仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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ゼロの使い魔の世界1-7

 勝負は、一瞬。ユウスケはある建物の屋上でその時が来るのを変身して待っていた。広場にはいったい何人いるのだろうか。見渡す限りの人、人、人、ここまでの人間が国中から集まったと考えると、これからこの場所で行われるものがどれほどよっぽどの出来事であるのかが分かる。敵国の姫を殺そうとするのだから、ここまで騒ぐのは当たり前なのだ。

 昨晩、アニエスと共にガリアに向かったユウスケ。アニエスは、初めて乗るバイクという乗り物に非常に驚いて、そしてその速さにも圧巻の一言であったようだった。数時間ほどして、先に馬でガリアの街のすぐ前まで先回りしていたあやかと合流し、アンリエッタ奪還の作戦を立てた。まず、現在城の中にいるであろうアンリエッタを救出するのは不可能に近い。城の中には兵士が集まっており、それら全てを自分とアニエスで相手するのは難しく、また牢屋の場所も把握できていない。堅牢な城を攻めるというのは容易ではないのだ。それも、救出というただ一点を目的にするにはあまりにもバカでかい目的だ。

 ではどうすればいいか。簡単だ。城から出て、ギロチン台に向かう時に助け出せばいい。そうすれば、周りにいるのは護衛の兵士や、処刑人ぐらいだ。その時ならばチャンスが来る。だが、あまりに早くてもいけない。護衛の兵士も、力のある物が集まっているだろう。それらの対処をしている間に、アンリエッタを城の中に戻されてしまえば元の木阿弥だ。ならば、タイミングとしては城から近くはなく、かつ兵士からも離れたとき。そう、処刑されるまさに直前だ。

 

「……来た!」

 

 その瞬間、国民の騒ぎ声が耳を貫く。鼓膜が破れんばかりの歓声と罵声いん、一瞬目が眩んでしまったほどだ。現れたのは一人の男、その後ろから鎧を着た兵士4,5人に囲まれた女性が現れる。あのショートカットの女性がアンリエッタだろうか。そして、ギロチン台の目の前にまできた処刑人は民衆の声に負けないように大声で言った。

 

「ではこれより、トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインの斬首を執り行う。姫殿下、何か言い残すことはないか?」

 

 その言葉に、アンリエッタは言った。

 

「ありません。速やかに刑を執行なさい」

「では」

 

 なんて潔いのだろうか。女性はすでに死を覚悟して、生きることを懇願せずに、まるで他人のように自分の処刑を早々にするように処刑人に言っているではないか。ユウスケは思う。やはり、自分たちの価値観とはまるで違うのだと。普通の世界に住んでいる自分たちならば、最後まで死にたくないと、処刑されるのは嫌だと、泣き叫んでしまうかもしれない。しかし、彼女は堂々と、早く殺してくれと言っているのだ。これが、日々命を賭けて戦っている人間ばかりが住む世界の掟とでも言うのだろうか。だがそれを、間違っていると顔を突き合わせて言う権利など、ユウスケには存在しない。それでも、ユウスケは思う。だからこそ、彼女の笑顔を守れれば、それは彼女にとってもうれしいことなのだろうと。

 

 

 ここでは、ユウスケたちの立てた作戦内容と実際の状況を交互に書く。

 まず、アンリエッタがギロチン台に乗せられたら、アニエスが兵士の気を逸らすために一人突貫する。

 アニエスは、作戦通りギロチン台に乗せられたアンリエッタめがけて屋根から跳び下り、兵士たちのいる場所へと降り立った。兵士たちは、それに気づき、アニエスを排除しようとする。

 それを見てユウスケは、逆方向からギロチン台の手前に降り立ち、処刑人を止める。

 クウガに変身しているユウスケは、アニエスが兵士を引き付けているのを見てからギロチン台の前に跳び下りる。だが、その刹那に処刑人が地面と刃を繋いでいる縄を断ち切ってしまった。かなりのスピードで上へと消えていく縄の先を掴む暇はない。ユウスケは刃の真ん中をその拳で貫いて止めた。その瞬間、刃の破片が周囲に散乱する。

 

「間に合った……」

「え?」

「貴様、何ッ!」

 

 その言葉を聞いてか聞かずか、ユウスケはすぐ隣にいた処刑人を殴り気絶させる。そして、アンリエッタの首を固定していた器具を外すと、アンリエッタの乗っている板をスライドさせて後ろに下げる。そして、それと同時に、刃を貫通していた腕を抜くと、無論の事だが、そのまま真下へと落ちていく。そして、困惑しているであろう様子のアンリエッタに向かって言う。

 

「今拘束具を外すから!」

「え、えぇ……」

 

