この世界にやってきて、士にとっては二日目、夏海たちにとっては十日目となる朝がやってきた。現在、一つの世界にとどまっていた時間では最長記録を更新中である。だが、そんな中でも夏海の祖父、栄次郎は至って普通であった。いつも通り、娘の夏海に、居候の士。そして旅の仲間であるユウスケや麻帆良学院の生徒たち。それに加えてこの世界の住人であるルイズ達を起こすと、フライパン二つを弱火の火にかける。熱くしたまま長時間放置すると、火事の原因となってしまうからだ。そして、夏海に火の番を任せると、日課となっているラジオ体操のために外に出ようと、ドアノブに手をかけ……。
「大変なのね!!」
「おっと!」
ようとした瞬間、外からドアを開けられ、栄次郎は老人にはあるまじき反応速度でそれを避けたが、外から現れた蒼髪の裸の少女は、勢いよく入ってきたために前のめりに倒れてしまった。さらにその上を、外にいた小動物たちに踏まれていく。少女の身体は、足跡だらけとなってしまった。
「だ、大丈夫かい?」
「い、痛いのね……」
栄次郎は、取りあえずドアを閉めた。その時、二階にいた面々が降りてくる。、そして台所にいた夏海が来る。
「どうしたんですか?」
「?その子は……ってなんで裸なのよ!?」
「おい、どうし、うおッ!」
「士先生とユウスケは見ちゃダメです!」
「桜子さん、私の使っている部屋から服を持ってきてください」
「うん、分かった!」
「タバサ、じゃなかったシャルロット、どうしたのよ?」
「……タバサでいいのに」
無論のこと、士とユウスケは締め出され、桜子は急いで服一式を持って二階から持ち出してくる。その間、何やらシャルロットが頭を抱えているようだった。
「持ってきたよいいんちょ」
「ありがとうございます。どうぞ、これを着てください」
「ありがとうなのね」
そして、少女があやかに差し出された服を着たところで、夏海は聞く。
「あなた、名前は?それと、どうして裸だったんですか?」
「私は、イルククゥなのね!」
「イルククゥさんですか……それで、どうして裸だったんですか?」
「それは……なのね」
「え?」
何か、小声で言っているような気がするが聞こえない。もしかして、何か犯罪に巻き込まれたのでは、それでここまで逃げてきたのではないだろうか。そんなよからぬ不安が彼女たちを襲う。その時、シャルロットが口を開いた。
「彼女は、シルフィード」
「え?」
「シルフィードって……シャルロットさんの使い魔の名前じゃ……」
「もしかして、韻竜ですか?」
「韻竜?」
「すでに絶滅したと言われている種族です。人間の言葉を話すほどの知性を持ち、ヒトに姿を変えることのできるのです」
「そうなのね!おねえさまにはしゃべっちゃダメって言われていて、今までしゃべれなかったのね」
「なるほど、竜の姿からヒトになったから、服を着ていなかったわけか」
「そうなのね!」
どうやら、彼女が犯罪に巻き込まれたということはないようで皆安心する。だが、それにしてもやはり謎である。
「でも、なんであなたはヒトに変身して入ってきたの?」
「あ、そうだったのね!おねえさま!外が大変なことになっているのね!」
「外?」
外が大変なこと、とはどういうことだろうか。彼女がヒトに変身した理由は、何となくわかった。そのままの状態であれば大きすぎて光写真館の中に入って行くことができないためなのだろう。だが、主人の命令に背いて伝えるほどの大変なこととは一体……。
「とりあえず外に出るぞ」
「えぇ、そうですね」
士に言われ、栄次郎以外の面々は全員外に出る。そして、その先にいたのは……。
「え?」
「わ、ワーム……」
「しかも、こんな大量に……」
彼らの目線の先、そこには虫のようにわさわさと、そしてそれぞれに左右に動き、指を小刻みに気持ち悪く動かす数多くのワームがいた。森に隠れてよく見えないがしかし、自分たちが見ているよりももっと多くのワームがそこに入るようだ。正直言って、気色悪い。それこそまるでゴキブリにようである。
「まさか、囲まれている?」
「ここまでの大群を送るということは……」
「もしかしなくても狙いは私でしょうね」
と、ルイズが言った。果たして一匹のワームが前に出て、そしてヒトに姿を変える。その姿は紛れもなく、ルイズの知っている姿だった。
「ルイズ……」
「ちい姉さま……」
違うのは分かっている。だが、そう言わざるを得なかった。二人は、微妙な距離感を保ったまま、にらみ合う。そして、ワームが言った。
