声にも聞き取れた。だが、助けを求める声なら出る意味が全く分からない。

 先ほどに出てきた夢について考えているリュートを傍から見れば、首を傾げながらザクバーガーとにらめっこをしているようにも見えた祖父母は不思議そうに見てた。

 

「リュート、何やってんだ?」

 

 祖父の言葉で我に返ったリュートは、咄嗟に「何でもないよ」と若干ロボット口調でごまかした。

 現在十時二十五分。腹が満たされたところでリュートたちは池田が待つオダイバーシティ・ドームスタジオへ向かう。

 その道中に長蛇の列があった。その列は、ドームへと続いている。ここからドームまで約400メートル。並んでいる人の数は、ざっと1万人はいるだろう。

 

「すごい行列だな……」

「なあ、池田があのドームに来いとは分かったが、どうすればいいんだ? 俺たちもこれに並んだ方がいいのか?」

「それだと、約束が違うようなものですよ」

「なら、あの人に聞いてみるか?」

 

 リュートは最後列と書かれたプラ版を掲げているスタッフにこの前貰ったパスポートを見せると、そのスタッフは驚き、慌てながらもトランシーバーを取り出す。

 

《こちら最後列スタッフ……! パスポートを所持した人を発見しました! その人は今私の近くにいます! はい、はい! わかりました……!》

 

 今でも慌ててるスタッフがトランシーバーを切ると、次はリュートたちの方に振り向き、こう呼びかけた。

 

「御三方は、しばらくここでお待ちください! 別のスタッフが案内するそうで……」

「わ、わかりました……」

 

 スタッフの指示通りにしばらく待っていると、その5分後にドームからすたすたと駆け足で向かってくる2人のスタッフと思しき人が来た。その内1人は池田だった。

 

「ハァ……ハァ……申し訳ない、具体的なことを言うのを忘れていました……」

「ったく、しっかりしろよ……」

「はははっ、では、時間もあまりないのでリュート君は私に、お2人はこのスタッフの方の誘導に従って下さい」

「わかった。リュート、頑張ってこいよ!」

「……うん!」

 

 リュートは祖父母と別れ、池田と共にスタジアムのステージ裏に向かい、祖父母はスタッフの誘導に従い、付いてくる。

 ドーム内の構成は、全周囲の観客が見れるようにフルオープン式のステージがドームの中心に配置されていて、またその上層部の観客席によく見えるように映像が空中にいくつも飛び交うことができる特殊な液晶パネルも採用していて近未来を彷彿させている。

 イベントが開演されるまで残り5分を切った。ドームの3層の観客席に既に人は集まりだしてステージを覆い尽くすカラフルな絨毯のようになっていた。

 祖父母はスタッフの誘導で孫が良く見えるようにとスタッフと池田が前もって捕獲しておいた一番最前列の席に座っていて今にも待ち遠しくなっている。

 案内されたリュートは、池田が「ここで待っているように」と、ステージ裏の近くにある控室で待機していた。

 しばらく待っていると、ドアからノック音が入った後、姿を現したのは池田だった。

 

「あっ、池田さん」

「お待たせ、リュート君。そろそろ出番だよ」

「は、はい……」

 

 午前十一時。その時間になった頃にドーム内を照らしていた明かりが落ち、一瞬観客たちがざわめきだす。

 それと同時にとてつもないボリュームのBGMが流れ始めた。ドームの端にいくつか点在しているスポットライトがステージにあてると、ステージ中央真下から1つの人影が浮かび上がる。

 その人は腰にわざと中途半端に巻き付けてぶら下がっているスカートの代わりにした大きなベルトと胸の上あたりにある大きな赤いリボン、茶色のブーツ、露出している脚部が特徴のひときわセクシーな軍服姿をしたクセっ毛のある紫色の髪をした20代と思われる女性だった。

 その女性が立ち上がると、片手に持っていたマイクを使い、歓声を盛り上げようと最初の一手を出す。

 

「みなさーん! こんにちは-!!」

 

 その女性が挨拶すると、観客席から特に男性陣から「こんにちはー!」と挨拶が帰ってきた。

 

「史上最大のガンダムイベント、ガンダムワールドフェスタ2024! いよいよ開幕だー! 私はこのイベントのMCを担当するツグミです! みなさん楽しんでってねー!」

 

 自分のことをツグミと言ったその女性に男性陣は彼女に釘付けだ。無論、リュートの祖父タケノブも例外ではない。

 タケノブは一番最前列だったためにツグミをよく見えている。なので、彼女のセクシーかつキュートなコスチュームと立ち回りに精神ごと持っていかれそうになった。

 

「ツグミちゃん、俺のタイプじゃぁ……」

「あなた……」

 

 横で見ていた彼の妻であるエミコは、昔から女性に弱いことは分かっていたが、今となっては呆れてものが言えなかった。

 

「歴代作品の名場面を再現した数々の展示物やあらゆるガンプラ、あらゆるグッズが全て揃うミラクル物販コーナー! その他多数のアトラクションがあなたをガンプラワールドへと誘います! その中でも注目は、これだーッ!!」

 

 ツグミが頭上にある浮遊する画面に指さすと、画面の手前にいるガンダムと奥にいるザクとの戦闘の画面に映し出され、会場の観客から一気に熱が入る。

 そのガンダムはプレイヤーが操縦し、ザクをビームライフルで射撃したあとビームサーベルに切り替えて攻撃していた。

 また他にもミサイルを連射するズゴック頭のガンプラや赤く塗装されたガンプラがビームマシンガンで敵を撃っている場面など様々。

 

「あなたの作った自慢のガンプラで物語の主人公になれる、ガンプラバトルシミュレーター2.0! 突如として敵の攻撃を受け、戦火に包まれる中立コロニー・フロンティアⅣ。そこで出会うガンダムと呼ばれる機体を駆り、キミは地球の危機と対峙する! そして、その革命的な機械を今ここに!」

 

 ツグミが端っこに移動すると、ステージ中央奥の真下から白い霧が噴射される。

 その一体が何も見えなくなったところで噴射を終える。霧が薄くなり始めた途端、ステージの中央に巨大な物体の影が見え始める。

 霧が晴れると、衛星の軌道のように取り囲む輪っかとそれを支えるアンテナ、そして台形型の土台で支えられている球体型の巨大な白い機械が現れる。

 

