某県、某市の山中にある山小屋に、一人の男の姿があった。男は、そのやせ細った身体とは裏腹に目には生気が宿っており、すさまじい速さで目の前のキーボードを打ち込み、パソコンにつないである機械からデータを抽出していた。山奥ではあるものの、協力者であり、彼以外では唯一この場所を知っている女性と共に運び込んだ大量のサーバーやWi-Fiの送・受信機等のおかげで、都会とほぼ同じようにインターネットを使用することができる。男は、パソコンの中の『program』というファイルの中の『quest』というファイルを開く。『狙われた農作物』『少女への贈り物』などの文字が上から下に流れるように送られていく。そして、『竜の姿を見た!』という文字を最後に、そのファイルは終わっていた。それを見て、男は画面から目を離し、パソコンの横に置かれ、コードで接続されているナーヴギアと、その横にあるゲームのパッケージを見る。
「ふむ、やはり『世界の破壊者ディケイド』というクエストは設定されていない…」
男はプログラマーであるため、自分の作ったゲームに関してはその全てを覚えているつもりである。だから、分かってはいたものの、突然ゲーム内に出現したディケイドというキャラクターについて調べてみた。だが、当然のことながら、プログラムの中にはそんなクエストも、NPCも存在しなかった。そして、さらにわからないものがもう一つ。
「リーファ…彼女は一体…」
リーファと名乗っていたディケイドと一緒にいたプレイヤー、しかしプレイヤーリストを除いてみても、そのような名前のプレイヤーは存在しなかった。無論、NPCにもそんなキャラクターはいなかった。ならば、リーファとは一体何者なのだ。プレイヤーでも、キャラクターでもない、全く未知数の人間。そういえば、少女の背中に羽が生えていた気がする。もしや、そう思いある会社のホームページのサーバーをハッキングし、あるゲームに登録されているキャラクターネームとそれを所有している人物の名前を探し当てた。
「プレイヤー名『LEAFA』…登録者、桐ケ谷直葉……この少女でまず間違いないか…だがなぜ?」
さらにそのゲームの公式サイトを見てハッキリした。間違いなく、少女は約一年前に『レクト・プログレス』が発売したゲーム、『アルヴヘイム・オンライン』のプレイヤーである。公式サイトにある種族のシルフという物、そのアバターともよく似ている。だが何者か、ということまでは判明したものの、なぜその少女がSAOにいるのかの答えにはなっていない。レクト・プログレスは、大手電機メーカー『レクト』の子会社である。レクトと言えば、SAO被害者への賠償金や保証金によって潰れてしまった『アーガス』から『SAOサーバー』の管理を引き継いだ会社である。ならば混線したか。少女がALOに入る際に、なにかトラブルが発生し、結果SAOと混線、それでこちらの世界に来たとしたら。いや、ありえない。SAOは外部から完璧に隔離されているゲームである。ルートとしては、いま自分が使っているGM専用のナーヴギアが唯一の物。桐ケ谷直葉という少女の家のインターネットと混線することも、距離からしてありえない。いくらALOのメインフレームサーバーがSAOのコピーであったとしても、そんなことはありえない。
「…ともかく、ログアウトを…エラーだと?」
とりあえず、リーファというプレイヤーを現実からログアウトさせてみる。ゲーム内ではそれができない、しかしゲームマスターである彼であったら、そのようなことは容易である。が、SAOは何故かそれを受け付けなかった。どのような手段を講じても、リーファというプレイヤーを外に出すことはできない。
「まさか、私の命令を受け付けないとは…どうなっている?」
ならば、と今できうることをする。といっても彼にできることはそれほど多くはないのであるが。そして、試行錯誤を繰り返す彼に後ろから男性の声がかかる。
「茅場昌彦」
「!」
彼は、慌てて振り返る。先に言った通り、この場所を知っているのは彼と、そして彼の協力者である女性だけである。だから、男性の声がかかるなんてことはまずありえなかった。後ろを振り返ると、そこにいたのは、年季の入ったコートを着ている浮浪者のような男。無論、彼の知らない男だ。
「何者かね?この場所を知っているのは、私以外にはもう一人しかいないのだが…」
「あぁ、探すのに苦労した…ディケイド」
「なに?」
「知っているだろう」
茅場は、その言葉に確信した。この男は何かを知っていると。SAOは先にも言った通り完全隔離のゲームであり、そして中の様子を知ることができるのは茅場昌彦ただ一人。そのため、SAOの中に現れたディケイドというイレギュラーについて知っているということは、間違いなく彼が関係者であるということだ。
「あのクエストは私が依頼した」
「ほぅ…何のためにだい?」
「無論、あの悪魔を倒させるためだ…結果は失敗したようだがな」
「…では、ここに何をしに来た?ただ私を罵るためだけに来たわけではないのだろう?」
どうやって、あの世界に行き、どうやってクエストを依頼し、そしてどうやって戻ってきたのか、疑問は尽きないのだがしかし、そのことについては後回しにして、一体なぜここに来たのかである。
「君の夢…まだ完全ではないだろう」
「なに?」
「私なら、それができる」
彼の夢、それは今は語らない。だが、それはSAOというゲームの中で再現したもののはずであった。だが違う。それは現実とは逆のところの物。非現実世界に作られたものである。だが、現実の世界においてそれを作るなんてことは絶対にできない。だから、ネットの世界にそれを作った。その彼の夢にまでみた世界、それが目の前にいる男はできるというのだろうか。だが、そこにはやはり疑問が生まれる。
「…一つ聞きたい、果たして、私の夢をかなえることの君のメリットは何かね?」
「…」
その言葉に彼、鳴滝はフッと一つ笑みを浮かべてこう言う。
「ディケイドを倒せるのなら…私は誰にでも協力しよう」
その時、茅場昌彦は感じた。彼は自分と同類なのであると。