「ルイズ、あのね」
「私を殺しに来たの?カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ」
「ッ!」
本名での名指し。それは、ルイズが彼女の事を完全に自分の姉とは思っていないからであった。実際、彼女はカトレアとは違う別人なのでしょうがないが。カトレアは。ルイズにそう言われて、黙ってしまった。
「ルイズ、彼女は君に慈悲を与えようとしているのだよ」
「慈悲?」
何も言葉を発しないカトレアに変わり、また別のワームが前に出る。その姿もまた、ルイズの知っている顔である自分の父、ラ・ヴァリエール公爵の姿となった。
「そう……ルイズ、君をショッカーに招待しよう」
「ショッカー……?」
「簡単に言えば悪の組織、1号の時代から40年近くにわたって仮面ライダーと敵対している組織の名前だよ」
「あぁ、幾度となく潰したはずだが……まだ懲りていないらしい」
確かに、何人もの仮面ライダーが幾度となく倒している悪の組織の中でも最古参の組織であるショッカーは、何度も復活しそのたびに潰されているものの、その作戦内容、技術力から今でも恐ろしい悪の組織の代名詞となっている。だからこそ、ライダーたちは幾度となく復活するショッカーをその都度潰しているのだ。そんな組織が、何故ルイズの事を……。
「どうして?あなたたちは、私を監禁し、挙句の果てに飼い殺しにしようとしていたじゃない。どういう心境の変化なの?」
「フフッ、殺すよりもいい使い道は、利用することだからな」
「随分とハッキリ言う物ね、ルイズがそんな提案に首を縦に振ると思ってるの?」
と、キュルケが言う。ルイズの性格を熟知している彼女ではなくても、こんな提案に賛成するものがいるものか。と、誰もが、そしてルイズ自身も思った。だが、そんなこと彼らも重々承知だった。
「分かっている。だから、取引をしよう」
「取引?」
「そう。ルイズ、君がショッカーに協力すると言ってくれれば、トリステインを救ってやろう」
「え?」
トリステインを救う。その言葉の真意はまだ分からなかったが、しかしその悪魔の提案に耳を貸してしまうのは仕方のないことだろう。さらに二人、カリーヌとエレオノールの姿をしたワームが言う。
「私達ショッカーの戦力ならば、国の一つや二つ潰すことなど容易いこと」
「並びに、そこにいるタバサの母親もまた救ってやろう」
「え……?」
その言葉に胸が高鳴ったのは、今度はシャルロットであった。
「そして、お前の救出に手を貸した者どもの命も助けてやろう。どうだ?いい条件だろう?」
「ッ……」
やられた。そうルイズは思った。自分一人の事だったら、簡単に突っぱねることだって可能だった。だが、自分の答えが、このトリステイン、そしてシャルロットの母の運命も背負う物になってしまった。今の戦況からいって、トリステインが戦争に勝つのはまず不可能だ。そして今回は逃れたとはいえども、アンリエッタまた捕らえられれば、今度は厳重な警備の中で、恐らくは誰も知らないような場所で処刑されてしまう。シャルロットの母親も、今の状態で助け出すなどできるわけがない。この困難である二つの道、それを解決してくれる道を彼らに提示されてしまった。重い、非常に重い天秤の分銅だ。
拒否することは容易い。だが、そうすれば、たくさんの悲しみが生まれてしまう。ショッカーに入ることで、自分の人生がどう変わるのか分からない。だが少なくとも、普通の平民の暮らしよりはましなのかもしれない。このままこの世界にいても、苦難な道のりが待つのみ。だったら、彼らと一緒に行ってもいいんじゃないだろうか。
それに、彼らと一緒に行けば、また家族五人で暮らすこともできるかもしれない。中身は確かにワームだが、完全にその人格も記憶もコピーしているそれを偽物だと誰も断言できないはずだ。だったら……。
「ルイズ」
「ッ!」
考えあぐねている中、士が彼女に言った。
「俺は、お前がどの選択をしようと構わない」
「え?」
「おい、士!」
「ただし」
非難しようとするユウスケの言葉を遮り、士は一枚のカードを出す。それはディケイドのカードだった。それを、ルイズに見せて言う。
「敵になるのなら容赦はしない。俺は……破壊者だからな」
「……」