「ガンプラバトルシミュレーター2.0! それに乗るファーストチャレンジャーは、こいつだぁー!!」

 

 ツグミの合図と共に自分自身が登場した場所から光が当たった瞬間、手や腕で目を守るリュートの姿がステージに現れる。

 そしてツグミがリュートに駆け寄り、マイクを向ける。 

 

「君のお名前は?」

「う、漆原、リュートです」

「このリュート君がファーストプレイヤーです!」

 

 緊張して言い切った後、観客たちが最高潮になった。だが、中にはどよめき始めて、隣人と話しかけている人もいた。

 

「漆原リュートって、たしか行方不明になった漆原ジュンイチのお子さんだよね?」

「父親の失踪の前に母親も不治の病で病死しているんだってニュースで言っていたな。かわいそうに……」

 

 流れて出るBGMの爆音でかき消され、実際何を言っているのかわからないが、直感的に自分に対する悲哀な目や声が恐怖に感じ、再び足が震え始め、遂には体全体が震えてしまう。額から異常と思えるほどの大量の汗が頬から垂れ流れ、息使いも荒くなってた。

 すると、ツグミが手を肩に置き始める。リュートが首を振り向くと、彼女は笑顔で励ましてくれた。

 言葉は言わなかったものの「大丈夫だよ」と言っているように感じ取った。リュートも彼女の笑顔に助けられ、震えていた体が治まり始める。

 

「では、リュート君。こっちに……」

 

 研究者の1人がリュートをガンプラバトルシミュレーターに案内し、研究員の手動認識でハッチが開くと、そのコックピットは従来のガンダム作品におけるモビルスーツの1つであるユニコーンガンダムのコックピットをモチーフとしているらしいが、シート以外は全体的に白く、シートの周りを走ってる緑色の光と近未来のアレンジも加えている。

 両親との約束や自分とのケジメをつけるためにコックピットに乗り、そのシートに座ると、ハッチは完全に閉じ、研究者たちも素早いタイピングでスタンバイをしていた。

 座った瞬間、デニムのポケットから何やら硬い物の感触がする。取り出してみると、それは携帯だった。

 

「あ、携帯置いていくの忘れてたけど、まあいいや……」

 

 リュートは慌ててシートを立ち、ハッチを開けるようとするが、既に手遅れで真っ暗だった狭い部屋から光が満ち始めていた。

 その直後、何か近くで電流が走るような、静電気に触れた音みたいなのが聞こえた。

 

「うん、なんだ? うわっ!?」

 

 電源が落ちて再び真っ暗に戻り、装置内から振動が発生した。これで頭をぶつけて気を失ってしまう。

 外で装置のコントロールを行っていた研究員たちが一斉に慌て始める。その1人がタイピングをして制御するが、一向に治まる気配はない。

 

「研究長!」

「どうした!?」

「ガンプラバトルシミュレーターが暴走しています!」

「何!? どういうことだ、説明しろ!」

 

 あまりの異常さに池田やツグミも装置を作った研究員たちの元へ向かい、話をうかがう。

 

「一体何が起きたんですか!?」

「ガンプラバトルシミュレーターが原因不明の暴走を始めてるんです!」

「原因不明の暴走……? どういうことですか!?」

「わたしからでは何も……。って、池田さん、何をするんですか!?」

「ワシも行く!」

「あなた……!」

 

 リュートが危機を晒されているのに見て見ぬは出来なかったタケノブと池田はガンプラバトルシミュレーターに向かい、無理矢理ハッチを開けようと試みたのだ。

 

「リュート君を救助しに行くに決まってるでしょ!」

 

 装置の周りに発生している電磁波が池田とタケノブを弾き返す。

 

「な、なにこれ……!?」

「そんなっ!? こんな現象は、今まで無かったはずだ! 一体どうなっている!?」

「お、おい! アレ、やばいんじゃねぇのか!?」

 

 これを見ていた観客達もざわめき始める。

 

「み、みなさん! お、落ち着いてください!」

 

 司会者であるツグミが観客を落ち着かせようとするが、なかなか収まらなかった。

 その後ガンプラバトルシミュレーターがオーバーヒートを引き起こし、眩しい閃光を放った後、所々から蒸気が発生しているが落ち着きを取り戻し、機能停止した。

 

「止まった、か……。今だ、リュートを助けるぞ!手が空いてる奴、手伝ってくれ!」

 

 池田とタケノブ数名のスタッフや男性の観客の力を合わせ、強固に閉じているハッチを開けに行った。

 

「念のため救護隊も行かせます!」

「せーの! せーの!」

 

 両サイドから呼吸を合わせて持ち上げ、バールを使いながら全員の火事場のバカ力でやっとのことでハッチをこじ開けることに成功する。

 

「よし、開いたぞ!」

「リュート君! 大丈……」

 

 突然池田の動きが止まった。何が起きたのかツグミが近づいて尋ねると、池田はゆっくり後ろを振り返る。

 

「池田さん……?」

「リュート君が、いない……」

「えっ!?」

 

 池田の目の前にはリュートの姿は無く、コックピットはもぬけの殻だった。まるで魔法か手品でも使ったかのように。

 一緒に見ていた観客達も騒然になっていて、気がつけば携帯を使って写真を撮っている者までいた。特に最前線で見ていた祖母のミエコも目を疑う光景に目にして、夢だ夢だと自分の中で自己暗示していた。

 

 〇 〇 〇

 

 宇宙西暦2080――。

 中立国コロニー・イフィッシュの党首――カルディアス・レフェリーの暗殺によって冷戦状態だった一部のアースノイドとスペースノイド――地球軍事統合連盟、通称地球軍とコロニー連合軍による紛争が各地で勃発し、遂には戦争と呼べる、憎悪まじりの本格的な武力衝突にまで発展した。

 彼は、アースノイドやスペースノイドからも信頼を置き、そしてまた両者も彼に信頼を置いていた。互いに敵対心から憎しみに変わり、相手を叩き潰すことだけを考えていた両者は幾度となく戦闘を繰り返すが、どちらも引けを取らず拮抗状態が継続し、勃発してからすでに10年が過ぎようとしていた。あの男が来るまでは――