 ユウスケは、アンリエッタを拘束しているベルトを断ち切る。見たところ、跡は少し残っていたが、すぐに消える事だろう。そして、その瞬間、アニエスの相手をしていた槍を持った兵士が二人、こちらを倒すために向かってくる。

 

「このッ!」

「フッ!」

 

 ユウスケは、一人目の槍を掴むと、それを兵士ごと引き寄せ、顔、そして腹の順番に裏拳の要領で殴ると、そのまま兵士は崩れ落ちる。

 

「ハァ!」

「なに!?」

 

 ユウスケはそのままの勢いで二人目の兵士の槍を蹴りで叩き折ると……。

 

「ハァ!」

「グボッ!」

 

 槍を叩き折った右足と反対側の左足で、兵士の顔を蹴り、気絶させる。兵士二人が気絶したのを見ると、すぐさまアンリエッタの腕と足を拘束している縄を切った。

 

「大丈夫ですか、アンリエッタ姫?」

「え、あぁ、はい……私は……」

 

 アンリエッタは、取りあえず下に降りようとするが、ユウスケは地面には刃の破片が落ちているためはだしのアンリエッタが怪我をするということも考えてそれを阻止した。

 

「よし、アニエス!」

「こっちも片づけた!」

 

 そう言うアニエスの後ろには血に溺れている兵士二人の姿があった。ユウスケは、それを一目見ると一言だけアニエスに対して言った。

 

「あぁ……」

 

 黙禱のつもりだろうか、仮面の下で一度目をつぶると、一呼吸後に目を開け言う。そして、その目線の先、城の中からは大量の兵士の姿だ。それと同時に、民衆の方からも聞き慣れた音が聞こえてくる。バイクの、トライチェイサーのエンジン音だ。後ろを見ると、それに先ほどまで騒いでいた民衆も気づき、ユウスケと同じく後ろを向いた。

 

「な、なんだあれは!」

「鉄の馬か!?」

「見たこともねぇぞあんなの!!」

 

 今まで民衆が見たこともないようなそれが民衆めがけて走ってきているのだ。それに乗っているのはあやかである。あやかはバイクの免許を持っていないのだが、この際それは言いっこなしだ。見たこともない物体が信じられないほどのスピードと勢いでこちらに向かってきているため、思わず全員がバラバラにそのバイクを避けるように逃げ、舞台へとつづく道が出来上がった。

 

「ユウスケさん!」

「よし……アニエス、姫様は俺に任せてくれ、君はここに来たときと同じようにあやかちゃんの後ろに」

「分かった……陛下を頼んだ」

「あぁ!」

 

 アニエスは、そう言うと舞台から飛び降りてこの街に来たときと同じようにバイクの後ろへと乗る。

 

「では、ユウスケさん!例の場所で落ち合いましょう!」

 

 あやかはそう言うと、後輪ブレーキから足を、握っていたクラッチレバーから手を離し、地面から足を離してバイクは発進した。

 

「これは……一体……」

 

 アンリエッタは、困惑していた。目の前で目まぐるしく変わる状況の変化、それに、先ほどまで死ぬ準備を整えていた自分の頭はまだ追いついていなかったのだ。

 

「超変身!」

 

 その声と共に、赤い男の姿は変わる。今度は、海のように、そして遠い空のように青い姿になった。先ほどまでの赤い姿に比べて、なにかすがすがしく感じる。青い姿になったソレは、アンリエッタを横抱きの形に、そのものずばりでお姫様抱っこの状態にして言う。

 

「姫様、暴れると危ないから、じっとしといてください」

「は、はい……」

 

 アンリエッタはそれしか言うことができなかった。男の後ろからは兵士が迫ってきている。そして前からも市民や兵士が入り乱れて、先ほどまでできていた逃げ場もなくなっている。彼は、どうするのか。まさか、この中を突っ切っていくとでもいうのだろうか。いや、もっといい逃げ道が、そこにはあった。

 

「行きます!」

「え、ッ!」

 

 その言葉と同時に、ユウスケは空高く跳びあがり、建物の屋根の上へと飛び移った。アンリエッタは驚愕した。しかし、分からなかった。今のは、魔法なのだろうか。だが、呪文を言ったとも思えない。それに、男は杖も持っていない。それならば、自力でその屋根の上までたどり着いたというのだろうか。そのためには、いったいどれほどの力が必要であるのか、彼女には想像もつかなかった。

 ユウスケは、屋根を飛び移りながら、兵士の目から逃れる道を探り、ついに兵士たちはその姿を見失った。

 

 

 

 それから間もなく。ユウスケたちは森の中にいるあやかとアニエスの二人と合流した。

 

「陛下、お怪我はありませんか?」

「え、えぇ……私は、平気です」

 