士が敵になる。そんなの、最悪な状況ではないか。自分のたった一人の使い魔が敵になるなんて、ルイズには想像もつかない事だった。士の強さはいまだによくわからない。ルイズは、屋敷での士の戦いをよく見ていないからだ。だが、少なくとも並のメイジじゃ歯が立たないほどの力を持っていることは確かだ。さらに、自分が身を投じようとしているショッカー、それを一度潰したことがあるという実績も持っているらしい。要するに、前門の虎後門の狼である。どっちを選んでも、自分には身の破滅しか待っていない。もう、どうすればいいのか、ルイズには分からなかった。
周りの人間も、特にシャルロットとアンリエッタは、条件に深くかかわっているため、声をかけずらい状況にあった。ショッカーか、それとも死か。そんな彼女に、唯一声をかける者がいた。
「ルイズ様」
「シエスタ……」
シエスタである。シエスタは、ルイズの手を取って言う。
「例えルイズお嬢様が、どんな結論を出しても、私はあなたについていきます」
「シエスタ……」
「どちらを選択しても、辛いことかと思います。けどだからこそ、私は一生あなたについていきます。それが、主人に仕える者の役目ですから」
「……」
それは、忠誠心。いや、もはや信仰、忠義であると言えよう。その言葉は簡単ではあったが、主人と使用人という関係の中では、最上級の物であったと言えよう。そして、そのシエスタの発言に触発されたのか、周りの人間も次々と言葉を投げかけていく。
「ルイズ、トリステインの事は忘れて、あなたの心のままに選んでください」
「姫様……」
「ショッカーの力などなくとも、トリステインはやり直すことができる。だから、心配するな」
「アニエス……」
「母様は……私が絶対に取り返す……どれだけ時間がかかっても、必ず……」
「シャルロット……」
「私は信じてますからね、ルイズさんがどこに行っても正しいことをしてくれるって」
「ティファニア……」
「経験則だけど、裏の道に入るのは並大抵の度胸がないとできないってことは私は言っておくよ」
「マチルダ……」
「あなたの人生なんだから、あなた自身が決めればいいのよ。それで後悔するなら、後からしなさい」
「キュルケ……」
「ルイズさん、私たちもあなたの事を信じています」
「うん!」
「はい!」
「です!」
「あやか、桜子、史伽、風香……」
「ルイズさん」
「ルイズちゃん」
「夏海、ユウスケ……」
「ルイズ、お前がショッカーに行くなら容赦はしない。だが、残るというのなら、俺が全力でお前を守る」
「士……」
「俺は、お前の使い魔だからな」
「……」
光写真館の中にいる栄次郎、会ったばかりのイルククゥ以外の全員がルイズに声をかけた。ユウスケは、親指をあげてサムズアップしている。本当は、皆ルイズの事を止めたかった。だが全員が総じて一方に偏ってはいなかった。止めることも、勧めることもしない。これがルイズの人生だったからだ。ルイズの人生を彼らが勝手に決めることはできない。だから、彼女は決めなければならない、自分自身の去就を。自分の進む道を。
「……」
ルイズは、自分の右手を胸に当てて考える。これから、自分がどう進むべきなのだろうか。ショッカーがどんなものなのか、自分はよく知らない。ただ、悪の組織とだけ聞いている。だが、それは士達が言っているだけなのかもしれない。その本質は、また別の物なのかもしれない。だが、だからと言って善良な組織だとは思えない。それでも、ショッカーに入れば、今までの、いや昔の貴族としての生活が取り戻せるかもしれない。貴族としての生活。違う、自分が欲しいのはそんなものではないのだ。自分が欲しい物、それは……。
ルイズは、覚悟を決めた。
「……」
ルイズは、胸に当てていた手を離すと、下を向いたままワームのもとへとゆっくり向かう。下に敷いている草が、ルイズが踏みつけるたびに一つ一つがクシャ、クシャという音を立てながら倒れていく。カトレアは、そのルイズの姿を見て、安堵したように笑みを浮かべた。
「ルイズ……」
「ルイズさん……」
その様子を、後ろに控えているキュルケたちが、心配そうに見つめる。まさか、ショッカーへの道を選んだというのだろうか。だが、シエスタは言う。
「大丈夫です」
「え?」
「ルイズ様は、きっと大丈夫です」
使用人は主人を選べない。一度仕えてしまったら、後は主人についていくだけである。だからこそ、信頼するのだ。自分の事を選んでくれた、主人の事を。そして、ルイズはラ・ヴァリエール公爵の目の前で立ち止まる。公爵は、ルイズに右手を差し出した。
「ようこそ、ショッカーへ」
ルイズは、その右手に対し、自分もまた右手を持ち上げる。だが、その手は開いてはいなかった。
「むっ?」
「ルイズ?」