 暗い宇宙世界を地球の影からゆっくりと太陽の光が宇宙に差し込まれ、その光によって純白に輝く1隻の貨物船があった。

 

《……それにしても大佐殿、本当に奴らは中立の立場にいるフロンティアⅣを襲撃するんですかねぇ》

 

 その貨物船に乗って通信で話していたのは、パイロットスーツと思われる身軽な服装を着た中年の男だ。おまけに彼のものであろうヘルメットが宙を浮いている。

 軍の命令でその男が動かされているのは一目瞭然なのだが、その任務を請け負った本人は、奴らと呼ぶ組織的な何かををよく知っているのかどうも晴れない気持ちでいた。

 

《……無駄口を叩いている暇はないぞ、少尉。その情報は虚偽ではないのはたしかだ。この任務は極秘であることも忘れるなよ。もし回収が可能であれば、ニューヤーク基地に持ってきてくれ》

《やれるだけのことはやります》

《あぁ、それと、お前の他にフロンティアⅣに向かってる別動隊がいる》 

《別動隊?》

《ああ。上官殿の話から耳にした程度の情報だが、信憑性については保証する。もし出合い頭になった場合は、合流しても構わん》

《了解です》

 

 上官と思われる軍人から命令を受けたパイロットスーツの男は、宇宙貨物船に偽装した船を操縦しながら、目的地であるシリンダー型のスペースコロニー――フロンティアⅣへと向かった。

 

 〇 〇 〇

 

 同時刻、そのフロンティアⅣ内に設立された中立所属の機動警備部隊の施設の中で1人で書類などの処理を行っている少女がいた。

 

「うーん……」

 

 大量の書類を片づけ、段取りが付いたところで腕を真上に伸ばし、骨休めしているエメラルドのような碧色の大きな瞳に後頭部の髪の毛を朱色の輪ゴムで束ね、それを右肩にかけている金髪の少女がいた。

 彼女の胸にぶら下げていたホルダーには、写真付きのネームカード――持ち主は【レーア・ハルンク】との名前が記されている。

 レーアと呼ばれるその少女は2羽の雀が楽しく飛んでいるのどかな空を見上げると、無意識にも自分の胸に押し当てる。

 

「何か胸騒ぎがする……。課長、パトロールしてきてもよろしいでしょうか?」

「え? ああ、いいけど……」

 

 レーアは彼女曰く課長から許可をもらうと、すぐさま駆け足で更衣室に向かう。

 レーア専用のロッカーから単色の白と模様の入った紫のツートーンのパイロットスーツに着替えた後、彼女専用の機体――ガンダムエクシアに乗り込み、出撃した。

 

 〇 〇 〇

 

 フロンティアⅣでの時間で午前1時。フロンティアⅣの宇宙港に1隻の宇宙船が寄港する。

 だが、半ば退屈だった宇宙港の管理人は、その宇宙船を自動分析した結果、フロンティアⅣへの寄港許可に認定登録されている識別番号の船ではなく、目で確認できる距離から見ると、艦首両舷か前方にら突き出した脚部状のモビルスーツハッチと艦の各箇所に武装をした戦艦――アークエンジェル。

 この戦艦はフロンティアⅣの人間には見たことのない最新鋭の艦でもあった。

 

「なんだ、あの船……。登録されている識別番号じゃないぞ!?」

「え、どういう……ぐはっ!」

 

 宇宙港の管理人の後ろに静かに近づくパイロットスーツを着た男がアサルトライフルを使い、その管理人の1人を気絶させた。

 

「えっ? ふがっ……!」

 

 その音に反応した男が振り向くと、もう1人の男も水で溶かした麻酔薬で湿らせたティッシュで眠らせる。 

 

《こちらC-eガンマ。宇宙港管理制御室を制圧した》

《こちらC-eアルファ、了解。準備ができました》

「よし、アークエンジェルを寄港しろ」

 

 上官と思しき水色をした長めの髪と眼鏡をかけている軍人が命令を出し、艦部下たちもすぐさま寄港準備に取り掛かり始めると、通信が入る。

 

《あとは俺たちの好きにさせてもらうぞ》

 

 ガスマスクを付けたかのようなフェイスに両肩にスパイク型のアーマーを付けた黒い機体――【デナン・ゾン】に乗っている中年男性のパイロットがその艦の艦長に出撃命令の要請を出す。

 だが、その男は軍の人間ではなく、雇われ兵なのだ。

 その上官は雇われ兵に対してあまり好感は持てていなかった。だが、軍人として上官としての責務や任務を全うする義務があるので適当に命令を出してあしらう。

 

《ふん、お前たちの気が済むまで好きにやれ》

《おーし、お前ら、行くぞ! アレを捕獲するまで暴れるぞ!》

 

 デナン・ゾン部隊はアークエンジェルのハッチから出撃し、いくつかの別動部隊を引き連れて宇宙港から居住区エリアへと向かう。

 

「我々は、これより避難民を強制収容する!準備にかかれ。警戒も怠るな」

 

 その中に3機程のザクといくつかパイロットスーツを着た軍人を乗せているシャトルもあり、そのシャトルの中には推定30人程度いた。

 

「まさか、あなたがこの作戦に自らお出でなさるとは……。ガエリオス特務大佐」

「不服か?」

 

 大佐の身分である者が戦場へ赴くことに驚いていた尖兵の1人がジェイと呼ばれた黒い仮面を被った男に言うと、ジェイは笑いながら冗談半分で言い返した。

 反応を見るからにまだ軍に入って間もないと思われる軍人の男は、焦り始める。

 

「い、いえ……。むしろ驚きや嬉しさの方が大きいです……! 我々と共に行動できて光栄です……!」

「白兵戦の基礎はマスターしているつもりだ。敵ならば、いつどこでも撃ち殺せる心得も持っている」

 

 ジェイと呼ばれるその男は、部下の1人に語りながら【SCAR-L】と呼ばれるアサルトライフルから弾倉を抜き取り、銃弾の確認をした後、また【SCAR-L】に戻す。

 

「勿論、我々もサポートします。あなたはすべての戦争を終わらせるキーマンです。死なせたりはしません」

「……おしゃべりはここまでだ。そろそろ作戦地域に入る。これより、C.U作戦に移行する!」

 

