仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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魔法少女リリカルなのはの世界 2-20

 友達が、親友が、何かを隠している。そう、感じるようになったのはさほど遠い昔の事ではない。

 私、雪広あやかにとって、友人は幾人もいる。でも、その中に、親友といってもいいほど仲のいい人間は、二人しかいない。

 それが、那波千鶴と、そして神楽坂明日菜。

 とはいえ、明日菜に関してはどちらかというと宿敵というかライバルというか、とにかく悪友といた感じであって、彼女の方が自分のことを親友と思っているのかはわからないのだが。

 でも、私にとっては親友も同然の間柄だった。

 その親友が、何かを隠している。自分たちには何も言わないで、一人で苦しんでいる。そう、感じれてから一月の時間が経とうとしていた。

 ≪中学二年生二学期≫の終業式まであと一週間のとても冬寒い日の事。雪がパラパラとチラついている十二月の中旬。クラスメイトたちは、今日も今日とて色々と中学生らしい世間話に花を咲かせていた。

 とある女の子たちは、近くの自動販売機に新しい飲み物が追加されたという事で和気あいあいと話している。

 ある女の子たちは、二学期最後のテストのために予習にセイを出している。

 ある女の子は、それを興味なさげに眺めていて、どこか目は遠くの世界を見ているよう。

 あやかは、そんなともすれば誰かがケガをするかもしれない程のドタバタを目にして心配そうな目を向けて、でもそんな時間が愛おしく思えて。いつも通りの風景が続いているそんな世界が、委員長としての彼女は好きだったのかもしれない。でも、その雰囲気は一気に一蹴された。

 

「……」

 

 神楽坂明日菜の、登場によって。

 その姿をみた全員が、息をのんだ。そして、分かる人間には分かっていた。

 包帯が、増えている。と。

 彼女のケガが増えたのは、一か月前からの事。最初は少し転んで、といった理由で手に包帯を巻きつけていただけの彼女。その時から違和感を感じていた。なぜなら、自分は知っていたから。彼女の運動能力の高さを。彼女が、ただ転ぶだけでけがをするほどやわな人間ではないという事を。知っていた。

 でも、そんな小さな違和感、彼女との楽しい喧嘩の末に忘れてしまっていた。深く、追及することはなかった。それが、過ちだと気が付いたのは、その次の日にあったとき。

 今度は、頭に包帯を巻いた明日菜。次の日には足に、次の日には顔に大きな絆創膏を、次の日には―――。 次第になにかがあったと勘づき始めたクラスメイトたちは、彼女に聞いた。何があったのかと。

 でも、彼女はその皆の心配を笑顔で一蹴するというのだ。

 

『大丈夫。何も、心配ないから』

 

 と。いや、心配するに決まっている。だって、彼女は自分たちのクラスメイトなのだから。クラスメイトがクラスメイトの心配をするのは、当然のことだったのだから。

 でも、それでも彼女は笑って言っていたのだ。『心配ない』と。つい、先週まで。

 一週間前に、登校してきた明日菜。その顔からは、笑みが消えていた。腕を吊り下げた三角巾や、右目を隠すかのように覆っているその包帯を、頭の片隅に置いてしまうほどに、彼女は変化していたのだ。

 また、あるクラスメイトが彼女に聞いた。

 

『明日菜、何があったの?』

 

 と。でも、彼女は言った。

 

『大丈夫。何も、心配ないから』

 

 笑顔のない、凍り付いてしまったかのような、その顔で。

 何が彼女のことを変えてしまったのか。心配になったあやかは、彼女のルームメイトである近衛木乃香に聞いてみた。

 だが、彼女にもよくわかっていないらしい。分かることと言ったら、彼女が、泣いていたという事だけだ。

 

『泣いていた?』

『明日菜、ケガをする前の夜……泣いとったんや』

 

 その声は、明日菜とは別のベッドで寝ている、ふとした拍子で目覚めた木乃香の耳にも聞こえて来た。

 押し殺したかのような、そして悔しがっているかのような鳴き声。それに、誰かに謝罪している声。

 

