どうせ、自分は普通に生きる事なんてできやしない。だったら、やれることと言ったら一つしかないじゃないか。そう彼女は思い、そして行動に移そうとしていた。
「ハァッ!!はぁ!!」
「フッ!」
「グッ!!」
士とサイトの二人は呪文詠唱中のルイズにワームが向かわないように必死で足止めをしていた。ワームの力はすさまじいものはあったがしかし、足止めと言うことだけなら簡単だった。それは、士の技量もあり、サイトのガンダールヴの力によるブーストもあるだろうが、敵がどう動くか、敵の攻撃をどうさばいていくか、この世界でルイズの使い魔となり、そして彼女を守ってきた経験が彼を動かしていた。
士にとっては、これが少し前まで普通の暮らしをしていた人間なのかと目を見張るものがあった。SAOの世界のキリトもそうだが、ずっと平凡な暮らしをしてきたような人間が、死の危険のある戦いに平気で飛び込めるはずがない。そこには必ず目的があるのだ。キリトの場合は、家族の所に帰りたい。その一心で戦っていたため強かった。ならサイトはどうだろうか。答えは簡単である。ルイズを守りたい、それだけを心の底から願い続けている。それが彼の力となっているのだ。それが剣を振り上げ、振り下ろし、死を恐れることもなくワームに立ち向かうことができる原動力となっている。
「ハガル・ベオークン・イル!……サイト、準備できたわよ!!」
「よし!」
ルイズがそう言った。後は、ワームから離れるだけだ。離れるだけ?
「おい、サイト……」
「ん?」
「あの技はさっきよりも範囲が広くなるのか?」
「あぁ、なんてったって巨大な龍も倒したほどにな……」
やはり、と士は思った。なんということだろうか。この作戦の欠点にこんな土壇場になって気がついてしまうとは。
「サイト、悪いがルイズの魔法でワームを倒すのは無理だ」
「な、なんでだよ!」
「ワームにはクロックアップという能力がある」
「クロックアップ?確かあの空間でルイズの記憶を見たときに……」
サイトは、先ほどまでいた黒い空間から脱出する直前、ルイズの記憶を見た。ルイズが生まれて、そして自分の名前を叫ぶまでの十数年間を。その中でもかなり近いほうの記憶、どこかの家の中でクロックアップについて説明を受けているルイズの姿があった。それによると確か、高速移動の事と聞いたが……。
「高速移動の事だよな……ちょっと待て、てことは……」
「あぁ、離れればすぐにこいつはクロックアップをしてルイズの魔法から逃れる恐れがある」
「けど、さっきは!」
さっき、ルイズのエクスプロージョンの魔法が放たれたとき、目の前の怪物は避けなかった。高速移動ができるというのなら、何故その時しなかったのか。推測だが、士は言う。
「こいつの腕はかなり頑丈だ。ってことは、避けなくても自分の身は安全だと高を括っていたんだろ!」
「その通り。だが、流石にリーヴスラシルの力も一緒になったあの魔法を受けきるなんて思わん。だからさっさと逃げさせてもらおう!」
「クッ!させるか!!」
サイト、士はワームが逃げられないよう組み合って身動きが取れないような体制をとった。だが、身動きが取れないのは二人も同じ。先ほどは有効範囲が狭かったため少し離れれば助かった。だが、今度のエクスプロージョンは規模が違う。直前になって離れようとしても、巻き込まれてしまうだろう。
「どうする。どうすればいいんだよ!!」
「士!サイト!!離れなさい!巻き込まれるわよ!!」
ルイズの言葉が二人の背中にのしかかる。そうしたいのはやまやまだが、今逃げ出してしまえばワームにも逃げられてしまう。もしかしたらそのまま無防備となっているルイズに襲い掛かるかもしれない。まさに、膠着状態となっていた。
その時、サイトは閃いた。そうだ。これしかない。だが、それは彼にとって、ルイズにとって苦渋の決断になる。だが、それしか方法はない。彼女との約束を破ることになってしまうけれども、だが、それでも自分は彼女を守らなければならないのだ。
「ディケイド……ここは俺が押さえる。お前は逃げろ!」
「お前、まさか……」
「ッ……ルイズ!」
「え?」
「ディケイドが離れたら俺にかまわずエクスプロージョンを撃て!!」
「サイト!?」
「なっ、貴様!!」
サイトは、ワームを道連れにしようとしているのだ。それは、ルイズの元に駆け寄ってきた夏海たちにもよくわかった。その中で彼に声をかけたのはシエスタだ。
「サイトさんダメです!ルイズさん……ルイズ様に、生きるって約束したじゃないですか!」