 パイロットスーツを着用した兵たちはシャトルを出て、コロニー内の市街地に直結する扉に向かい、ある特定の施設に向かう。

 

「一部はここで待機、他はコロニー内に乗り込みか……。任務遂行する前にこの中にいる芋虫ども退治しなくちゃぁな……!」

 

 それらを観察していた1人の男がガンダムタイプのモビルスーツに乗ると、人型から鳥型に変形した後場所を移動した。

 機動警備隊が施設内で寛いでいる間、突如、機動警備部隊の施設内に警報が鳴り始めると、司令部員はヘッドホンを装着してスクランブル発進をしている戦闘員にサポートを開始する。そして、レーアのエクシアにも行き届いた。

 

《レーア機、応答願います》

 

 サブスクリーンには【SOUND ONLY】と表示されているが、その声の主は女性ではきはきしている。

 

《こちらレーア機。どうぞ》

《南第3ゲートから所属不明のモビルスーツが侵入。直ちに迎撃に向かってください》

《了解。直ちに南第3ゲートに向かいます!》

 

 と、エクシアは南第3ゲートへ向かった。

 その辺りではコロニー内の市街地の建物や森林にモビルスーツの武器による人為的な爆炎が所々発生していた。人民や動物たちが慌て始めてパニックに陥り、居住区や軍事施設は破壊され、高層ビルは穴だらけにされている。

 悲鳴は侵入してきたデナン・ゾンの所持する武器の銃声でかき消され、建物の破壊を繰り返した。

 現場に駆け付けた機動警備部隊の機体――ジェガン、ジム、ジェノアス、ストライクダガーの編成部隊が次々と発進され、デナン・ゾン部隊と交戦する。

 その間、足元や周囲で必死で走っている人たちは脱出ポットや救命ボードがある地下シェルターに入り、満員になって蓋が閉じられても「自分も入れてくれ」と言わんばかりにドアを叩いた。

 エクシアが南第3ゲート付近にまで到達すると、すでに交戦していて近くには1機のジェガンとデナン・ゾンが撃ち合いをしていた。

 デナン・ゾンが持つ中世の槍をモチーフにした武器から出るビーム弾が盾を前に出して構えて迎撃しているジェガンの持つビームライフルに直撃し、ジェガンは一時的に態勢を崩した。

 好機と思ったデナン・ゾンのパイロットはスラスターを上げて助走をつけ、加速してランスでコックピットごと貫く勢いで突進する。

 ジェガンはビームサーベルで反撃しようとするが、デナン・ゾンのランスのビーム弾が右アームに直撃して対抗できる術を無くしてしまった。

 デナン・ゾンのランスとの距離が目と鼻の先になった瞬間、ランスの勢いが止まった。

 これを見たレーアは加勢して右手に装備された【GNソード】の展開された刃がデナン・ゾンのコックピットを串刺ししていたのだ。

 デナン・ゾンは爆発することなく、止まったことを確認した後、GNソードを抜き出す。

 

《大丈夫ですか!?》

《すまない! 助かった!》

《いえ。今のうちに後退してください! まだ敵は残っています》

《……分かった。君も気を付けて!》

 

 ジェガンが後退して見送っている中、エクシアの後ろにある高層ビルの屋上からザクが片足の膝に位置するアーマーを地面に接地し、スナイパーライフルを構えてエクシアを狙っていた。 

 ザクが引き金を引いた瞬間、高層ビルよりも高い位置から黄色く輝くビーム砲弾がコックピットを貫かれ、炎を上げて大破した。その爆発に気付いたレーアは驚く。

 

《おい、大丈夫か?》

 

 空中から人型に変形し降りて現れたのは、翼を模したバックパックと高火力を誇るバスターライフルを持ったガンダムタイプのモビルスーツ――ウイングガンダムだ。それに乗る男性パイロットがレーアに告げる。

 

《遠くにいる敵から狙われていたぞ》

《あなたは……?》

《自己紹介は後だ。まずはこの場を切り抜けるぞ》

《待って、港は?》

 

 レーアは、ここから一番近い宇宙港からの脱出を提案するが、すでに敵によって宇宙港は制圧されていることを知っているその男は理由を添えながら却下する。

 

《敵によって真っ先に制圧された。これで文句はないだろ?》

《……わかったわ。少なくとも襲撃したあいつ等よりも信頼できそうね》

 

 レーアは頷きウイングガンダムの男性パイロットと結託し、行動を共にすることを意思表示する。

 だが、行く先の左手側に敵が2人に向けて迫ってきた。だがそれも、2機で対処できるほどの数では無かった。

 

《ちっ、増援が来たか。あの倉庫に向かうぞ》

 

 逆の右手側に巨大な古びてボロボロになった倉庫があった。レーアは「ええ」と首を縦に振って言い、その男と共に倉庫へ向かった。

 

 〇 〇 〇

 

 その頃、ある研究所らしき施設の中で銃声が鳴り響いている。片手にアサルトライフルを持った1人の男が複数の敵らしき兵たちと白兵戦をしていた。

 壁や床に飛び散った血痕がへばり付き、彼らの足元には所々から血が流れ出ている死体がごろごろと転がっている。

 兵たちは、アサルトライフルで隙をそうしている間も銃弾を掻い潜りながら追われている白い髭の生やした老人の男は遮蔽物に身を潜めて隠れ、弾倉を交換している隙を見て手榴弾のピンを抜き取り、敵である兵たちに向けて投げた。

 

「退避ー!」

(クソッ……! やはりあいつらはヤツの差し金でアレを狙っているのか……! ならば、早く向かわねば……!)