『謝罪……?』

『ゴメンね……ゴメンね……って、ずっと繰り返しとった』

『ゴメン……ですか』

 

 一体、それが誰に向けての謝罪だったのか。翌朝、朝ごはんを食べている最中に、明日菜に聞いてみた。

 すると、明日菜は力を失ったかのように手に持ったお茶碗を滑り落とし、唇をかみしめてから言った。

 

『なんでも……ないから……』

 

 その言葉に、正直説得力なんてものはない。それからだった。彼女が変わりだしたのは。

 朝、いつものアルバイトの新聞配達から、彼女はとてもヘトヘトの状態になって帰ってくる。そして、木乃香が作ってくれた朝食を食べると、木乃香よりもいち早く寮を飛び出して、学校に向かう。

 でも、彼女が学校に到着するのは、木乃香はおろかその2-Aの全生徒、いや金髪の留学生エヴァンジェリンを除けば最後に近かった。

 授業の際は、起きているのか寝ているのかわからないような虚ろな目で。でも、先生からの呼びかけや、ふと眠ってしまっているであろうときに近づかれるとすぐに起きて、テキパキと問題に答えていく明日菜。

 かつては、バカレンジャーのレッド担当とまで言われたほどに学力が低かったはずの彼女が、まるで別人になってしまったかのように秀才となった。

 本来は、それを喜ばないといけない。親友の成長を祝福しなければならない。でも、彼女のその痛々しい姿を見ていたらとてもじゃないが祝福する気にはなれない不思議な気持ちだった。

 学校が終わると、登校時とは打って変わって一目散に教室から出る明日菜。休み時間もお昼休みもどこかに行ってて他人とのかかわりを完全に閉ざした彼女は、一日をほとんど誰かと話をしないままに終わらせてしまっていた。

 そして、その後の彼女が何をしているのか、どこにいっているのかはわからないまま、寮の門限ギリギリになってボロボロの状態で帰ってきて、お風呂にはいって、木乃香が用意してくれたご飯を食べて寝て、また次の日同じことを繰り返す。

 これが、ここ一か月の彼女の行動のほとんど。休日に至っては、朝のアルバイトに行ったっきり夜まで帰ってくることはない、とは木乃香の言葉だ。

 一体、そこまで他人との接触を断って、そして誰にも知らせずにどこかに行って、何をしているのか。もしかしたら、何かやましいことでもしているのかもしれない。それこそ、いち女子中学生が行ってはならないような活動か何か。

 そんなことはない。彼女に限っては、そんなことないはずだ。でも、確かめずにはいられなかった。

 

「……」

「……」

 

 あくる日の朝。登校時間ギリギリになって、麻帆良学園女子中等部の校門の前に現れた明日菜のことを

あやかは、学校内に入ることなく待ち伏せした。たとえ、どれだけ彼女がボロボロになったとしても、必ず平日、学校のある日には登校していたのは分かっていたから。

 彼女は待った。たとえ、雪が降ろうとも、たとえ、先生たちからはやく学校の中に入るようにと言われても、明日菜のことを待ち続けた。だって、そうまでしないと彼女と話をすることもできないのだから。タイミングがないのだから。これしか、方法がないのだから。

 やはり、昨日より少しだけキズを増やした明日菜が、冷たい表情のまま聞いた。

 

「どうしたの、委員長。早く学校に入らないと、遅刻するわよ……」

 

 ともすれば、他人行儀ともいえそうなくらい冷たく言い放ったその言葉に、あやかはどこか心が凍える気持ちになった。どうして、そんな顔ができるのだ。親友までとは、彼女も考えていないのかもしれない。でも、少なくとも友達であるはずの自分に対して、何故、そこまで氷の仮面で顔を覆うような表情をできるのか。

 

「教えてくださいまし、明日菜さん……」

「……」

「ここ最近の、貴方の言動や行動は、昔の明日菜さんとは全く違う、まるで別人のよう……何が、貴方を変えたのですか?」

 