その手に持つ物、それは彼女の杖だった。無論、その杖の先には彼らワームがいる。ルイズは、伏せていた勇ましい顔を上げると言う。
「だれが、あんたたちについていく物ですか……」
「……」
「私は決めたの、この世界で一生懸命に生きるって……あんた達悪の組織の手伝いなんてしてらんないの」
「愚かね……我々にしたがえば、国一つを救ってやるというのに」
「そう。国のためにすべてを投げ出すのも貴族の役割じゃないの?」
「そんなの貴族のやることじゃないわ!」
「ッ!」
ワームのその言葉に対し、ルイズは大きな声でそう否定する。その時、ルイズのスカートのポケットから少しだけ光が漏れる。士は、それを見てニヤリと笑った。そして、ルイズは続ける。
「貴族は、ただ平民の上でふんぞり返って、人をアゴで使って、人権を簡単に無視して、魔法を使えるものだけを貴族と呼ぶんじゃない……ましてや、プライドのために命を投げ出すなんてもってのほか……本当の貴族は……本物の貴族は……上に立つ者はッ!」
ルイズは、一度目をつぶり、そして目を見開き自信をもって、覚悟したように言う。だが、その覚悟は命を投げ出す覚悟などという簡単なものではない。生きるという、残酷な運命に立ち向かうという難しい覚悟だ。言え、語れ、声に出せ、それがお前の本心だ。
「自分に尽くしてくれる使用人に、付いてきてくれる人たちに、あなたに尽くしてよかったって、胸を張って言って貰える人間でなくてはならないのよ!」
「ルイズ様……」
その言葉を、後ろでシエスタは嬉しそうに聞いていた。嬉しそうに、そして、彼女に仕えてよかったと、彼女は心の底から安堵した。
上に立つ者は自己中でなくてはならない。自分の決断が正しいと思わなければ、何もすることができないからだ。だが、その中で自分の下にいる者たちの声も聞かなければならない。独裁なんてものをしても、良き結果に結びつくとは限らないからだ。いい塩梅という物を見つけて、決断しなければならない。他人に、自分の意見を否定されても退くな。どうせ他人は他人である。だが、下にいる者に否定されれば声を聞け。その人たちは、自分と一緒に戦い、そしてここまで成長してきた、家族なのだから。
そして、ポケットからの光はますます強くなる。それは、誰も目に見ても明らかだった。昨晩士が彼女に渡した物が光り出しているのだ。当然だが、すでに日は昇っており、周りは明るい。だが、それでもその光は、まるで太陽のように明るく、彼女を中心として輝いていた。その光の強さに、ワームはたじろいで後ろに下がる。だが、ルイズは構わずに、続ける。
「私はルイズ……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!私たちが歩く私達だけの道に、あなたたちなんて必要ないわ!私は……私が信頼する人達と私を信頼してくれる人達と一緒に歩いていく!」
瞬間、また光が強くなる。そして、その光は思いを、そして声を運んでいた。
『え?』
『どうした?』
『あの、光……』
『あれって……ッ!』
男は、頭を抑える。二人はその様子に心配になって近寄った。その時、二人にもそれが聞こえてきた。
『え?ルイズ……ゼロ?』
それは、ルイズという少女の記憶だった。
その時、灰色のオーロラがルイズの目の前に現れる。それは、士がこの場所に来るために使用したものと同じものだった。その中から、一人の男が現れる。その手に青色の、おそらく、銃であろう物を持った男だ。
「え?」
「あれって!」
「あぁ……」
シエスタたちはもちろん知らない、しかし士達は知っている。その男の事を。士達はルイズのもとに走り寄って、そして男に向けて言う。
「海東、グッドタイミングだな」
「やぁ、士さっきぶりだね」
「さっきぶり?……あぁ、お前も時間軸が狂っているのか」
「でも、どうして大樹さんがここに……」
「悪いけど、僕は急いでるんだ。ルイズという少女のところにいかないとね……」
「なに?」
士は、海東の口から出た名前の主を知っている。というか、目の前にいる。ルイズは言う。
「ルイズなら……私よ」
「君が……本当かい?」
「えぇ、そうよ……あなた、どうして私の名前を……」
「頼まれたんだ。君のもとに向かってくれと。もちろん、お宝と引き換えにだけれど」
「頼まれただと?誰にだ」
「この人たちにさ」
「え……」
そして、オーロラから現れたのは……。
今ちょっと小動物に関して考えていた展開に持っていけるかどうかちょっと不安になってきております。