「ゴホッ、ゴホッ……!」

 

 白衣を着たその老人は、自分自身曰くアレに向かって持病の咳を伴いながらもがむしゃらに走り続けた。

 同時刻にその爆発による衝撃が近くにあったため、その振動でリュートの意識が回復した。

 

「うぅ……」

 

 ゆっくりと目を開けると、彼の視界にはいつの間にかハッチが開いていた。

 多少ぼやけているので頭を振って目を覚ましながら前へと進み、そして数秒ではっきり見えるようになった。

 

「ここは……。そっか、さっきの振動で……。早くここから出ないと……」

 

 重い腰を上げたリュートは振動で落としてしまった携帯を拾い、コックピットの外に出る。

 周りを見渡すと、微かに明るい照明以外何もないかなり古い倉庫の中と思われる場所が目に映った。少なくともここは、イベント会場では無いと確信した。

 

「どこなんだ、ここは……?」

 

 空気を吸うと、鉄の錆びた臭いが充満していて少々不快な気持ちにさせる臭いだ。

 このような場所では、どこにいるのかわからない。幸いスマホを持っているのでここはどこなのか地図を開く。

 

「け、圏外!? なんでこんな時に……」

 

 頼みの綱だった携帯画面の左上に表示されているはずのアンテナが表示されておらず、代わりに"圏外"と日本語で表示されていた。

 これに参ったリュートは仕方なく、コックピットから降りる。高台の足場から下を覗く。今の立ち位置からすると、10メートル以上の高さに位置していた。もう1つ気になるものがあった。

 

「なんだこれ? 足……? はははっ、まさか、な……」

 

 笑いながらも半信半疑な思いだったが、少し場所を移動して上を見上げる。自身の予感が見事に的中した。

 リュートが知らぬうちに乗っていたロボットの足らしきものの正体は純白の機体にその特徴でもあり象徴ともいえる一本角のモビルスーツ――ユニコーンガンダムだ。

 

「こ、これって……ユニコーンガンダム!? これって本物……? でも、なんでこんな所に……!?」

 

 正式にはRX-0 ユニコーンが正しい。ユニコーンガンダムとは、所謂愛称のようなものである。

 その機体は古い整備ドックに格納されていて、誰かが整備している最中だったようだ。

 

「誰だ、貴様? そこで何をしている!」

 

 突如、梯子から老人と思われる声が倉庫の中と思われる空間中に響き渡り、一瞬リュートに身の震いが体中に走った。

 その男は頭を除く全身を覆いかぶさる白衣を着ていて、肩に紐をかけたマシンガンを持っていた。

 

「えっ!? いや、あの……」

「どこから入ってきた!?」

 

 その老人はマシンガンを携えて銃口を向けながら言うと、リュートは反射的に両手を上げ、敵ではないと主張する。

 

「ぼ、僕は別に怪しい者じゃ……」

 

 だが、白衣の着た老人の警戒は治まらず、誤解も解かなかった。これでは埒が明かないと思い、信じてもらえるかどうか一か八かでリュートは本心を言った。

 

「お爺さん、その、信じてくれないかもしれないけど聞いてください! 僕は気付いたらこのモビルスーツ――ユニコーンの中にいたんです!」

 

 と、リュートは必死にその老人に悪あがきにも聞こえる真実を訴えると、その老人は目を大きく見開き、さらに警戒心を強めて銃口を再び向ける。

 

「貴様、どこでこいつの名前を聞いた!? 言え!! こいつの存在は私の信頼の厚い者たちしか知らないはずだ!」

「……だ、誰って言われても、これはアニメとかに出てくる機体で展示物か何かなんでしょ!?」

「アニメ……? 展示物……?」

 

 と、リュートは必死にその老人に悪あがきにも聞こえる真実を訴えると、大きく見開いた老人はリュートに飛びかかり、その勢いとリュートを地面に伏せた衝撃で足場が大きく揺れた。

 リュートの動きを封じ込めることに成功した老人はゼロ距離でリュートの額に銃口を向ける。

 リュートが発する食い違う意見に老人は困惑し、リュートをどかして一度冷静になってこの少年がなぜここにいるのか整理する。

 

(嘘を言っているようには見えんが、こいつはユニコーンの名を知っていた。冷静に考えてみれば、避難勧告が出されているにも関わらず一般人がここに立ち寄れる余裕などない……。となると、1つは……)

「あ、あの……。1つ聞きたいことがあるんですが……」

「……なんだ?」

 

 その無言の間に大きな揺れが起き、古びた倉庫の天井から埃が舞振ってくる中、地雷を踏んだかと思ったリュートは気まずくなるも質問を止めなかった。

 

「ここはどこなんですか? どこかの倉庫の中なのは分かるんですが……」

 

 状況が読めていなくて慌てているリュートは老人に今置かれている現状の把握を要求すると、老人は鳩に豆鉄砲をくらったように一瞬唖然な表情になる。

 

「お前……コイツの存在や価値を知って、ここに来たのではないのか?」

「存在……? 価値……? お爺さん、このユニコーンは……? あなたは何者なんですか!?」

「それはこちらのセリフだ! もしやお前は、彼女の言っていた――」

「いたぞ、こっちだ!」

 

 突如、廊下から声がした。その声の主は老人を追いかけてきた武装集団の1人だ。

 声を聴いた他の仲間の足音がリュートたちにも微かだが、聞き届いていた。

 

「え、今度は何!?」

「伏せろッ!!」

 

 老人がリュートの方角に走って体自体を地面に伏せさせる。

 老人を狙う者たちが持つサブマシンガン特有の集弾率の悪い銃弾がフェンスや機体に当たって火花が散り、金属同士の甲高い音が発した。

 これと反響する銃声を聞いたリュートは思わず驚いてしまう。

 

「うわぁッ!! ほ、本物!?」

「騒ぐな!」

 

 その銃声で老人が入ってきた通路から仲間を知らせている1人の軍兵とその奥から走る音が倉庫内に響いた。

 その後、次々と現地に着いた兵士たちがアサルトライフルを使い、2人にめかげて撃って来る。

 リュートたちは腰を低くし、ドックの遮蔽物に身を潜めて銃弾に当たらないようにする。

 

「くそっ! もう追手が来おったか!」

「お、追手!?」

「話は後だ! こっちに来い!」

「えっ!? 何を……!?」

 

 老人は無理矢理リュートの手を引っ張り、コックピットに戻る。リュートも何が起きているのか状況のすべてを飲み込めなかった。

 

「あの老いぼれは?」

「現在、目標を保管している格納庫で少年と思われる人物に接触しているそうです。1人の兵が目撃しました」

「少年? 案内しろ」

 

 入り口から多くのマシンガンを持った兵たちがぞろぞろと現れ、コックピットに入っていくリュートたちを躊躇いなく撃って来る。

 銃弾が多少両サイドを通過し、機体に火花が当たった数だけ散った。

 コックピットに辿り着き、老人は敵が近づけさせないようライフルを乱射する。そして兵たちも応戦した。

 