 綾香の言葉に、明日菜は、一だけ瞬きをする。その時、目をつぶる時間が少しだけ長いのが気にかかった。まるで、なにか懐かしい記憶を思い起こしているかのようだった。

 

「委員長には、関係のない話だから……」

「関係ないですって……」

 

 よくも、そんなことを言えたものだ。あやかは、怒りと心配、その二つの感情が一気に沸き上がったのを感じ取った。そして、明日菜に近づきながら、まるで怒涛の噴火のごとき勢いで言った。

 

「木乃香さんやクラスメイトの皆さんに心配をかけて、それでも関係ないと、無関係であるというんですか? 冗談じゃありません……私だって、クラスの委員長として、そして……アナタの友達として、聞く権利はあるはずです!」

 

 彼女は、親友として、かけがえのない友として明日菜を心配するクラスメイトの代表として叫んだ。それは、思いの内。誰よりも彼女のことを心配する一人の人間としての言葉だった。

 でも、明日菜はやはり、冷たい目で言う。

 

「ゴメンネ、委員長」

「アスナさ……」

 

 そして、その手があやかに伸びた。ここ最近はなかった、拳を交えた喧嘩か。少し前まではことあるごとにこうして口でも身体でも喧嘩をしていたのだが、近ごろはそんな喧嘩の種のようなものがなかなかなくてしてこなかった友達としての戦い。

 

【雪広あやか流合気柔術 雪中花】

 

 あやかは、相手の力を逆に利用して敵を打倒す合気道の技、それを自己流にアレンジした柔術を使用する。

 昔はこの技を使って、よく明日菜の攻撃をいなしていた物だ。そう、一瞬のうちに懐かしんでいたあやか。

 でも、その思い出は一瞬にして崩れ去った。

 

「ッ!」

 

 気が付いたとき、あやかの目の前に雪雲が浮かんでいた。パラパラと、塩の結晶のような白い雪を降らせている雪雲が。

 本来この技は、仕掛けてきた相手の力を利用して倒れさせる技のはずだたった。けど、雪上に倒れていたのは、自分の方。それも、よく見る先ほどまで自分がいた場所から十数メートルは後ろの方で倒れてしまっているようだった。一体、これは。

 

「これは……一体……」

「ゴメンね、委員長……」

「ッ!」

 

 倒れているあやかに近づいた明日菜。彼女は、あやかの肩の上に乗った少しの雪を払うと、昔のような笑顔を作ろうとし、でも失敗した、とても苦し気な悲しげな笑みを浮かべながら言った。

 

「もう、委員長じゃ、私の相手にはならないの……」

「ア、スナさん……」

「もう一度、楽しい喧嘩が、したかったな……」

 

 そして、明日菜はただその言葉だけを残して学校の中に消えて言った。

 あやかは、倒れたままで考える。明日菜の言葉の意味。そして、自分に何があったのか。

 いや、見当はついていた。おそらく、彼女は自分の攻撃によってでる力を利用して投げ飛ばした。合気を合気で返した、というわけだ。

 彼女の運動神経には一目を置いていた。でも、まさかここまでの力を彼女がつけていたなんて、思いもよらなかった。

 あやかは、雪から目を守るように腕を頭の上に乗せる。そうか、もう自分じゃ彼女のことを止めることはできないのか。彼女の助けになることもできない。

 そして、彼女の、喧嘩相手としても不足になってしまったのか。

 彼女の、本当の笑顔もみることができないのか。

 あやかは、しんしんと自分の上に降り積もっていく雪を感じながら、ただ悲しむしかなかった。今の彼女にできるのは、ただ、それだけ。

 一方、親友を投げ飛ばした明日菜の目からは、一筋の液体が流れ落ちた。それは、先ほど綾香のことを投げ飛ばしたときに目の中に入った雪だったのか、それとももう親友とは別次元に行ってしまった自分自身の愚かさからくる悲しみだったのか。

 明日菜にも、分からないことだった。


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