「ルイズ!!」
「ッ!」
姉の背中からそんな声が響いた。その刹那、姉の身体が吹き飛んだ。いや、吹き飛んだというよりも避けたというべきだろうか。その声の持ち主は、無論士である。士は、剣らしきものを構えてルイズとカトレアの間に入った。
「間に合ったか」
「士!あんたちい姉さまに刃を向けるなんて!」
「よく見ろ、あいつの手を」
「手?……え」
士に言われルイズはカトレアの手を見る。それを見て、ルイズの背筋に冷たい物が通り過ぎる感覚がした。そこにあったのは、五指がそれぞれに尖った異形の手。どう見ても人間のソレではない腕であった。先ほどまで自分を抱いてくれていたその手、暖かく自分を包んでいてくれたその腕が、今は茶色の鋭くとがった形をしていた。
「なんなの……アレ」
「俺は今までの世界で人間の姿になれる怪物をたくさん見てきた。だが、完璧に人間の姿をコピーする怪物はただの一種類しか存在しない」
「怪物……」
「そうだ、お前の姉さんの形を取った怪物……その正体は」
「……」
その瞬間、ルイズの目には信じられないことが起こった。カトレアの身体が膨張し始め、そしてその体のつくりが変わっていくのだ。肌の色も混濁し、きれいなドレスもまた消え去り、身長も高くなる。そこに現れたのは茶色の怪物だった。士はその姿を見て言う。
「ワームだ」
「ワーム……」
ワームは、カブトの世界の怪人であり、地球外生命体だ。人間の姿になることのできる怪物はかなり多い。だが、その中でもワームはその特徴として、自身の容姿を他人の誰かと同じものにする『擬態』という特殊能力を持つことにある。擬態は、その姿形だけでなく、人格、記憶、能力、内臓や骨といった内部構造に至るまで寸分違わず同じになるため、その姿が異形の姿となるまでソレがワームであると見破るすべはないと言われたほどだ。
「この屋敷に潜りこんでいることが分かったのは、シエスタが襲われたその時だがな」
「シエスタが、あの子は無事なの!?」
「あぁ、間一髪だがな」
少し前、カトレアの飼っていた動物にエサを与えていたシエスタは、背後からワーム数体に襲われた。だが、その時ディケイドがインビジブルを解いてワームを瞬時に撃破、そしてシエスタに隠れるように指示をし、ルイズが襲われる可能性を考慮して彼女が軟禁されている部屋まで戻ってみた。すると、案の定こういう事態となっていた。
「ディケイド……まさか、あなたがいたなんて」
「ん?俺を知っているのか?」
「えぇ、よく知っているわ」
士は、ワームの言葉を聞いて、ある考えが頭に浮かんだ。恐らく、このワームは大ショッカーに所属しているワームだ。大ショッカーは、世界を問わずして様々な勢力を取り込んでいる組織だ。無論ワームもその一つ。ディケイドの事を知っていると考えれば、このワームは大ショッカー所属のワームであると考えれば簡単だろう。
「何故ルイズを狙う……いや、それともこう聞いた方がいいか?何故、ルイズを今更狙う」
「え?」
「こいつを殺すことはいつでもできたはず。だが、それを今の今まで放っておいた。何故だ?」
「……」
ワームは、何も答えない。無意味な沈黙がその場に流れるだけだった。だが、そんな状況に耐えきれなくなったものが一人。
「ち、ちい姉さま……」
「ルイズ……」
「嘘ですよね……冗談だって、姉さまが、怪物だなんて……」
「残念だが、これは紛れもない事実だ」
「ッ!嘘よ!」
士は、無慈悲にもつげる。だが、ルイズは、それを信じようとはしなかった。そして、言う。
「今まで、一緒に暮らしてきた、私をずっと励まし続けてくれたお姉さまが偽物だなんて、それじゃ、本物のちい姉さまは、どこに……」
「……」
「……」
だが、何も答えない。
「どうしたのよ……答えてよ、ねぇ!本物のちい姉さまはどこに行ったってのよ!!」
「もちろん死んだわ」
「!!」
その答えをつげたのは、ドアから入ってきたエレオノール、その横にはルイズの母のカリーヌまでもいる。
「エレオノールお姉さま……母様……」
「私たちがこの屋敷に来た日に、他の使用人たちと一緒にね」
そして、エレオノール、カリーヌの身体もまた変化し始める。カトレアと同じく、異形の姿に。そして、後ろのドアからは緑色をした、いわゆる蛹態五、六体が入ってくる。