「ぐぅっ……!」

「お爺さん!」

 

 1つの銃弾が老人の左腕に当たったのだ。傷口から流血し、白衣の左袖が広範囲に赤く染まっていく。

 苦しんでいる老人は右手で強く押さえているも流血は止まらない。

 

「だ、大丈夫、かすっただけだ……! とにかく、シートに乗れ!」

 

 リュートは老人の命令に言う通りにシートに座ると、老人は邪魔はさせまいとマシンガンを武装集団に向けて発砲する。

 鉄仮面の男は見えやすい位置からスカーを構えてスコープを覗き見ると、老人と共にいた少年の顔を見て、驚きを隠せなかった。

 

(ッ!? なんでここに……)

「ガエリオス特務大佐? どうかされましたか?」

「あ、ああ……。相手は子供と老人だ、機体と共に捕獲しろ!」

「はっ!」

 

 ジェイと名乗る仮面の男は数名を部下たちに指示を出すと、その部下たちは命令通り援護に向かう。

 

「これを奴らに渡すぐらいなら……! 人体認証さえ完了すれば、あとはお前さんの思い通りに動かすことができる……!」

「思い通りって、まさかこれ動くの……!?」

 

 傷を負った老人は、残り少ない力を振り絞って1つのボタンを押してシステムを起動させると、足元のモニターの画面の中央に【RX-0 UNICORN】という文字が浮かび上がる。

 リュートは腰辺りにあるモニターに映っている文字を読むと、画面が映り替わって次はユニコーン全体のステータスを調べることができるモニタリングに映し出される。

 

「み、右手を出せ! 早くっ!!」

「は、はい!」

 

 威圧感に圧されたリュートは老人の言われるがままにすぐさま出した。

 彼の右手は右側のレバーよりも端にある優しい青白く光るパットのようなものを上に置かれた後に内側からスキャンされると、スキャニングされリュートの足元にあるモニターに【AUTHENTICATION COMPLETION】、翻訳すると認証完了の文字が浮かび出た。

 その瞬間老人はゆっくりと立ち上がり、ひと段落したかのように切羽詰まっていた顔がほがらかな表情になっていた。

 

「これで、こいつはお前しか動かすことができなくなった。私の役目はここで終わりだ」

「えっ?」

「この世界は戦いで満ちておる。誰かが終止符を打たない限り、"終焉なき戦争"になってしまうだろう。……そしてこいつは、お前しか言うことを聞かない。コイツをどうするかはお前が決めるんだ。もし終わらせる覚悟でいるなら、お前とこいつの力でこの世界に戦争のない未来と光を見せてくれ……」

「でも、僕はまだ……!」

 

 リュートはまだ決意も覚悟もしていなかった。それどころか、状況がすべて把握しきれていないのにも関わらずその準備さえもしていないのも無理はない。

 老人は強引にも左手で少年の腕を掴み、手のひらの上にボタン付きの、近代的な長方形の黒い物体を手渡してこう言った。

 

「己を貫き、可能性を示せ……」

 

 老人が口にしたその言葉にリュートは固まった。

 

「え、その言葉……!」

「ある男が口癖で言っていた言葉だ。決意に迷いが生じたときは、この言葉を思い出せ。そうすればユニコーンは、お前に唯一無二の力を貸し、為すべきことを教えてくれる」

「どう、して……」

 

 自分の父としか知らないその言葉をなぜ知っているのかと問いたかったリュートは、なりふり構わずその老人に手を差し伸べる。

 ハッチ開閉ボタンを押した同時にコックピットから離れた老人は、達成感を感じていた様子で安泰した表情をリュートに見せる。

 

「お爺さん……!」

「私はもう長くはない……。だが、生きている間に最後の役割を終えてよかった……。別世界から来た救世主の旅立ちを迎えることが……!」

「え……?」

 

 老人の発した言葉にリュートは口を開けたまま唖然としていた。その言葉を機にこの施設を形作っていたセメントが目の前に足場に崩れ落ちたことでパイロット保護プログラムが作動し、ハッチが閉じていく。

 倒れ始める足場のフェンスに寄り掛かり、腰を掛けた老人に少年はさらに手を伸ばす。閉じる手前の刹那、老人の足が浮いていたのが見えた。

 老人は15メートル前後の高さから落下していく。これを見た仮面の男は慌てて部下たちに指示を出す。

 

「早く老人を……!」

(ふっ、やっと託せる者がいた……。長かったなぁ……。これで奴の暴走は止められる……。そして、お前さんの悲願は、これから実現するぞ……。後は託したぞ、わしの、わしたちの最後の希望――)

 

 ハッチが完全に閉まったと同時に、人が倒れる音が倉庫内に響き渡った。

 

「あ……」

「くっ……! 早くコックピットから子供を引き下せ!」

「は、はいッ!」

 

 シート以外360度周りを見渡せるフルスクリーンのモニターが展開し、映し出された。だが、目の前のフェンスに老人の姿は無かった。影も無かった。

 

「お爺、さん……」

「おい、貴様! 開けろ!」

 

 駆け付けた兵たちがユニコーンの周りにぞろぞろと集まり、モニター付近から拳や銃のストックで強く叩いてくる音と幾人の敵の声がコックピット内を充満していく。

 

「なんで……僕の、大好きな言葉を知っているんだ……」

 

 立て続けに鳴り響く叩く音が大好きだった父の背景をかつての友達だった者や近所の人、世間から言われてきた言葉で塗りつぶされたかのように思えていた。

 

「なんで……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!」

 

 自暴自棄のままレバーに手をかけて強く握ったリュートは、ユニコーンを動かす。

 

「なんでなんだよォォォォォッ!!!」

「うわっ!?」

「ぐあぁっ!!」

 

 ユニコーンは整備ドックの拘束具を無理矢理破壊し、機体や整備ドックの上に乗っていた仮面の男が引き連れた武装集団を振り落した。

 その様子を見ていたジェイは、これ以上の任務の続行は不可能と判断し、部下に撤退命令を下す。

 

「ここまでのようだな……。作戦は失敗だ! 総員、撤退しろ!」

「これは……僕が、やったのか……?」

 

