仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 専門分野で文量の水増しを行うせこい技。しかも書いててこれであってたっけと思ってしまうのなら専門でもなんでもない気がする。


SAOの世界2-9

 手に、お湯の入った洗面器と、乾いたタオルを持ったリーファが、あるドアの前にいた。昨日までいつも行っていたことがここまで重く、かつ心が揺れ動いたことはあっただろうか。もしかしたら、先の兄のようになってしまうかもしれない。だが、自分も向き合わなければならないのは分かっていた。向き合わなければ、現実を受け止めきれない。このまま停滞してしまう。リーファは、ドアを開く。

 

「ただいま…直葉」

 

 それは、自分に対してのただいま。いつも来ている朱色のジャージを着て、右を向いている自分がそこにいた。どうやら母は、褥瘡を予防するための体位変換を行ってくれていたようだ。褥瘡は、俗にいう床ずれだ。長い時間同じ体制で寝ていると、ベッドと接触している部分が局所的に血行不全となり、その周辺が壊死を始めて、ポケットと呼ばれる大きな穴が形成される。これがひどい時には、骨や筋肉部位までも深くなり、細菌感染や骨髄炎、肺血症を起こす恐れがある。そして、それは筋肉の衰えた老人や、寝たきりの人間に多い。SAOプレイヤーは、寝たきりに等しいため、病院では看護師が一定の時間が来たら、仰臥位、つまり仰向けに寝ている状態から右に30度、また一定の時間がたったら左に、そして仰向けにと言うことを繰り返した。これについては、やはり看護師も忙しいため、できる者がいれば、プレイヤーの家族がそれを行うということもあった。

 

「不思議だね…一日しかたっていないのに…ね」

 

 本当に不思議なものだ。自分に向かって話しかけて、昨日までその姿で日常生活を行っていたというのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。だが、落ち込んでいる暇はない。ジャージは、でこぼこが多く、いくら体位変換を行っているといっても皮膚に当たっている場所から褥瘡を起こす恐れがある。リーファは、清拭のための洗面器とタオルを床に置くと、タンスを開けて着替えを取り出す。下に着ているシャツは、凹凸がない為、そのままで、でもしわがあったら伸ばさなければならない。下着は、ゴムや針金で締め付けているため、つけていない方がいいだろう。因みに、SAOプレイヤーが病院に連れてこられた時も最初に行われたのは、病院着に着替えさせることである。その際、着ている服は総じてはさみで切られていた。ナーヴギアが頭にかぶせられており、さらにコードがパソコンまでつながっているためそんな状況で服を脱がせることは面倒なことだったためしょうがないだろう。リーファは、着替えを用意すると直葉に言う。

 

「大丈夫だから、心配しないで…きっとお兄ちゃんが何とかしてくれるから」

 

 それは、慰めに近い言葉だった。

 

 

「スグの奴…大丈夫かな…」

 

 それは、当事者としての、経験者としての言葉。キリトは、今2階にいる直葉のことが心配でたまらなかった。自分が、先ほど経験したことを直葉は耐えることができるのだろうか。そんな、キリトにアスナは言う。

 

「変わってないんだから…きっと大丈夫だよ」

「だと…いいけど…」

 

 変わってない。そう、確かに1日しか経ってないのだから変わってないのだろう。だが、それが逆に彼女の心を揺さぶっていないかと、キリトは思っていた。確かに、変わっていないかもしれないが、しかしそれは先日まで自分で動かしていたはずの身体だ。それを目の当たりにしたその時、彼女の心が揺れ動かないという保証はない。

 

「大丈夫よ、和人」

「母さん…」

「自分の妹を信じなさい」

「…あぁ、だよな」

 

 碧は、台所からミカンと紅茶を入れて持ってきていた。現実の物でも飲み食いができるというのは、あの光写真館で実証済みだ。二人は、紅茶に口を付ける。

 

「おいしい…」

「うん…」

 

 キリトにとってはそれは懐かしい味、アスナにとってはそれは久しぶりに嗅ぐ香り。おいしかった。その時、キリトは思った。あぁ、エギルが言いたかったのはそう言うことか、自分の中で一番うまいと感じる物、それは…。その時、テレビがつけられる。

 

『私は渋谷にある、商業ビルの目の前まで来ています。いつもは、ファッションの発信地として、若者が沢山行きかうこの場所も今はモンスターが行きかいその様相をまるっきり逆の殺伐としたものになっています。本日午前に現れた…』