「あ、あぁ……」
「驚いた?小さなルイズ」
「なるほど、少し前にこの屋敷に来たばかりのシエスタ以外は、みんな偽物になっていたというわけか」
「う、嘘……」
ルイズは、衝撃な事実を聞き、そして目が虚ろになっているようであった。
「ディケイド、あなたがこの世界に来ていたことは想定外だけれど、関係ないわ。これだけの敵を相手にして、ルイズを守ることができるかしら?」
「……」
エレオノールに擬態していたワームの言葉も最もである。確かに、自分一人であったらカブトにカメンライドすることによって、なんとかすることができる。だが、もしルイズを守りながらなどというハンデを抱えているとなれば、いや待て、そういえば何故彼らはルイズを狙っている。この部屋に来たのも、この屋敷に連れ帰ったのも、ルイズを殺すつもりだった。そして、カトレアがこの部屋に来たのも、だがルイズは魔法成功率ゼロ、いや今は少し違うか、自分を呼び出したことによってゼロではなくなっている。ともかく、そんなルイズを狙うメリットなどあるのだろうか。いや、違う。自分は知っている。子供には、特に女性には限りのない可能性がその身を纏っているということを。もしかすると、ルイズには自分も知らないようなとんでもない秘密があるのかもしれない。それも、大ショッカーが恐れるような何かが。
ならば、彼女は助けなければならない。だが、どうする。前はワームによって封じられ、後ろの窓には鉄格子がはめられている。ここにいる全員を相手にしながら逃げるなど、簡単にできるわけがない。それも、一階で隠れているシエスタも一緒に逃がさなければならない。どうすればいい。どうすれば。だが、考えもまとまらないうちに、ある人物が予想外な行動を取る。
「ッ!」
「ルイズ!」
ルイズは、ディケイドの前に出てワームに向けて杖を構えた。それを見て、ワーム達は一瞬後ろへと下がった。
「下がれ、ルイズ!」
「嫌よ!」
「ワーム相手に、ましてや魔法を上手く使えない奴が立ち向かえるわけがない」
「ッ!」
その言葉に、ルイズは歯を食いしばって、そして言う。
「えぇそうよ……私は、ちゃんとした使い魔を呼ぶこともできない。皆のように飛ぶことができないから、一人階段で上り下りしないといけない。鍵だって隠されたら部屋に入ることだってできやしないし石ころを変化させようとしても爆発しか起こせないし……大事な人を守ることもできない。でもね……私は、貴族よ!ただ平民の上でふんぞり返って、人をアゴで使って、人権を簡単に無視して、そして……魔法を使える者だけを貴族と呼ぶんじゃない!本当の貴族は……敵に後ろを見せないものを貴族と呼ぶのよ!!」
士は思った。まずいことを言ってしまったと。ルイズにとって魔法が使えないことはコンプレックス。ソンナルイズ相手にあのような言葉を投げかけてしまうと、ルイズがどのような行動を取るかは考えの中に入っていたはず、しかし結果はこれである。もしも、ルイズが貴族としてのプライドを重視するならこの先とる行動は決まっている。死ぬつもりだ。敵に臆することなく華々しく散る。それがすべてを失った彼女に残る、貴族としての最後の名誉なのだから。
「ふん、まぁいい手間が省ける」
「えぇ、あの人が帰るのを待つまでもないわ」
「……」
「まずいな……」
退路を断たれた今、士には戦うしかすべはない。だが、玉砕する気満々のルイズを守りながら、全ワームを倒すなど難しいことこの上ない。だが、それでも彼女を、いやルイズとシエスタを守らなければならない。自分は、ルイズの使い魔なのだから。
その時、轟音と共に壁が崩れた。
『ワーム』だけでは分かりずらいので呼称を付けます。ワームの呼称は、昆虫のラテン語+時々色らしいのでそれに習って考えました。
カトレア
キカークィルスワーム セミ+茶色
カリーヌ
レジナアピスワーム 女王蜂
エレオノール
グロリアンクトゥスワーム 蝶々+虹
???
リオックワーム リオック
リオックって何?という方もいらっしゃいますが、安心してください。私もあまりよく知りません。ただ検索したらそういう名前の虫が出てきました。