 ふと我に返ったリュートは、無我夢中だったにしろ、ユニコーンが自分が思い通りに動いていることをまだ信じられずにいた。

 だがそのおかげで、機体の片足の膝をつかすことも爺さんに向けて手を伸ばし、ゆっくりすくい上げることも容易にできたが、いつまでも驚いている場合では無かった。

 モニターに映っている英語の文字や単語はある程度解読できる。どのボタンか一目で分かった。

 ハッチ開閉のボタンを押し、ハッチを開けてユニコーンの手に収まっている老人のところへ一心不乱に向かった。

 遺体から血が飛び散っている老人の遺体の背中を抱え込む。案の定、息もしていないし心臓も動いていない。

 

「お爺さん……。父さんと会っていたんだ……」

 

 ある意味裏切られた悲しみと怒りが同時に我慢していてもしきれていなかったリュートは老人を廊下の出入り口に移動させ、そっと寝かした。その後、安寧の黙とうをした後、老人に向けて一言言葉を残す。

 

「……お爺さんの思いは引き継ぐ。だけど、アンタと父さんの関係性が分かるまで僕は死ぬつもりはない……!」

 

 涙を拭って覚悟を決めたリュートは、レオ・ビスタルの意志を受け継ぎ、コックピットに乗って周りを改めて見渡した。

 

「ん、あれは……?」

 

 ユニコーンが収納していた大きな器具の周りに、大きな武器とシールドのようなものが置かれていた。

 ユニコーンの手で取らせると、モニターに英語で【BEAM MAGNAM】という文字が図や【5/5】という弾数も表示された。

 

「ビーム・マグナムまであるのか……!」

 

 他に別の武器がないか辺りを見渡したが、武器はこれだけで何も無かった。

 他にもこの機体に搭載されている武装はないか調べたが、現在使用できる武装はバルカン砲やビームサーベル、そしてビーム・マグナムの3つしかないが、自分の身を守る上での武装は十分と言っていい。

 

「武器もシールドも装備したし、調べる所もない。なら、外に出てみよう」

 

 いつ襲撃があってもおかしくない状況なので幸運にも配備していた装備を整えた。

 ユニコーンは巨大な門の前に立つが、流石に門は自動ドアのように開かない。

 

「これ、どうやって開くんだ?」

 

 ゲートなのは分かったが、扉を開く方法が分からないリュートは何かスイッチらしき物がないか見渡すが、暗すぎて見えづらい。

 閉ざされてる門の近くに光る何かがあった。リュートはモニターで拡大すると、巨大な門を開閉できるレバー型の装置があった。どうやら巨大な門の開閉レバーのようだ

 だが、大きさと高さの関係で人間の力では開くことはままならず、仕方なくリュートはユニコーンに乗り、操縦でユニコーンの右マニピュレーターで開閉レバーを下すと、案の定、扉が開くことに成功する。

 

「なんだ、ここは……」

 

 何かの拍子で地面がえぐられていて、近くにあるビルなどの高層建造物に大きさの違う穴がいくつも空いている。

 見る限り市街地か都心部のようだが、様々な場所から煙が上がっている。だが、リュートは今まで見た物と何かが違うと違和感を覚えた。

 その答えは空にあった。リュートが頭上に広がる空を見ると、雲と煙の隙間からはっきりと空一帯を覆い尽くすいくつも繋ぎ合わせた天窓のようなものが見える。

 その空の所々に雲があり、まるで本物の空のように見えるのだが、地球ではまず見られないこの光景にリュートはただ驚くしかなかった。

 

「え、何あれ!? 空に……!?」

 

 遠目ではあるが、金属で作られている。リュートは一度目をこすって再び空を見ると、その空に人工物が付いたままだ。

 自分が今ここにいる場所は明らかに地球じゃないと分かったリュートは、ユニコーンの端末を使って慣れない手つきで現在位置の特定を試みる。

 

「えーっと、マップ……マップはどこだ……? ……あった!」

 

 マップのアクセスに成功すると、地球と月の間にある宙域一帯をマッピングした地図がフルスクリーンに表示される。

 データの照合と合わせて徐々に拡大していくと、リュートが今いる場所は、フロンティアⅣと呼ばれる人の手で作られた巨大人工コロニーだ。

 

「フロンティアⅣ……フロンティアⅣだって!? ここって宇宙世紀の世界なのか……!?」

 

 見知らぬ建物に空一帯を覆い尽くすいくつも繋ぎ合わせた天窓のようなもの、これらによってリュートは自分が知っている世界ではなく、宇宙世紀が存在する世界だと確信を得た。

 困惑したリュートは未だに混乱しているが、一旦心を落ち着かせて目をつむりながらガンダムの世界の知識を使って推察を交えて自分が今置かれている立場と状況を整理する。

 

「落ち着け、落ち着け……。まずは状況の整理だ……。ここはフロンティアⅣでユニコーンガンダムの中にいる……。つまりは、F91の時代でもユニコーンガンダムは存在していたってことになる。僕は、今その時代に来ているってことになって――」

 

 早口で推理している中、突如接近警報のアラート音がコックピット内に鳴り響き、集中していたリュートは不意打ちを食らい、不覚にも体が飛び跳ねた。

 

「びっくりした……。アラート音……? 誰か戦っているのか……?」

 

 レーダーによれば、方角は12時の方向。ちょうど真正面にある古い倉庫を囲うさびれたゲートの向こう側から幾度となく起こる爆発と爆音が鳴り響く。

 再び熱源レーダーを確認すると、2つの影がこの倉庫に近づいていた。敵かもしれないと思ったリュートは、覚えながらも身構えていると、左手前のビルから爆発が生じた。

 その爆発に焦点を当てたリュートがスコープを使って確認すると、その爆炎から現れたのは、誰もか知っているメジャーな機体の一種。先ほど敵と交戦していたウイングガンダムとガンダムエクシアだ。

 

「え、ウイングにエクシア……!? どういうことなんだ!? なんで違う作品のガンダムが一緒にいるんだ……!?」

 

 ウイングガンダムもガンダムエクシアも本来、宇宙世紀に登場しないガンダム――いうなれば、アナザーガンダムに枠入りの機体だ。途中だったにせよ、リュートの立てた考察は思わぬ形で崩れ去っていった。

 同時刻に戦闘していたウイングのパイロットも熱源レーダーで戦場の中をただ立っているユニコーンを捉えていた。

 