 

 テレビは衛星中継である物を除いて、放送が続けられていた。地上波の放送は、地上に電波の発信基地があるため、アンテナさえあれば、電波を拾うことができる。これまた懐かしいものであるテレビは、午前に出現したアインクラッドの事を伝えていた。それから、モンスターがいたるところで現れているとも…。この状況になって現在SAOのサーバーを所持するレクトはまだ何も声明を出していないという。と言うより、その会社のあるビルの前はモンスターの量が多く、レクトの中に入ることすらできないそうだ。一応今のところは警察がモンスターの対処をしていると報道しているが、このままでは押し返されてしまう模様だとも伝えている。こんな時に国を守る要である自衛隊は何をしているのかと、コメンテーターであるお笑い芸人が話す。この人は、ここまで地位を上げたのかと、なんだか感慨深くもなる。2年前までテレビで漫才を披露していたあの芸人が、急にコメンテーターとしてまじめな正論を語っているところを見るのは違和感以外の何物でもない。

 

「俺…この人の漫才好きだったんだよな…」

「え?」

「バカやっているように見えるけど、計算高くて…次にどんな言葉を言えば笑いが起こるのかってのをさ。でも…こうしてコメンテーターで出ているの見るとさ…自分の言葉を言えてない。世の中が考えているようなことを代弁していればいいって感じでしゃべってる感じでさ…2年って長いんだな…」

「キリト君…」

 

 取り戻すことのできない2年間、携帯も、世の中の流行も、人も、色々なものが変わってしまった。この世の中に、順応することなんてできるのだろうか。ここまで違うということを見せつけられると、気持ちも滅入ってしまう。年月はさすがに違うが、浦島太郎の気持ちを味わっているいえば、簡単にわかるだろう。

 

「…」

 

 碧は、何も言えなかった。いや、かける言葉が見つけられないというべきか。何を言うべきか、何を言ってはダメなのか、何もわからない。もっとたくさん、話したいことがあったはずなのに、何故その言葉が出てこないのだろう。

 

「俺…部屋に行っとく…」

「あっ…うん…」

 

 キリトは、久しぶりに自分の家の階段を昇り、その先にある部屋の中へと入る。その前に一度直葉の部屋のドアを見てから。

 

「…」

 

 何も変わらない。変化しているところとすれば、机の上にあったパソコンが無くなっているというところか。本棚に置いてある雑誌は、当然だが全部2年前の日付の物。

 

「変わってない…何も…変わらねぇよ…」

 

 そこにあるのは、この家にあるものは何も変わらない。少し、普通二年もたっていれば埃っぽくなっているはずだが、母が掃除してくれていたのだろう、机の上はきれいなものだ。窓から見る景色も、少し家々は変わったところもあるが、しかしそれほど変わらない。キリトは、ベッドに座り込み、これからどうするかを考える。だが、その答えはすでに決まっていた。

 

「あっ…」

「どうしたのアスナちゃん?」

「いえ、メッセージが届いて…友達が協力してほしいって…」

「協力?」

「はい…ちょっと私アインクラッドの方へ一度戻ります。キリト君にも伝えてください」

「…えぇ、分かったわ」

 

 アスナにメッセージを送ったのはリズベッドであった。士と別れた後、ダークリパルサ0を作成したのだが、その後それを強化していく過程で必要な素材が無くなってしまったのだ。そのため、アスナに手助けを頼んだらしい。翠は、アスナを見送った後、ふと考える。和人の2年間は、無駄な時間だったのかと。社会的に見たらそうだろう。だが、アスナの姿を見ているとそうじゃないのかもしれないと思ってくる。それは、彼女が抱いた最後の希望のようなものなのだろうか。その時、キリトが降りてくる。

 

「…アスナは?」

「え?…あぁ、誰かのメッセージを読んだ後、アインクラッドに戻ったわ」

「そう…よかった…」

「え…」

 

 その時の彼の顔は、寂しそうに、だが安堵のような表情であった。その言葉を聞いた後、彼は翠に言う。

 

「かっ…ゴメン…俺、行かなきゃならないんだ」

「え…?」

 

 それは、まるで遺言を残すように語り始めた。

 

 

 

 

 

 もういい…

 

 

 もういい…?

 

 

 本当に?

 

 

 何か大事なこと、忘れてるんじゃないか?