 平気、なのだろうか。本当に、そうなのだろうか。本当だったら、自分は今頃死んでいなければならない、だが自分は生きている。生きて、生きている、生きて、いる。

 また、生き恥をさらしてしまったというのだろうか。あそこで自分が死ぬことで、一つの戦争が終わって、それのおかげで生き延びることのできる人たちが増えるというのに、どうして、自分は生きてしまったのだろうか……。

 

「また、私は……生きて……あっ」

 

 ふと、手を見た。その手にはくっきりと爪の後が残っている。グッと手を握りしめていた証拠だ。それに小刻みに震えている。それに何だその上に落ちてくる水は。まるで雨のように、一つ一つ細かく落ちてくる。それに、顔も熱く、また濡れているような。

 

「な、みだ……?」

 

 気が付かなかった、涙だ。これは、自分の心の底から出ている熱い涙だったのだ。どうして涙なんて出てくるのだろう。さっき牢屋で泣いた分で、枯れ果てたというのに。いや違う、ただ諦めていただけだ。決心したわけではない。ただ、生きるということを諦め、死を受け入れていたからだ。だから、涙を流さなくなったのだ。けど、自分はこうして何かの手違いで喜ばしいことに生き残っている。喜ばしいこと?

 

「陛下?」

「アニエス……私、生きてます……生きてますよね?」

 

 アンリエッタは、アニエスに言った。

 

「これは、始祖様が哀れな私に見せているうたかたの夢ではありませんよね……」

 

 念を押すように言った。

 

「……はい、あなたはちゃんと生きて、そしてここにいます」

「私、生きている……それって、喜んでいいことなの?」

「はい」

「私は、死ななくていいの?それを、喜んでいいの?この涙は、喜んで泣いているの?私は……」

「陛下……」

「今、泣いていいの?」

「……はい」

 

 その言葉で、全てが許されたような。そんな気がした。

 

「うっ……あぁ、ぁあぁあぁああぁぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 せき止められていたその声が、喉元からあふれてくる。それは、牢屋のソレの続きだった。もう、自分は死ななくていい。死ななくていい。生きていていい。生きて、ここにいていい。まだ、この世界に存在していい。生きて……生きていていいのだ。死に一番近い場所にいた少女は、それと共に、その世界へまだ存在することを確約してもらえた。そんな尊い気持ちへとなった。

 国のために、国民のために死ぬ。それは確かに格好良く、そして潔い姿であろう。だが、それはただの言葉だ。綺麗事だ。生きるほうがいいに決まっているではないか。たとえどれだけ泥臭く、生き恥であると誰もが言っても、生きているのだから。死は、他の誰かを立ち上がらせる道具にすることができるかもしれない。しかし、当の本人はそれで終わってしまう。それでは、あまりにも悲しく、切なすぎるではないか。生きて、生きて、生きて、後ろ指を指されたとしても生きて、生きて、生きて、決して逃れられない死が近くに寄ろうとしても、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて。それが、未来へとすすむ簡単な方法の一つになりえるのではないか。

 

 私は、生きている。この世界に、存在している。前に、進む力をまだもっている。ならば私は、ここにいたい。

 

 どれだけ泣いたであろうか。アンリエッタは、ようやく泣き止むことができた。それを見計らってユウスケが言う。

 

「アニエス、姫様、二人はこれから……」

「どうするか……もう陛下をかくまってもらえるような場所はない。ガリアからの追ってもすぐ来るだろう。一刻も早く逃げなければ……」

「それでしたら、私たちと一緒に来ませんか?」

「なに?」

「そうだね、光写真館ならとりあえず衣食住には困らないだろうし……どうだい?」

「……陛下、どうしますか?」

「行く先を決めないまま闇雲に走り回ってもすぐ追手に追いつかれるでしょう、私は彼らについていった方がいいと考えます」

「分かりました、では道案内を頼むユウスケ」

「あぁ」

 

 そして、光写真館に向かうこととなった。今度は、バイクにはユウスケとアニエスが、馬にはアンリエッタとあやかが乗ることとなった。なお、手綱を握っているのはアンリエッタである。これは、追手が迫ってきたとき遠距離での攻撃手段を唯一持っているあやかの手を幾分か自由にさせるためだ。

 

「よし、それじゃ行こう!」

「はい!」

 

 そして彼、彼女たちは行く。森を突き抜け、草原を走り、その場所へとたどり着くために。その様子を一人の少女がそら高くから見ていると知らずに。

 

「見つけた……」

「クルルルル……」

「もう少しの辛抱、広い場所に出たら仕掛ける」

 

 傷を負った竜、シルフィードに乗ったタバサがそう言った。


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