《……誰だ? まだ機体が残っていたか》

「え、ウイングからオープン回線……? でも、パイロットが違う……!」

 

 2機のガンダムの内の1機――ウイングのパイロットがレーダーでユニコーンに気付き、コンタクトを取ることを試みる。

 知っている機体から聞き覚えのない男の声に動揺する男にリュートは困惑した。

 

《あなた、逃げ遅れ? 敵じゃないわよね?》

「エクシアには女の人が乗っているのか……!? 一体どうなっているんだ……!?」

 

 F91の世界に来たかと思いきや、その世界に登場作品が異なり、戦い合うモビルスーツたち。これ以上リュートは、これ以上驚くことはなかった。

 ただ、これまでで共通するものと言えば、やはり【ガンダムシリーズ】だ。ガンダムの名を冠するエクシアとウイング、そしてこのユニコーン。フロンティアⅣという名のコロニーも【ガンダムシリーズ】に登場している。これらを通じているのは確かだった。

 次第に落ち着きを取り戻したリュートは、冷静に次の考察をし始める。

 まず、こちらにコンタクトを取ってきたウイングと周囲を見渡しているエクシアのパイロットについて。関係性は不明だが、共闘している間柄だ。もし、2人が敵なら自分がやられていただろう。

 そう思ったリュートは、自分の考察に自信を持って一か八かの賭けに出る。

 

「少なくとも話ができる相手だってことだな……。この人たちと協力すれば、この状況を抜け出せるのかもしれない」

 

 ウイングやエクシアのパイロットからの呼びかけに応じるため、通信機器を作動させた。

 コンタクトを取り合うことができれば、自分が助かる確率が高いと判断したリュートは、協力を前向きに考えてユニコーンを前進させると、エクシアがユニコーンの前に阻み、初めて見知らぬ他人との会話に挑戦する恐れを感じながら接続回線を試みる。

 

《……ま、待ってくれ。僕は、敵じゃない》

 

 初めて他人に話しかけた緊張から解放されて脱力したが、これで助かるだろうと安堵の表情を浮かべたリュート。

 だが、人一倍警戒心の高かったレーアはこれを許さず、エクシアを前に出して右腕に装備している【GNソード】の折り畳式の刀身が展開され、その矛先をユニコーンのコックピットに突き付ける。

 

「うっ……!?」

《止まって。敵じゃないと言うなら、あなたの素性を明かしなさい。返答次第では、あなたごと機体を切り裂くわよ?》

(お、おっかねぇ~……!!)

 

 モニター越しの迫る刀身の切っ先もだが何より臆していたのがエクシアのパイロットの威圧だった。とにかく慎重に言葉を選びながら2人に敵意はないことを優先的に考えて必死で弁明しようとした途端、ウイングのパイロットが間に入る。

 

《待て。少なくともあいつらの仲間じゃない、ってことは確かだろうがよ。その機体のデータを照合して見たんだが、一致する機体は無かった》

 

 思わぬ助け舟に呆然としていたリュートを蚊帳の外にレーアとウイングのパイロットは、ユニコーンが敵か味方かに対しての議論をし続ける。

 

《それがなんなの? 敵側の最新鋭の機体かも知れないのに。それに、中立って言ってるけど、裏では軍事機密を持ってもありえなくもないでしょ?》

《こいつがそうだとしでもパイロットまで敵なら俺たちは討たれてたはずだろうがよ。その気がないにせよ、結果論で生きている俺たちがその証拠だ。他に弁明はありますかな、お嬢さん?》

 

 ウイングのパイロットの理屈による説得力にリュートに対しての警戒心がマックスだったレーアが眉を八の字にして遂に黙り込み、GNソードを収納して敵意を失せた。この空気の中、ウイングのパイロットは一回ため息を軽く吐いてリュートに声をかける。

 

《……もし戦力になるなら助かる。いつまでもこんなところに居られないからな》

《……は、はい!》

 

 最悪の事態から免れたリュートは、通信でウイングのパイロットの申し出を快諾した。これで多少の不安要素は取り除いただろうかと安堵の様子だったが、再び接近警報のアラート音が鳴り響く。

 

《な、なんだ……!?》

 

 9時方向レーダーに機影あり。ちょうどレーアとウイングガンダムの男性パイロットの背後の方角から微かだが二つの光が見え始める。

 リュートはスクリーンを拡大すると、2機の敵と思われるザクがザクマシンガンを構えながら迫って来たのが見えた。

 

《もう来やがったか……!》

《ザクが2機……! 2人とも下がって!》

(もし、原作通りの威力なら、彼らを引き離して……撃つ!)

 

 ここからある程度距離が離れていたため、一足先に気付いたリュートはユニコーンを2機のガンダムより前に出てスコープで敵を捉え、レバーの赤いボタンを親指で押して左マニピュレーターで銃身を抑えながらビーム・マグナムの引き金を引いた。

 銃口の先から一瞬球体型のビームエネルギーが徐々に膨らみながらマグマのように赤く光り、周囲にプラズマを発していた。

 その球体エネルギーが2機のザクに襲いかかり、2機のうちの1機は機体全体が徐々に溶けだし、もう1機はビーム弾の周りを徘徊するプラズマにかすって爆破した。

 これらを呆然と見ていたリュートは驚きのあまり言葉が出なかった。

 

「アニメ以上の火力じゃないか、これ……!」

 

 ビーム・マグナムの火力は自分が見たものの想像以上だった。

 いつもアニメで見ていたビーム・マグナムの火力がこんな恐ろしいものとは思わず、トリガーを引いたレバーを握っていた手が震えだした。

 ユニコーンが銃口から煙が出ている銃身を下した瞬間、元から銃身に装填しているエネルギーパックの1つがポンプアクションで外れ、地面に落ちた衝撃で埃が舞い上がる。

 

「こいつは驚いたな……」

「なんて火力なの……」

 

 レーアもウイングのパイロットもリュートと同じくビーム・マグナムの火力に呆然としていた。

 かくして、絶望しながらも立ち上がって生き残ることを選択したリュートは、彼の専用機体となったユニコーンを武器に飛ばされた世界で生き残るためにまずは2機のガンダムとそのパイロットと共にフロンティアⅣの脱出を試みる。 




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