「そうだサイト!お前一人が犠牲になる必要はない!その役目なら私が……」
「いや、あたしが代わる。今死んでもどうせ……」
「ダメだ!」
「!」
アニエス、マチルダの言葉を聞いたサイトは、つかさずにそう反論する。
「アニエスさんは、アンリエッタ姫を守るのが仕事のはずだ!俺一人の命のために、犠牲になる必要なんてない!」
「サイト……お前……」
「フーケ!お前だってテファを守ってやらなければならないはずだろ!」
「……あんた、馬鹿だよ……」
「サイト……ッ!」
「ルイズ……ゴメン約束を守れなくて……でも、ここで逃げ出すわけにはいかないんだ!」
「クッ!」
士は、考える。無論、サイトの命を、子供の命を犠牲に晒すなど考えられない。他の命もまたそうだ。だがどうする。こいつを抑えながらカブトのカードを取り出して、それをバックルに入れる。いや、自分は今コンプリートフォームだ。カブトにカメンライドするにはまずコンプリートフォームから通常のフォームに戻らなければならない。だが、結局のところどちらも無理だ。このワームの力は相当な物。今二人がかりで両手で剣を持ち、両足を踏ん張ってようやく止めることができるほど。今片手を外すわけにはいかない。
こうなれば、自分がこいつを押さえるしかない。子供の命を犠牲にするくらいなら自分が……そう思ったその時だった。
「それほどの度胸があるのなら、ルイズを任せることができるわ」
「え?」
「何?」
その声が聞こえた瞬間、士とサイトは何者かに蹴られて、後ろへと吹き飛ばされ倒れこむ。そして、前を見るとそこにいたのは自分たちが戦っていたリオックワーム、そしてその後ろにいたのは……。
「カトレアさん!」
ルイズの姉、カトレアだ。だが、士が否定する。
「いや、カトレアはルイズの隣にいる……ってことはそのカトレアは……」
彼の言う通り、ルイズの元にはすでにカトレアも含めてキュアハート以外の全員がそろっていた。ということはどちらかは……。だが、あそこにいるカトレアは、ヴァリエール公爵や、エレオノールとほとんど一緒にいたから、本物のはずだ。ならば、今自分の目の前にいるカトレアは……。
「えぇ、そう。私は、ワームよ」
カトレアは、擬態を解き、元のワームの姿になった。その彼女の行動に、全ての人間が驚愕した。
「どういうつもりだ?」
「私がこいつを押さえておくわ。あなたたちは離れて」
「なっ!」
「なんで!」
サイトは驚いた。ルイズもまた。どうして、彼女はワームだったはず。それなのにワームを裏切ったというのだろうか。だが、理由は分からない。だって、さっきまで彼女は自分を……いや、違う。彼女は自分の事を助けようとしてくれていた。あの屋敷の時も、最後まで自分を殺すことを反対した者がいると、それがカトレアなら。偽物のエレオノールの虐待から自分を救ったのも自分だ。待てよ、そういえばさっきショッカーに入れと言われたとき、ワームは彼女が自分に慈悲を与えようとしてくれたと。そう、自分に殺意を向けたのはたった一回、自分に、抱き着いて、苦し、そうに、もしかしたらあれも嫌々だったのかもしれない。そうだ、たしかワームは性格までコピーしてしまうらしい。もしあのワームがカトレアその物をコピーしていたのなら。士もその可能性に気がついた。
「そうか、お前はカトレアなんだな」
「え?どういうことだよそれ」
「こいつは、カトレアのすべてをコピーしちまったんだ。記憶も、優しさも、心も……」
「そうよ。カトレア、貴方のおかげで私は私という者を持つことができたわ」
「……」
絶句、本物のカトレアにできる事はそれぐらいしかない。
「空っぽで、何もなかった私はカトレアという人間をコピーした。そのおかげで、この二週間、私はルイズの姉として過ごすことができたわ」
「……」
感情なんてもの興味はなかった。ただあったのは殺意と、人間を蹂躙するという本能だけ。それが、カトレアをコピーしたおかげで自分は全てを、喜怒哀楽のすべてを知ることができた。何が喜びなのか、何が怒りなのか、何が哀しみなのか、何が楽しみなのか。ルイズの姉になれた喜び、ルイズを殺されそうになった怒り、ルイズがいじめられていたときの哀しみ、そしてルイズと一緒にいれたときの楽しみ。その全てが彼女にとってカトレアの記憶にはあっても初体験のものだった。だが、それも……。
「でも、もうそれも終わり。だって、本当にルイズの側にいなければならないのは、本物の……たくさんの動物に懐かれるカトレアでなければならないのだから」
「ちい姉さま……」
