仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 以前の質問、その答えがこれだ。


SAOの世界2-16

「グルァァァ!!」

「チィ!!」

 

 キリトのその攻撃により、耐久値のなくなったアニールブレードは砕け散る。第1層から共に戦ってきたその剣を最後に、キリトの武器はエリュシデータのみとなってしまう。

 

「ポーションは…ないか」

 

 ここから先は片手剣で戦うしかない。ポーションなど回復アイテムはすでに使い切ってしまっている。まさに、万事休すである。

 

「もう後には引けない…ここであいつを倒さないと…!」

 

 ここで引くこともできる。だが、茅場昌彦がいつまでもそこにずっといるとは限らない。奴を倒すチャンスは、場所が判明している今しかない。危険は承知できたのだ。帰る場所ももうすでに絶った。自分は進むしかない。キリトは、モンスターに向けてまた地面を一つ蹴った。

 

 

 

 …本当にそうなのか?直葉は、きっと自分の事を待っている。俺が、彼女の名前を取り戻して帰る時を。

 

 アスナは、アスナ…あぁ、彼女にはフォローもしてすらいないな。でも、彼女だったらきっと自分がいなくなっても…いや違う、俺は逃げ場を作ってたんだ。アスナという帰る場所を残していたんだ。…俺は、弱い。女性という帰る場所を作って、前もって保険を用意するなんて、そんなの英雄のすることじゃ…あぁ、そうか…帰りたいんだ。英雄なんかじゃない、一人の男として、一人のプレイヤーとして、自分を愛してくれる人の元に帰りたいんだ。愛してくれる人…。

 

「母さん…」

 

 もう、あの人の元には帰れない。自分から拒絶してしまった。2年ぶりにあったはずなのに、それほど感動もしなければ、懐かしいとすらも感じなかった。もしかしたら、負い目を感じていたのかもしれない。自分と言う他人が事件に巻き込まれて、そのせいで母さんや父さん、直葉に心配をかけてしまった。

 

「くッ!!」

 

 モンスターの攻撃を受け流せきれずにキリトは飛ばされる。

 そういえば、俺はどうしてSAOをクリアしようと思っていたっけ…。いや、ただ帰りたかっただけだ。現実の世界に、紙で指を切って、血が出て、痛みも感じるそんな世界に。現実…。そうか、忘れてた。俺の現実は…。本当に帰りたかった現実には…。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 家族がいた。母さん、父さん、そして直葉。みんなが自分の事を待ってくれることを期待していたんだ。心配かけたくないからとか、学校だとかなんて考えていなかった。ただ、あの暖かい世界に…。扉を開けて、階段を下って、そしてリビングにいる家族が暖かく迎え入れてくれる、おはようって、寝坊助って言ってくれるだろう、そんな世界に。

 

「そっか…俺、自分で帰る場所を捨てちまったんだ…」

 

 直葉を助ける?自分の帰る場所がないじゃないか。アスナの元に行く?アスナにはアスナの人生があるじゃないか。俺がいるべき場所は、どこにもない。俺は…。

 

「俺は…一人ボッチなのか…」

 

 ソロプレイヤーとして、一人で戦ってきて、だがそれでも自分の後ろにはいつも仲間の存在がいた。バックアップをしてくれていたエギル。小さなギルドとしてできるだけの支援をしてくれていたクライン。武器の強化や生成をしてくれていたリズ。中階層で、自分の事を信じて戦っているだろうシリカ。それから…アスナ、スグ…家族。それだけじゃない。今までだってみんな、どんなボス戦にも、仲間が一緒に戦ってくれていた。仲間?違う、ゲームクリアのために利害が一致しただけの…仲間、か。あぁ、そうか。俺の後ろにいてくれる仲間は、待ってくれる人は…もう、いないんだな…。

 

「…」

 

 キリトは、気が付いてしまった。自分のそもそもの始まりを。キリトとしてどうしてゲームクリアを目指したのかの原点を。彼は、それら全てを全否定してしまった。自分で、自分の手で、捨ててしまったということに気が付いたとき、彼はもう、戦うことができなくなってしまった。

 

『ここまで戦ったことをほめておこう…キリト君』

 

 その時、またもテレビモニターが写り、その男の姿を映し出す。勝ち誇ったかのような彼の表情を、キリトはみる余裕すらなかった。

 

『私は、君がこの世界で英雄になってくれることを期待していた。ゲームを面白くしてくれるためにね…』

「…」

『だが、英雄は負けてはならない。君は、私と言う魔王に負けてしまった。君は、英雄失格だ』

 