 

 

 そう、昨日の…あの…。

 

『いつかお前の…名前を取り戻す』

 

 そうだ、俺には…あの言葉を果たす責任がある。キリトは、そのことを思い出した。まだ、彼女はリーファのままではないか。現実に戻すことができた。いや、何も戻っていないじゃないか。むしろ、被害者も増えて、それどころか、アスナの両親のように帰ってくることもできない人間までいる。戻ってきたとは言えない。まだゲームは続いている。なのに、自分はそのマウンドから勝手に降りようとしていた。そんなの、ただただ身勝手な行いじゃないか。誓ったはずだ。必ず、桐ケ谷直葉という名前を、彼女が名乗れるようにすることを。リーファというネットのネーミングじゃない。桐ケ谷直葉という実際に存在する名前を直葉が名乗れるようにする。そう、自分は誓ったはずだ。隣の部屋では、直葉が今も眠っている。彼女も、また自分達プレイヤーのようになっていくのだろうか。やせ細って、骨と皮だけの人間になってしまうなんて、そんなの嫌だ。2年と言う月日は、全てを変えた。携帯も、世の中の流行も、でもリーファは違う。例え姿かたちが変わっていても、胸が大きくなるなどの身体の変化があっても、彼女は、2年前のように自分に変わらず接してくれた。母である翠もそうだ。これ以上変わってほしくない。彼女には、そのままのスグでいてもらいたい。兄として、守らなければならないものが確かにそこにはあった。

 

「俺…行ってくる…」

「行ってくるって…どこへ?」

「茅場昌彦の所に…あいつを倒して、直葉を取り戻してくる…」

「…」

 

 その時の目は、よく覚えていない。ただ、哀しげに見えたのは、間違いないだろう。

 

「もしかしたら、死んじゃうかもしれないけど…それでも、直葉を助ける」

「ッ!そんなの…あなたが命を賭ける事なんて…」

「でも、俺がやらなきゃならないんだ…大丈夫、俺あの世界の英雄なんです…」

「でも…」

 

 正直、彼の発言は矛盾している。茅場昌彦を倒さなければこのゲームは終わらないであろうが、しかし、もし死んでしまうという状況になるのは、それは彼が負けたことを意味すること。直葉を助けることなく無駄死にしてしまったということ。

 

「おばさん…ここまで俺を育ててくれて…ありがとうございました…」

「ッ!」

 

 その言葉は、彼女にとって衝撃以外の何物でもなかった。そう、キリトは…桐ケ谷和人は翠の産んだ実の子供ではない。翠にとって和人は姉の子供、つまり和人から見れば、叔母である。それは、和人が1歳にも満たないころ、和人の両親が事故で高いし、大怪我を負いながらも生還した和人を、桐ケ谷夫妻が引き取った。和人は、10になる頃に自分で、抹消された住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)を見つけ、そして翠にそのことを伝えていた。住基ネットには、彼の個人情報がすべて乗っていた。生年月日、住所、性別。そのほとんどが同じようなものであったがしかし、少しだけ変わった物があった。それが名前。そこには、彼が桐ケ谷姓になる前の姓名が書かれていた。そして、そこには彼の両親の名前も一緒に…。

 

「おばさんとおじさんが…俺を引き取ってくれて本当によかった…」

「和人…」

「直葉の事は、任せてください…あなたの一人娘は、俺が助けますから…」

「…っ」

 

 彼が、言葉を重ねるごとに、他人行儀になって、そしてまるで自分の存在なんて最初からなかったかのように話し始めてくる。そして、彼は玄関のドアを開けるときに言った。

 

「さよなら…おばさん」

「…」

 

 何も言えるはずもない。涙をこらえるのに必死で、いや、どうしてこらえてしまったのだろう。本当なら、泣き叫びたかった。叫んで、彼が行くのを止めるべきだった。でも、何故か止めることができなかった。彼の覚悟、他人なのだから、自分が死んでも悲しまないでくれと言っているような。そんな気がした。してしまった。

 

「ごめん…母さん…」

 

 そして、扉の外で彼は一粒の涙をこぼした。もう、これで帰る場所はなくなった。後顧の憂いは無くなった。後は、前に進むだけ。彼は、涙を拭いて自転車置き場にある自分の自転車を持ち出し、その家から出る。振り返るなんて、できなかった。




 某スパロボで『あなたの、子供じゃないんだから…』というのを見てこの展開を思いついた。後悔はない。

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