ルイズは、思わずそう言ってしまった。カトレアが言うたくさんの動物に懐かれるカトレアという言葉だが、それはもちろん本物のカトレアの飼っていた小動物の事だ。彼女は確かにカトレアになり切った。だが、何事にも敏感な動物たちはダマせなかった。だからこそ、彼らに避けられて、シエスタに彼らの飼育を任せてしまった。それが、人間のカトレアと、ワームのカトレアの違い。ワームはルイズの言葉に首を横に振って言う。
「いいえ、私はただのワーム。貴方を殺そうとした、残忍な……」
「違うわ!!……あなたは、私を助けてくれた。屋敷にいるときも、ショッカーに私を誘おうとしていたのも、そして今この時も!あなたは、あなたもちい姉さま。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌよ!!」
「ルイズ……」
カトレアは思う。彼女もまた自分と同じくルイズを愛している。彼女なら、自分の名前を語っても、ルイズの三人目の姉となってくれても良いと。カトレアも思う。やっぱり、彼女の姉になれて、良かった。優しくて勇敢で、ショッカーが危惧していたこととは違うところにあったルイズの強さ。それを一番近くで見れて本当によかった。そう、感慨深く思った。だが、それももう……。
「もう、十分よゼロのルイズ」
終わりにさせよう。
「ディケイド、早くサイトくんを連れて逃げなさい!」
「な、なに言ってんだよカトレアさん!」
「サイトくん、ルイズを幸せにしてね……それと……おめでとうサイトくん、ルイズ」
「カトレアさん……」
おめでとう。その言葉の意味を確かに彼は知っていた。その時だ、ディケイドに担がれて彼はカトレアから離されてしまう。
「なっ!おい、待てよディケイド!!」
「カトレアの想いを無駄にするなサイト!」
「そんなの、ダメだ!ほかに方法がはずだ!ほかに!」
「分からないのか!あいつは、お前がやろうとしていた事をやろうとしているだけだ!」
「!」
「他に……方法があったのか?」
「……」
ない。これしか、方法がない。だからこそ、自分は犠牲になろうとしていた。そう、本当にもうこれしか方法がないのだ。これしか、方法が。
「くっそ……」
悔しい。ただ、悔しかった。力のない自分が、悔しかった。二人が離れたのをみたカトレアは、ルイズに向けて叫ぶ。
「ルイズ!」
「ちい姉さま……」
「ゼロのルイズ……あなたは、その名前、好き?」
「え?」
「私は、好きよ?」
好きか嫌いか、そう言われると、嫌いだ。なぜなら、それは、自分を揶揄した言葉だから。いや、そう考えていたのは自分だ。士は、相田マナは言っていた。ゼロも悪くないと、自分に教えてくれた。そうだ、ゼロも悪くないじゃないか。だって、自分が、ゼロだったからこそ……自分は、自分は、ゼロという言葉が……。だが、その言葉は出ることがなかった。心のそこからの涙、それが彼女の言葉を押さえていた。言いたいことがあった。伝えたい思いがあった。だが、それも言うことができない。目からこぼれる涙、彼女にとってそれで十分だった。
「さぁ、撃ちなさいルイズ!それで、全てを終わらせなさい!!」
「ッ!」
撃ちたくない。でも、それは彼女の想いに背くことになる。だが、もっと彼女と姉妹としたいことが山ほどあった。こんなことになるなら、もっと彼女と話して、側にいたかった。そして、人間としての暮らしを、ワームとしてじゃない暮らしをもっともっとしてもらいたかった。
「ちい、姉さま……」
「大丈夫。私にはあなたとカトレアが過ごした記憶がある。それがあれば私は……十分よ」
「ッ!!!」
「クッ離せ!裏切者め!」
「撃つんだ!ルイズ!!」
「ちくしょう……やれルイズ!!カトレアさんの願いを無駄にするな!!」
「ッ!!!!!」
彼女は、勇気を振り絞ることにした。
彼女の愛してくれた、ゼロの言葉を背負う勇気を。ゼロの名前を誇りにすることを。
「エクスプロージョン!!!!!!」
光、それがワームを包み込もうとしていた。その一瞬の間に、彼女はルイズに聞こえるか、聞こえないか分からないほど小さな声で言った。
「ルイズ……小さなルイズ……」
「短かったけれど、貴方の姉になれて、本当によかった」
「妹になってくれて、ありがとう」
「さようなら、小さなルイズ」
その時、天使が見えた気がした。
今回地の文、特にいつもだったら長文のポエムが入りそうなところに何もないのはわざとです。
そして次回、貧乏くじを引かされてしまった者が二人……すまない。