 分かっているさ。そんなこと言われなくても、俺に英雄の資格なんてない。誰も守れない、誰も救えない、孤独を嫌う。そんな自分が、英雄なんてものを名乗る資格はない。彼の心はもはやどん底まで来ていた。そんな彼が、ヒースクリフに反論することなどできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が、である。

 

「確かにこいつは英雄じゃない」

 

 突如現れた灰色のオーロラ、その中からそのような言葉が聞こえた。そして、中から現れたのは…。

 

「つ、士…さん」

 

 門矢士その人だった。

 

「いや、そもそもこの世界に英雄なんてものは必要ない」

『なに?』

「確かに、SAOというゲームの中だったらこいつは英雄と呼ばれるものかもしれない。だが、ここは現実だ。苦しいことや悲しいこと、やりきれないことが沢山あるが、平和な世界だ。モンスターもいない、悪の秘密結社もいない、不可思議現象も起こらない。ただただ平々凡々な日常を生きている人間の故郷だ。英雄なんてものは必要ない」

『フッなるほど、一理ある』

「だが、こいつにやれる称号が一つだけある」

『ほぅ…何かね?』

「それは…主人公だ」

『なに?』

「何もない平凡な毎日だからこそ、普通に生き、普通に生活し、困難に立ち向かっていく余裕ができる。こいつだけじゃない。アスナにリーファ、リズペット、シリカ、エギル、ニシダ…たとえ小さな物語であったも、SAOをプレイするすべてのプレイヤー…いや、現実世界も含めたこの世界に生きとし生けるすべての人間が何かしらの主人公だ」

『主人公…か』

 

 茅場は思う。なるほどなと。そもそもSAOはMMORPG。皆が同じゲーム上でプレイし、同じ世界を生きるゲームだ。そこでは、誰もが主人公になる可能性があり、だれもが悪役になる可能性がある。そこに幾多の称号があったとしても関係ない。根本にある物、それが主人公と言う老若男女拘わらず持っている一人一人の人生を生きている証なのだから。それは現実でも同じ。現実はたしかに平凡だ。朝起きて、着替えて、歯を磨いて、朝ごはんを食べて、仕事や学校に行って、怒られて罵られてでも笑って泣いて家に帰って、晩飯を食べ、TVでニュースを見て、風呂に入って、その日一日の事を回想して寝て、また次の日が始まる。そんな平凡な毎日であっても、それが一人の主人公の一日だ。

 

「キリトさん!」

 

 オーロラから、また一人出てくる。

 

「シリカ…」

 

 ピナを連れたシリカは、キリトに駆け寄る。その後ろにはあやか達もいる。シリカは、メニューを出すと、アイテムストレージから一つのアイテムを取り出す。

 

「ヒール!」

 

 その瞬間、レッドゾーンまで下がっていたキリトのHPは、完全回復した。彼女が用いたのは回復結晶である。ピンク色をしたそれは、モンスターのドロップでしか手に入らないレアアイテムで、使用すればHPが全快するというかなり高能力のアイテムだ。だが、その希少性に加えて、ハイポーションという普通に主街区で売っているアイテムがほとんど同じ性能を持っていることから、それを使うプレイヤーはほとんどいない。実際、キリトがそのアイテムを使われるのも、前にアスナが自分のピンチの際に使ってくれたとき以来2回目である。シリカは主に中層で戦っているようなプレイヤーだった。そんなシリカがそのアイテムを手に入れることはかなり苦労したことだろう。

 

「シリカさんだけではありませんわ」

「もちろん、私達麻帆良ガールズも!」

「参戦です!」

「それだけじゃないよ!」

 

 麻帆良ガールズ4人がそう言った瞬間、後ろの野次馬の中から多くの人間が現れる。いや、その姿は見たことある人間ばかり。SAOのプレイヤー達だ。

 

「キリト!」

 

 その時、二人の男性がこちらにやってくる。

 

「クライン…エギル…」

「この野郎、また無茶しやがって」

「まぁ、お前の無茶はいつも通りだが、それを止めるのも俺たちの役目だからな」

「キリト君!」

 

 さらに後ろから、一人の女性が走り寄ってきた。

 

「アスナ…」

「キリト君の馬鹿!一人で勝手に行かないでよ!」

「御免…君を危険な目には…」

「キリト君がいる!」

「え?」

「キリト君が一緒なら、どんな危険だって平気だよ…」

「アスナ…」

「お兄ちゃん!」

 

 そして、上からも一人の女の子。

 

「スグ…」

「よかった…間に合った…」

「スグ…でも、俺…」

「私、2年間お兄ちゃんと離れてやっと分かった…お兄ちゃんが家にいないとすごく寂しいんだって…私、お兄ちゃんの側にいたい」

「え…」

「だから、一緒に帰ろう。あなたが帰るべきあの場所に…。私達家族で住んでいるあの家に…」

 

 彼女達だけではない。後ろからはもっとたくさんのプレイヤーが来る。中には見知った顔、見たことのある顔、見たことのない顔、色々なプレイヤーが集団でこちらに向かってくる。何が何だか分からず唖然としている警官隊の上を、さらにバイクが一台跳んで来た。バイクは、キリトの近くに来て止まる。乗っているのは男女二人のようだ。男の方がヘルメットを取ってバイクから降りる。

 

「士!」

「士君!」

 

 小野寺ユウスケ、そして光夏海である。

 

「ユウスケ!」

「その顔…振り切ったみたいだな」

「あぁ!」

 

 そして、士に向けて格好いい笑顔でサムズアップする。

 

「ん?」

 

 ふと、士が空を見上げるとそこには、何機ものヘリコプターが飛行していた。文字が書かれている、自衛隊と書いているようだ。

 

「自衛隊…だと?」

「あっ、何かが来ます!」

 

 夏海が指さした方向のは警官隊がいた場所。どうやら、何かを通すために道を開けているようだった。その時、仰々しい緑色の車が何台か現れる。だがそんなものはどうだっていい。その奥にある物が問題だ。

 

「せ、戦車!?」

「おいおい…」

 

 そして、それらもまたキリトたちの横に止まった。車は、どうやら荷台のある物らしく、後ろから続々と人が降りてくる。

 

「自衛隊も参戦?」

「え、まじ?」

 

 何故、首相や防衛大臣がいないというのに彼らが来たのか。それには、裏話があった。実はシリカが送ったメッセージはあるプレイヤーの元にも渡っていたのだ。そのプレイヤーは自衛隊員であり、帰ってきたことを仕事場で上司に報告している際にそのメッセージが来たのだ。それを見た自衛隊員は『子供が命を賭けているというのに、我々自衛隊が国の命令もなしに国のために戦えないのはおかしい』という旨の説得をし、上司が責任をすべて請け負うということで、東京にいる全ての自衛隊員を各地のモンスターが出現した場所へと派遣されていったのだ。裏話終わり。車から降りたそのプレイヤーが言った。

 

「若者が命を賭けているというのに、黙って見ているわけにはいかない、大人ができることは最大限にするつもりさ」

「…あぁ、ありがとうございます!」

 

 これでようやく準備は整った。士は、怪しげな笑みを浮かべているヒースクリフに向かってダメ押し気味に言う。

 

「こいつらは、剣を持つ必要なんてなかった!…だが、それでもこいつらは立ち上がった…それは、未来を切り開くためだ。自分や他人、そんなもの関係ない。ここにいるすべての人間が今、未来を見つめている。こいつらこそ、本当の戦士であり、真の主人公だ」

 

 彼はもう一人じゃない。いや、見えなくなっていただけだ。後ろで自分の背中を押してくれ、自分が帰ってこれなくなる場所まで行かないように手を引っ張ってくれていた人達。彼は、それを感じ、そして受け取った。英雄キリトはここにはいない。ここにいるのは、主人公キリト、SAO最強の黒の剣士である。なお、これについて理解できない者たちもいた。一番理解できていなかったのは、テレビクルーの者たちだ。

 

「い、いったい何なのでしょうかこの状況は!?わ、分かりません。と、いうかオーロラのようなカーテンのような物から現れた彼は!あの男性は!一体何者なのでしょうか!?」

 

 聞こえるはずもない、のだがしかし士はベルトを装着すると、それに答えるようにカメラに向かってディケイドのカードを見せながら言った。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ…覚えておけ。変身!」

「変身!」

 

 士に続いてユウスケもまた変身する。その姿はもちろん赤い鎧のマイティフォームだ。マゼンダ、赤、黒、白、緑、深緑、多種多様な色の戦士たちによる戦いの幕が今上がった。




Qこの世界に、主人公は何人いるでしょうか。
A全員

 あと、自衛隊を出したことを少し後悔している。でも、ここで彼らを出さなかったら、大人は最低になってしまう。だから出さざるを得なかった。

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